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クレメンツ・フェスティバル  作者: 蒼井七海
第一章 風の予兆
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1

「取材対象になる教室が多すぎて、四人じゃ回れないんだよ! だから手伝って、お願い!」

『特殊新聞部』の、嘘を見抜くのが得意な赤毛の少女、ブライスがそう言って手を合わせてきたのは、秋もかなり深まってきた、という頃であった。食堂で彼女と向かい合っていたステラ・イルフォードは、その必死な様子に、思わず、最後のパンをちぎった後の姿勢で止まってしまう。

「いいけど……その壮大な取材って、どんな新聞作るためのもの?」

 壁新聞があまり巨大になられても、いろいろな人たちが迷惑するだろう、などと大真面目に考えてしまった。しかし、現実は少し違っていた。

 ブライスはそこでようやく置いていたフォークをにぎりなおし、それをガラスの皿に盛りつけられたサラダのレタスに突き刺しながら言う。

「ほら、学園祭が近いでしょ? だから今から何回かにわけて、いろんなクラスやグループの様子を取材して、新聞に載せようかと思って」

「あ、なんだ。連載企画か」

「…………いったい何を想像したのさ、ステラ」

 ステラがあからさまにほっとしたような顔で発言すると、ブライスは呆れたような目で見て言ってくる。栗毛の少女はそれをきれいに無視すると、ちぎったパンをようやく口の中に放り込んだ。

 約一カ月後に、帝都中である祭が開かれる。その名を「クレメンツ・フェスティバル」と言った。この学院の創始者でもあるヘンリー・クレメンツの発案のもと始まったお祭りであるため、このような名がつけられたらしい。その話を聞いたときステラは、初代校長はいったいいくつの偉業を成し遂げたんだろう、と本気で気になってしまったものである。

 そんなクレメンツ・フェスティバルと合わせて行われるのが、帝国学院の学園祭である。なぜ学院なのに学園祭なのか、という素朴な疑問はだれもが感じつつ、無視している事柄である。学院内でクラス、あるいはグループごとに様々な出しものを企画して外部から人を呼び集めるこのお祭りは、かれこれ八十年は続いているらしい。

「じゃあさ、協力してくれるって部長に報告しといていい? いい?」

 繰り返し聞いてくるブライスに苦笑しつつ、パンを恐るべきスピードで平らげたステラは手を振った。

「いいんじゃないかな? 一応これからジャックに打診しにいくけど、反対はされないでしょう」

 むしろあの団長なら、喜々としてお手伝いしそうだ。それに――

「あたし個人も参加したいっていう思いはあるしね」

 ステラたちのグループ『クレメンツ怪奇現象調査団』を巻き込んでの取材なら、団員たちがほかの学生に接するチャンスでもある。そしてこのチャンスは、ステラがひそかに掲げているある目標へとつながっていた。

「なんで?」

「なんでも。ちょっといろいろあってね」

 さすがにブライスにまでそのことを話す気はない。彼女に話したら恐るべき速さで話が伝播(でんぱ)しそうなので。というわけでさらりと追及をかわしたステラだったが、その瞬間赤毛の少女の顔に浮かんだいやらしい笑みを見て、その失敗を悟った。

「ははーあ。さては、幼馴染君のことだね?」

「うぐっ」

 彼女独特の呼び名である人物を指され、ステラは思いっきり言葉に詰まった。しまった、と直後に思ったが、もう遅い。ブライスはとてもとても楽しそうな顔をしていた。引きつった笑みを見せながら、ステラはうめくように呟く。

「な、なぜに分かった……?」

「『調査団』一顔に出やすいあんたがあたしに隠し事なんて、百年早いんだよーん」

 腹立たしいほど軽い調子で返され、少女は眉をひそめる。

 そこまで顔に出やすい人間だったとは思わない、というのが内心の思いである。だが、それはあくまで主観の評価だ。客観的に見ればまた違うのかもしれない、と心の奥底では冷静に考える彼女だった。

 ただし、ブライスの評価はいささか誇張が過ぎている気がするが。

 そこまで悶々と考えたステラだったが、食堂内の時計にふと目をやると、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

「いけない! 昼休みに団員たちと合流する予定だったんだ!」

「おや、そりゃ悪いことしたねえ」

 まるでお婆さんのような口調でそんなことを言ったブライスに珍しく突っ込まず、ステラは「いいよ、別に」と言ってからてきぱきと物をトレイの上に載せ、そのトレイを持ち上げた。

「それじゃ、もう行くね」

 ステラが歩きだしながらそう言うと、斜め後ろの方から「あいよー」という返事があった。


 今回集合場所に指定されていたのは、確か中庭だったはずだ。何度も何度も団長の言葉を思いかえしつつ、ステラは中庭に向けて歩を進める。そして、もうあと四十歩程度で中庭の入口に立つ、と思ったとき、その方角から小さな爆音が聞こえてきた。

