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ジャックとオスカーがほぼ同時に何かを言いたげな顔をしたが、ルディリアはそれを見事にさえぎった。さらに言うと、先手を取った。
「もちろん、それがあなたたちの活動の本旨から外れていることはよく分かってるよ。でも、この二つのグループの情報収集能力は確かなものだって聞いてるし……ダメかな?」
そんなふうに問いかけで締めくくられた話に、当然全員が困ってお互いの顔を見合った。だがそのうちに、オスカーがいきなりこんなふうに言いだした。
「とりあえずは受ける方向で行ってみたらどうだ」
「――はい?」
「ええ?」
みんな以上のような声を上げた。この中で一番強く反対しそうな人にそんなことを言われれば驚くのも無理からぬことだろう。ただその中で、少なくともステラはオスカーの視線に気づいて、その視線がカーターを捉えていることに気付いて、あっさりと納得した。だから彼女は、ジャックに説得の意味も込めて目配せをする。しかし――やはり、オスカーをよく理解する彼のことだ。既に、『特殊新聞部』部長の意図に勘付いていた模様である。彼は二人の方を見ると、素敵な笑顔でこう述べたのだった。
「そうだね。とりあえず、調査するだけはしてみるよ。ただし、この件については確かな成果を上げられるという保証はしない。活動内容うんぬんもそうだけど、本来は学校や警察に任せることだから。それでいいかい?」
二人は最初から期待をしていなかったのか、目を丸くしながらうなずいていた。
シャルロッテとルディリアが特別学習室を出てからしばらく、部屋には沈黙が漂っていた。しかし、急展開の余韻も薄れる頃になると、ジャックがおもむろに口を開いた。
「で、カーター君の件との関連性だろう? オスカー」
訊きたいことだけ最低限抽出したような彼の言葉は、多くの人には理解できなかったようだが、それである程度の見当をつけたらしいオスカーはあっさりと首を縦に振った。
「ああ、その通りだ」
相変わらずの低い声で淡々と答えてくる。それを受けて真っ先に喰いついたのはブライス。彼女はくるりと部長の方に顔を向けると、小首をかしげる。
「いったいどういうことよ、部長? あたしらに説明しろ」
彼女の物言いにオスカーは顔をしかめ、少し考えれば分かるだろ、などと嫌そうに呟いていたが、大多数の者が先程の会話を理解していないと悟るやいなや、横にいたカーターの頭をわしづかみにするととても面倒くさそうに話を始めた。
「さっきこいつが言っただろう。準備中に何者かに殴られたって。ルディリアとやらの話と重複する部分が多いと思わなかったか?」
「……言われてみればそうだな。何者かに殴られた、学園祭の準備中、しかも頭部。ああ、学生だったかどうかも訊いておけば良かったなあ」
レクシオがうなずきながらあっさりと理解を示す。この台詞を受けて、残りの面々もようやく納得したようだ。真っ先にこの話に気付いていたステラもそれに続けて、オスカーの方に目を向けて、大した答えを期待しないまま訊いた。
「じゃあ、同一犯の可能性が高い?」
「さっきレクシオが言った通り証言が不足しているから、それは分からんが、可能性として考えることはできる。そして仮に同一犯だとすれば、うちの部員が当事者だということになる。いかに活動内容から外れているとはいえ、無視するわけにはいかないだろう」
「なるほどねえ。いきなり関わらないかって言いだしたのは、そういうことだったのか」
彼にしてはだいぶ長い台詞を聞いたステラは、ようやく堂々とそんなふうに言った。先程の視線の意味は、つまりそういうことである。このメンバーの中に当事者がいるとなれば、こじつけのような気がしないでもないもののある程度事件に関わる理由はできる。
