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クレメンツ・フェスティバル  作者: 蒼井七海
第一章 風の予兆
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3

 翌日――いよいよ、本格的な学園祭の準備へと取りかかることになった。時間割の中にも少しだけ準備時間が設けられ、それだけではもちろん足りないので放課後に残ってやるという人が大勢出てくる。というわけで、放課後というのは『取材』には絶好のタイミングである。

「さあーっ! みんな! バシバシいくよぉ」

 この上なくローテンションな部長に代わって声高に号令をかけるのは、グループ一のハイテンション、ブライスだった。一分の者がその号令に答えると、さっそく取材のために動き出す。

 とりあえず一度に多く取材をするために、総勢十名をいくつかの班に分けて行動することになった。今回は、オスカーお手製のクジで公平に決まる。その結果――


   ◇      ◇      ◇


「そんなに震えなくても大丈夫だって」

 レクシオはため息混じりにそう言いながらミオンの肩を軽く数度叩いた。すると彼女は一度大きく震え、やがて小さな声で「はい」と言った。その、今にも消えそうな様子にレクシオが言い得ぬ不安を抱いたのは、いわずもがなである。

 結局、どこまでも公平なくじ引きでレクシオがペアになったのはこの少女であった。彼女はついこの間までの境遇の影響で、みんなへの取材にずいぶんとしり込みをしてしまっているようである。まあ無理もないか、と思いなおした少年は、珍しく人通りが多く慌ただしい放課後の廊下を歩きながら、少女にもう一度声をかけた。

「ホレ、行くぞ。俺らの担当は偶然にも剣術クラスだ。何かあったら俺がフォローするから」

「は、はい」

 これは運命のいたずらか何かだろうか、そう思いながらレクシオは、剣術クラスの見慣れた戸を開く。レクシオとミオンのよく知る剣術クラスは、普段とあまり変わりのないにぎわいを見せている。ただ、いつもと違うのは相変わらず多い生徒たちがいくつかの輪になって固まっていることだろう。レクシオとミオンはそれを見ながら、代表らしき少女に声をかけた。

「すみませーん」

 彼が声を上げると、黒髪の少女は目を丸くした。しかし、構わずに言葉を続ける。

「俺たち、『特殊新聞部』の取材協力してるんですけど。お話いいですか?」

 彼がこう言うと、少女は納得したような表情になる。ブライス辺りが、事前に話をつけていたのかもしれない。

「ああ、いいですよ。なんでもどうぞー」

 間延びした声で答えた少女。彼女を見ながら次に口を開いたのは、ミオンである。かなりびくびくしながらも、

「そ、それじゃあ、いくつか質問を……」

 かなり縮こまる彼女を見て、それが『例のミオン』だと気付いたのだろう。少女は再び驚いていたが、それもほんのわずかなことで、すぐに先程と同じ調子で「はあい」と言った。

 どうやら、彼女はもともとミオンのことを毛嫌いする連中に含まれていなかったようだ。レクシオは、そっと胸をなでおろした。


   ◇      ◇      ◇


 ステラとトニーというどこか珍しい組み合わせが向かったのは、『普通科』のとあるクラスだった。

 この学院には学科がみっつある。剣術や格闘術、その他肉弾戦技術を中心に学ぶのが『武術科』、魔導術に関連する知識と技術を身につけるのが『魔導科』なら、帝国語や数学、地理歴史などの普通教科を多く取り扱うのが『普通科』である。その性質ゆえに武術科などとの交流はほとんどないといっていいが、ステラの名前くらいは知っているだろう。

「そんな理由で駆り出される、ってのがなんとも気に入らないんだけど。ま、普通科にも興味はあるし別にいいか」

 ステラはぶつくさ言いながらも、どこか軽快な歩みで目的のクラスへと急ぐ。トニーはというと、そんな彼女の後をマイペースに追っていた。『普通科』のクラスが密集するのは『武術科』や『魔導科』がある校舎とは別の校舎であるため距離がかなりあったが、二人ともそれはあまり苦ではなさそうだった。

 やがて、ステラとトニーはさる廊下で人だかりを発見した。みな、それぞれに相談したり喧嘩したりしているところを見ると、どうやら廊下で作業をしているらしい。彼らのすぐそばにある教室を見て、トニーがうなずいた。

