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●しろくろ○  作者: 三角まるめ
復讐編
128/150

第92 ⅩCⅡ話 門出

何やら怪しい疑惑が出てきました。

「ギン・ジェルミア、面会だ」

「……?」

 突然部屋に入ってきた警官がそう告げ、ベッドの上で項垂れていたギンはぴくりと反応した。今回のテロに関わった彼らは全員イージスによって捕らえられた。彼の様に負傷している者は一旦病院に運ばれて処置を受け、回復するまで入院をさせられていた。いずれは留置場に移送されるだろう。

 続けて見た事も無い金髪の青年が入室してきた。警官は青年に軽く会釈をすると部屋の外へと出ていく。

「……誰ですかあなたは」

「初めまして、ギン・ジェルミア……俺はライオネス・バルトラノ……イージスに所属している捜査官だ。以後お見知りおきを」

 ライオネスと名乗った青年はさっと隊員証を懐から取り出して顔写真を見せるとすぐにそれをまた仕舞った。

「……イージスの捜査官……どうりで、まだ正式には逮捕されていない私に面会が出来る訳だ……私に何か? あまり人と話したい気分ではないので用件をとっとと伝えてくれませんか。まさかまだ逮捕もされていないのにあなた達が取り調べをするのですか?」

 その際には彼は黙秘を貫くつもりだ。計画が失敗に終わった今たとえ何を言ってもどうにもならない事を悟っているからだ。今回のテロはまさに賭けだったのだ。

「取り調べ……とは言わないが、聞きたい事があってあんたを訪ねさせてもらった」

「……」

 ライオネスは急に声を潜めて続けた。

「あんた達がゾマスのじじいの執務室から持ち出したファイルは今俺が持ってる」

「!! ……それがどうかしたんですか。あなたはイージスの隊員だ。持っていても不思議ではない」

「まず、今俺がここに来てるのは命令による捜査ではなく、ただの個人的な調査、という事を言っておく。だからまあ、あんたをどうこうさせる権限は持ち合わせちゃいない……ま、しかし警察の方に引き渡された今のあんたにこうして会うためには色々と誤魔化してきた訳だが……」

「……だからそれで、私に何を聞きたいんですか」

「まあとりあえず話を聞いてくれ。俺があのファイルを持っている事は上には報告してないし、それはつまり警察にも伝わってない。つまり警察はあのファイルが持ち出された事を知らない。ファイルの中身を見た俺がイージスにも警察にも内密に、個人的に動いている」

「……! では、まさかあなたがライアさんを……!」

「…………それは違う……その辺りはあんたが口を割ってくれたらこっちも話す。あのファイルを受け取った時に考えたんだが、あんた達はあれを手に入れるためにテロを起こしたんだろ?」

「…………」

「頼む、教えてくれ」

「…………」

 ギンはしばし考え、目の前の青年を信用してみる事にした。


「……あの、あまりまじまじとご覧にならないで頂けないでしょうか」

「えー、だってとっても似合ってますから」

「可愛いじゃんフェイス」

「かっ……!」

 聞き慣れない言葉を言われてフェイスは顔を真っ赤に染め上げた。

 天界に滞在して数日。今彼女はフィリアンヌがコーディネイトしてくれた服に身を包んでいる。カーディガンにロング・スカートという淑やかな出で立ちは自分自身鏡で見て違和感しか覚えなかった。

「や、やはりもっと動きやすい物を……」

「いやいや、せっかくの日なんだからビシッとキメて行かないと」

「……うう……はい……」

 フィリアンヌの先導の下彼女はイヴと共に身を隠していたマンションの一室から外へ出た。神都の街は未だ警戒がされており、あちこちに警官やイージス隊員の姿を見かけるがそれでも人々はいつも通りの日々を過ごしている様に思えた。道中ライオネスに護衛されたクロと合流した一行は本日の目的地へと足を運んだ。それはとある墓地。フェイスの……ソフィアの家族が眠っている場所。せっかく天界に帰ってきたのだから、という事でライオネスが調べてくれたのだ。


