第LⅩⅩⅩⅡ話 ピンチはチャンス
フェイスの本当の目的はライアへの復讐だったのです……。
「……どうですか?」
「なかなか通りませんね……」
神殿のとある棟。神の執務室と同じ様に華美な備品で飾られた部屋にてふたりの人物がディスプレイと向き合っていた。ひとりは今回のテロの首謀者ライア、そしてもうひとりは三十代ほどの細身の中年の男ギンである。彼らが覗き込む画面に表示されたウィンドウには次から次へと文字の羅列が浮かんでは消えていく。
「モノはこれで間違い無いはずです……ロックが何重にもかかってますし、相当見られたくない物がこのフォルダーには入ってるんでしょう」
椅子に腰掛けるギンが隣に立つライアに言った。パスコードを探り当てるのはこれで三度目だった。
「一体いつまでかかるのやら……結界はあと40時間以上はもつはずなのでまだ時間的な余裕はありますが」
このギンこそが身元を偽り関係者として神殿に出入りし、情報をライア達に伝えていた張本人なのだ。
「……だけどそれも完全に信用は出来ないですけどね」
「……まあ、実際に使われたのは数えられる程度ですからね。整備が行き届いているのかは確かに疑問です。しかしまさかネットワークが繋がらないとは……」
「……」
「ライアさん? どうかしました?」
「……いや、ちょっと昔の事を思い出してました」
ゆっくりと瞬きをしてライアは過去の残像を消し去った。
その頃クロとイヴはテロリストの巡回の目を掻い潜り、無事に古書庫のカード・キーが保管されている管理室を訪れていた。敷地内がだだっ広いという事もありそれほど人影は見当たらない。テロリストの人数は数十人程度だとクロは予測していた。
「んーっと……どこだキー。探せ探せ」
イヴと手分けして部屋中を物色し始める。やがて彼は棚に仕舞われていたアタッシュケースの中にそれを発見した。ちなみにベルと使徒の一族の頭首十二人はそれぞれ所持をしているらしく、今手にしている物は彼女ら以外のごくごく限られた職員のために保管されている物だ。
「あったあった……ほらよ、丁重に扱えよ」
「うお~、これが噂の……」
クロは目をきらきらと輝かせているイヴにキーを手渡すと古書庫への道順を教える。当然キーが置かれているこの棟のすぐ近くに位置するのだ。そしてそれはこれから彼が向かおうとしている方向とは逆になる。
「この感じだと姉貴はここにはいねえみたいだし、俺は中央に向かってく。こっからは別行動だ」
「了解!」
彼女はびっと敬礼をする。相変わらずノリが軽い。
「……ほんとに大丈夫なんだろな……諸々調べ終わったらちゃんと元の場所にキーを返しとけよ。それからどっかに隠れてろ。そうだな……俺が住んでた離れの場所でも教えとくか。そこに潜んでろ。事が収拾したら俺もそこに行くだろうからな……そっからの事はそっから考える」
「わかった」
続いて離れの邸宅の場所も伝え、管理室から出て彼女と別れようとした。
だがちょうどその時、イヴの身に異変が起こった。
「っ!」
「……どうした?」
「……ま、参ったね、こんな時に……!」
彼女は苦しそうに胸を押さえながらその場に膝を突いた。激しい痛みに襲われているのか呻き声を上げ悶え始める。呼吸も浅くなっていた。
「おい、どうしたんだよ……!」
「……あ、あれ……だよ……うっ……! いっ、今はやめて欲しいのにっ……!」
「……!」
これと同じ異変を彼は以前にも一度見た事がある。初めて彼女と出会った日。これは彼女が言う所の発作だ。不老不死となった代償……。
「う……あ……! クロ、ちょ、ちょっとあっち行っててくんない……?」
「そんな状態のお前を置いていけるかよ!」
「お、お願いだから……せ、せめて向こう、向いてて……うううっ、ああ、ああっ……!」
イヴの声はどんどんか細くなりしわがれていった。骨格は歪み始め、皮膚は水分を失い干からびていく。異形の姿へと化していく彼女に対してクロは思わず顔を背けてしまった。
「見ないで……見ないで、見ないで見ないで見ないで見ないで!」
「みっ……見てねーよ! み……」
見れない、と思ってしまった。今彼の目の前にいるのはまるで人じゃない。醜い何か……そんな思考を持ってしまった自分を殴りたくなる。
「何だお前らは」
「!」
こんなタイミングで見回りが来やがった。くそっ、見付かってしまった。
「……何で子供がこんなとこにいるんだ? ……ん? どっかで見た様な……」
「……!」
瞬時に翼を広げたクロは見回りの男の元まで翔ける。慌てた彼はピストルを発砲するが弾丸は逸れて壁に当たった。そのまま電流を纏わせた拳を横顔に叩き込んで気絶させる事に成功する。仲間のテロリストにクロ達の情報を知られるのは防ぐ事が出来た。
「……ク、クロ……」
「! イヴ?」
振り向くとイヴの異変は収まりつつあった。徐々に元の姿に戻っていく彼女はそれでもまだ息を切らして弱い声を出す。
「ご……ごめん、あたしのせいで……」
「……もう、大丈夫、なのか……?」
気絶した男をずりずりと引きずりながら彼女のそばまで行く。このまま廊下に放置していては他の仲間が来た時に気付かれてしまうため管理室の中に隠しておこうと思ったからだ。
「…………ぼちぼち、かな……」
壁に手を着いてイヴはゆっくりと立ち上がる。その姿は完全に元通りだ。
「少し休んでくか?」
「いや、いい……もう歩けるし」
「……とりあえず古書庫まで俺も付いてくよ」
「それもいいよ。あんたはとっとと姉ちゃん助けに行きな」
「……」
「だーいじょぶだいじょぶ。何てったってあたしは時を翔ける不老不死の魔女イヴちゃんだからね」
にっといつもの調子で彼女は笑ってみせた。空元気にも見えるがクロは彼女を信じる事にした。
「ったく、あんたみたいなガキに労られるとはあたしも落ちたもんだよ……そうだ、お詫びにいい事思い付いた」
人差し指を立てた後イヴはしゃがみ男の額に手をかざす。
「こいつの頭の中を読んであんたの姉ちゃんの居場所を探ってみるよ」
「おい、もう魔術なんか使って大丈夫なのか」
「だからいっちょ前に心配なんか……あーこれ意識が無い分大分楽だわ読むのこれ」
「……」
「んーと……お、それっぽいのがあったな……えーと……ちゅーおーとー……? ってとこまでしかこいつは知らないみたいだ」
「……中央棟か……よしわかった。サンキュ」
〈ビッケル、そちら異常は無いか?〉
「!!」
突然ノイズ混じりの知らない声が廊下に木霊す。気絶した男が通信機を身に着けていた。そのスピーカーから聞こえてきたのだ。
〈……ビッケル?〉
まさかビッケルというのはこの男の事なのか。せっかくやり過ごしたと思っていたのに。
「……! もたもたしてらんねーな!」
ふたりは頷き合うとばたばたと乱暴に男を管理室に放り込み、互いの目的のためにそれぞれ逆方向に走り出した。
イヴがいると雰囲気が明るくなるので助かります。彼女の根本にも暗い設定があるんですけど。





