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クレメンツ・フェスティバル  作者: 蒼井七海
第二章 少年少女の奮闘
8/22

3

「時間、大丈夫かなあ」

 中庭に出る前に、辺りを見回しながら時計を探すステラ。一方のブライスは、落ち着いているというか大胆だ。

「大丈夫でしょ。遅れたら遅れたで一緒に怒られれば良し」

「それが嫌なんだってば……」

 赤毛娘のきっぱりとした物言いに肩を落とすも、グループ活動であるがゆえに勝手なこともできないし正直だれからどんな話が聞けるのかも興味がある。そんなわけで、ステラとブライスは大人しく中庭まで降りた。このとき、少女たちの黒と金の瞳は見知った顔を捉える。

「あれ。あんた、トニーじゃん」

 ブライスが言う通り、二人の視線の先にはトニーがいた。さらに言うと、その正面にもう一人、人がいた。ステラは妙に記憶に残るようなその姿に不思議な感覚を覚え、しばらく観察してしまう。そして気付いた。

「あれ? 君は――この前の」

 あっ、という声を上げたのは間違いなく、数日前、彼女とトニーが取材中に出会った男子生徒にほかならなかった。

 その性格のせいか気付いたら周囲より孤立していて、学園祭の準備に参加できていなかったあの生徒。それがどうしてこんなところでトニーと話しているんだ、とは思わなかった。トニーに背中を押されたわけだし、トニーが彼に取材中、という可能性もあり得たから。

「えーっと、二人とも、何してるの?」

 それでも一応訊いてみる。答えてくれたのはトニーの方であった。

「ああ。ある程度聞きこみを終えたから戻ろうと思ったんだが、そのときこいつに声をかけられたんだ。それで、話してたってわけ」

「ふーん。でも、なんで?」

 素っ気ない返事をしたブライスが、男子生徒とトニーを見比べる。くりくりとした瞳には、好奇心というものが溢れんばかりに表れていた。それを見て男子生徒は少々たじろぐ。しかし、ステラとトニーを順繰りに見ると、おもむろに口を開いた。

「その……この間のことで、お礼が言いたくて」

 問いかけた張本人であるブライスは首をかしげていたものの、ステラは「ああ、なるほど!」と叫んで手を打っていた。彼女の脳裏には、数日前のやり取りが鮮明に思い出される。彼はトニーの言葉に背中を押され、集団の中に入っていったのだ。

「活動にはきちんと参加できたの?」

 返ってきたのは肯定のうなずき。

「はい。リーダーさんに声をかけたら、上手いこと仕事を手配してくれました。頑張りました」

 うなずいた後に言って笑みを浮かべる。それを見たトニーが、さらに男子生徒の頭を叩いた。とても微笑ましい光景だったが、ステラの心の中には奇妙な引っかかりがあった。どうも、この男子の浮かべている笑みが空虚なもののように感じてしまうのである。

 そう考えると背筋が凍りつくような感覚を覚えたが、それを錯覚と結論付け、ステラは男子生徒に向き直る。ちょうどそのとき、彼は言った。

「あのリーダー……確かルディリアさんだっけ? 彼女とも話しておきたいと思ったんですけど」

 三人は思わず顔を見合わせた。ちょうど『事件』の調査中であったため、無理もない反応である。さらにそこへ、男子生徒は追いうちをかけてきた。

「あっ、そういえばさっき『聞きこみ』って言ってましたけど、なんの聞きこみですか?」

「……やべ」

 少年の問いのあとに漏れたのは、苦々しいトニーの呟きである。それを聞いた彼の顔がより疑わしげなものに変化した。ため息をついたステラは、

「まあ、情報はいくらあってもいいんだし……せっかくだからあなたにも聞いておこうかな」

 ぽかんとするブライスを差し置いて、彼に事件のあらましと、自分たちがそれについて調査していることを包み隠さず話した。最初はためらっていたトニーも、途中からは相の手を入れてきた。時間との兼ね合いもあるので短めに話したが、それを差し引いても男子生徒の表情の変化は劇的だった。まず、よく分からないというふうに首をかしげ、そうかと思えば徐々に怒りに染まっていき、最終的には悲しそうに目を伏せる。そしてステラの言葉が終わると、独白のように言った。

