第十六話 オン・ザ・ラン
僕はごく普通、いや普通よりも下の中学生だ。何が下なのかと聞かれたら具体的には答えられないけど、とにかく他の人と比べたらその人達よりも下にいる、そんなイメージだ。
好きな物はゲーム。お小遣いをこつこつ貯めては興味を持った物を買っていき休日にはほぼ一日中プレイしている。
見た目ははっきり言って地味。視力が低いから眼鏡は常に欠かせない。運動は苦手で嫌いな教科はもちろん体育。ああそうだ、こういう所が下なんだ。他のみんなと比べてルックスとか運動神経とかが劣ってるから下なんだ。
だけど、体育以外の勉強は得意。成績は多分学年では上位の方だと思う。あ、美術とか音楽は除いてね。
はっきり言って友達がいない。いや、ちょっと前まではいたんだ。小学生の時はちゃんと。ただ、気付いたらその友達がいつの間にか友達じゃなくなってたんだ。わかってる。それは僕の責任なんだって事は。
ついこの間僕のクラスに転校生がやってきた。何でもアメリカに住んでいたらしく、見た目も確かに派手だ。ここらじゃ全く見ない銀色の髪だし、僕達日本人と比べたら肌の色もちょっと白いし、瞳は澄んだ青色をしている。ちょっと馴れ馴れしい性格で、クラスのみんなは結構ビクビクしてる。
でも、話してみると意外といい人で、ちょっと見方を変えると馴れ馴れしいって事は気さくって事なんだなと思った。
気付けば彼と僕は友達になっていた。いじめられていた僕はそれがとても嬉しかったんだ。
だけど、そんな彼を僕は自分から突き放した。彼はきっと、僕と友達でいたかったに違いない。彼は優しいから、思い上がりなんかじゃなくてほんとにそう思ってくれていたと思う。だからわかってるよ、責任は僕にあるって事ぐらい。
上履きの中に今日は画鋲が入っていた。僕はそれを掌の上に刺さらないように慎重に置き、上履きを履くと近くの掲示板に適当に刺しに行った。
教室に入ると、彼は僕よりも早く登校していた。つい今までの癖でおはようと声をかけそうになったが、昨日の言葉を思い出して慌てて飲み込んだ。隣の席の彼は自分から僕にあいさつをしてくる事はもうなかった。
これでいい、これでいいんだ。僕と関わったら彼まで何をされるかわからない。だからこれでいいんだ。
今日も一日が終わって下校時間になった。昇降口で靴に履き替えようとしていたらいきなり太い声で呼び止められた。
「おい薫」
びっくりして見てみると、茜君がそこにいた。目をギラギラさせて僕を睨んでいる。僕は思わず後ずさった。
「な……何……?」
震えた声で返事をすると、彼はさらにどすを利かせて言った。
「面貸せよ」
ひえええええええええええええええええええええっ!
僕は靴を手に持ったまますぐさま駆け出した。本能が逃げろと言っていた。
「待て!」
待てと言われて待つ人はいないよ! 僕は力の限り走った。
何だ? 何で茜君はあんなに怒ってたんだ? 僕何かしたっけ? ……色々とされた覚えはあっても僕の方から何かした覚えは特にないんだけど!
校門の前では茜君の友達のひとりが立っていた。谷口君だ。
「あれ? 薫?」
状況を理解するのに時間がかかったのか、彼は僕とすれ違っても特に何もしてくる事はなかった。
「馬鹿野郎谷口! そいつ捕まえろ!」
「え!? は、はい!」
後ろからふたりのやりとりが聞こえてきたが、そんな事に構っている場合じゃない。もうひとりの……内藤君はどこにいるんだろう? とにかく、追い付かれないように路地へ路地へと入っていった。
そして、15分ぐらい走ったかな……僕は足を止め、とりあえず靴を履いた。ぜいぜいと息を乱している。汗びっしょりだ。
「はあ……はあ……何で……何でこんな事に……」
呼吸を整えながらゆっくりと歩き出した。僕は何で逃げてるんだ? 別に何もしてないのに……いや、そんな事は今に始まった事じゃない。毎日毎日、僕はそんな理不尽に耐えているじゃないか……これは試練なんだ。辛い思いをしているのは僕だけじゃない。だから耐えるんだ。それに、今のこの状況は、かつての僕が無関係ではない事ぐらい、わかってるじゃないか。
でも、やっぱり少し、納得はいかないけど……。
「いたぞ! 薫だ!」
「!」
も、もう追い付かれた! そりゃそうか、向こうの方が足が速いんだし! 落ち着く間もなく僕はまた走り出した。理由を聞くために待っている訳にはいかない。多分そんな事させてくれない。もし捕まったら、多分殴られるよ……そんな雰囲気だよ……!
何でこんな目にいいいいいいいいいいいっ!
それから一時間ぐらい街中を逃げ回った。さっさと家に帰りたかったけど、悲しい事に無我夢中で逃げている内に家からどんどん離れていっていた。
そしてとある公園の前に来た時、近くの曲がり角から内藤君が出てきた。やばいっ! 僕は慌ててブレーキをかける。
「薫ぅっ!」
「うわあっ!」
踵を返すと今度はそこに谷口君が待ち構えていた。
「残念……!」
「……っ!」
くるりと向きを変え、公園の中に逃げ込む。ああ駄目だ、捕まる……。
「よお」
「!」
やっぱり……! 公園にはすでに茜君が先回りしていた。終わった……!
「ったく、逃げ回りやがって……」
「……どうしてだよ……」
「あ?」
僕は自分でも何を言い出しているのかわからなかった。どうせ殴られるんならもうどうにでもなれ。そう思っていた。
「どうして僕が追われてるのさ」
「ああ? ふざけんな! てめえ、わかんねえのか!」
「わかんないよ!」
そもそも、どうしてここまでいじめられてるんだ。確かに悪いのは僕かもしれない。でもここまでする事ないだろう? もう十分僕は苦しんだはずじゃないか! 僕は自然と拳を握っていた。
「おっ! お前らなんか怖くないぞ! 殴りたいんだったら好きなだけ殴れよ! た、確かに僕は喧嘩が弱いさ! 君達には勝てないよ! だけど、だけど何とも思ってない訳じゃないんだぞ! ふ、ふざけるなよ!」
「……薫う……」
茜君は鋭い目で僕を見てくる。
「上等じゃねえかああああっ!」
「ひ、ひいっ!」
その時、なぜか目の前の光景が突然スローモーションになった。時間の流れが遅くなったみたいだ。あれ、これってドラマとかで人が死ぬ時とかに使われる演出じゃないの? 僕は覚悟を決めて目を瞑った。
バチイッ! という音が公園に響いた。
「……え?」
目を開けると、そこには彼が立っていた。こないだ転校してきたばかりの、彼が。
「ク……クロノ君!?」
「よっ、薫」
異色のエピソードも次回でようやく終わりそうです。





