第ⅩⅣ話 クロと薫
シロとクロは学校に通い始めました。
「クロ、起きてよ。遅刻しちゃうよ」
焦り気味な少女の柔らかな声でクロは目を覚ました。
「ん~……」
寝ぼけた声を上げると、ゆさゆさと体を揺すられる。
「クロ。クロったら」
「あ~、起きる起きる。起きるってばシロ……って、え、シロ……?」
むくりと起き上がると、そこには一緒に住む少女の姿があった。
「……うわああああっ!」
彼は驚いて仰け反った。
「きゃっ!」
シロもその声を聞いて驚く。
「な、何で俺の部屋にいるんだよ!」
「え、それは、だって何回ノックしても返事がなかったから……」
と頬を少し赤らめながら彼女は答えた。
「あ、そ、そうなのか……明日からちゃんと起きるよ」
彼は早起きが苦手だ。
「えへ……何だかまだ慣れないね」
登校二日目。シロは照れ臭そうに通学路を歩いていた。着慣れない制服にはクロも違和感を拭えない。
「天使と悪魔が同じ学校に通うなんてね……変なの」
と言いつつも彼女はどこか嬉しそうに見える。
昨日聞いた話だと、シロには早くも友達が数人出来たらしい。これなら何の心配もなさそうだな、と彼は安堵した。何でも彼女の目標は友達を100人作る事らしい。シロらしいといえばシロらしいというか。
「クロは大丈夫?」
「え?」
彼女は心配そうな声を出した。
「クロって、見た目で損しちゃってるからなあ……」
「……そうなの?」
そんな意見初めて聞いた。
「うん。だってクロ、すっごくやる気なさそうだもん。それに馴れ馴れしいからちょっと感じ悪いし」
「うっ」
彼女の言葉がグサグサと突き刺さってくる。
「そうなの? そんなに感じ悪いの?」
「うん。私も最初嫌いだったし」
「ううっ!」
今の一言は素直に悲しい!
「あっ、勘違いしないでね!? でも今はクロの事好きだよ!?」
シロは急いで付け足す。そしてその後顔を真っ赤にしてさらに補足する。
「あっ! いっ! 今の好きっていうのは好きって意味じゃなくて、その、あ、好きなんだけどその……!」
あたふたと言葉を繋げていく彼女を見て、何でそんなに焦ってんだ? と彼は思った。
「とっとにかく、勿体ないよ。ほんとはいい人なのに」
「ふーん。どこが」
「え」
何気なく自分の長所を尋ねると、彼女は人差し指を顎に突き立てて考え始めた。
「え~っと……何ていうかな。口では乱暴な感じだけど、ほんとはしっかり考えてるっていうか……意外とデリカシーあるよね」
「……あ、そ」
彼は表情を変えずに素っ気なく答えたが、実はさらさらと流れる彼女の言葉を聞いて恥ずかしくなっていた。それはお前が……ここまで考えて思考を一旦止めた。
いや、別にだから格別にって訳じゃねー。でも、それでもやっぱりお前は似てるんだよ。どうしてもどっかでそういう風に考えちまうんだよ。
昇降口でそれぞれのクラスの靴箱に分かれた時、クロは自分のクラスの所で男子生徒を見つけた。
「よっ、はよー」
彼は普段通りに声をかけた。
「あ、おはよう」
彼の隣の席の少年だった。そういえば名前聞いてなかったな。
「そういやー名前何てーの? 俺はクロノ……って、昨日紹介したか」
「あ、うん。薫。小早川薫」
「そっか。薫か。よろしくな」
「あ、うん。よろしく」
クロはささっと上履きに履き替えたが、薫はじっと自分の靴箱の中を見つめていた。
「? 何やってんだ?」
「え? いや何でも!」
そう言って一度脱いだ靴を履き直す。
「ちょっ、ちょっと落とし物しちゃったから探してくるよ!」
彼は外へと出ていった。
「? 何を落としたんだ?」
「クロー、何してるの?」
背中からシロの声が聞こえてきた。
「いや、何でもない」
彼はシロと合流し、教室へ向かった。
「おい外人! あんまりデカイ態度してると痛い目見るぞこらあ!」
「……あ?」
自分の席に着いて早々に話しかけてきたのは、両脇にふたりの男子生徒を引き連れた体格のいい少年だった。
「……誰だおめえ」
「ふざけんな! 昨日も言っただろうが! 郷田だ! 郷田茜! 調子乗ってるとマジでぶっ殺すぞお前!」
「ああ、そういやいたなあ、昨日も」
