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クレメンツ・フェスティバル  作者: 蒼井七海
第三章 虚偽と真実
11/22

2

 思考停止状態から真っ先に回復したのは、今回の場合オスカーだった。

「彼女はもしかして、学園祭の準備中だったのか?」

 彼がそう訊くと、アーノルドは首を縦に振った。

「そうらしいね。とりあえず、今から保健室に連れていくよ」

「お願いしますわ」

 続けて言ったのはシンシア。彼女の言葉が合図になったかのように十人は一度、視線を交差させた。それからうなずきあって

「行くよ、みんな!」

「おおっ!」

 ジャック団長の掛け声のもと、揃ってかけだした。向かう先は言うまでもなく校庭である。

 もう、ステラはもちろんのことみんなが現場に行くことでいっぱいいっぱいになっていたのはむろんのことだ。だから、誰も気づかなかった。

 彼らの背中を見送るアーノルドの目が、一瞬だけ鋭い光を帯びたことに。


   ◇      ◇      ◇


「あのバッツという人は怪しいと思いますよ」

 ソーヤがいきなりそんなことを言い出したのは、ステラたちがバッツ・ロードマンのもとへ情報収集に行った日の昼休みの最中だった。そのときソーヤと談笑していたトニーはいきなりの発言に目を丸くする。

「どういうことだ?」

 問いつつもどうせ素行の悪さから疑っているのだろうと高をくくっていたトニーは、この後に続くソーヤの発言に仰天した。

「嫌な、話なんですけどね。彼は暴力事件だけじゃなくて窃盗やひったくりもやっているって噂があるんですよ」

「――はあ!?」

 思わず叫んだ彼は、そのあと決まりの悪そうな顔をしてだまりこむ。ソーヤはそんな彼を見て、続けた。

「だから、気をつけた方がいいです」

 それを聞いたトニーはついついうなずきそうになった。が、その直前にはっとして隣にいる少年の方を見る。

 その目を見た、このときばかりは、彼の言葉が素直に受け入れられなかった。


   ◇      ◇      ◇


――校庭に出ると、ひんやりとした風がステラたちの肌をなでる。自然界は来るべき冬に向けて着々と準備を進めているようだった。

 十人の少年少女は、そのまま校庭をぐるりと見回した。そして事件現場を特定する。どうやら、入口のすぐ近くだったらしい。その場所にはまだ、足跡や人が倒れた跡が残っていた。

「ここか」

 オスカーが呟いた後、ジャックが言う。

「事件が起きたばかりなら、何か分かるかもしれない」

 それを聞いてすぐさまかがみこんだのはオスカー、ステラ、レクシオ、そしてミオンの武術科生四人。それぞれに考えることは同じだった模様だ。

 しばらく地面の跡を眺めて、ステラとオスカーとミオンが三者三様の言葉を口にする。

「これは……違うな」

「あの大柄なバッツのものじゃないわね」

「それと、跡の付き方がじゃっかん“弱い”です。微妙な違いですけど」

 ミオンの意外な目の良さに全員が内心おどろいたというのは、些細な余談である。

 それはともかく、三人の言葉を聞いたレクシオがそれに追従した。

「俺もバッツではないと思うな。奴の動きにしては、跡から見ても無駄が多い」

 首をかしげる仲間をよそに、あ、そっか、と呟いたのはステラだった。この場でレクシオがバッツの攻撃を受けた経験があることを知っているのは彼女とトニーだけである。

「じゃあ誰が……ん?」

 眉をひそめて言いかけたナタリーが、ふと砂地に目を落とす。訝しげにしている彼女を見て、ステラは声をかけた。

「どうかしたの、ナタリー」

「いやちょっとね」

 彼女は早口でそう答えると歩を進めてからしゃがみこみ、砂の中から何かを拾い上げて丁寧に砂を払った。それから、拾ったものを全員に見せびらかす。

「こんなの、落ちてたんだけど」

 ナタリーがそう言って掲げたのは、小さな紙だった。さらに折りたたまれているそれを見て、九人は首をひねる。ただのゴミかもしれないがそうではないかもしれない。その判断をするには早すぎた。

「まあ、とりあえず見せてくれよ」

 結局その九人を代表して、トニーが紙を受け取った。彼は薄汚れた紙を慎重に開いていく。それから細い瞳で紙を凝視した。

 ステラたちがかたずをのんで彼の言葉を待っていると、やがて小さな呟きが漏れた。

「これ……なんだ? 家計簿みたいだな」

「家計簿?」

 その意外な言葉に、全員が素っ頓狂な声を上げた。

 ステラは思わず前に出て、トニーといっしょにその紙をのぞきこむ。するとそれは、確かに家計簿だった。収入、食費、光熱費、医療費などなどが事細かに記されている。どこの誰の物か知らないが、かなりひっ迫した生活状況だということが分かった。それほどに収入が少ないのである。そして医療費が驚くほど高かった。

「でも、なんでそんなものがここに落ちてるんだろうな?」

「さあ」

 それはステラにも分からない。投げやりに返事をした彼女はしかし、ここで紙の端に何か書いてあるのを見つけた。

「見てよ、トニー。ここ、なんか書いてある」

「あ、本当だ。でも見えねえや」

 トニーの言葉にステラも同意した。小さいうえにかなり薄い字である。これを読み取るのは至難の業だった。辛うじて『今月の売り払い内訳』というよくわからない表題だけ読めたが。