「そんな、ことが……あったんだ」

 おそらくルディリアと直接親交があるわけではないだろう。それでも自分を受け入れてくれた人間がそのような仕打ちにあったとなると、やはり悲しみを抱かずにはいられない――男子生徒の心境としてはこんなところだろうかと、ステラは思った。思いつつも、トニーに目配せをする。すると彼は意図を的確に把握して、容赦なく前へと進み出た。

「そんなわけで、俺らは今、そのルディリアに頼まれて事件の調査をしてるんだ。何か分かることがあったら、協力してほしいんだけど」

 驚いたらしき男子生徒は目を瞬いていたものの、トニーの顔を何秒か見つめると少し考え込むような素振りをして、小さくうなった。ステラもブライスもトニーも、答えを黙って待つ。

 やがて、彼はゆるゆると首を振った。

「だめです……思い当たる話はありません」

「――そっか、いいよ。ありがとう」

 ステラは笑ってそれだけ返す。横にいたブライスの眉が少しだけ跳ねたのを気にしながら。

「でも、協力はします。そんなことをする犯人のことが、許せないんです」

 直後に耳に飛び込んできた言葉。それを聞いたステラは目を瞬いた後、再び「ありがとう」と言った。.

 それから三人はくだんの男子生徒と別れ、校舎内の廊下を行く。その中でブライスが口を開いた。

「ねえ、あいつどこの誰?」

 つっけんどんにそう言われて、ようやく今までブライスが置いてけぼりになっていたことに気付き、顔を見合わせた。それから苦笑すると自分たちが知りえる限りのことを教えてやる。その中でステラは、男子生徒の名前がソーヤであることを初めて知った。

「ふぅん……高等部普通科の一年生、ねえ」

 すべてを聞いたブライスが、しかめ面で何やらぶつぶつと独白を始める。普段の彼女とあまりにも違いすぎる姿に、ステラは思わず問いかけていた。

「どうかしたの?」

「いや、なんでも……」

 しかし返ってきたのは、これまた彼女らしくない歯切れの悪い返事。もう少し問い詰めたいと思ったが、あいにく時間がそれを許さなかった。というのも、辺りを見回していたトニーがいきなり声を上げたのである。

「あ、やべえ! あと二分で授業が始まる!!」

 彼の叫び声に、女子二人は一瞬固まった。そして状況を理解すると、「ええっ!?」と仲良く叫んだ。改めて青ざめた三人は数秒間視線を交差させると――

「嘘だろおっ」

「ほ、ホントに怒られる!」

「走れ! 走るのよステラ!!」

「言われなくてもー!」

 それぞれに雄叫びを上げながら、帝国学院の廊下を疾走しはじめたのだった。


 その日の放課後、十人はいつも通りに特別学習室に集結した。『特殊新聞部』の活動場所はここではないが、例の依頼を引き受けてからというもの、見られにくいこの教室に来るのが慣例となってしまっている。

「ふむ……」

「これは……」

 二人の長は、仲間たちがかき集めてきた情報が記されている紙束を見てうなっていた。その様子を遠巻きに見ていたナタリーがついに口を開く。

「ねえねえ、どんな感じなの? 早いとこ教えてよ」

 ナタリーもむろん調査はしているが、その結果得られた情報はやや偏っている。他の人の情報と突き合わせなければ分からないことも、たくさんあるのだ。

 ジャックが彼女の言葉に反応する。

「ああ、そうだね。それじゃあまとめて報告するよ」

 言いつつも、彼の目は隣にいるオスカーの方へと向いていた。どうやら、一番に伝えるべきことが書かれている紙を持っているのが彼らしい。『旧友』の視線を受けた彼は、静かに口を開いた。

「まず分かったこととして挙げられているのが、カーターとあの女以外にも似たような事件の被害者がいるということだ。いずれも学園祭の準備中に頭を殴られ気絶。その間に準備物を奪われる、という流れらしい。似た案件が多くなってきているから、教官たちが重い腰を上げ始めているようだ」

