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●しろくろ○  作者: 三角まるめ
完結編
131/150

第95 XCⅤ話 おわりのはじまり

何かが起こりそうな予感です……。

 厳しい暑さが続く八月のとある日、シロはリビングで夏休みの宿題に勤しんでいた。角に置いてある扇風機が首を回して先ほどから定期的にノートのページを風で捲ってくる。お疲れ様、でももっと頑張って……電気代節約のために昼間のエアコンの使用は極力控えていた。

 今家にいるのは彼女ひとりだけだ。クロは漫画を買いに外へ出ている。今回こそきちんと宿題をやっているのだろうか。冬休みも、去年の夏休みも終わり際になって焦って取り組んでいた記憶がある。

 ……多分今回も同じだろう。

 そう考えた所で彼女はふとシャーペンを動かす手を止めた。

「……すっかり当たり前になっちゃってるな」

 元々は侵略のためにこちらの世界に来てから、色々あって今や一年以上が経過した。今は本来の目的を遂行する気など彼女にはさらさら無いが、であるならばこの暮らしはとっくに終えてさっさと魔界に帰るべきなのである。だがそうする気も無い。この生活をまだ続けていたい、と願っているからだ。これはシロのわがままだ。父にも嘘をつき続けてまで現状を望んでいる。

「いつになったら進展があるのやら」

 先日、一年振りに昨年と同じメンバーで海に遊びに行った。その時に相変わらずのクロとの関係に対して陽菜に言われた言葉である。情けない事この上無いのだが、クロに気持ちを伝えたいと思っている一方でこのままの関係を維持したい気持ちもあるのではないかと最近になって思えてきた。悪魔の王女と天使の皇子。仮に心が通じ合ったとしても、ふたりの立場が確実に障害として立ちはだかる。関係が進展したとしたらそういった問題に必ず向き合わなければいけなくなる。その事に対する覚悟が無いのではないか。

 しかし現状を維持した先にもいずれ変化が訪れる事もわかっている。今はそれに対して何もしようとせず……自分から答えを出そうとはせずに、こうしてぼんやりとテレビに視線を移しているだけなのだ。

 ピンポーン、と来客を告げるドアホンが鳴った。またフィリィちゃんだったりして、などと思いながらモニターを見る。知らない中年のふたり組の男だった。

「はい、どちら様ですか」

〈あの、(わたくし)共は聖道学園の事務局の者なのですが……こちらにシエルさんという本学園の生徒の方はお住まいでしょうか〉

「はい、私ですけど」

 学校の人が訪ねてくるなんて珍しい。何かあったのだろうか。

〈ああ、すみませんでした……少しお伺いしたい事があるのですが、中に入れて頂く事は可能でしょうか〉

「ええ、大丈夫ですよ」

 疑問を持ちつつシロはエントランスのドアを開けた。


「こんにちは……あなたがシエルさんですか」

 続けて自宅のドアを開けてシロは男達と顔を合わせた。

「はい、そうですけど……何のご用ですか」

「……本題に入る前に……クロノ様は今こちらに?」

「! い、いえ、出かけてますけど……」

 学校の人間がクロの事を敬称で呼んだ事に戸惑ったが、よく考えると先日の機翼の事件以降学園運営に天使が関わっている事を彼から聞いていた。という事はこのふたり組は天使……こちらの動揺を悟られない様に少しだけ身構える。