 とりあえず二人で見ていてもどうしようもないので、船は船頭に任せよといわんばかりに、他に任せることにした。

「ブライスかミオンか。どっちでもいいからこれ、読んでみて」

 ひらひらと紙を風に乗せながらトニーが言うと、指名された女子二人は身を乗り出す。さすがに小さすぎる字に顔をしかめていたが、どうにか協力して読んでくれた。

「ええっと、小さいですね……画用紙、インク、ペン」

「それに布数種類、糸――」

 二人の口からそろそろと読み上げられていく内容を聞くうちに、全員の顔色が変わっていった。そこに記されていたものは、

「ぜんぶ、学園祭準備に必要なものじゃない?」

 読み上げを終えて顔を見合わせるブライスとミオンを見ながらナタリーが言うのと、レクシオが頭を抱えるのとはほとんど同時だったといっていい。

「犯人は本当に、盗んだものを売りさばいて生活してたのか」

 彼が恨めしげに言う横で、二人の長も厳しい表情で互いを見ていた。

「どうする、ジャック?」

「そうだねえ。確かに重要なことは分かったかもしれないけど、これだけじゃ動きようがないよ」

 ジャックは珍しく、難しげな顔をして頭をかいている。しかし直後、親友に目をやったところで表情を変えた。

「……どうかしたのかい、トニー」

 いつもの呼び方をしていることにも、されていることにも気付いていない。

 なぜならそのトニーは、ジャック以上に難しそうな、もっと言えば信じられないとでもいうような顔でなにやらぶつぶつと言いながら考え込んでいたから。

「ひっ迫した生活……学園祭に必要な物資の盗難……収入源………まさか」

 彼の様子に気付いたのは、ステラ、ジャック、オスカー、そしてレクシオの四人だった。彼らがそれぞれ怪訝そうな顔をしてトニーを見ていると、彼はいきなり顔を上げ、ステラに話を振ってくる。

「ねえステラ。帝都に不用品を買い取ってくれる店って、いくつくらいある?」

「え? えーと……」

 きっと自分を選んだのは、通学生だからだろう。そんなふうに考えながら、ステラは頭の中に帝都の地図を描いた。そして、指を折り指定された条件が整っている店の数を数える。

「みっつ、くらいかな?」

 意外と少ない。そう思った人はきっと多いだろうが、帝都の規模から考えるとこのくらいが妥当である。トニーは彼女の答えを聞くと、しばし考え込んだ。それからふと、顔を上げて言う。

「ちょっと、そのみっつの店を回って聞いてきてほしいことがあるんだけど」

「ええっ!?」

 ステラは思わず声を上げた。

「三つ全部、正確に場所が分かるわけじゃないんだけど?」

 そう。孤児院住まいで別に売り払いたい物があるわけでもないステラにとって、その系統の店は興味の対象ではない。孤児院の近くにある店舗なら確実に知っているが、それ以外は曖昧だった。もう閉店している店もあるかもしれない。

「で、できれば今日中に回ってほしい」

 さらなる無茶ぶりにがくぜんとした。

「あ、あんたねえ。帝都がどんだけ広いと思ってるのよ。学園祭の準備もあるし、なおさら無理、無理」

 ステラが肩をすくめて言うが、今回のトニーは食い下がる。

「頼むよ、ステラ」

「そう言われても……」

 いったい、何がトニーをここまで執念深くしているのだろうか。そろそろ困ってため息でもつきたくなったころ。

「じゃあ、私が一緒に行こうか。その手の店なら詳しいよ」

 あっけらかんとして、ナタリーが言った。二人の視線がそちらに注ぐ。

「―――なんで?」

 どうでもいいことではあるが、なんとなく聞きたくなった。

「要らない本とかしょっちゅう売りさばきにいくから」

 そして訊かれた側もどうでもよさそうに答えてくれた。生返事をしたステラはトニーに向き直る。

「そういうことだけど、これならいい?」

「うん、良いよ」

 ほっとしたように笑って答える彼。怪訝そうにその姿を見たステラは、ついつい問うていた。

「……聞いてきてほしいことって、何?」

 口にした瞬間、心がざわついた。顔をしかめた彼女は大人しくして猫目の少年の答えを待つ。だが彼は、ためらっているのか、いつまで経っても答えを口にしようとはしなかった。

 沈黙を保つ十人の間を、鋭く物淋しい風が吹き抜ける。校庭の砂がわずかに巻き上げられ、薄い煙を作った。目の前に広がっていく真実を覆い隠す煙のような気がした。

 やがて、トニーが重い口を開く。

「……耳、貸して」

 ステラは言われるがまま、トニーの方に耳を近づけた。彼は小声であることを囁く。

 それを聞いて、目をみはった。

 予感的中と言えばその通りだが、どこかで否定したい気持ちが躍っていたのかもしれない。しかし彼の口から告げられた言葉は、その感情を打ち砕くには十分すぎた。

「ねえ、それって、まさか」

「まだ確定したわけじゃない。それを確かめるための聞きこみだ。これが分かれば、その先の行動が起こせるよ」

 震える声で問う少女に対し、少年は目をつぶって答えた。「確定したわけじゃない」というのは慰めのつもりだろうが、この場合まったく慰めになってくれない。

 いや。それを求めること自体、間違いなのか。

 ゆるゆると首を振った彼女は、不思議そうに見てくる友人をよそに言い放った。

「分かった。きちんと今日中に話を聞いてくるわ」

 それをしないと、気が済まない自分がいた。


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