略奪の国の王子
実は恋愛ものなんですよね。このシリーズって。
そろそろ男性陣を紹介したいと思います。
我がワイルダー公国のクレイ皇子は、国王の三番目の王子であらせられる。
既に妃を迎えられている第一王子の継承は確定されていたので、国政はこの長兄を中心とした兄上達が担われることになる。
だから少し年の離れた第三王子は、かなり気楽な立場でいらっしゃった。
幼い頃から、どうにかすると平民の子供のように野山を駆け回り、城で働く者達に気軽に声をかけられ、腕っ節の強い衛兵相手に勝負を挑んだりするものだから、王子の周りには笑いが絶えない。
この腕白な王子は城の者に愛されて大きくなられた。
勿論、第三王子だから何も学ばなくても良いわけではなく、むしろ座学に時間を割かれる場合の方が多い。
兄上達と一緒に帝王学を学ばれることもあったが、どちらかと言えば地政学に強い興味を示され、その影響なのか外国語にも熱心に取り組まれていた。
「デラ。外国に行ってみたいと思うか?」
「戦でではなく、ですか?」
我が国は戦いによって勢力を広げてきた歴史がある。
「見聞を広めるためにだ。我が国は食糧や資源に乏しいから略奪という形でばかり他国と関わってきたが、その愚かさにやっと気付いた先代達が交渉の手段を変え、今に至っている」
今日は歴史の講義でも受けられたのだろうか。
王子の小姓という立場から主に聞き役の私は、こうして王子から知識を授けられる。王子にとっては復習にもなるのだろう。
「…我が国は、昔は自然の豊かな国だったそうですが、国民がそれを荒らしてしまったと聞いています。もともと、このあたり一帯は森の女王が統べていたのですから、食糧も資源もリブシャ王国のように豊富だったらしいですよ。リブシャ王国があれほど手厚く森の女王に保護されているのは、森の女王の統治下に唯一戦を持ち込まなかった国だからだそうです。女王はリブシャ国王の賢明さに敬意を表しているとか」
私がそう言うと、王子は心から驚いて感心した表情をされている。
「デラ。その話は誰から聞いた?」
「民はみんな知っています。王子の耳に入れないのは、万が一にも不敬を問われるのを恐れるからでしょう」
要は、王子の先祖が武力で築いた黒い歴史なのだから。
野を焼き払い、木々を倒し、武器を作る為に鉱脈を掘り尽くした国に残された唯一のものは、絶望的な飢餓だった。
殺戮と強奪の遺産は、戦が終わっても悪夢のように続く。
加えて、この国の王室には王女が誕生したことがなかった。
いくら王の側室がたくさんいても生まれてくるのが王子ばかりでは、王位継承を巡る争いの種を城中に増やすようなものだ。
なので、ここ数代前の王から側室は最小限に持たれるようになり、現在の王に至っては、お妃様が結婚後に順調に懐妊されて元気な王子が次々と生まれたため、一人も側室を持たれていない。
その三番目の王子であらせられるこの方は、リブシャ王国のエルマ皇女の花婿候補として彼の国へ向かわれる予定だった。
皇女が亡くなられたらしい、という話が出るまでは。
「僕は、そのリブシャ王国に一度行ってみたいんだ。この国だって充分美しいのに、それより更に美しいと言われている国を見てみたい。国民の気性も穏やかだと聞いている。あれほど豊かなのに不思議だとは思わないか? 男達が争わずに平和を保っている秘訣を知りたい」
喧嘩っ早い我が国民に警備の仕事は出来ても農業や酪農に従事することが出来るとは思えないし、気性の激しい我が国の男達が平和な国の生活様式を受け入れられるかどうかは疑問だが、それでも参考になることはあるかも知れない。
クレイ王子は第三王子なりに、国の発展を願っていらっしゃる。外遊は、むしろ得られることのほうが多いだろう。
「そうですね…。リブシャ王国の女性は美しいと聞いたことがあります。城の者にリブシャ王国の女性を娶った者がおりますが、その妻の出身の村には特に美しい娘が多いそうです。平和なのはそれが理由かと」
「それならより争いが激しくなりそうなものだが」
いくらか市井をご存知なだけに、なかなか鋭いことを仰る。いや、さすが我が国の王子と言うべきか。
「ただあの国の女性は他の国に比べてとにかく結婚がとても早く、成人後すぐに結婚してしまうらしいので、争う前に決着してしまうのでしょう。美しいから結婚が早いのかも知れませんね」
「では年頃の娘はみな結婚しているのだな」
「殆どがそうだと聞いています。…ところで王子、この間のご令嬢とのお見合いのお話は…」
「よし! 国王の許しを得て、あの国へ行ってみよう」
「は?」
「決めたぞ、デラ。美しい国や美しい娘を見学に行こう。ここにいたら勝手に伴侶を決められてしまう。僕には暫く考える時間が必要だ。年頃の娘達の殆どが売約済みなら、父も滞在中に彼の国の令嬢を差し向けたりは出来まい。非常に好都合だ」
「王子…また縁談をお断りになったのですね。美しいご令嬢だと聞いていましたのに」
