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●しろくろ○  作者: 三角まるめ
完結編
148/150

最終話 はじまりのおわり

 和平条約締結式典の日から七日が過ぎた。イヴの言った通り、あれから魔界の各地で地震や干ばつ等の異常気象が報告されている。大地が再び安定するほどの魔力を取り戻すのにどれほどの時間がかかるのか、まだ誰にもわからなかった。今は各地で復興に向けて動き始めた所だ。

 そんな状況下ではあるが、神含め天界から訪れていた天使達は復興に関わる一部の者達を残して予定通り明日天界へと帰還する事になっている。それに伴って今夜、大魔城の一角で小さな交流会が開かれている。本来ならば式典が終わった直後の夜に行われるはずだったのだが、エンドが引き起こした混乱のせいで中止になっていた。こんな大変な時期にパーティーを開くなど、という批判的な意見もあったが、それでもやはり貴賓を見送る一種の形式的な儀礼として必要だと判断され、規模を縮小し、本来よりも少ない人数で立食という形で執り行われていた。

「魔王殿……(わたくし)達天使は魔界への援助を惜しみ無く行わせて頂きます」

「ありがとうございます。ぜひともお願い致します……しかし、ここはあなた方を見送る場ですし、その様な暗い表情はやめましょう。せめてここではもっと明るくいきましょうか、神殿」

「……そうでした、申し訳ございません」

「おや、せっかくのグラスに何も入っていませんね。お酒は飲まれますか?」

「え、ええ、少々……しかしこの場では……」

「この場だからこそですよ……城の酒蔵から一級品の物を用意しています。果実酒は大丈夫ですか? 100年寝かせた極上品がこちらに」

「……そうでございますね。この様な場でお断りするというのも無礼……では、頂きます」

「注ぎますよ」

「……ありがとうございます」

 ベルが差し出したグラスに魔王が手にしたボトルを傾ける。濃厚な赤みを帯びた酒がこぽこぽと注がれていく。

「……素晴らしい香りですね……では」

 ベルはくいと果実酒を一口飲む………………こくん。口を離さずまた喉が動く。こくん。また喉が動く。こくん……。

 結局、一口で注がれた分を全て飲み干してしまった。

「おやおや、なかなか豪快に飲まれますね」

「…………美味い……美味過ぎる…………」

「…………神殿?」

「これが魔界の酒か……他にはどんな物があるんですか?」

「色々と準備していますよ。発泡酒などもありますし」

「発泡酒! いいですね! ぜひ味わってみたい!」

「あ! 魔王様せんぱ……神にお酒を飲ませられたのですか!?」

「おや、エリザベスさん……ええ、宴席ですから」

「ひっ、ひええ! だっ、駄目ですよ! 先輩は酒癖が物凄く……」

 魔王がエリザベスと話している間にベルは瓶から発泡酒をグラスになみなみと注ぎ、またもや一気飲みをする。

「くはーっ! 最っ高だな! 魔界に来て良かった!」

「あ、ああ、先輩……公の場では飲むなとあれほど……」

「おや魔王殿? グラスが空ですよ。お注ぎしましょうか」

「え、ええ、ではお願いします……」

 促されて魔王がグラスを上げるとベルは適当なボトルを取って近付ける。そのまま中身を注いであげるのかと思ったら、その直前でボトルを自分の方へと戻し先ほどまで発泡酒が入っていた彼女の空のグラスへと注いだ。

「な~んつって! ベルちゃんもう一杯! ふははっ! 冗談ですよ冗談! ちゃんと魔王殿の分も残してますから! 女神ジョーク! たははっ!」

「…………ありがとうございます」

「……お、終わった……和平共生の道がもう途絶えた……」

 エリーは顔を青ざめさせ、頭を抱えていた。


「…………凄いね、ベルさん」

「……頼むから見ないでくれないか……やっぱ縁切るべきだったのか」

 シロとクロも離れたテーブルから女神の無作法を眺めていた。そのふたりの脇にある円卓はかなり低い……というかほとんど踏み台の様な高さしか無い。ここは七聖獣専用のテーブルだった。久し振りに勢揃いした獣達が食事を楽しんでいる。