「うん、多分このクラスだね。標的は」

 彼の物言いにステラは思わず肩を落とした・

「標的とか……嫌な言い方しないでよ」

 一応突っ込んではみたものの、トニーから返事はない。どうやら無視されたようだ。やれやれ、と内心で呆れながらもとりあえずステラは代表者を捜して視線を巡らせる。しかし、同じような制服を着た男女の群れの中からそれらしき人を見つけるのは困難だった。こうなればそこらへんの人に訊くか、と少女が思い始めた頃。

「あの、何か用ですか?」

 二人の後ろから気が弱そうな男子生徒の声がかかった。二人が一瞬顔を見合わせて振り向くと、彼らのすぐ後ろには優しい顔つきの気弱そうな黒髪の男子と、逆に勝気そうな金髪の女子が立っていた。とっさに、トニーが対応する。

「あっ、どーも。『特殊新聞部』の取材陣です。代表の人たちですか?――話聞いてます?」

 すると今度は金髪の女子が対応してきた。

「まあ、聞いてるけど……でも確か、あなたたちって『新聞部』じゃないよね」

 うお、すごい。よく知ってるな――と密かに感心しながらも、今度はステラが簡潔に説明をした。

「うん。でも、彼らの取材に協力させてもらってるの」

 これには女子生徒のみならず男子生徒さえもびっくりしている。もしかしたら、両グループの不仲については、意外と知られていたのかもしれない。それでもメモとペンを持ってわざわざこんな遠いところまで足を運んでくる彼らを見て嘘だとは思わなかったらしく、あっさりと対応してくれた。次に口を開いたのは、男子生徒の方だった。

「そういうことなら、僕らが対応しますね」

「ちゃんと答えなきゃだめだからね」

「…………はい」

 女子生徒からの鋭い言葉に、男子生徒は少しばかり視線を泳がせた。そんな、さながら夫婦漫才のようなやり取りに苦笑した二人は、さっそく質問を始めるのであった。


 いくつかの質問に答えてもらい、さらには準備内容をわざわざ紹介してくれた男女にお礼を言ったステラとトニーは、意気揚々と別館と呼ばれるこの校舎をあとにしようとしていた。

「これだけ材料が集まればじゅーぶんだろ。ま、オスカーの度肝を抜かす程じゃないだろうけどな」

 トニーがメモ帳や資料をちらちらと見ながらそんな軽口を叩く。対するステラも伸びをしながら「あいつが驚く顔、見てみたい気もするけどねー」と答える。ちなみに、ほとんど本音だった。

 こんな感じでとりとめのない会話をしていた二人は、しかし先程取材させてもらった集団から離れようとしたところで、ちょっとした出来事に遭遇した。

 大したことではない。ただ、一人の男子生徒がいじけたような体育座りをしながら、困り顔であたりを見回しているというだけである。ただ、周囲の喧騒から切り離されたようにそこだけどこか重い空気が漂っており、少年少女の足をいやおうなく止めさせた。いや、正確には二人がそれを気にする性格だったと言うべきか。

「どうしたの?」

 最初に声をかけたのは、ステラ。彼女の明るい声に反応した男子生徒が、一瞬震える。その反応がどこか、怯えたときのミオンに似ていると思った。思ったが当然口には出さず、ステラは相手の回答を待つ。彼は何秒かステラとトニーの方をまじまじと見ていたが、やがてぼそぼそと口を動かした。

「……あ、あの……俺、どうしたらいいか分からなくて……それで、ここにいるんだけど……すごく気まずくて」

 聞き取りづらく要領を得ない説明ではあったが、どうにか察することはできた。ステラはちょっと顔をしかめて頭をかく。

 つまりこういうことだろう――準備に関わりたいものの、いつのまにか孤立してしまいどうしていいか分からなくなったためここで一人になっているものの、それはそれで気まずくて困っている。特定の集団の中にはありがちなパターンだ。

 さてどうしたものか、と考える。迂闊(うかつ)なことは言えないと思ったのだ。しかし、ステラがうなっている間にトニーが動きだしていた。

「それならほら、あそこにリーダーさんいるんだから、『何かできることはないですか?』って訊きにいけばいいじゃんか」

 ステラが目を丸くしてトニーを見ると、彼は朗らかに笑っていた。

「え、あ、う、でも……俺」

 彼のバッサリとした回答に戸惑ったのだろうか。男子生徒はかなり混乱した様子でとりあえず言葉を発していた。そんな彼を後押しするように、トニーはさらに続けた。

「大丈夫、大丈夫。別に訊きにいったからって怒られるわけじゃないんだから。ほら、行った行った!」

 それに対し男子生徒は「じゅ、準備のことはそうかもしれないけど」などとまだまごついていたが、トニーの目を見て何を思ったのだろうか。少し黙りこむと、「分かった」と言って立ち上がる。それから二人にぺこりと頭を下げると、例の金髪女子の方へとかけていった。まだどこか頼りないその後ろ姿を見送りながら、ステラは独白する。

