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●しろくろ○  作者: 三角まるめ
●○●○●○●○●
150/150

エピローグ そしてプロローグ

 目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。唸り声を上げながらクロは手探りをし、ぱん、ぱん、ぱんと枕元を何度か叩いた。ようやく時計に手が触れその位置を確認するとばしっとやや乱暴にボタンを押してアラームを止めた。

「ふあ~~~~あ……」

 大きくあくびをして、彼は寝返りをうってまぶたを閉じた。

 そうして五分後に再び目覚ましが仕事を始めた。


 行儀が悪いと知りつつも彼は「ゴスペル・スペル」最新号に目を通しながら朝食を取る。フィリアンヌのインタビュー記事が載っていた。近頃のフェアリー・テイルはグループとしての活動を減らし、個人としての活動に力を入れていた。フィリアンヌは女優としてのキャリアを積み始めている。だが決してグループが解散した訳ではない。本人曰く、今はそういう時期なのだそうだ。

 味噌汁をずずと啜り、今度はテレビに視線を移した。これまた何やら見覚えのある男のインタビューが映っていたからだ。女性アナウンサーと対面して座っており、彼の後ろには映画の告知ボードが飾られている。

 『天使と悪魔の、小さな恋の物語。』

 そんなキャッチコピーが書かれていた。

「この作品は以前私が実際に体験した出来事がベースになっているんです」

「またご冗談を」

 などという監督の男と女性アナウンサーのやりとりを聞きながらクロはご飯の残りを掻き込み、

「つまんなそうな映画だな」

そう独り言ちてせかせかと食器を片付け始めた。


「おはよう、クロノ君」

「おーす」

 聖道学園高等部一年C組教室。高校生になってもクロは薫と変わらぬ付き合いを続けている。中学三年の時に一度別のクラスになったがこの一年また同じクラスだった。そしてその一年も今日で終わる。今日は修了式だ。

 薫は特に背が伸びた。初めて会った時は大して変わらなかったのに、いつの間にかクロよりも頭ひとつ分高くなっている。そして高校に入ってから眼鏡を外してコンタクトに代えた。いわゆる高校デビューという奴だ。

「……今日、だよね」

「ああ」

「あ、いたいたクロちゃん」

 自席に着いていた姿を発見され廊下から陽菜と結がC組の教室へと入ってくる。ふたりとも別クラスだ。

 薫とは逆に、陽菜は高校に入ってから眼鏡をかけた。それから……特に胸が大きくなった。彼女の柔らかそうな肉付きとは対照的に、一緒にいる結は陸上少女という事もあり体のラインが引き締まっている。日々のトレーニングの賜物だ。

「も~、相変わらずチャイム間近に登校してくるね。今日でいいんだよね?」

「ああ」

「クロちゃんの機嫌がいいから間違い無いね」

「じゃあ4時くらいに」

「わかった」

「それじゃ放課後~」

 それだけ話すとふたりはひらひらと手を振って各々の教室へと戻っていく。それからチャイムが鳴るまでクロは薫といつも通りの、他愛もない会話を楽しんだ。


 ぽん、と朱印が押された書類がまた一枚、山の上に積もっていく。浅く息を吐くとベルはマグカップを手に取ってコーヒーを一口啜った。座ったまま少し伸びをすると椅子をくるりと回して窓から空を見上げる。ふと弟の事を考えて呟いた。

「今日……か」

 執務室の外にはいつも通りの青空が広がっている。魔界への復興援助もある事からこの神殿の復旧作業は未だ継続中だが、50%の機能は取り戻していた。

 あれから二年以上が過ぎてもなお、世界中の各地で反魔派による活動が後を絶たない。特に神宮殿の周りは厳重な警戒態勢が続いている。魔界でも似た様な状況が続いているそうだ。

 先に述べた復興支援以外にも、科学と魔術を融合させた魔導科学の研究を共に行ったりもしている。交流は未だ政府機関同士に留まっている。いずれは民間同士で自由に交流出来る事を互いに目指しているが、そこに行き着くまでにはまだまだ膨大な時間がかかるのは目に見えていた。