「あ、ねえねえサタン、ソース取ってえ」

「あ? てめえで取れや。明らかにてめえの方が近いだろ」

「え~、めんどくさいし……」

「カッチーン! てめえ外出るか? 大体何でお前と飯を食わねえといけねえんだよ。飯が不味くなる!」

「じゃあ食べなきゃいいのにい。相変わらず怒りん坊だねえ」

「ムキーッ! やっぱお前はムカつくわフエゴ!」

「ふ、ふたりとも落ち着いて……!」

 けんかを始めた二匹をシロがなだめる。怠け者のナマケモノ、ベルフェゴール。その怠惰な性格から短気なサタンとは犬猿の仲なのである(犬ではないが)。

「そうだぞ。こういう場で七聖獣の品格を貶めるんじゃない」

「聞いたぜルシフ。お前さんは今回の戦いで大活躍だったそうじゃないか」

「ふっ。当然の役目を果たしたまでだ」

 酒が入って上機嫌になっているのか、マモンに褒められたルシフは誇らしげに翼を広げた。片翼の一部が隣にいたアスモの体に当たる。

「あいた! ちょっと翼邪魔よ! ちゃんと畳んでなさい!」

「うう、穴の中にいないと落ち着かないですね……ちょっとここに掘っていいですか?」

「それはちょっと我慢してね、レヴィ……」

「……愉快な動物園だな」

 ぼそりと呟いたクロの顔のそばをぶ~んと小さなハエが飛んでいく。食いしん坊のベルゼだ。

「シロ~、久し振り~」

「あ、ベルゼ。ごきげんよう。食事は気に入ってもらえた?」

「うん。すっごく美味しいよ~……出来ればもっと食べたいけど、まあしょうがないよね~」

「ごめんね、こういう状況だし、あんまり食料を浪費する訳にもいかないから……でも追加でもう少し出てくるはずだから」

「うん、楽しみにしてるね~」

 そう言うとベルゼはまたぶ~んと音を立てて円卓へと戻っていく。そうしてひとしきり落ち着いた所で。

「……ねえクロ、ちょっと中庭を歩かない?」

「ん? まあ、時間もあるし、適当なあいさつ回りも済んだし……別にいいけど」

「お! 俺もいいかシロ」

「え、サタン?」

フエゴ(こいつ)とこれ以上同じ空気を吸うのに耐えられねえ」

「え、えーと……」

 予想外の展開にシロが躊躇っている間に、サタンはのっしと立ち上がった。本当に付いてくるらしい。

 しかしそれをアスモが制する。

「あんたはここにいなさい」

「あ? 何でだよ」

「そうだぜサタン。ここはまあ抑えな」

「うむ。その通りだな」

「ここは大人しく座っておきましょう」

「空気読もうよお、サタン」

「いちいちムカつく言い方だなお前!」

「そうだサタン、おいらがノミ取ってあげるよ~」

「いねえよ! ……いや、いるのか……?」

 他の聖獣も総じて彼を止める。シロはアスモと目が合った。

『いい加減しろくろつけなさい……はっきりとね』

 彼女は視線でそう告げていた。

 シロはこくりと頷くとクロを連れて廊下へと出た。

 ……これから、クロに告白をする。


 外の気温は今の時期に相応しくないほど高かった。冬であるにも関わらず晩夏ほどの暖かさがある。これも異常気象のひとつだった。

「明日帰っちゃうんだね」

 シロの方から話を切り出した。

「何だか不思議な気分だったよ。魔界にクロがいるなんて」

「俺はもうちょっと慣れてたけどな。何だかんだで3ヶ月近くいた訳だし」

「……それもそっか」

「ま、帰るっつってもちょっとすりゃまた境界だ。色々あったけど天下りは続くしな」

「ネックレスの事大丈夫だったの?」

 次にゆらぎかけたら今度こそ天下りは中止になる……そういう約束だと聞いていた。

「ああ、それは、な…………」

 クロは少し言い淀んだ後、話を続ける。

「……エンドの中からお前に助けてもらった後から、何か違和感があってさ……」

「違和感?」

「俺、もう……電気を出せねーんだ」

「……え……!?」

 シロはつい立ち止まる。

「天界に戻って検査を受ける事になってるけど、多分、俺の力はあの時エンドに食われたままなんだ。多分もう……」

「……そ、そうなんだ……」

「……まあ、力なんか無くったって不自由はしねえよ。とにかく、そういう事だからもうゆらぐ心配がそもそも無くなったって訳だ。だからまあ、普通に境界に行くよ…………お前は、どうすんだ?」