「トニーって、社交的だなあ」

 意外にも、その呟きに答える声があった。いわずもがな、トニーである。彼は欠伸を噛み殺しながら言った。

「そうでもないよ? 俺、スラムの出身でコミュニケーションの取り方とかマジで分かんなかったし、ジャックと出会って毒されるまではめちゃくちゃ内気だったしさー。だから、初等部の頃は苦労したさ」

 彼ののん気な言葉にステラは目をみはった。声音はのんきだが、内容はそうでもない。ジャックに会うまで内気だったというのも十分衝撃的だが、それ以上に驚いたのが、

「スラムの出身?」

 思わず素っ頓狂な声を上げていた。だが、対するトニーはどこまでも他人事のような態度でさらに言葉を紡ぐ。

「そう。親戚に引き取られるまではね、俺、北部のスラム街で暮らしてたんだ。なんで親戚は援助してくれなかったのか、とか今になると思うけど、どうやら複雑な事情があったみたいだねえ」

 でも、俺はよく知らないんだー、と少年は笑った。思わず謝りかけたステラだったが、彼のどこまでも純粋な笑顔を見てそれを飲みこむ。かわりに、こう言った。

「いろいろあるんだね、トニーの家も」

「うん。だから初等部入る前は読み書き計算何もできなかった。あ、他人に上手いことすり寄る方法なら知ってたけど」

「……うわ、なんか嫌だなあ」

 平凡な一言に対して返ってきたユニークな台詞に少女は顔をしかめたあと、ぎこちなく笑っていた。


   ◇      ◇      ◇


「私たち、縁があるのかね」

 最大級のしかめっ面で、ナタリーは呟いた。すると、すぐ隣から高く、それでいて不服そうな声がする。

「だとしたら、とても嫌な縁ですわね」

 不本意ながらも同意だったので、ナタリーは大人しくうなずいた。

 そう、隣にはシンシアがいる。くじ引きの結果ナタリーはこともあろうか彼女と組むことになってしまったのだ。本当は全力で拒否したかったが、くじ引きで決まったものを無理矢理くつがえすのも面倒なので渋々従った次第である。きっと、相手も同じような気持ちに違いない。

「まあ、取材が早々に終わったのはいいことですわ。このまま特別学習室まで行きましょう」

「ええ、そうね。さっさと帰ろ」

 嫌味のこもった視線と放たれた言葉に欠片も動じることなく、それどころか少しばかり睨みかえしたナタリーはそう言って息を吐いた。

 幸い、二人のこの、仲の悪さ――あるいは良さ――が取材に悪影響をもたらすことはなく、任務は(つつが)なく終了していた。というわけで二人は、お互いだけの時間を早く終わらせるためにも帰路を急いでいるのである。

 ほかの箇所とは比べ物にならないほど静かなここは、実験室や調理室といった部屋たちが密集しているエリアである。準備が進んでいくにつれここにも人が入ってくるには違いないだろうが、少なくとも初日の今日は寒風でも吹き抜けそうなくらい閑散としていた。

 廊下に反響する足音を聞きながら進む二人は、しかしその進路上に人影を見つけたとき、仲良く目を瞬いた。人影は体格的に男のもののようである。ただ、驚きはしたものの、二人は、どうせ教師か誰かだろうと高をくくった。そうしてそのまま通り過ぎようと心に決める。

 やがて、二人と一人はそれぞれすれ違い――

「こんにちは」

 と、少女たちに掛けられる声。

「こんにちは」

 二人の少女はこれまた仲良くそう言って通り過ぎようとしたが、そう思って数歩行ったところで足を止め、振り返った。

「あれ、どなた?」

 そう言ったのはナタリーの方である。彼女たちの視線の先にいた男は、青い頭巾に水色のエプロンという、まさにクレメンツ帝国学院の清掃員の格好をして、手にはモップをにぎっていた。


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