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クレメンツ・フェスティバル  作者: 蒼井七海
第二章 少年少女の奮闘
9/22

4

 剣術クラスで準備の指揮を執っている生徒に一応断りを入れてから、ステラとトニーは普通科の校舎へと向かって再び聞きこみを行った。その内容は、学園祭の準備・練習に参加していない人を知っているか、知っていたらその名前を教えてほしい、というものである。どの生徒もあっさりと教えてくれて、おかげでトニーのメモ帳は恐るべき早さで埋まった。

「いやあ、もう真っ黒だ」

 取材を終えたあとメモ帳を一通りめくった彼は、そう言って苦笑していた。

 そしてまた次の日。この頃になると帝都の通りもクレメンツ・フェスティバルの準備に向けて動き始める。その様相を見ながらまた早めに登校したステラは、一度荷物を置くために無人の教室へ寄って鞄と剣をロッカーに押し込むと、その足で特別学習室に向かった。勉強をするためなのか、わざわざ少々早めに登校してくる生徒を何人か目撃しつつ、彼女は目的地の扉の前に辿り着く。扉を開けると、すでに教室には十人中四人が集まっていた。ちなみにどういうわけか、全員男子である。

「おっ、ステラ。はえーじゃん」

 彼女の姿を見つけて真っ先に声を上げたのは、見慣れた幼馴染のレクシオである。

「あんたに言われたくないわよー。どうしたの」

「いや。早めに目が覚めたけど、寮にいても暇だったから来ただけ」

「……あっそう」

 暇だったから学校に来てみた、などというのもステラにとっては奇妙に感じられた。続いて声を上げたのは、その辺から机やら椅子やらを寄せてきて勝手に使っているジャック。

「僕たちは、これまでの調査結果を簡単に整理していたところだよ」

 ちなみにその隣では、オスカーが地道に何やら書きこみを続けている。こちらは別に理由など分かっていたようなものなので、ステラは「ごくろうさん」と簡潔に労をねぎらいながら自分もその辺の椅子をひっつかむと、レクシオの隣に持ってきて腰かけた。

「俺は昨日の調査に関する報告をするために、早めに来てた」

 図ったかのようにそう言ってきたのは、最後の一人、トニーである。その手にはあのメモ帳があった。

「ああ、なるほどね。今はそれをまとめてる最中、ってわけか」

 昨日の調査内容を思い出したステラは、ここまできてやっと心の底から納得したような声を上げた。

 残る五人の到着を待つ時間は、そこまで長くなかったように思う。最後の一人――ちなみにミオンだった――が入ってきて十人全員が揃ったところで、ここまでの調査に関する報告および意見交換が開始された。主に話をまとめたのはやはりというか『調査団』団長のジャックである。

「……と、いうわけで、ステラとトニー君が調べてくれた人たちの名簿が出来上がった」

 彼がそう言うと、真っ先に反応したのはブライス。

「おおー、部長、がんばったねえ」

 どこかからかうような響きのある声でそう言った彼女に対するオスカーの返事は「別に褒められるほどのことじゃない」という素っ気ないものだった。しかし、言葉の裏に含まれている意味をとうに察しているのか、『新聞部』の部員たちは妙ににやにやしながらそのやりとりを見聞きしていた。そんな連中を見て苦笑をもらしたジャックは、一枚の紙を皆がぐるりと囲んでいる机の上に放った。どうやら、今朝ステラが来た時点でオスカーが書きこみをしていたのは、この名簿らしい。十人中、内容の分からない数人だけがそれをのぞきこむ。真っ先に声を上げたのは、ナタリーだった。

「うむ、どいつもこいつも変わった奴だったっていう記憶しかないけど、事件を起こすほど問題のある人はそう多くなさそうだよ」

 言いつつも、彼女の顔から険しさが消えることはない。おそらく分かっているのだろう――今まで問題のなかった人でも、犯人である可能性がゼロではないということを。そんなナタリーを意味ありげにちらりと見つつ、何も言わずに名簿に目を通していたブライスが、突如声を上げた。

「あっ、この間のあいつ……ソーヤの名前も入ってるね」

「そりゃそうだ。つい最近までまったく練習に参加してなかったんだからな」

 トニーが背伸びをしながらそれに答えた。確かに、人々から訊いた名前の中にソーヤの名があったのは事実だが、ステラもまた、トニーと同じように考えて、疑問には思わなかったのである。

 彼女が真剣な顔をしながら名簿を追っていると、突然シンシアが声を上げた。

「あっ……やっぱりあの人も入っていますのね」

 凛と響きながらも不快感を含む声に、全員の意識が向いた。それぞれがシンシアの視線を追うと、一つの名前に辿り着く。

「え――バッツ・ロードマン?」

 ステラにとっては聞いたことがあるようなないような名前である。ちらりと横を見ていると、レクシオやミオン、それからナタリーは首をかしげているが、それ以外の人は「ああ、こいつか」と言わんばかりの顔でうなずいている。