「おいおいおいおいちょっと待て、理解が追い付かん……」

 フェイスが目を覚ましたあの日、ライアから受け取ったデータを見てもらった後にクロは境界での事情と、彼女の同意を得た上でデータを入手した一連の経緯をライオネスに伝えた。それを聞いた彼は額に手を当てて狼狽えていたのだった。

「……クロ(おまえ)と悪魔との事は一旦置いといてだ……ヘヴンリィ関連の重要データにゾマスのサインがあるって事はだ、つまり、こいつを仕切ってんのはゾマスでまず間違い()えって事じゃねえか……めちゃめちゃやべえ事件を見付けちまったじゃねえか……」

「……麻薬を作ってばら撒いてたのは使徒のひとりでしたって事か……」

「スキャンダルどころじゃねえぞこれ。どうしてくれんだよ……」

「そもそもライアって兄ちゃんは何でこれを持ってたんだ?」

「……もしかしたら、こいつを手に入れるために今回のテロを起こしたのかもしれないな」

「……そっか……神殿には使徒の執務室がある……そこを調べるために神殿を丸ごと占拠したって事なのか?」

「仮定だが……とにかく真相は本人達に聞かねえとわからん……はあー、ほんとにめんどくせー事になっちまった。見ちまった以上はほったらかす訳にはいかねえし……ゾマスのじじいは警察の上層部と仲良しこよしだって噂があるんだぞ……んでテロリスト共の身柄は全員イージスから警察に引き渡した……動きづらいったら無え。っつか思い出したわ。去年お前がウチの資料館で調べてたのはそういう事だったのか」

 髪をわしゃわしゃと掻き乱しながら彼は大きく溜め息をついていた。


 無数に立つ墓碑の中に彼女の家族の名が刻まれた物はひっそりとあった。父と、母と、弟。三つが並んでいる。

「ライアの腹心だった人物……ギンという男に話を聞いた。奴らがテロを起こした理由は予想通り、ゾマスの執務室であのデータを見付ける事だったそうだ」

 無言で墓碑を見つめる一同にライオネスはギンから聞き出した情報を話し始めた。

「テロに関わった全員がヘヴンリィに直接的あるいは間接的に関わって人生を何かしら狂わされたからだ。だからゾマスとヘヴンリィとの関わりを証明出来る物を見付け出して、それを世界に公表する事でゾマスを使徒の頭首から引きずり下ろす……いわばゾマスへの復讐だ」

「……復讐……」

 フェイスはその言葉をぽつりと口にする。

「首謀者はライア・レオニス。ギンを含めた仲間は全員この少年の元に集まっていった。ライアについてもギンから話は聞いてきたぜ。ライアはソフィアちゃんの事も奴に話した事があるらしい。8年前の事件を引き起こしてしまった事にずっと罪の意識を感じていたそうだ」

「……」

「ライアの両親はライアが物心付く前に離婚して、以来母親とふたり暮らしだった。その後母親がヘヴンリィの中毒症状を見せ始め、その母親を助けるためにライアは口車に乗せられて事件を起こしてしまった。事件後ライアは母親と一緒にゾマスの援助を受けるが結局母親は亡くなった……それからは同じ様な境遇の、身寄りが無かったり訳あって家族と一緒にいられなかったりする様な子供達を保護する施設に預けられたけど、3年ほどで出ていった……それはゾマスへの復讐を決意したからだそうだ。そこからゾマスに近付くために動き始めた。復讐する仲間を集めつつな」

「……父はもしかして、そのゾマスという人物が麻薬に関わっている事を知ったのでございましょうか。ですので……」

「……その通りだ。だからゾマスはヘヴンリィの売人、マイルズという男を使ってレナード家を全員消そうとした。そのマイルズが更にライアを利用した、という訳だ。施設を出た後ライアはマイルズを捜し出して事件のきっかけを直接本人から聞き出している。レドナー室長が所属してたのは対界課だったからな……どうやらヘヴンリィは境界にも出回ってるらしい。何らかの事がきっかけで室長がゾマスとの関係に気付いてもおかしくはないな」