 それでも、少しずつでいいから歩み寄っていく事が大事なのだ。それがあの子達が望み、選んだ未来なのだから。

 カップにまた口を付けてコーヒーを飲み干した所にエリーが潑剌とした声で入室してくる。

「おかわりで~す」

「! ちょうどいいタイミングですね……って」

 てっきりコーヒーのおかわりかと思って微笑んだベルだったが、エリーが大量に書類を抱えているのを見て顔を一瞬で硬直させた。

「そっちか……」

 デスクの上に新しい山が出来上がった。


 すとん、とクロは畳の上に綺麗に叩き付けられた。視界には古びた道場の天井が広がっている。

「……あーくそ」

 少し間を置いてから彼はゆっくりと立ち上がった。

「やっぱりお前に勝てねえ」

 乱れた道着を正しながらも帯は締め直さなかった。もう今日はこれで終わり、という合図だ。

「昔はけんかでお前に負けた事無かったのに」

「けんかと柔道は違うだろ」

 郷田茜は正論を返す。ここはふたりが通っている柔道場だ。郷田の知り合いが開いており、稽古が終わった後こうして時々居残りで使わせてもらっていた。

 郷田は中学二年の二学期の頃―――ちょうど天界と魔界が和平に向けて動き始めた頃―――にこの道場に通い始めた。天下りに復帰したクロは彼の伝手で半年ほど後に入門した。能力を失ったクロが心身共に鍛えるために選んだのが柔道だった。

「悪いな、いつも付き合ってもらって」

「何だよ気持ち()りい……それより時間は大丈夫なのか」

「ああ。ちょうどいい頃合いだ…………お前も来るか?」

「は? …………いや、俺はいいって。何か気まずいし」

「…………そうか」

「それに…………俺もこれから(しおり)さんと約束があるからな」

 でへへ、とニヤける郷田。栞というのは郷田が交際している同学年の少女である。中学の頃に比べると郷田は大分態度が丸くなっていた。そうなったのは彼女の存在が非常に大きいものだった。

「何年振りだ? ……2年振りとかか? 楽しめよ」

「ああ」

「……にしても、まさかお前とこんな風になるとは思わなかったぜ」

「今度薫も誘って適当に飯でも食いに行くか」

「……そうだな、それもいいな。谷口と内藤は……いや、あいつらはいいか」

 ふたりで道場の戸締まりをし、鍵を返しに行くとクロは帰宅の途に付いた。


「大お姉様!」

「どうしました、レイラ?」

 フェイスは大魔城の宝物庫で作業をしていた所だった。この度西のネルメス公国にてエリシア王家にまつわる企画展を行うという事で、それに貸し出す王家所蔵の美術品の選別を行っていた。

 天使と悪魔の和平が実現したあの日に新たに生まれた灰色の髪の少女はその後シロの希望により王家に保護される事になった。そして新たにレイラという名前を付けられた。レイラは城の者達と交流しながらすくすくと育っていき、それと共に体も人と同じ様に成長を見せていた。今年には学校にも通い始める事になっている。

 今の所彼女に関わる大きな問題は起こっていない。出自のためか、やはり外見に対して知能は高く、フェイスの下で彼女も共に軽い給仕を行っていた。

「今晩の夕食の希望を魔王様にお伺いに行ったのですが、ノックをしても返事をして下さりません! お部屋の中には確実にいらっしゃる様なのですが……ノックをしても一切反応をして下さりませんし……どうすればよいでしょう?」

「ああ、それは…………しばらくはそのままにしておいて差し上げなさい…………此度のご出立の件で魔王様は相当落ち込んでおられるのでしょう」

「お姉様の件でですか? しかし、何も二度と戻って来られない訳ではございませんのに……魔界(こちら)でのお仕事もあります故、定期的に帰還されますよね?」

「そうなのですが……魔王様は大層お嬢様の事を愛していらっしゃる故……」

「…………愛……でございますか」

「……よし」

 フェイスは手に持っていた選別リストを床に置くと、レイラの体を正面から抱き抱えた。

「一緒に厨房へ行きましょう。調理はまだ得意ではないでしょう? この様な時、どの様な物をお出しすればよいのかレイラに教えてあげましょう」

「大お姉様がお料理を?」

「いえ違います。(わたくし)とレイラのふたりで、です」

「……はい!」

 嬉しそうに顔を綻ばせるレイラを下ろし、フェイスは手を繋いで一緒に廊下を歩いていく。

 ……お嬢様は、もうあちらに着かれているだろうか。


「……涼太?」

「……おお、クロ」

 マンションの廊下でクロは隣人と顔を合わせる。ギャルゲー好きの大学生叶涼太である。彼は珍しくスーツ姿という出で立ちであった。

「何やってんだお前、そんな格好で」

「今から会社の人と食事会なんだよ。あーめんどくせ、何で入社前からこんな事……」

 彼は一年留年した。したがってこの春から社会人になる。メーカーの営業職に就くらしい。

「嫌だ……働きたくない……………………でもな、もしかしたら可愛い先輩と運命的な出会いを果たして、公私共に色んな事を教えてもらえるかもしれねえ……そんな可能性に賭けてえんだ」