言われてみれば確かに昨日も同じように絡まれた気がする。こいつは確かクラスメイトだ確か。
「別にデカくねーよ。お前の方が俺より明らかに高身長じゃん」
「だーかーらそういう事じゃねーんだよ! てめえのその態度がムカつくんだよ!」
「俺もお前のその態度がムカつくからチャラにしようぜ」
「なんねーよ! ったく……いいか? ずっとそんな調子だとぶん殴るからな!」
郷田は他のふたりと共にどこかへと出て行った。
「……何なんだあいつ?」
「君、茜君に目付けられちゃったみたいだね……」
気付けば薫が隣の席に着く。落とし物が見つかったらしい。
「おう薫。見つかったのか? 落とし物」
「うん、まあね……」
「それより、あいつ何なんだ? 何であんなにイライラしてんだ?」
「茜君は1年の間じゃ有名な不良だから」
「不良? 不良だからイライラしてんのか?」
「クロノ君が気に入らないんだろうね……」
「ふ~ん。俺何か気に障る事したかな」
「ん~……見た目とか、雰囲気が嫌いなんじゃないのかなあ……」
「人は見た目じゃねーんだぞ。ったく」
先ほどのシロとのやりとりを思い出す。
「あはは。そうだね……」
薫は失笑していた。
午前の授業が終わり昼休み。昼食の時間がやってきた。クロはリュックの中から弁当箱を取り出す。昨日シロとふたりで作ったものだ。彼女が彼の分まで作ると言ってきたので申し訳なく思い、彼も手伝ったのだ。
「薫、一緒に食おうぜ」
隣の薫を誘う。
「えっ、僕は……」
彼はためらう様子を見せた。
「いいじゃん。なあ、屋上で食えねーの? よく漫画でやってんじゃん」
「えっ、食べられると思うけど……」
「じゃあ行こうぜ」
「うわっ」
クロは強引に彼の腕を引っ張り屋上へと連れて行った。
屋上では既に数組の生徒が昼食を取っていた。空いているスペースを探しふたりも腰を下ろす。ここからは運動場を見下ろせる。屋外で食事を取っている生徒も何組かいた。昼休みはまだ始まったばかりのため、遊んでいる生徒はまだいないようだ。
「なあ、今朝何を落としたんだ?」
「いや、大した物じゃないから」
「だから何を……」
「あれ? 薫じゃねーか」
「!」
弁当を食べていると背後から誰かが薫の名を呼んだ。
「何でお前ここで飯食ってんだよ」
郷田だった。彼も朝と同じく三人で屋上に来ていた。
「ん? お前は……」
クロは再び彼と目を合わせる。
「外人転校生! 何だ、薫が誰と飯食ってるのかと思ったらお前かよ」
郷田は馬鹿にしたような声を出した。
「ああ、そうだけど。もぐもぐ」
クロは食べながら答える。
「ははっ、ははははははははははははははははっ! ぶはははははははは! 何だよ! お前薫なんかと飯食ってんのかよ! 他にいい友達出来なかったのかよ!」
彼は突然大声で笑い出した。他のふたりも一緒に笑っている。
「もぐもぐ……? 何だ? 何がおかしいんだ?」
「はは、はははははははは! ひとつだけ、ぐはは! 教えといてやるよ転校生! はははは!」
郷田は自分の顔をぐいっとクロの顔に近付ける。
「こんな地味なゲームオタク野郎なんかと付き合ってたってな~んも楽しくねーぞ。わかったらさっさと他の友達に乗り換えな」
「……」
薫は黙って弁当を食べ続けていた。
「行くぞ」
踵を返して郷田達は昇降口へと戻っていく。その様子を見てクロは声をかけた。
「おい、一緒に食わねーのか?」
「けっ、誰がお前となんか食うか。それに薫と一緒にいるだけで飯が不味くなるっつーの」
そう言い残して彼らはそのまま立ち去ってしまった。
「……何なんだあいつ……」
「……クロノ君……」
「ん? 何だ?」
しばらく黙っていた薫が口を開いた。
「僕なんかと一緒に食べない方がいいよ。ていうかあんまり喋んない方がいいよ? わかっただろ?」
「……何が?」
「僕、ああいう風に扱われてるからさ」
「……お前、何かあいつに嫌われる事したのか?」
「さあ……」
「にしても何だあいつ。俺といいお前といい、色んな奴にムカついてんだな。で、何で俺はお前と喋っちゃいけないんだ?」