大臣の遠縁で、どこかの国の王族と繋がりのある、我が国にとって貴重な花嫁候補であったのに。
「美しければいいというものでもないだろう」
どこかにご不満があったのだろう。だが、ただでさえ女性が少ない中、美しい適齢期の女性はそうそういるものではない。
義姉上様達の、人妻ならではの艶やかさを規準にされてしまっているのがいけないのは分かっている。結婚前の娘が人妻のようであるほうがむしろ問題なのだが。
ここは、市井の女性達を知るという点でも、王子の旅について私も王に口添えするべきだろうか。
いくらこの王子でも、市井の女性と姫君達の美しさの違いを知れば、もう少し縁談に前向きになられるはずだ。
王子が姫君との結婚に前向きになれば、我が国にとっても大きな利益だ。
国民は穏やかな気性だと言われているが、それは男性に対する評価であって、リブシャ王国の女性は気が強いとも聞いている。あの国の妻を娶ったあの屈強な衛兵が尻に敷かれているのだから、王子がこの旅で今までの花嫁候補の素晴らしさに気付くのは時間の問題だろう。
王子の結婚までの猶予期間として過ごすには、あの国は最適の国かもしれない。
「分かりました、王子。私からも王に…」
私も乗り気になり、王子にそう言った時だった。
「クレイ王子。失礼致します。王様がお呼びです」
衛兵に通された大臣が書状を王子に手渡した。
「これは?」
「リブシャ王国からの招待状です」
「招待状? 何の?」
「一ヶ月後に、エルマ王女様の戴冠式が執り行われます」
「戴冠式?」
「エルマ王女って、あの…」
王子と同時に叫んでしまった私は、慌てて口を噤んだ。
「…おかしいな。姫は亡くなったと聞いていたが」
書状を眺めながら、王子は呟かれる。私の位置から見える紋章は、間違いなくリブシャ王国のものだった。
「先日の成人式が無事に終わるまで、そういうことにされていたそうです。王女は無事に成人したので、こうして我が国王に招待状が送られました。国王は、代理としてクレイ王子をご指名なさいました」
「なぜ兄ではなく僕に」
「兄上様はお妃様がおいでです。次の兄上様もです。我が国とリブシャ王国は友好国ですし、第三王子が伺うことは何ら失礼に当たりません。それに…ハーヴィス王国の長兄、ステファン王子はまだお独り身で、国王代理として参加されることが決まったようです」
王子はふぅ、と長い溜息を吐かれた。
「…つまり、父上は姫を戴冠式の席からでなく、もっと間近で見たい、と仰っているのだな」
「左様にございます」
「分かった。もう少ししたら国王の間に向かう。父にそう伝えておいてくれ」
「はい」
大臣が部屋から去ると、王子は今度はより一層大きな溜息を吐かれる。
「デラ」
「…はい」
「僕の希望通りとは言えないが、とにかくあの国に行くことになったようだ。ただし、父の命に従って行って帰ってくるだけではあまりにも芸がない。戴冠式では王子としての義務は果たす。だが、旅の間は一人の若者として世の中を見ておきたい。そのように取り計らってもらえるように…デラ、お前からも父に口添えしてくれないか」
「勿論です、王子」
王子はもう一度ふぅ、と息を吐くと、王に謁見する為のマントを羽織られた。
「行くぞ、デラ」
「はい」
王子の後を追いながら、私は王子が政略結婚の駒とされることに憤りを覚えていた。
王子にとって既にエルマ皇女との結婚は決定事項と断言出来る。
あれだけ熱心に勉強し、国の発展を願っている方なのだ。ご自分の結婚が国に多大な利益をもたらすことになるのだから、たとえ王女がどんな女性であろうと、王子は姫に対して丁重な態度を崩されないはずだ。
だがそれが、我が主君の本当の幸せとなるのだろうか。
我が国の国益が王子の人としての幸せと同等なのだろうか。
「それにしてもリブシャ国王は、どうやって姫を隠していたのだろう。我が国の間諜も突き止めることが出来なかったのに…」
「おそらく、森の女王の協力かと」
「そうでなければ、あの精鋭の裏をかくことは出来ないか…」
我が国が放った間諜は優秀な者ばかりだ。王子の疑問は当然だった。
「デラ。僕はなるべく早く出発しようと思う。戴冠式までの間、身分を隠して彼の国に滞在し、王女がどんな女性であるか情報を集めたい」
「良い考えだと思います」
王子がそう仰るのなら、それはそうすべきことなのだ。城に潜ませてある間諜からも必要な情報は集められるだろう。
「ハーヴィス王国に姫を取られる訳にはいかない。我が国の存亡がかかっているのだから」
ご自分に言い聞かせるようにそう呟かれると、王子は衛兵が開いた王の執務室の扉の先へと一歩踏み進まれた。
この後ハーレム状態になることをまだ知らない二人。
王子は女性の理想が高いというよりは、結婚を先延ばしにしたいだけのようです。
義理のお姉さん達を格好の言い訳にして、デラをけむに巻いてます。
「王女が幼くして亡くなった説」を広めたのは、どうやらこの国の人達のようですね〜。