第67 ⅬⅩⅦ話
印堂の口から語られるハイディルタスの真実。それを聞いたクロは……。
「ああああああああああああ!」
狂った様な叫び声が狭い室内に響く。クロの肉体は安定さを失っていき、その形を留められなくなっていった。輪郭がぼやけていく。今にも消えてしまいそうな、だけど激しく煌めいている今の彼は、例えるなら一瞬で弾け散る火花がとめどなく起こり、かろうじてここに存在出来ているかの様な、そんな不安定な状態だった。拘束具を一瞬にして破壊し、彼は今にも殺さんとばかりに衝動的に印堂に飛びかかった。
「先生!」
印堂の身を案じたマリアがガラスの向こうで叫ぶ。しかし急いで駆け付けようとする彼女を彼はすぐに制止した。
「やめたまえマリア君!」
そう言うと同時に彼は首を掴まれ、力強く壁に打ち付けられた。
「ぐふっ! ふふっ! ふふふははははははみみみ見たまえよマリア君! わわ私は今とてつもない体験をしている! ここここここれは何という……! 面白い! 面白いですよクロノ様! あいーたたたた! ふへっ、ふぐへへ……! 電気エネルギー! 今のあなたはまさしくその塊になってしまわれた訳ですね! 定まった肉体が無いのに、不思議な事にこうしてはっきりと掴まれている! こんなっ……! こんな力が体内に宿っていたなんて……け……研究したい……!」
「言っている場合ですか!」
その時廊下へと続くマリアの後方の扉が勢いよく開いた。姿を現したのは黒髪の小さな少女だった。
「クロ!」
「! な! 何ですかあなたは!」
「……っ! ク……………………クロ………………な、の…………?」
第67 ⅬⅩⅦ話 少年の果て
シロは先日イヴから聞いた話を思い出していた。彼女が語った自らの過去。その中に出てきた、天使の皇子ルルゥ。彼が抱えていたという「存在のゆらぎ」……それが、クロにも表れたとでもいうのか……。
「嘘、でしょ……」
「! 危険です!」
マリアの呼びかけを無視し、彼女は急いで内側の扉を開けた。あと数歩の所にクロはいる。
「クロ!」
シロの声に反応したのか、ぴたりと獣は動きを止めた。瞬く間に現れるクロの姿。一瞬の内に元の肉体に戻っている。それを見たシロは安堵した。
クロは印堂を手離すとくるりと彼女に振り返った。そしてシロはまたぞっとした。左半身はクロだ。だが……右半身は再び獣の外見になっていた。口元にはうっすらと牙も見える。やはりまだ不安定なのだ。
「……ど、どうしちゃったの、クロ……そ、そんなの似合わないよ……」
彼は何も答えない。代わりに小さく唸ると、あっという間にシロとの間合いを詰めた。そして彼女の細い両腕を掴みそのまま壁に打ち付けた。
「きゃっ!」
シロのすぐ目の前にあるクロの顔。こんなにも、こんなにもすぐそばにいる。見る見る内に迫ってくる。普段ならきっと嬉しいのに。だけど、だけど今は違う。こんなのは嫌だ。
「うう……クロ……や、やめてよ……」
腕を掴むクロの力が強まっていく。彼女は苦痛で顔を歪めた。
「痛い……! 痛いよクロ……! 痛い……っ!」
無言のまま彼は右手をシロの左腕から離し、それから彼女の体をなぞる様に顔へと滑らせていく。恐怖がシロの体を包んだ。
「うぐっ……や、やめて……!」
このまま襲われる……そう思っていたが、クロの様子は少し変だった。やや荒っぽいが、彼の右手は何かを確認する様にぺたぺたとシロの顔を触っている。
それをしばらく続けた後、クロは動きを止め怯えた素振りで彼女から離れた。束縛から解放されたシロは息を整える。
「はあ……はあ……クロ……?」
「……シ、シロ……!?」
「! クロ!?」
今、確かに彼女の名前を呼んだ。元に戻ったの……!?
「…………俺……俺……は……あ、ああ……はあ……はあ……!」
クロは頭を抱えて息を荒くしていく。シロには彼女を傷付けようとしていた自分を責めている様に見えた。
「ク、クロ! お、落ち着いて! 大丈夫だから! わ、私、な、何とも思ってないから! だから……! きゃっ!」
クロに近付こうと試みたが、彼はそれを振り払って走り出す。自暴自棄になっていた。
「ああ……あああああ……あああああああアアアアアアアアアア!」
見る見る内にクロの肉体は揺らいでいき、やがて獣の姿になり果ててしまうとそのまま廊下へと去っていってしまった。
「クロッ!」
「おやおや……さっきの君への行動が引き金となって自我を完全に失ってしまわれた様だね」
服を正しながら印堂が冷静に言い放つ。
「……理事長先生……クロはどうしてああなってしまったんですか」
「さあ。私にもよくわからないよ。神様の一族の体には謎が多いからね。というか君は一体どうしてここに?」
「あなたの研究の事を聞いて、止めに来ました。クロをあなたから助けるつもりでした……そのつもりでした」
「この展開は私にとっても想定外だよ。さてどうしたものか」
「クロの後を追います。何とかして元に戻ってもらわないと……」
今回、字数がかなり多かったので推敲の時に二話に分割する事にしました。