「それは……さっきの聞いただろ? 僕と仲良くしてたらその内君も変な風に言われちゃうよ」
「別にあいつに変な風に言われたって……いや、ムカつくけど、そん時ゃあいつをぶん殴ればいい」
「そんな事したら怪我しちゃうよ!」
彼は心配気に言った。
「怪我? しねーよ。殴るだけじゃ」
「殴られるに決まってるだろ? わかるだろ? 茜君相当ケンカ強いんだから」
「俺の方が強いかもしんねーじゃん」
「それは……そうかもだけど。ていうかクロノ君、やっぱり乱暴な性格なんだね」
「乱暴? 俺が? まさか。とにかく誰と話すかは俺が決める。お前、俺と話すの嫌か?」
「そ! そんな訳ないけど……」
「じゃあいいじゃねーか」
「……」
変な空気のままランチタイムは過ぎていった……。
午後の最初の授業は体育であった。教室に戻ったふたりは体操服を片手に急いで体育館へ向かおうとする……が。
「? どうした? 薫?」
薫の様子がどこかおかしい。
「え? あ、体操服忘れちゃったみたい……」
「落とし物はするわ忘れ物はするわ……災難な一日だな」
「あはは。先生に言って今日は見学にさせてもらうよ。怒られるだろうけど……」
「ドンマイ」
「は~、英語ってめんどくせーなー」
放課後の帰り道、クロは不満を漏らしていた。
「な~んで人間ってのはたくさん言語を持ってんだ? ひとつにまとめろよ、めんどくせー」
「まあ、ね……」
隣を歩くシロも同意する。
「天使も世界共通言語なの?」
「ああ。天界はひとつの言語しかねーよ。大昔はいっぱいあったっぽいんだけどな。俺の一族が統一してからひとつにまとめたんだってよ」
「へー……やっぱり、どこの世界にも争いはあるんだね。魔界も同じような感じだよ。言語もひとつ。ギルのシュバルゼンみたいに訛りはあるけど」
「あー、境界来る時英語もインプットしておくんだった。シロは難しくねーのかよ」
「私は……その、たまたま情報を持ってたから。初めて境界に来た時人間の男の人から知識を貰ったの。そういう魔術があって」
「何だよそれ、ずりー。俺に魔術で教えてくれよー」
「んー、でもそれだけを限定して教えるのはちょっと難しいかなー……脳の中身全部、ってなら不可能じゃないけど。さすがにそれはやだよ。他に考えてる事とかも色々ぜーんぶ教えちゃうから」
「そうなのか。てかそんな事出来るのか。すげーな魔術。じゃ俺に魔術を教えてくれよ。フェイスのねーちゃんも使えるんだろ? だったら俺も覚えられるんだよな。俺が覚えて自分で使えばいい」
「でも、それには魔力が必要だから……まずは魔界に行かないと。悪魔ならともかく、天使は体内に魔力を宿していないはずだから、魔力がある魔界に行かないと」
「何だよそれー。じゃ無理って事じゃねーかよー。つかどういう理屈なんだ? 魔術って。魔界には魔力が溢れてるのか?」
「うん。魔術を使うには魔力が必要なの。魔力は魔界中に溢れていて、その源はおそらく大地。私達悪魔は大地から魔力を授かって生まれてくるの。この前話したよね? 大地が悪魔を育てる」
「なるほど。じゃあ俺が魔界に行けば体内に魔力を持ってなくても、そこら中に漂ってる魔力を使って魔術を使える……って訳か」
「そういう事だね。っていうよりかは、しばらく魔界で過ごせば魔力が体の中に染み込んでくるんじゃないかな」
「ま、さっきも言ったけど俺が魔界に行くなんて不可能だけどな。ややこしくなりそうだし」
「あはは。だね」
不貞腐れる彼を見て彼女は笑った。
「あ、そうだ」
「何?」
「そういえば俺にもちゃーんと友達が出来たぞ」
「へ~。どんな人?」
「ちょっと鈍臭い奴だな……だけどいい奴だよ」
それからふたりはお互いのクラスの事などを話しながら家路を歩いた。
今回書いてて自分の中学生時代を少し思い出しましたがもはや記憶の彼方でほとんど覚えてませんでした。先日中学の友達と会って同級生の名前がぽんぽん友達の口から出て来ましたが聞いた瞬間に思い出す名前ばかりでした。何かごめんなさい。それから実際は危ないから昼食はおろか行く事すら出来ませんよね、屋上って。