ナタリーやミオンやトニー、そしてシンシアやブライスにカーターもここでオスカーの意図に気付いたらしい。それぞれが納得の声を上げる。そうかと思えば十人はすぐに動き出した。まず、口火を切ったのは、トニー。
「……さて。とりあえずルディリアの案件だけを考えてみるか。どう思う?」
かなり広い意味にとれる最後の問いかけに答えたのは、ナタリーだった。
「さっきあの二人、ルディリアが運んでいた物資が無くなってた、って言ってたよね。だとしたらこれって窃盗、っていうか強盗みたいなもんかな」
「同じこと考えてた」
ちょうど頭の隅で暴行と盗みの関係性について思考を巡らせていたステラは、友人の言葉に苦々しい顔で同意を示す。さらには幼馴染もうなずいていたが、彼は同時にこんな疑問も呈した。
「なんでわざわざ、学園祭のためのブツを盗む必要があったんだろうな。そこがさっぱりだ。――ま、これから調査していくしかないんだろうが」
これまた奇遇なことに、ステラも同じ疑問を抱いていたところである。学園祭で使う準備物を盗んで得することが、果たしてあるだろうか。どれもこれもあまり大したことのない物のように見えてしまう。だが――
「よっぽど生活が困窮している人だったら、それを売った金でどうにか過ごしてるって考え方もできるけどね」
トニーの彼ならではの発言にはっとさせられた。数日前、彼がスラムで生活していたという話を聞いたばかりなので、余計にいろいろと思いを巡らせそうになる。だが、今はそんな場合ではないので、ステラは慌てて思考を打ち切った。
「あれ? でも、仮にこれが同じ系統の事件だったとして……僕はどうして何も盗られなかったんでしょう。いろいろ持ってたのに」
ちょうどステラが思考を打ち切ったとき、被害者の一人かもしれないカーターが、指先で頭の包帯をいじくりながらそんなことを口にした。シンシアが、彼を呆れ顔で見る。
「あなたが魔導術でとっさの対応をしたからに決まっていますわ。飛び上がって逃げていったんでしょう、その人?」
同グループの少女の言葉を受けて、カーターは目を丸くしながら「あ、そうか」と言った。シンシアはさらに何か言いたげな顔をしたものの、結局その表情のまま口をつぐむ。入れ替わる形で、今度はずっと黙って聞いていたミオンが意見を述べてくる。呟きのようなさりげなさだった。
「魔導術を使われたというだけで飛びあがったということは……術に馴染みの薄い人でしょうか? 武術科生は合同授業で何度も見ているはずですし、普通科生ですかね」
なるほど、とステラは内心でこれまでの証言を思い出しながらうなずいた。カーターが使った魔導術の威力は定かではないが、そこまで大きな攻撃の術を使えるわけではないようなので魔導科生がいちいち驚くほどのものではあるまい。となれば、ミオンの言いだした可能性もあくまで可能性としてならば考えられる。
だが、結局はどこまでいってもあくまで可能性の話、でしかない。
「確かな情報が少なすぎる……か。やっぱりこれは、明日から調査に乗り出すしかなさそうだね」
「ああ」
そんなわけなので、今日の話し合いはそんな長二人の言葉で唐突に締めくくられることになったのだった。
この翌日、十人は早めに登校し、時間前に一度特別学習室に集まった。今日からの調査の方針を決定するためである。何せ、今回はこれまでの案件とは訳が違い、ラフィアが関わってすらいない刑事事件に関係することになるのだ。まともなプランも立てずおおっぴらに動けば、教官に目をつけられかねない。
「……だから、みんなわりと普通に生活して、そこからさりげなく情報を得る方がいいと思うんだよね。ルディリアと親密な人にだけは詳細を明かすとしても」
トニーのこの発言に全員があっさりと同意を示したことで、調査方針は比較的あっさりと決定した。ただ、問題点がひとつある。特別学習室から出て、人通りが多くなってきた廊下をレクシオ、ミオン、ブライスの三人と共に歩くステラはなんの気なしに独白した。