「そもそもライアちゃんはそのじーさんを直接殺そうとは思わなかったのかな」

 イヴが平然とした顔で口を挟んだ。

「俺もそう思ってギンに尋ねたよ。ゾマスにとっては殺されるよりも、転落した人生を生きていく方が死ぬよりも苦しいはずだとさ。まさに生き地獄って訳だ。それに……ライアがネットにアップした声明を覚えてるか? 『古来より培われてきたこの世界の構造が(けが)れてしまっている事をこれから暴いてみせる』。8年前の事件だが……警察も関わっていた事はほぼ間違い無いと見ている」

「……っ!」

 クロとフィリアンヌが思わず息を呑んだのがわかった。

「室長はゾマスと警察上層部との癒着も疑ってた。だから一度魔の手が迫ってきた以上、ソフィアちゃんをこの世界から逃がすしかなかったんだ」

 警察機構との癒着……もしかしたらゾマスとヘヴンリィという麻薬の関連についても警察は把握しているがあえて見逃しているのかもしれない。

「ゾマスとヘヴンリィについての情報を世界に拡散する事で真相究明の世論が形成されれば何かが動いてそういった現状が明るみになるかもしれない……奴らは社会構造に対しても変革を起こしたかったんだとさ。ゾマスを殺しちまったらそれだけで終わるからな……ライア達は時間をかけてとにかく人脈を構築し、着実にゾマスに近付いていった。ギンは身元を偽って神殿に出入りしていた。ゾマスともしばしば顔を合わせたらしい。ゾマスの私邸に入り込めた仲間もいた。だけどそっちは特に証拠は見付からなかった。だから残るは神殿の執務室のみ。でも神殿は24時間色んな天使が動き回ってる。ましてや使徒の執務室ともなればどんなタイミングでどんな天使が来るかもわからないから下手に不審な動きを取れない。だから強硬手段に出た……それが今回のテロだ。奴らは全員ゾマスに復讐さえ出来れば自分の身がどうなってもいい覚悟を持っていた」

「姉貴に使われてた手錠も、同じ様に科技研に出入り出来てた仲間が盗み出したって事?」

「そう言ってたな。奴らの予定では証拠を見付けたら即座にネット上に拡散するつもりだったらしい……が、結界の影響でネットが切れたのは想定外だった。だからファイルをコピーして持ち去り、ライアだけでも逃がそうとした」

 そこでフェイスが彼を見付けた……という訳である。

「長ったらしくなったがこれが今回の経緯だ。ゾマスについては俺が受け取ったデータを元に近々組織として正式に捜査を始められる様動くつもりだ」

「……そうでございますか……よろしくお願い致します、ライオネス殿」

 話を聞き終えたフェイスは彼に深々と頭を下げた。

「疑惑がある以上捜査するのが仕事だからな……あ、いや、君のためなんだよソフィアちゃん。だからこれからお茶にでも……」

「ギロッ」

 何かを言いかけた所で妹に睨み付けられ、ライオネスはごほんと咳払いをする。

「それから今後だけど、君と、あとついでにちっこいのもとある捜査において境界から呼び出した重要参考人って事にしといたから、境界には転送装置を使って普通に帰ってくれ」

「ちっこいの言うな!」

 イヴがツインテールをぴんと逆立てる。

「帰る日時は後から伝える……君達はさっさと天界(ここ)を出ていった方がいい。いつ面倒事が起こるかわかったもんじゃないからな」

「はい……ありがとうございます」

 フェイスは墓碑に向き直った。そこにある自分の家族の名を改めてじっくりと目に焼き付ける。

「……ありがとう……いってきます。わたしは強く生きます」

 しばらく黙祷した(のち)、彼女はくるりと振り返った。

「囚われの女神編」今回でおしまいです。本エピソードですが、力不足を痛感しました。本当に情けないなと感じております。しかしそれでも書かなければ前には進めませんので……。

次回に閑話を挟んで、この物語もようやく最後のエピソードに入ります。

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