「…………私は……」

「……」

 その事もこれから伝えるつもりだった。

「私は…………魔界に残るよ」

「………………そっか」

 彼女の言葉を聞いてクロは少し寂しそうな顔をした。

「魔界が大変なこの状況で、王女の私が境界に行く訳にはいかないから……」

「……うん、そうだよな」

「でも……でも落ち着いたら、絶対帰るよ、またあの家に」

「……うん」

「だから……だから待ってて」

「…………うん」

 見つめ合ったまま無言の状態が続いた。この夜が明ければふたりは再び離れ離れになる。だからこそ今日言わないといけない。そしてそれは、間違い無く今だ。

「あのっ、それで、私ずっと前からっ、ク、クロにいっ、言いたい事があったんだけど……」

 少女の声は上擦っていた。もっとしっかり話したいのに自然と早口になってしまう。落ち着け、私。

「えと、えーと、その…………わ、私ね…………!」

「俺、シロの事が好きだ」

「……………………え……」

 いざ告白を。そう思っていたシロの耳に飛び込んできた言葉。その意味がすぐにはわからず彼女は戸惑ってしまった。

「え…………?」

 目の前にあるクロの顔は見た事が無いほど真っ赤になっている。その照れた表情で変わらずシロの目を見つめている。

「…………ええ……!?」

「わ、悪い、急にこんな事言って……でもその……今言っとかないといけねー気がして……」

 ようやく頭が回り始めた瞬間、思わず涙が溢れてきた。

「なっ! 何で泣くんだよ! そんだけ嫌なのか……!? や、やっぱ気持ち()りーか……」

「……嬉しくて……」

「え……?」

「私も、クロが好きだから……! ぐすっ、一緒の気持ちなのが嬉しくて……!」

「……そ、そう、だったのか…………な、何か、言った後もだけど、言われた後も恥ずかしいな、こういの……」

「……え、えへへ……」

「……あ、あはは……」

 などと、お互い気持ちを伝えたにも関わらずどうしていいかと笑って誤魔化していたところ。

「何やってるんだお前は! そこでさっさと押し倒してだな……!」

 突然茂みの中からベルが飛び出してきた。

「びくっ! な、何だよ姉貴急に! ってか何でいんだ!?」

「あ~もう、ベル姉のせいでばれちゃったじゃん」

「フィリィ!?」

「婚約者の私という者がありながら、この浮気者」

「お、お前ら、いつから……!」

「『明日帰っちゃうんだね』の所から」

「最初から!」

「いやーごめんね、たまたま見かけたからたまたま後を尾けてただけだから」

「確信犯じゃねーか!」

 覗いていたのはふたりだけではない。魔王やフェイス、エリーに七聖獣までわらわらと茂みの中から現れる。

「クロノ君、今の話詳しく聞かせてもらおうか」

「はあ~お嬢様お可愛らしいパシャパシャパシャパシャ! はあ~お可愛らしい!」

「…………な……な……」

「ほらほら皆さん! 駄目ですよ! 坊ちゃまもシロ様も困ってらっしゃるじゃないですか! せっかくのお二方の時間なんですから、会場へ戻りましょう! さあさあ! しっしっ!」

「ま~いい! これで酒が美味くなる! はっはっは!」

「クロノ君、今の話は後ほど詳しく……!」

「お嬢様あ~パシャパシャパシャパシャ」

 エリーに止められた一行はぐいぐいと背中を押されて会場の方へと戻っていくのであった。

「ふ~、まったく…………さっ、エリザベスめは引き続きここで監視を続けますので、どうぞお続け下さい!」

「お前も行くんだよ!」


 その後ふたりは中庭のベンチに並んで座った。普段ならこの時期に絶対咲かないダイダイアミバクラの花が艶やかに視界に映る。こんなに綺麗だったか。いや、花だけではない。木々も、草も、ただの道も。空も。このベンチだってそうだ。目に映る全ての物が今までよりも美しく見える。それは多分、隣に座る少年に好きだと言ってもらえたからだ。そして好きだと伝えたからだ。