「まじかよ。それじゃあ、これ以上かぎ回るのはまずいかなあ?」

 トニーが苦い顔でうめく。しかしそれを見たカーターが「もう少しやりたいです!」と挙手。その様子を見て困ったように笑った後、オスカーの方に視線を移した者がいた。

 レクシオである。

「まあ、そこは後で考えるとして……被害状況の統計はどんな感じなんだ?」

 これにはオスカーではなくジャックが答えた。

「うん。学年や男女に目立った共通点はない。しいていえば、高等部一年生以下の被害者がじゃっかん多いことかな。だけど、『学部』には奇妙な共通点がある。被害者が所属する学部が、いずれも普通科か魔導科なんだよ」

 十人はしばらく難しい顔で黙り込んでいたが、やがてオスカーがぽつりと言った。

「なるほどな」

 一人だけ納得したような口ぶりに、残る九人の顔が訝しげなものになる。

「何に気付いたの?」

 ステラは、言葉少なに問いかけた。するとオスカーは紙束を机の上に放り、相変わらずの淡々とした口調で説明してくれた。

「相手の手口を考えると、武術科生を狙わないのは自然なことだ。おそらく、だが――自分の攻撃が標的(ターゲット)にいなされてしまうことを恐れたんだろう」

 どこからともなく、なるほど、という声が上がる。ステラもその言葉で納得していた。

 話を聞く限りでは、武術をたしなんでいる者であれば避けたりいなしたりすることがそう難しい相手ではない気がする。その方面のことは『格闘技クラス』の人々が得意としているが、『剣術クラス』の人間にも不可能ではないし、彼らはいざとなれば剣――もちろん鞘付きになるが――を振りまわすことだってできるのだ。

 さらに相手、犯人側を上手くねじ伏せれば、その顔を拝むことだって可能だ。犯人はそれを恐れた、というわけである。

「そういう考え方か……。あ、そういえば」

 紙をなめまわすように見ていたジャックが、何かに気付いたらしい。彼の声に反応した全員の視線が、そちらを向いた。

「統計を見ると、カーター君が被害に遭ってから、魔導科生を狙う犯行が極端に減ったみたいだね」

「え? それって」

 間違いない。カーターが、魔導術を使って抵抗したからだ。

 素っ頓狂な声を上げるカーターを見ながら、ステラはそう確信していた。そう考えると今までの魔導科生被害者がなんの抵抗もできなかったということになるが、それしか考えられそうにもない。

「ふむ。とっさに対応したのはこいつだけということだな」

「そういう意味では、カーターは優秀な魔導士かもしれませんわね」

 オスカーがステラと同じ考えを示すと、シンシアが微笑みながらそう続ける。彼女からの珍しい称賛の言葉に、カーターは頬を赤く染めていた。

 和やかな空気が辺りを包み始めたところで、軌道修正のつもりなのかブライスが話しだした。

「うちのカーターの件で、犯人は初めて魔導科生も『危ない存在』だと気付いた、ってことか。そしてきっと、自らはそれに対抗するすべを持っていない」

「え……? ということは」

 隣で彼女の発言を聞いていたミオンは、察したらしい。そしてブライスはというと、少女の呟きに対して「いい笑顔」を返していた。

「そ。多分あんたの言った通り、犯人は普通科生だよ、ミオン」

 不敵ともとれる表情で堂々と宣告した彼女を、ステラを含む何人かは複雑な思いで見ていた。周囲の空気の温度が、二、三度下がったような気さえする。だが、切り替えが早いのか鈍感なだけなのか、すぐさま次の行動に移るべく話し出した人もいた。

 その一人は、ジャックである。

「ふうむ。じゃあ、これからは普通科生に的を絞って調査していくべき! ってことだね。問題はそれ以外の情報が何もないってところだけど」

「うちのカーター含め、顔を見た人は誰もいないようだからな」

 オスカーが彼の言葉に淡々と返しつつも、どこか疲れたような顔で首を振る。こうしているうちにも学園祭は刻一刻と迫っているのだ。「成果は期待するな」といいつつも、どうしてもそれまでにすべてを終わらせたい気持ちになるのは、この無愛想部長も同じなようだった。