「ねえ、誰?」

 とりあえず一番話しやすいブライスを声で捕まえて説明を求める。すると彼女は、今にも歌い出しそうな表情で答えてくれた。

「結構有名な不良生徒だよ。所属学科は普通科。話題に事欠かない人で、この間も暴力事件起こしたばっかり。あんたら、知らないの?」

「知らなかった……」

 ステラが目を見開いて答えると、「私も」とナタリーが追従する。さらに、幼馴染レクシオにいたっては、

「俺、あんま興味なかったからそっち方面には疎い」

 と恥ずかしげもなく言うのであった。学院の話題についていけていないことをなんとも思っていないらしい。一見、人づきあいがよくそういう話にも敏感なように思えるが、実際は距離を置いて見ており、いつの間にかそれが「無関心」につながったのだろう。

 少年の幼馴染はそう考える。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。

「と、なると。こいつらの中で一番怪しいのって、そのバッツって奴だよね」

 ブライスが難しげな顔をしてうなりながら、そう言った。落ち着いて辺りを観察していたステラは、その瞬間オスカーの表情がとんでもなく険しくなったのを見たが、理由を知らない彼女は首をかしげるしかなかった。

「いや、決めつけるのはまだ早いよ。素行が悪いからと言って疑うのはよろしくない。まあ、理由の一つにはなりえるけどね」

 一方、オスカーの身にかつて降りかかった災難を知っているうちの一人であるジャックはどこか神妙な顔をしてそう言った。事を知るもう一人であるトニーが、それに続く。

「多分、ここのところようやく重い腰を上げ始めた教官も、そいつには目をつけているだろうねー。この学院で不良生徒って珍しいから余計に」

 ここで言葉を切ったトニー。しかしステラには、その続きがあるように思えた。

――余計に疑われやすい。

 そう言いたげな二人の視線がそれとなくオスカーに向いていた時点で、その昔彼らに何があったのか、おぼろげながら察したステラだった。だからここはあえて声を励まし、みんなを先導してみることにした。柄ではないが。

「とりあえず、訊いてみないと何も分からないよ。明日、そのバッツって人のところに行こう」

 だが、そんなステラの号令に納得しつつも、ほとんどの人が顔をしかめているのであった。彼らの顔にはでかでかと書かれていた。『行きたくない』と。

 だれがバッツに会いにいくか。この一事だけでもめた、相当にもめた。その結果、会いに行くのはステラとレクシオという幼馴染二人組、ひいては『調査団』の肝が太い人の代表格二人ということになった。ちなみに、『調査団』の人間はなんだかんだ言いつつも全員肝が太いとステラは思ったが、ここではだまっておくことにする。

「あんたら、よく会って話す気になるね」

 げんなりした様子で肩をすぼめて言ったのはナタリーだった。

 本当は今すぐにでも会いにいきたいところだったが、今日はもう授業が始まるということで集まりを終了してそれぞれがそれぞれの教室へと散っていった。

 この日の授業、特に午前中の四時間はそのことが気になって気になって、集中力が散漫になってしまったステラである。昼に一度みんなで集まり、バッツが放課後どこにいるかを確かめたのはそんな彼女を落ち着かせるため……ではなく、その日のうちに、確実に情報を収集するためだった。

 その情報収集は長くはかからず、結果として時間が余ってしまう形となった。

 ひまを持て余している気分で廊下を歩いていたステラは、ふと時計に目をやる。

「あーあ、何しようかな。『銀の魔力』の特訓は学院じゃできないしな」

 そんなふうに呟いた彼女は、以前も同じようなことを言ったことがある気がして、首をひねった。だがいつだったか思い出すことはなく、正確に言えば思い出す前に思考を放棄して、彼女は再び歩きだした。

 見覚えのある二人を見かけたのは、このときである。

「ん? あれは――」

 興味を引かれたステラは、はたと足を止め、目を凝らして観察してみる。二人の少年が遠くの方で何か話していた。一人は黒い髪の気弱そうな少年。そしてもう一人は、嫌というほど見覚えのある猫目の少年、つまりはトニー。

「ソーヤと、トニー? なんだろう」

 ますます不思議に思いながら、二人に気取られないような位置まで近づいて物陰に隠れ、耳をそばだてた。盗み聞きは彼女の罪悪感を駆り立てたが、結局はそれも好奇心に勝てなかったようである。

 そうして無言で立っていると、ラジオの雑音にも似たざわめきに混じって二人の話し声が聞こえてきた。

「え? それじゃあおまえ、寝たきりの母親と妹と三人暮らしなのか?」

「はい。だから、いろいろと大変です」

 素っ頓狂なトニーの声と、苦笑交じりのソーヤの声。それぞれの声そのものというより、その内容に驚いてステラはわずかに身を乗り出して、さらに話に聞き入った。

「だからですかね。トニー君がスラム街の出身だって聞いて、妙に親近感がわいてしまったんです。トニー君の方がずっと苦労していると思うんですけど……すみません」

「いや、気にしなくていいよ。苦労に度合いなんかない。苦労は苦労だ」

「あはは。その通りですね」

 話している内容はお世辞にも明るいとは言えないが、二人の声は明るい。きっとある種の開き直りのおかげで、そうして笑って話していられるのだろう。

 ソーヤのことについては詳しくは知らないが、トニーのことについては本当にそう思えた。

 今度こそ、これ以上の盗み聞きは良くないと判断したステラは、二人に気付かれないようそっと場を後にしたのだった。


エライ難産……。

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