 その少年は、未だに落ち着かずにそわそわと辺りを気にしていた。人気は無いが、まだ誰かが隠れているのではと疑っているのだろう。

「気になるの?」

「エリーあたりがまだいそうな気がしてな……」

「あはは……クロの事大好きだもんね、エリーさん」

「…………それは、保護者の『好き』みたいな気持ちなんだよな」

「そうだね。クロの事可愛いとか思ってるんだろうね」

「俺は…………あいつの事、ほんとに(・・・・)好きだったよ」

「!? そ、そうなの!?」

 びっくりして大声になる。はっとして口を塞ぐがやはり周りには誰もいない。

「昔の話だよ。でも、あいつにとって俺は結局の所『先輩の弟』とか『仕えるべき主』でしかなかった訳でさ……俺がどんだけ背伸びしても無駄だった。結局あいつから見れば俺は子供なんだよ。まあ実際子供なんだけどさ」

 シロはフィリアンヌと初めて会った日の夜、境界の自室で聞いた話を思い出す。クロに好きな人がいた……という話だ。ここから先はあいつ本人から聞き出して? 彼女はそう言っていた。

 話してくれたのだ、今まで胸の内に秘めていた事を。その事が少し嬉しかった。

 でも……。

「何でそんな話を今するの????」

「え……いや、何となく、流れで」

「……私、クロの事好きって言ったばっかりなんだよ。それなのにエリーさんの事が好きだったとか、何でこのタイミングでそんな話をするの??????」

「…………わ、悪い……で、でも、今はもうそんな事無いからな! 俺はお前の事が好きなんだ!」

「…………はー……」

 少し感情的になってしまった。深く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。改めて言われても恥ずかしいし、やっぱり嬉しく思ってしまう。

「……ずるい」

 ぼそっとシロは呟いた。

「……それにしても、どうなるんだろうね、わたしたち」

「さあな……でもイヴも言ってたろ。きっと大丈夫だって」

「うん……きっと、大丈夫だよね」

「ああ、きっと大丈夫さ」

 ふと指先同士がぴたりと触れる。ふたりは反射的に手を引っ込めるが、顔を見合わせた後、また少しずつ近付けていき、やがて指同士を絡めた。そうだ、もう呪いは解けた。これからは何の抵抗も無くこうして触れ合う事が出来るのだ。

 とても暖かい。手を握るだけでこんなにも暖かくなるのだ。この瞬間をずっとずっと望んでいた。

 クロの手は少し震えている。恥ずかしいのかな。少し緩んだ指先を逃がすまいと、シロはぎゅっと握り返した。彼がこちらにちらりと目線を向ける。相変わらず頬が赤い。きっと私も同じくらい赤い顔をしているんだろう。ああ、やっぱりクロが好きだ。

 本当に長かった。わたしたちがこうして手を取り合うまでにずいぶんと長い時間がかかってしまった。

「……さっきあんな事言ったのに、駄目だなあ。ずっとこの夜が続けばいいのにって思ってる」

「……お前は真面目だからな……シロ……俺、お前に助けられてばっかりだった。強くなるよ。力も失っちまったし……もっと……もっと強くなる」

 クロの手にぐっと力が入る。

「うん……わかった。じゃあもっと強くなって。もっと強く、かっこよくなって」

「ああ……あと、俺だっていつまでも境界にいる訳じゃねーんだからな。天下りはあと4年だ。4年すりゃー……俺は天界に戻る。だからそれまでに絶対帰って来い」

「うん、わかってる。ちゃんとクロがいる間に戻るから……約束する。だから……」

「だから?」

「今はもう少し、こうして手を繋いでたい」

「……」

 クロは微笑んで空を見上げる。シロも一緒に顔を上げた。

 そうだ、きっと大丈夫。離れ離れがふたりを遠ざけても、この感覚(・・・・)があればきっと大丈夫。

 星空も月明かりも、今はただ、この小さな小さな恋の物語を見守っていた。

完結じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ。

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