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クレメンツ・フェスティバル  作者: 蒼井七海
第三章 虚偽と真実
12/22

3

「なんかいまさらだけどさ、帝都ってうっかりすると迷いそうだよね」

 三つの店の名前が記してある紙を片手に、ナタリーはそんなことを言った。対してステラは落ち着きなく辺りを見回しながら適当に相槌をうった。

 今、少女二人は都内の通りの一つを歩いている。帝都内にいくつかある小さな商店街のうちのひとつで、指定された店の内のひとつがここにあるらしい。

 クレメンツ・フェスティバルに向けてなのか、旗などの飾りが増えていつもより鮮やかな色に染まる通りは、祭が近づいていることを知らせるかのような活気だった。老若男女さまざまな人のざわめきの中に、犬の鳴き声が混じりながら響く。どこかで演奏会でもやっているのか、太鼓や横笛の音も聞こえてきた。

 そんな中歩いていると、ついにナタリーがステラの方に話を振ってくる。

「ところでステラ、あんたは何を隠してるんだい?」

 なにか言い聞かせるような聞き方に、ステラは思わず顔をしかめた。

「別に何も、隠してないよ」

「またまた。あんたは分かりやすいんだから、ごまかしても無駄だよ」

――親友の一言に、少女は気まずい沈黙を返した。なんだか前にも似たようなことを言われた気がするが、あえて思い出すのはやめておく。ただ彼女は、友の問いにこう答えた。

「そのうち、分かるよ」

 あまりにもあいまいな答え方に、ナタリーは首をひねった。

 真実が分かろうが分かるまいが店には着実に近づいていた。ステラがそれを知るのは、ナタリーの一声を聞いてからである。

「あ、ステラ。あれだよ」

 彼女が指さす先を辿ると、なんとも小ぢんまりとしたお店があった。ただし、外観も看板もきれいで入口のところには季節の花が咲いた花壇がこしらえてある。レクシオに連れていってもらったオンボロ武器店よりはましか、とそんな感想を抱いた。

「さあ行こう。情報収集だ」

 ステラがぼんやりしているうちに、ナタリーはずんずん進んでいく。気付いた少女は、慌ててその後を追った。

『営業中』を示す看板が揺れる。ドアが開くと同時に、柔らかい声が飛んできた。

「いらっしゃいませ」

 どうやらこの店の主は女性のようだ。実際、顔を見てみると二十代半ばほどの女性だった。二人は彼女のところまでいくと、まずは用事が買い物ではないことをわびる。それからステラが本題を切り出した。

「つい最近、帝国学院の生徒がこの店に来ませんでしたか? 実は学校でいろいろとトラブルがあって、ちょっとその子について調査してるんですけど」

 間違っても「強盗まがいの窃盗事件の犯人かもしれない」とは言えない。それが噂となって広がれば、余計な尾ひれがついてとんでもないことになるのは確実だからだ。

 女性は最初こそ訝しげな顔をしていたが、ステラの真剣な目を見ると一応答えてはくれる。怪しげなものを見るような視線は変わらなかったが、とても慇懃だった。

「そうですね。数日前にいらっしゃったかも」

「外見的特徴をうかがっても?」

 客のことをそう軽々しく漏らしていい職業ではないと分かっていたので、ダメ元で尋ねてみたのだが、意外にも返ってきたのは肯定だった。真剣さに後押しされたか、鬼気迫る様子に気圧されたかは分からないが、この際どっちでもよい。

「ええっと……短い黒髪の、ちょっと気弱そうな男の子でしたね。すごく必死な様子で、画用紙とかを売りにきました」

 ここで、隣に立っていたナタリーが息をのむ音が聞こえてきた。ステラはあえてその場で何も言わず、ただ答えてくれた店主に感謝の言葉を述べてから、唖然として立ち尽くす友人を引っ張って店を出た。

 ドアを潜りぬけ、ふたたび空間に喧騒が戻ってきたところで、ナタリーが言う。

「ねえ、ステラ、どういうこと」

 しかし、今はその問いに答えることはできない。ステラは問いに関しては何も言わず、「次、行こう」と彼女をうながした。

 その後、帝都中を飛び回って残り二軒の店も訪ねたが、証言は一軒目とさして変わらなかった。

「黒髪の、気弱そうな男の子が必死な様子で安物を売りにきた」――

 しかもある証言は、ちょうどステラたちが取材をしていた日までさかのぼっているものもあった。その意味を察した彼女は、さすがに眉根をよせて渋い顔をしたものである。

 こうして帰路につく頃、ついにナタリーがしびれをきらした。

「ちょっとステラ!? まさかあんた、この証言が出てくるって知ってたとかいうんじゃないでしょうね!」

「知ってたよ」

 勢いよくかみついてくる彼女に対し、ステラはぴしゃりと言い切る。相手がぽかんと口を開いて停止したのを良いことに、さらに続けた。

「正確に言えば当たりをつけていた。あたしだけじゃなくて、トニーもね。――まずは、このことを報告に行きましょう。それからあいつの話を聞いてあげて」

 そうすれば、全部分かるはずだから。そう言った彼女はこのとき、それ以上の質問を受け付けなかった。今度こそ立ち尽くす友人をよそに、学院に向けて足を伸ばす。今から帰ってもまだ準備はやっているはずだと、そんなことを考えていた。

