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クレメンツ・フェスティバル  作者: 蒼井七海
第一章 風の予兆
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4

 シンシアも男の顔を見て、同様に首をかしげた。やっぱり見覚えのない清掃員さんか、とナタリーは眉をひそめて考える。

 というのも、二人ともこの学院で清掃員の顔は何度も、何度も目にしているのだ。もちろん複数人いるが、決して数は多くないため、何度も見かけたり言葉を交わしたりしているうちに、全員の顔を覚えてしまっていた。中には名前を覚えた人もいる。だが、この男は名前を知らないどころか、二人とも顔すら知らない清掃員だった。

 そして、問いに対する答えは案の定。

「ああ。私は今月入ったばかりの清掃員でね。アーノルドという。よろしくな」

 人当たりのいい口調と笑みでそう言った男、アーノルドを見て安心したらしく、シンシアがあっさりと返事をした。それにつられてナタリーも「はい」と言う。これを聞いた男は満足げにうなずくと、再び掃除を始めた。その様子を見たナタリーは立ち去るより前に首をかしげた。そのまま発言しようと口を開くが、床を拭くアーノルドに先手を取られる。

「そうだ。お嬢さんたちは知っているかい?」

 彼の話は、唐突に、そんな言葉から始まった。当然この一言で話の意味をくみ取れるわけがなく、ナタリーもシンシアも間抜けな返事をする。

「はい?」

「何が、ですか?」

 二人がテンポよくそう言うと、アーノルドは顔を上げて二人を見た。ナタリーは気付いていなかったが、この男、結構目つきが悪かった。普通にしているだけでもちょっと睨まれているような気分になる。だが、声色は目とは裏腹に穏やかだ。内容はお世辞にも穏やかとは言い難かったが。

「少し前から、この学院で頻発している窃盗事件について」

 は? というのは、ナタリーとシンシア、どちらの声だっただろうか。その甲高い音が廊下に響いて消えたあと、少しの間沈黙が漂う。しかしそれは、男のため息によって破られた。

「そうか……知らないか」

 どこか残念そうな響きの台詞に返したのは、ナタリー。

「はい。そんな話、聞いたこともなかったです」

 言いながらも一応記憶の糸を辿ってみるが、やはりそんな話を聞いた覚えはなかった。そもそも、エリート思想な人が多いこの学院では、その手の事件はあまり発生しない。生徒同士のけんかやもめごとは学部問わずままあるが。

 ゆえにアーノルドの言葉に引っ掛かりを覚えたナタリーは詳しい話を聞こうかとも思ったが、その前に相手によって話を打ち切られた。

「そうか。すまないね、変なことを聞いた」

 彼は肩をすくめるとそう言って、視線を床に落とした。そのままモップを動かす手を止めずに、どんどんとナタリーたちからは離れていく。その姿を物珍しげに見つめているシンシアを一瞥(いちべつ)した彼女は、どこか不機嫌そうに呟きをこぼした。

「あの清掃員、身のこなしが普通じゃない」

 え? というシンシアの声が返ってきたが、ナタリーはロクに聞いていなかった。


   ◇      ◇      ◇


「おまえら、人から話を聞きだすのが得意技か?」

 額面通りに受け取れば褒め言葉。しかしこの無愛想少年がしかめっ面とともに言うと、どうにも褒められているのか貶されているのかがよく分からない。しかし、彼の視線の先にいる人々は胸を張っていた。

「『調査団』もなかなか侮れないよ、部長。提携して良かったね」

 赤毛の猫娘が相変わらず周囲をうろちょろしながらそんなことを言った。オスカーはそれには答えなかったものの、取材結果を受け取ると、「協力ありがとう」と珍しい言葉を吐いた。

「さて、と。僕らも明日からクラスの出しもの準備に参加しなきゃいけませんね」

 カーターがため息をこぼしてそう言った。これに答えたのは、椅子の上でくつろぎモードであったレクシオだ。彼は両手を頭の後ろに回したまま言う。

「おまえらのクラスは、確か神官についての研究発表だっけ? なんか大変そうだな」

「いえいえ。そちらの『剣術教室』に比べれば」

 カーターは苦笑して、そんな切り返しをしている。ステラは思わずうなずいていた。ただし、大変そうではあるものの、ステラとしては楽しみでもあった。人に剣術の稽古をつけるのは嫌いではない。特に小さな子供とかならば、なおさら大歓迎である。これは彼女の孤児院での経験が影響していると思われた。

 カーターとレクシオの言葉の応酬をきっかけに、約十名は思い思いの言葉を発しはじめていた。そんな彼らを傍目に、ステラはなんの気も無しにこの特別学習室の窓辺を見やる。そこでふと、あることに気付いた。

 教室に入ったときから行儀悪く窓枠に腰かけていたナタリーが、いつの間にやら何か難しい顔をして考え込んでいるのである。どこかあっけらかんとしているイメージを彼女に対して知らぬ間に抱いていたステラとしては、珍しい姿だった。

 そして、我知らず声をかけていた。

「どうしたの、ナタリー? なんか変なことがあった?」

 ステラがそう呼び掛けると、彼女はたった今思考の渦から這い上がってきたかのように、ぱっと顔を上げた。それから少女の姿を認めると、ゆっくり話してくる。

「う、ん。ちょっとね。変わった清掃員に会った」

「清掃員?」

 ステラは、友人の答えが存外ふまじめなように思えて首をひねった。しかし、彼女はあくまで真剣な顔のまま続けてくる。

「そ、アーノルドさんっていう、今月から入ったらしい人なんだけどね」

「ああ。あの男性のことですか」

 突然後ろから割って入ってきた高い声にステラがぎょっとして振り向くと、やはりというか声の主がシンシアであることが分かった。いつの間にか、ステラの真後ろにある机の前に立っていた彼女は、こちらを振り返って緑の目で二人を見ている。

「そういえばあなた、言っていましたわよね。身のこなしが普通じゃないとかなんとか」

 そう言って胡乱(うろん)な目をナタリーに向けるシンシア。ナタリーはしかし、噛みつくこともせず、ただうなずいた。

「……? なんでそんなことが分かったの」

 その、アーノルドの身のこなしというのも十分気になったがそちらも気になったので、ステラは取りあえず答えが分かりそうな後者を質問としてぶつけてみた。

 答えは、意外にもあっさりとしていた。

「あんたらの鍛錬やら修行やらを見てたら、嫌でも分かるっての」

「ああ、そうか」

 ナタリーたちが見ている前で、ステラもレクシオもミオンもその類のことをするのは珍しくない。更にステラの場合は、『銀の魔力』の修行の際に体術も併せて使うようになったので余計にそんな機会は増えただろう。ましてナタリーは随分前からそんな光景を見ている人たちの一人だ。赤の他人においてもその判断がつくようになっても不思議ではない。シンシアの方もそのことに気付いたのか、すぐに「ああ、なるほど」と呟いてうなずいていた。

「ま、確かに気になるっちゃ気になるね」

 考えることに疲れたのか、ため息をつくナタリーを見てから、ステラはその視線を窓の外に移した。そして見下ろした先の――校舎脇にある草むらの中を機敏に動き回る人影を見つけて、また呟く。

「アーノルドさん……か」

 彼女の視線の先、草むらの中には、草むしりをする、清掃員の格好をした見覚えのない男がいた。

 油断なく周囲に目を配り、無駄のない動きをする男がいた。


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