 涼太はどこか哀愁を漂わせながら言った。

「だからよ……俺、行くわ」

「……おう、そうか」

 皺ひとつ無い綺麗な背中を見送ってからクロは部屋に入った。

 それから身支度をして香林の園へと向かう。

 店内に入ると既に飾り付けが始まっていた。今日の営業はもう終了し、今は貸し切り状態だ。

「お、クロちゃん来たね。最後だよ」

 脚立の天辺に座って壁にモールを飾っていた陽菜が振り向く。モールの色合いが金と緑なのはクリスマスの時期の物を使い回しているからだろう。脚立の脚は薫が支えていた。

「結は?」

「今奥で店長の料理の仕込みのお手伝いしてるよ。クロちゃんも来たし、男子組には買い出しに行ってもらおうかな」

 陽菜は高等部に入学してからこの店でアルバイトとして働いていた。かつてのイヴと同じ様にギルバートのサポート役だ。

「はいこれリスト」

 買い出しリストを手渡され、クロは薫と一緒に繁華街を歩き回る事になった。

 そして。

 店内の飾り付けを終え、調理もあらかた終わり、最後にケーキに生クリームを搾っていた時。

 貸し切り状態の店のドアが小さく音を立てて開いた。

 そこから遠慮がちに顔を見せたのは、背中まで伸びる長い黒髪の少女。その場にいる誰もが一目でわかった。

「あ、シロちゃ~~~ん!」

「……ただいま」

「ごめんね、まだ準備全部終わってなくて。よし、じゃあ後は任せた!」

「シロ~~~~! 会いたかったよ~~~~~!」

 まず真っ先に結がシロへと駆け寄りがばっと抱き付いた。続けてクリーム搾りを投げ出した陽菜も後に続く。

「はあ~~~2年半振りのシロちゃんだ~~~」

「すりすりすりすりすりすりすりすり」

「すー……はあ~~~……たくさん吸わないと……」

「あう~~~~~~~」

 両側から友人に挟まれてシロは呻いていた。

「……何だか懐かしい光景だね」

「何やってんだか……あ」

 そんな様子に薫とふたりして気を取られている間に、クロの手元が狂って搾っていた生クリームの形が乱れた。

 これから始まるのはシロの歓迎会だ。

 ふたりからようやく解放されたシロはゆっくりとクロへと歩み寄ってくる。

「……帰ってきたよ」

「ああ、おかえり」

「! 声低くなってる」

「2年も経てばな。『門』は無事に抜けられたみたいでよかった」

「兵士さんに補助してもらってね」

 これまでふたりは何度か手紙でやり取りをしていた。シロは片翼を失ったままだ。義翼を付ければ飛ぶ事は出来るが、境界でそんな物を付けたまま歩いていたら目立ってしまって仕方がない。したがって彼女が境界と魔界を行き来するには誰かに補助をしてもらわなければならなかった。

「背、追い付いたと思ったんだけど大して変わってないなあ」

「その分俺も伸びてるからな」

「……」

「……」

 彼女の顔にはまだ少し幼さが残っている。しかし髪を下ろしている事もあってか、以前よりも落ち着きを感じさせる外見になっている。

 それは俺も同じかもしれないな、とクロは思った。お互い少しだけ大人になっている。

「はいはい、イチャつくのは後にして~」

「そ、そんなんじゃないから!」

 この反応は相変わらずか。

 店内にセッティングされたテーブルに紙皿と紙コップが置かれ、ギルバートが奥の厨房から出来たての料理を運んでくる。久し振りの再会を祝して、一同はこれから賑やかな時間を過ごすのだ。


 そう、また新しい日々がやってくる。

 天使と悪魔の小さな恋の物語は、まだまだ続いていくのだから。


 ●しろくろ○ 完

おしまいです。ありがとうございました。本当に。

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