「でも、実際のところ『さりげなく情報を引き出す』のが一番難しかったりするのよねー」
左隣を歩いていたミオンが、その言葉に反応した。
「ステラさん、人望あるから意外とどうにかなるんじゃないですか?」
彼女にしては珍しく楽観的なこの発言は、その実ひどく自虐的な意味を含んでいると思う。おそらく、言葉の頭の部分に「私に比べて」がくっついているはずだ。まったくこの子は、と呆れながらもそれをおくびにも出さずステラは苦笑した。
「ええ~? あたしって、そんなに人望あるように見える?」
少女の発言に、幼馴染が悪乗りしてくる。
「この間女子生徒軍団にけんか吹っ掛けたからなあ。分からねえぞ?」
「し、失礼ね! けんか吹っ掛けたんじゃないわ、あれは正当なる仲裁よ!」
どうせ場の雰囲気を和ませようとしているのだろうなと頭では理解しつつ、それでもステラは拳で幼馴染の頭を何度も叩いた。反応してしまうものは仕方がない。そんな光景を見てけらけら笑った後、ずっと傍観を決め込んでいた赤毛の少女は悪人のような笑みを浮かべた。大きな瞳が、チカリと光る。
「ま、いざとなれば極秘取材って言って、後輩に近寄ればいいんだけどね」
「おまえ……それはばれないように気をつけろよ?」
ステラに頭を叩かれた後のレクシオは、それを感じさせない様子のまま猫娘に呆れた目を向ける。しかし猫娘ことブライスは、なおも楽しそうに言うのであった。
「だーいじょうぶだよ。『特殊新聞部』の調査員なめんなっての」
ここら辺で面目躍如しとかないとねー、と締めくくったブライスは、その場で数度ぴょんぴょんととびはね、それを見ていた三人の笑みを誘った。
そして周囲の生徒は、仲良しグループのごとくじゃれあう四人を、好奇の目で見ては、見て見ぬふりをして通り過ぎていった。
それから三人は、ごく普通の学生生活に身を投じた。いつものようにテイラー教官のありがたいお言葉を賜ってから、いつものように勉学にいそしむ時間。それが一時間ほど続いた。チャイムが高らかに鳴って一時限目の終わりを伝えると――彼らは、ここでようやく動き出す。
何気なく立ちあがったステラとミオンとレクシオ、それにブライスはそれぞれに同級生たちの輪の中に飛び込み、話に興じる。そうして、その中でさりげなく襲撃事件の話を振ってみた。
だが、あいにく同級生たちの反応は鈍いものである。全員が首をひねったあと「知らない」と答えたのだ。あまり堂々と言えることではないのでそれ以上の追及のしようがなく、四人は比較的あっさりと引き下がった。そしてチャイムが再び鳴る直前、額をこすりあわせた。
「やっぱり、あまり公にはなってないみたいだね」
ステラが小声で話すと、ブライスは舌舐めずりをしながら答えた。
「そうね。それに、被害者が一人もいないから噂にもなってない。――こうなったら、全校対象の無差別調査に移るわよ。時は、昼食休憩」
「やる気があって結構なことだな。俺も賛成だ」
呆れてるのか褒めてるのか分からない言葉をレクシオが口にしたところで、二時限目の開始を告げる鐘がまた高らかに鳴り響いた。
それからは四人とも、一度も情報収集に動かなかった。これもまた、教官たちに怪しまれないためである。何食わぬ顔でいつもの時を過ごす。こうして昼食休憩の時間になると、彼らは恐るべき速さで食堂に向かい、彼らだけで昼食を終わらせると、四人そろって食堂を出ようとする。しかしここで、意外と言えば意外な人物に遭遇した。
最初に気付いたのはブライスである。
「あれ、部長。珍しいね。いつもは弁当持ってきてひとりさびしく食べてるのに」
「余計な言葉が多いぞ」
偶然すれ違ったオスカーは、そう言うとブライスをじろりとにらんだが、いつもと違ってそこまで迫力がなかった。どうも、思いのほか気を悪くしてはいないらしい。