「う~ん……どうしたらいいかな」

 そう言って天井を仰いだのは、トニーである。彼を横目で見つつ、ステラも少しの間うなった。そしてうなった結果、まずはできることからやるしかあるまい、というある意味当然の結論に辿り着く。こうして思い立ったかと思えば、彼女はすぐに行動していた。

「ジャック。その被害状況の統計見せてよ」

「ん……? ああ、いいよ」

 ジャックは不思議そうな声を上げつつもステラのやりたいことに気付いたのか、あっさりと紙束を差しだした。無言で紙の上に踊る字を目で追ったあと、ぱっと顔を上げて言い放つ。

「これらの事件、できる限り発生時刻を調べたいわね」

 唐突な発言だったが、さすがに一連の行動である程度読めたのか、レクシオが同意してくれた。

「なるほどな。その時間に怪しい行動をしていた人を探しだし、犯人を割り出す……と。俺らはプロじゃないから思ったような結果は出ないだろうが、何もやらんよりはましだ」

「さんせ~い」

 ブライスが飛び跳ねんばかりの勢いで手を上げて自分の意思を示したところで、残る七人もおもむろに動き出した。まずは、シンシアがすぐそばにいたカーターの肩をつかまえて微笑む。

「では、まず一番身近なところから行きましょうか」

「わ、分かりました。分かりましたから放してください、痛いです」

 肩をしっかりとつかまれたカーターが顔をしかめて言う。通称「高飛車お嬢様」は思ったより腕力があるらしい。

 だが、そんなことはどうでもよかった。発案者のステラはとりあえず、記憶の糸を辿りながら発言するカーターの方をじっと見つつ、その言葉ひとつひとつを頭の中に刻みこんでいく。

 翌日も使って彼だけではない、ルディリアをはじめとした被害者一同にこそこそと聞きこみを行った十人は、その日の早い内に判明した犯行日時を書きだしていった。さらにそれを用いて、学園祭の準備中にも調査を行った。その結果、分かったことがひとつある。

「抜けてた人とか孤立しちゃって参加できない人って、意外と多いんだね」

 この日、たまたまいつかのようにトニーとペアを組んで調査に臨んでいたステラは、とある男子生徒から話を聞きつつそう呟いた。ステラもよく知っている武術科の彼は頭の後ろで腕を組みながらそれに答えた。

「まーな。誰もかれもが、張り切ってるってわけでもないらしいし。あ……でも武術科の面子は結構そういうところ厳しいからさ、あんまりいないよな。無断で抜ける人とか」

「うん。みんな人手を欲しがるから、あぶれる人もいないしねえ」

 人手がほしいのはどこでも一緒だが、大概の武術科生の場合、その勧誘の仕方が並みではない。他の作業が終わって暇になりかけた人を見つけようものなら、有無を言わさず腕を引っ張って引きずりこむほどだ。

「なるほどなあ……それは貴重な意見かもしれん。ありがとう」

 トニーが言われたことを速記しながら礼を述べると、男子生徒は目を瞬いた。

「ん、そうなのか? まあ、事件解決にもし一役買えたってんなら良いことだ」

 そう言うと彼は背を向け、準備に戻っていった。オスカーと同じ格闘技クラスらしい。そして格闘技クラスの方からは、指示の声と笑い声と怒号が混じって響き渡っている。ステラにとっては慣れた光景だった。

「おお。武術科はどこも熱いね。彼らの気性かな」

 にやにやしながら言ったトニーはメモ帳を手早く閉じ、制服のズボンのポケットに滑りこませる。そんな彼の視線に気付いたステラは猫目少年を思わず睨んだ。

「なんでこっちを見るのよ」

「いやー。別におまえが粗野って言いたいわけじゃないよ?」

「腹立つっ!」

 女子として見られたいという願望があるステラは、いやらしい笑みを浮かべながらひょうひょうとするトニーに向かって犬のような唸り声を上げた。対してトニーは愉快な笑い声を上げている。完全に楽しんでいるふうだった。

「いやあ、それにしても……練習に参加してない人か。そこに絞って、もうちょっと調査してみる?」

「――そうね、まだ時間があるし」

 ステラは質問された時点でようやく矛を収め、ため息をつきながら、ここではない場所に――普通科生たちが集う校舎の方向に目を向けた。


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