 首をひねったステラは戸に手をかけて、思いっきり引いた。瞬間、わずかな焦げ臭いにおいとともにこんな会話が漂ってくる。

「威力は悪くないけど、無駄な魔力を消費しすぎてるぞ。これじゃあ、実戦では乱発できない。すぐにばてるな」

「……武術科生にそんなことを言われる日がくるとは思わなかったなあ」

 覚えがある、なんてものではない。聞き馴染んだその声の方へ顔を向けると、『調査団』のステラを除く五名が集まっている。そしてその中で、ステラの幼馴染であるレクシオ・エルデと友人のナタリーが向かいあっていた。どうやら、魔導術の修練の最中らしい。苦笑したステラが彼らに向かって歩いていくと、修練の様子を観察していた少女がいの一番に声を上げた。

「あ、ステラさん」

 笑顔と共に振り返った黒髪お下げの少女は、少し前に入団したばかりのミオン・ゼーレだ。一時期はある理由から生徒たちに突き放されていたが、『調査団』の一員になってからというものそれも少なくなった様子である。……ステラやレクシオ、ジャックたちを敵に回したくない、というのがその最たる理由だろうが。

 こんなことを隅っこで考えつつ、ステラは笑顔で手を上げた。

「やっほ、ミオン。遅くなっちゃった」

「別に問題ないと思いますよ。――ナタリーさんがすごい勢いで最初は私にお願いしてきたんですけど、私はそんなに魔力のコントロールが上手じゃないので、レクシオさんが代わりに指導に回ったみたいです」

 どうやらこの少女は、ステラが既に状況を飲みこんでいると判断したらしく、そんな話をしてきた。その通りであったステラは頬をかきながら二人の方を見て、それからミオンを見下ろした。

「あ、もしかして。武術科に入ったのはそれが理由?」

 訊いてから、まずかったかと思ったが、ミオンは存外明るい顔で肯定した。

「はい。あともうひとつは、デルタであることが勘付かれにくいかなというのもあったんですけどね。ダメでした」

 彼女の、どこか自嘲的な響きがあるそんな台詞を聞いて、ステラは肩をすくめる。

「今思えば、レクも同じ理由で武術科を選んだんだろうね。なんで武器に合わない剣術クラスだったのかは謎だけど」

 レクシオとミオンには、ある共通点があった。それは、帝国と対立を続けている民族、『デルタ一族』の者であること。『魔導の一族』という通り名がつくほど魔導術に秀でた彼らは長らく帝国に貢献してきていたが、ある事件をきっかけに彼らの中には不満が募り、次第に帝国と対立していった。そして十二年前、二人の故郷であり、デルタ一族の町であったルーウェンは焼き払われ、多くの人命がそこで失われた。二人の少年少女もまた、焼け落ちる町から逃げのびてきたのである。

 今、多くの帝国国民の意識の根底に根付いているデルタ一族に対する差別意識は、、そんな一連の出来事の中から生まれたものであろう。ただし、いくばくかの例外がある。

「かーっ。さすがは魔導の一族! すごいわあ」

 その例外の一人であるナタリーが声を上げながらこちらに来たので、同じく例外の一人であるステラは顔を上げた。なぜか顔を煤だらけにした友人は、少女の姿を認めると目を見開いた。

「おお、ステラ。いつの間に来てたんだ」

「まーね。随分楽しくやってたじゃない、二人とも」

 友人とその隣に立つ幼馴染を見比べながらステラが言うと、レクシオはどこかすっきりしたような顔で答える。

「いやあ。久し振りに思いっきり魔導術が使えたからな。楽しかったよ。ストレス発散にもなった」

 彼のこんな物言いに、ナタリーが噛みつく。

「あ、レクひどい。うっぷん晴らしに私を使ったっての?」

「教えてって言ったのはそっちだろうが」

 口論に発展しかねない二人の言い合いに、しかしステラは苦笑を禁じえなかった。ナタリーに対してあからさまに不満げな顔をつきつけるレクシオが、ひどく新鮮だったから。

 奇しくも彼女と同じ考えを抱いていた人物は、ほかにもいた。

「いやあ、こんなに楽しそうに口論するレクは初めて見た」

「魔導術といい、とても見応えがあるものだね」

 言いながらステラの周りによってきたのは、残りの団員であるトニーと、団長のジャックだった。二人の言葉を聞いたミオンが、相変わらずの笑顔を向けた

 と、ここでトニーが思い出したように猫目を見開いてレクシオに指を突きつけた。

「あ、そうだ、ずっと訊きたかったんだけど。前の幽霊騒ぎのときにレクが使ってた……ええと、読み取りの魔導術、だっけ? あれもデルタ一族特有の魔導術なの?」

 唐突な話題の転換に団員たちは目をまたたいたが、すぐに事態を飲みこんだ。レクシオも「ああ、あれね」と他人ごとのように言う。しかし、いつまでも話についていけていない者がおり、それは意外にも同族で、魔導術に対する見識は深いはずのミオンであった。