ステラは内心ほっとしつつ、オスカーに問いかける。最初こそ声をかけるのをためらったものの、最近では普通に接することができるようになった。
「どう? 格闘クラスでは何か収穫あった?」
同じ武術科でも、分野によってクラスが分かれている。オスカーが所属するのは格闘技とそれを用いた戦法を主に取り扱う格闘クラスだ。彼はステラの問いに、すぐさま首を振った。
「だめだな。これと言って有力な情報はない」
「そっか」
予想通りの答えにステラが肩をすくめると、オスカーはこう続けた。
「俺も含めて、考えることは同じだな。どうせ、これから誰かれ構わず直撃取材するつもりだろう」
「……よ、良く分かりましたね」
気圧されたように呟いたのはミオン。新聞部部長は彼女に一瞥をくれたものの、特にこれといって返事はしなかった。ただ、「俺もシンシアとともに事に当たるつもりだ」という一言だけ残すと、人混みの中に消えていった。
四人はそれをしばらく視線で追っていたが、やがて、もはやお約束とでも言うようにブライスが声を張り上げる。
「さて、それじゃ、あたしらも直撃取材行きますか!」
残る三人はそれに「おおーっ!」と答えてそれぞれに拳を突き上げた。幸い、朝とは違い彼らを気に留める者はいなかった。
とりあえず今回は二手に分かれることになった。まず、ステラとブライス。そしてレクシオとミオンの通称デルタコンビ。最近は何かと組むことの多いこの二人である。それに気付いた時、ステラは自らの中に不穏な何かが渦巻くような気がしたが、いつかのように無視を決め込んだ。
そんなわけで、ステラとブライスのその名も『極秘取材組』は話を聞くに値する生徒を捜して歩きまわっていた。そんな中でやって来たのが、魔導科生の集まる校舎。休憩時間なので、別に他の学科の生徒がいても怪しまれはしないだろう。それに――
「うちのカーターが被害に遭ってるわけだから、何かしらの噂は立ってんでしょ」
というのが猫娘の言い分である。噂話が果たして証言となりえるのかどうかは心底疑問だが、決定的証拠につながる足掛かりとなることはあるかもしれない。さっそく二人は、歩いている女子三人組に急襲をかけた。三人は最初こそ戸惑っていたものの、
「『特殊新聞部』の取材よ。協力してくれる?」
ステラが一通りの事情を説明したあとにブライスがこう言うと、困惑は興奮に取って代わった。
「なるほど、秘密の調査ってことだね!」
「なんかかっこいい……」
「協力しますよ、なんでも聞いてください!」
などと騒ぎだし、結果としてあっさり新聞部員に乗せられていた。ステラは正直、単純だな、と思ったが、黙っておくことにする。
「それじゃあいきなり聞くけどさ。学院内で起きてる襲撃事件について何か知らない?」
いつの間にかメモ帳とペンを取り出し両手に握っていたブライスが質問を飛ばした。三人組はその瞬間だけ困ったように視線を交差させたが、やがてそのうちの一人、おかっぱ頭で眼鏡をかけた真面目そうな女の子が話しだす。
「ええっと、それって神官専攻のカーターさんが被害に遭ったっていうやつですよね。それ実は、近日中に似たような事件が起きているんです」
ステラとブライスは、無意識のうちに身を乗り出していた。どんな? と二人が目で問いかけると女の子は一度たじろぐが、すぐに話し出す。淡々と語られるその内容を聞いていくうちに――ステラもブライスも、我知らず眉をひそめていた。
それから残りの子たちにも一応話を聞き、二人は三人組の女子と別れて反対方向に歩きだした。歩きながら、少しだけ声を潜めて、できるだけさりげなく話し合う。
「ねえ、どう思う?」
ステラが問うと、メモをぱらぱらとめくったブライスは赤毛をかきむしった。
「どうって……ねえ。ほかの奴らの情報と突き合わせるしかないでしょ。この時点ではなんとも言えない」
「だよねえ」
ため息とともに言葉をこぼした二人は、そのままある場所に向かって歩を進める。そのある場所とは――中庭だった。