 どこかぴりりと張りつめた静寂は、ステラとナタリーの世界にだけ広がっていた。首都の喧騒を遠いもののように感じながら、ただ淡々と歩みを進める。しかしその中で、ステラは横を歩く友人に、心の中だけで謝罪をしていた。


「あ、お帰り」

 戻った二人を出迎えたのは、レクシオのなんだか軽い言葉だった。「ただいま」と二人揃って返すが、その様子がいつもと違ってぎこちないことは嫌というほど分かった。それを見て何を感じ取ったのか、レクシオはそれ以上のことを言わず、ただ促した。

 どうやら、特別学習室に七人が集結しているらしい。時間内に帰ってこられる保証もないのに待っていたという。ステラとナタリーは思わず顔をしかめてから、その引き戸を引いた。

――端的に言えば、七人の様子はいつもと変わらなかった。

 シンシアとカーターが相変わらず仲良くじゃれあい、横からブライスが茶化している。オスカーとジャックは教室の奥で何やら額を寄せあって話しこんでいた。ミオンは二人の姿を認めるなり穏やかな笑顔で出迎える。ただ一人、トニーだけは難しい顔をして椅子の上で貧乏ゆすりをしていた。

 ステラは、そんなトニーに声をかける。

「情報収集、終わったわよ」

 すると彼は驚いたように顔を上げた。どうやら、ステラたちが戻ってきたことに気づいていなかったらしい。猫目をしばらくの間白黒させていた。

 が、やがて静かに問うてきた。

「どんな感じだった?」

 いつもと変わらないように見える質問は、しかし確実に何かを押し殺していた。その様子を察しながら、ステラは親友の方を一瞥して、答える。

「あんたの予想した通りだったわ」

 疲れたような、声音。それが響いた瞬間に特別学習室の空気が一変した。じゃれあいも話し合いも止まり、ただ驚きの視線がトニーの方へ集中する。その当人は深々とため息をついた。

「やっぱりか……ひねりのない手法を何度も繰り返すからだよ」

 彼の呟きは、おそらく特定の人に向けたものだろう。一番にそこに食いついたのは、二人の長だった。

「おい、どういうことだ」

「犯人が分かった、とでも言うのかい。トニー君」

 オスカーの追及とジャックの問いに向けられた答えは、とても静かな肯定以外の何物でもなかった。それを見た者は例外なく押し黙り、教室に沈黙が広がる。それに何を思ったのか、トニーはあくまで淡々と言葉を続けた。

「ただし、証拠が不十分だ。だからある作戦を実行したいんだけど――」

「ある作戦?」

 今度訊いたのは、かわいらしく小首をかしげたブライス。ただしその目はかわいらしいという言葉とは程遠いほどに鋭く光っていた。呆れ混じりの表情を向けたトニーは、しかし次に語りだす。いつもの彼からは想像もできないほど静かな声音に、全員が聞きいった。

 話は、きっとすぐに終わったのだろう。しかし、ステラには妙に長い時間に感じられた。夢の中にいるような気分でもあったが、突如発せられた声が、その夢を打ち砕く。

「そんな方法思いつくなら、最初からやっておけば良かったんじゃないの?」

 声の主はナタリーだ。

「犯人の目星もついていない状態でそれをやるのは危険だろ。同時に、証拠が足りなさすぎる状況でやっても危ない。だから、今やるんだ」

「一定の証拠がそろったからか」

 それまでずっと黙っていたレクシオが言うと、トニーはそう、と言って背伸びをした。

「……話は分かりましたけど、いったい誰がやるんですか」

 おっかなびっくりと言ったふうに訊いたのはカーターだった。既にひどい目に遭っているため、関わるのはごめんだと思っているのだろう。状況が状況のため上手く隠しているつもりだろうが、顔に思いっきりそう書いてあった。

 トニーはそれを見て失笑したあと、真剣に考え出した。全員の顔をゆっくりと見渡し、それをステラの前で止める。

「うん。まずは、ステラ」

 いきなり指名された彼女は、自分の顔を指さした。

「あ、あたし? まあ、分かった」

 素っ頓狂な声を上げつつもあっさり了承したのは、適役だと自分でも判断したからだ。「このポスト」には武術科生が望ましいのは事実である。

 彼女が承諾したことを確認しうなずいたトニーはそのまま視線を滑らせ、別の人物の方を向き、あっさりと言い放った。

「で。もう一人は、ミオンだ」

――ええ?

 という、トニーを除く全員分の声が上がった。ただし、ミオンとほかのみんなとの心境はまた違うものがあるだろう。おそらくステラが抱いている疑問とミオンが抱いている疑問は別物だ。

「なんで私なんですかぁ?」

 泣きそうな彼女の顔と、それに対する仲間の呆れたような驚いたような視線とが、そのことを如実に物語っていた。


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