第91話 糸口
気付いた時にはフェイスは見知らぬ部屋でベッドの上に横たわっていた。意識を失う前の記憶をはっきりと思い出せないまま体を起こすと上半身に痛みが走る。よく見てみるとそこは包帯でぐるぐる巻きにされていた。傷……彼女の体を真っ二つに裂く様に、大きな傷が出来ている。
「……!」
彼女ははっとした。これはライアに斬られた傷だ……そうだ、あの後……あの高台の上でふたりで並んで座り込んだ後、そのまま気を失ってしまったのだ。
その時コンコンとノックの音が聞こえ、誰かが部屋の扉を開けた。見覚えのある……いや、忘れられない顔だ。クロだった。
「! ねーちゃん……目覚ましたのか」
「……クロ殿……? 私は一体……」
「これ、見舞い品」
彼女の質問には答えずに彼は提げていた籠をサイド・テーブルの上に置いた。中には果物が入っている。
「ちょっと待ってな、あいつら呼んでくるから」
クロは一旦姿を消した後イヴとフィリアンヌを連れて部屋に戻ってきた。
「古書庫を出た後クロに言われた離れに向かってたらさ、何かぼんぼん爆発起こって。んで空にあんたを見付けたって訳」
イヴはフェイスをここに連れてくるまでの経緯を話し始める。
「そっからこそこそしながらあんたが飛んでった方向に行ったら血出してぶっ倒れてたもんだからさー、どうしたもんかと思ったよ」
その後フェイスを担ぎ上げ、近くの貧民街にある診療所に連れ込んですぐに処置をしてもらった。場所が場所だけに細かい事情は聞かれなかったそうだ。そこで一日一緒に休ませてもらい、彼女を診療所に一旦残し、事態収拾直後で未だ落ち着いていない神宮殿に再び忍び込みイヴはクロと再会をした。
「……で、俺がフィリィに連絡を取ってこの部屋を用意してもらったって訳」
「私アイドルやってるんですけど、事務所がいくつかタレント用にマンションの部屋を借りてるのでそこの空いてる部屋を貸してもらいました」
「ここに運んだのは今日の昼だよ。今は夕方」
という事はほぼ丸一日気を失っていた事になる。
「あたしもちょくちょく治癒術かけてあげてたんだから感謝するんだね」
「……はい……ありがとうございます」
「俺は今来たばっかりだけどな。状況が状況だからなかなか動きづらいし……っつか俺も怪我人だし……」
「クロ殿も、フィリアンヌ殿も……ご面倒をおかけ致しました……誠に申し訳ございません」
「そもそもねーちゃんが天界にいる事自体が意味わかんなかったっての」
「悪いけどあんたがここに来た事情と経緯は読み取らせてもらったよ」
「……」
彼女が復讐のためにこの世界に赴いた事は三人とも把握しているという事だ。
「ま、別にあたしはとやかく言うつもりは無いね。あたしもあたしのために来た訳だし。この子達も別にあんたを責めたりしないよ。あんたの事情にはあたし達にはわからない部分もあるんだし」
「ただ……利用されたのは悲しかったです」
フィリアンヌが眉を落として言った。フェイスは彼女に何も言い返せなかった。
「……あの……ライアは……ライアは、どうなったのでございましょうか」
「……さあ」
イヴは少し顔を暗くした。
「あたしが来た時にはもう死んでたから。イージスとやらにでも確保されたんじゃない」
「……そうでございますか」
ライアの最期の表情を思い出す。彼は微かに笑っていた。
「……そういえば、私は何か小さな機械を持ってはおりませんでしたか」
「カラクリ? ……ああ、何か大事そうに握ってたね……んーと……」
イヴは自分の服のポケットを調べ始める。
「あれー、どこ行ったっけあれ」
ばたばたと廊下に出ていき、少ししてからまたばたばたと戻ってきた。
「あったあった。何か向こうの机の上に置いてた。ほい、これでしょ?」
イヴが差し出してきたのは確かに昨日ライアから受け取った物だ。
「……フラッシュドライブ? どうしたんだこれ」
「ライアがこれを……私の父はこれが原因で……おそらく命を狙われたのだと」
「……どういう事だ……?」
「クロ殿、この機械は一体何なのでございましょうか」
「ああそこからか。ええと、パソコン用の記憶補助装置……この中に何か情報が入ってるんだ」
「……! そ、その情報はどうやって知る事が出来るのでございますか!」
「フィリィ、パソコンあるか?」
「今ここには無いわよ……っていうか、そんな気軽に見ていい物なのかしら、これ……」
「……確かに……」
クロはしばらくの間腕を組んで考え込んだ後、意を決した様に言った。
「……リオ兄を呼ぼう」
「……で、何だよ緊急の用事って……」
およそ二時間後。すっかり日が暮れた頃にライオネスはフェイス達のいる部屋へとやってきた。当然まだまだ忙しい状況だがそれでも妹からの緊急の連絡という事で仕事の合間に駆け付けてくれたのである。
「リオ兄、ちゃんとパソコン持ってきた?」
「持ってきたけど……っていうかお前ちゃんと休んでろよ。女の子達を侍らせてる場合か。羨ましいなちくしょー」
「だからそんなんじゃねーって! ……リオ兄に見てもらいたい物があるんだ」
クロはフェイスがライアから渡されたというフラッシュメモリを彼に見せる。彼は怪訝そうな目でそれを見つめていた。
「何だよそれ」
「俺達もわかんない」
「……何だよそれ」
「8年前の事件の真相についての手がかり……がわかるかもしれない」
「8年前の事件? 何の事だ?」
「いいから見てみてよ。然るべき人に見てもらった方がいいと思ってリオ兄を呼んだんだから」
「あーわかったよ」
ライオネスは面倒臭そうにノートパソコンを起動し、メモリを接続した。
「………………!」
そこに収められているファイルを見た瞬間彼の目の色が変わった。
「……お前……これをどこから手に入れた……?」
「テロリストが持ってた」
「……あいつらが……? どういう事だ……!?」
「何が入ってんのさ、リオ兄」
「………………この場じゃ言えねえよ……!」
「ちょっと待ってよ、教えてくれてもいいじゃん。提供したのは俺達なんだから」
「…………顧客名簿……成分表……つまりレシピだ……その他諸々の書類データとか」
「……何の?」
「…………『ヘヴンリィ』…………麻薬のだよ」
「!? 麻薬……!?」
「10年くらい前から世界中に出回り始めた……データ自体もとんでもねえもんだが、書類にあるサインもやべえ……ソルナード・ゾマス……」
「! え……!?」
その名前にクロとフィリアンヌはピンときた。
使徒の一族の十二人の頭首の内のひとりだった。
最近仕事が殺しに来ていて全然休めていなかったので更新が滞っていました。本当にすみません。このエピソードも次回で終わりです。ほんっとうに時間かかってしまってすみません。
恒常的な休日出勤は勘弁して欲しいです……。