「読み取り――なんですか、それ」

 困ったように小首をかしげている。「え、知らないのかい?」という台詞はジャックのものだ。まさかとステラは思ったが、その思いに反してミオンは困ったようにうなずくだけだった。

 もしかしてとんでもなく古い魔導術なのか、とそこはかとなく嫌な予感を抱いたステラだったが、そこでレクシオが同胞にフォローを入れる声が聞こえる。

「エルデ家の継承術だよ」

「継承術? それって、マグナール・オリガのことですか?」

「そ。帝国国民は分かりやすいように『読み取りの魔導術』って呼んでるらしい」

 二人の口からは、訳の分からない固有名詞ばかりがぽんぽんと飛びだしている。ステラの頭の上には、無数のクエスチョンマークが躍っているような状態だ。こっそりと辺りをうかがうと、他の三人も似たような状態でぽかんとしているので、どうやらこればかりはステラの頭が悪いせいではないらしい。ミオンはあっさりと納得したようだが、他の四人にとっては混乱するだけだった。

 その状況にしびれを切らしたのだろうか。ナタリーがついに声を上げる。

「こら、マニアックトークはそこまでにしなさい! というか、私らにも分かるように説明しろ!!」

 この瞬間、二人の動きが面白いくらいはっきりと停止した。次に動き出したときに大きな反応を見せたのは、ミオンだ。気の毒なほど慌て出す。

「あああっ、すみません!」

「いやいや、別にいいよ」

 その見事なまでの慌てぶりにジャックが苦笑したが、ミオンは直後に息を小さく吸うと、語り始めた。

「ええっと、じゃあ、まずはみなさん、『秘術』ってご存知ですか?」

 語りは、そんな問いかけから始まる。トニーが手を上げながらあっさりと答えた。

「知ってるよ。デルタ一族の間だけで受け継がれている術のことでしょ」

「そうです。この魔導術には二つの特徴があります。ひとつは、デルタ一族にのみ伝えられ、使用が許されているということ。もうひとつは、普通の魔導術と違って呪文を必要とすることです」

 秘術の二つ目の特徴に大いに興味がわいたステラであったが、ミオンはこの話は今、本題に関係ないから、と割愛してしまう。そのことに残念な気持ちになりながらも、少女の話にどうにか耳を傾けた。

 少女の話は続く。

「そして、秘術とは別の分類で扱われているのが『継承術』です。これは、デルタ一族の中の家ごとに伝わる魔導術の総称です。たとえばエルデ家の術はエルデ家にしか伝わらず、ゼーレ家の術はゼーレ家にしか伝わっていませんし、他の家の者は使うことができません。おそらく魔力の適正によるものでしょう」

「なるほど。それじゃあエルデ家の継承術が『読み取りの魔導術』ってわけだ」

 ジャックが確かめるように何度も何度もうなずいて言う。ミオンは「はい」と返して、締めに入った。

「あと、その呼び名ですが……多分、帝国やほかの国の人たちが分かりやすいようにつけられた名称ですね。デルタ一族の間で伝わる正式な名前と違いますから。正式な名前――それが、マグナール・オリガです。この名前はその家の中で継承術を開発したと思われる人の名前を取ってつけられます」

 こんなところですかね、という言葉を最後に、ミオンの話は終わった。ほおー、という感嘆の声が何人かの口から漏れる。その一人がステラでもあった。

「そんな、ちゃんとした呼び名があっただなんてねえ。ていうか、もしかしてエルデの継承術を開発したのって、女性なの?」

 栗毛の少女は自分でそう言ってから、ますます驚いた。オリガは女性名である。まず間違いないだろう。別に女性が魔導術を開発できないというつもりはない。ただ、女ってすごいなあ、と同性ながらに思ったのである。しかしながら、いったいどういう目的で人や物の記憶を読み取る術など開発したのだろう、と不思議にも思ってしまった。

 その思考を読み取ったのか、ただ声に出ていたのか知らないが、考え込むステラを見ていたレクシオがこう言ってくる。

「当時の魔導術は、使用目的がよくわからんものも多いんだよ」

「そ、そうなんだ」

 そこらの魔導科生より余程魔導術に詳しい少年少女の言葉に、ステラは思わずうなってしまった。


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