「そうですか……では本題なのですが……あなたは悪魔ですか」

「!?」

 びくりと反応しそうになるがシロは平静を装った。目の前のこの男達はおそらく天界の中枢機関と関係を持っている。素性が明らかになったら確実にまずい。

「何ですか突然……そんな訳無いじゃないですか」

 その時男のひとりが彼女の手首を掴んだ。

「きゃっ!」

「悪魔という存在をまるで知っている様な口振りですね」

「っ……それは、クロから話を聞いた事があるから……!」

「頑張って平静を保とうとしていますが私が尋ねた瞬間ほんの少しだけあなたの目は泳ぎました」

「……!」

 この男よく見ている。鋭い観察眼だ。

 ピンポーン、と再びドアホンが鳴ったのがリビングから聞こえた。またしてもエントランスに来客の様だ。

「……っ! だ、誰かエントランスに来たみたいなので一旦対応したいんですけど」

 奥へ戻ろうとするシロの手首を掴む手に力が加わる。逃さないという事か。

「少しばかり学園に在籍している児童、生徒について調べていると気にかかった姓があってね……確かエリシアというのは魔界の王家の物だった記憶があったもので」

 ピンポーン。エントランスの客がまた鳴らした。

「念の為に確認をと来てみれば、まさか本当に悪魔が紛れ込んでいたとは……しかもあろう事かクロノ様と同居など……まったく、危険極まりない状況だ」

「かっ……勘違いです!」

「ならば身元の確認がはっきりと取れるまで拘束させてもらってもいいでしょうか」

「そ、そんな事……!」

「されては困ると?」

「ちっ、ちがっ……!」

 誤魔化しは効きそうに無い。この男は自分の推測に絶対的な自信を持っている。

「シロに何やってんだ」

「!」

 危機的状況下に聞き慣れた声。クロが帰ってきた……助かった、彼に事情を説明してもらうしかない。

「クロ! ……その人達は?」

 手首を掴まれたままマンションの通路に顔だけ出して彼の姿を確認する。するとその後ろにさらに見知らぬふたりの男。彼らも見覚えの無い顔だ。

「ん? 何か帰ってきたらエントランスにいて……どうやらお前宛ての来客らしいから通したんだけど……!」

 と話しているクロの横を男のひとりがするりと抜けていく。そのままシロの手首を掴んでいる天使の男の腕をがしりと握った。

「王女様に何をしているのだ貴様は!」

「……え?」

「何? ……まさかお前も……! ク、クロノ様? この者達は一体……!?」

「ちょっと待て、そもそもあんた達も誰なんだよ」

「はっ、失礼致しました。我々はイージスの者です。クロノ様と同居している人物に対して悪魔の疑いがかかりましたので捜査に参った次第です」

「イージス? イージスとは何者だ。まさか天使……!?」

 学園の事務局員の男の言葉にクロが連れてきた男が反応した。事態が余計にややこしくなってしまった気がする。

「ああそうだ。そういうお前はやはり悪魔か。今この少女の事を『王女様』と呼んだな? 我々の推測は間違っていなかった様だ」

「いいからその手を離せと言っている。貴様の様な者が容易く触れてはいけないお方なのだ……!」

「……ならば……お前達諸共捕らえるまでだ……!」

「ちょっ……ちょっと待て待て! 一旦落ち着いてくれ!」

 クロが声を上げた所で室内でガラスが割れた音が響く。

「なっ……何!?」

「! しまった! もうひとりがいない!」

 シロが振り返った時には既に腰に手を回されていた。クロの後ろにいたはずのもうひとりの男だ。今のやり取りの間にエントランスから一旦外へ出て窓から侵入してきたのだった。彼はシロの体越しに彼女の手を掴んでいるイージスの男の胴体へと素早く掌を当てて魔術をかけた。

「エヴォッシュ!」

「!」

 イージスの男は後方に突き飛ばされ隣の建物の壁に打ち付けられる。

「乱暴で申し訳ございませんでした王女様! お怪我は!」

「だ、大丈夫……ってひゃあっ!?」

 そのまま彼女はぐいっと体を抱え上げられた。

「な、何をするの!?」

「無礼なのは承知の上でございます! 一刻も早く魔界へ戻りましょう!」

「えっ……ちょっと待って……!」

 彼はそのままどかどかとリビングに向かい、先ほどガラスを割った窓から外へと飛び立った。通路で突き飛ばされた男の手を掴んでいたもうひとりの男もどさくさに紛れて後に続いていた。

「わ、私は大丈夫だから!」

「いいえなりません! 我々は王女様の身辺を調査するべく派遣されたのですが、境界は我々が思っていたよりも危険な世界だという事がわかりました。まさか天使が既に手を出していたとは……魔王様にご報告しなければなりません」

 男の手から逃れようとするもきつく抱えられて身動きが取れない。このままでは魔界に連れ帰られる事になってしまう。しかもそれが一時的とも限らない。

「……クロッ……!」

 少女は思わず彼の名を呼んでいた。


「シロ!」

 一方、クロもシロの姿を見失う前に急いで外へと飛び出した。ぐんと上へ上へと昇っていく。見上げる先には小さなふたつの点。まだ遠い。彼は目一杯風を切った。

「くそっ……!」

 だが全然追い付けない。子供と大人の差だ。こればっかりはどうする事も出来ない。電撃を飛ばそうにも全く届かない距離だ。姉貴の神槌があれば……いや駄目だ。攻撃をしてどうする。それでは彼らから先ほどのイージスの男達と同じ様に見られてしまう。もしそうなってしまったら事態はますます危うい方向へ向かってしまうのではないか? 今必要なのは対話だ。俺達はわかり合えるんだ……。

 小さな点のさらに上空にぽっかりと穴が開いた。異界への門だ。まずい、シロが魔界に連れてかれちまう……! 神薙を使ってどうにか……いや、だから神器は使っちゃ駄目だ。でも攻撃をしなければ……神楽を使って高速で……いやそれも無理だ。何とかして距離を詰めたい……!

「……シロォォォォ!」

 少年は叫ぶ事しか出来なかった。


「! ……クロ……!」

 ぼんやりと自分達を追ってきている人影が男の腕の中でシロには見えた。間違いない。あれはクロだ。しかし彼女が向かう先にはぽっかりと穴が開いている。このままでは間に合わない。

「……い、嫌! いや~~~~~~~っ!」

 男の顔をぐいと押しのけ足を思い切りばたばたと動かす。その甲斐あってか男は少し減速した。

「お、王女様! おやめ下さい!」

「いや! いやいやいやいやいや~~~~~! 帰りたくない!!!」

 もう何でもいい。何でもいいから抵抗しなきゃ。

「帰りたくない帰りたくない帰りたくない帰りたくない帰りたくない! ……帰りたくない~~~~~っ!」

 ごめんなさいと思いながらシロは男の頬を思い切りひっぱたいた。彼はまた減速する。

「止まって! 止まって! 止まって! 止まって~~~~~~!」

 ちらりと下方に目をやるとクロの姿が少し近付いている。このまま頑張ればもしかしたら追い付いてくれるかもしれない。

「王女様! 落ち着かれて下さい! あまりお暴れになると上手く飛べません!」

「だ……大体さっきからあなたどこを触ってるの! いくら子供とはいえ私もひとりの女性なのよ!」

「なっ……! 別にその様なつもりは!」

「あっまた触った! ふ、太ももを今な、撫でる様に……あー気持ち悪い! 今すぐ下ろして!!」

「おいお前! 王女様に対して何を……!」

 先を飛んでいたもうひとりが反応した。またまた減速。

「ち、違う! あ、あの王女様! 私はその様なつもりは……あっ!」

 男があたふたとし始めたのを機と見てもう一度彼の顔を掌でべたんと弾いた。その勢いで緩くなっていた腕から離れ、彼女は空に解放された。

「しまった!!!」

「クロッ!」

 少年の元に逃げる様に逆行しながら少女は手を差し伸べた。


「!」

 抵抗が功を奏してシロがこちらへと飛んでくるのがクロにはわかった。彼女の後ろには再び捕まえようとする悪魔の姿。更にその向こうには魔界へと続く空間の歪み。おそらくチャンスはこれっきりだ。間に合うか。クロも精一杯手を伸ばす。あいつらがシロを捕まえるのが先か、俺がシロの手を掴むのが先か。届け。少しでも先に。

「シロッ!」

 翼に力を入れる。体が擦り切れてもいい。誰よりも早くあいつの手を掴んで逃げ切ってやる。届け。彼女の顔が次第にくっきりと見える様になってきた。何とか、ギリギリ間に合いそうだ。腕は伸ばしたまま。もう少し、もう少しで掴める。

 しかしその時、本当に、どうしてこんなタイミングでこんな事を考えてしまったのか、クロの頭の中に王家の呪いの事が浮かんでしまった。

 肌が触れ合ってしまったらシロの体を痛みが襲ってしまう。

「!」

 はっとした時にはもう遅かった。彼女の手を握るのをほんの一瞬躊躇った。その刹那に彼女が見せた、今までに彼が見た事が無いくらいの、ぼろぼろに崩れた彼女の歪んだ表情。

 しま、った…………。

 シロは後ろから体を捕まれ強引に引っ張られた。彼女はもう一切抵抗する素振りを見せず、空気が抜けてしぼんでしまったビニール人形の様になり、そのまま兵士達に連れられ異界への門の中へと入っていく。

 そしてクロもまた同様に、それを滞空しながらもうぼんやりと見る事しか出来なかった。

 ……ああ……行ってしまった。

 ひらひらと白い何かが風に乗って流れてきて、伸ばしたままだった彼の手の指に絡まった。去年のクリスマスに彼がシロにプレゼントしたリボンだ。今の今まで彼女が髪に結んでいたはず。解けてしまったのか。

「……」

 呆然とした表情で彼はそれを弱々しく握り締めた。

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