理を外れし者は世界を語り
今シリーズは、タイムリーに学園祭の話が入ります。やったね。
ただし、プロローグはそれとは一切関係ありません。
「ラメド、おまえ、最近楽しそうだな」
突然上から声がかかり、初老の男――ラメドはふと顔を上げた。そこには、先程屋根に上ってきたと思われるギーメルが静かに佇んでいる。いつも何かしらふざけている彼にしては珍しい、遠くを見るような表情であった。
ラメドは短い白髪をかきあげながら、問う。
「そう、見えるか?」
ギーメルは人の悪い笑みをたたえて答える。
「ああ。さっき、アインも同じようなことを言ってた」
楽しそうでいて、そのうえで何かを探るような視線。それを受けながら、ラメドは実に淡々と答えた。
「否定はせんさ」
このとき、もう少し何か噛みつかれるかとラメドは思っていた。しかし以外にも、ギーメルは「ふうん」と言っただけでそれ以上の反応は示さない。
そのまま、数分の時が流れた。ギーメルの視線を感じながら、ラメドは眼下に広がる帝都の風景を見る。毎日毎日、飽きもせず繰り返される人々の営みは、今日もまた、当たり前のように繰り返されていた。ギーメルやラメドのように暗躍している者たちがいることなど、街にいるほとんどの人間が気付いていないだろう。一般人や軍人、政治家はおろか、聖職者までも。
だが、それと同時に彼らの存在に気付き、常に目を光らせている者たちもいる。それは国を仕切る者たちではない。普段はごく普通に市民としての生活を送っている者たちだ。しかし彼らは、いざとなれば容赦なくこちらに牙をむいてくる。それが使命であると、宿命であると知っているから。
「ギーメル」
「あん? なんだい、おっさん」
ラメドが青年の名を呼ぶと、彼は二人きりのときしか使わない呼び名でラメドを呼んだ。そのことに不思議な安心感を覚えつつ、男は続ける。
「人間たちのこと、どう思う」
しばらく答えは返らなかった。おそらく考え込んでいるのだろう。てっきり小馬鹿にして終わりかと思ったが、あれはどうも本心ではないらしい。
と、思考を巡らせていたところでギーメルは言った。
「馬鹿な奴ら、と思うことはたびたびあるね。人同士で何度も争って、歴史の中で同じ失敗を繰り返す愚か者。自分の分をわきまえず過ぎた行動をする奴ら」
ちなみにギーメルは、ヴィントが彼らのことを「詰めが甘いから歴史の中で失敗を繰り返している」と評していることは知らない。ラメドも然りだ。
彼はひとしきり言った後、ふと青空に目をやった。それから続ける。
「でもさあ。あの『銀』の小娘とか、あいつと一緒にいる奴らとか……アインとか、見てるとさ。ただ馬鹿なんじゃないんだなあ、とも思う。短い一生の中でいろんなこと考えて、いろんなこと試して、必死にあがいて生きてる奴ら。そうすることでいろいろ学んで強くなっていける種族なんだよなあ、人間ってのは。そう思うと、少しだけど……うらやましくもなる」
ラメドはこの瞬間、思わずギーメルの方を振り返っていた。彼は今まで見たこともない暗い深い輝きを持った瞳で空を見上げていたから。
思えばかなりの長い時間をともにしているが、彼の本心を垣間見ることは少ない。そういう意味では実は、ギーメルと彼が嫉妬の対象としているデルタ族の少年は似通ったところがあるのだと思う。
ラメドはそうか、とだけ返し、青年と同じように空を仰いだ。青の上を、白い雲がいくつも泳いでいる。そして時折、その中を鳥が旋回していた。
「――神、と呼ばれる存在がいる」
ギーメルが自分の方を見たことに気付かないまま、ラメドは口を開いた。
「神は人間世界ではいろいろな呼ばれ方をする。中には創造神、世界を統べる者と呼ばれるやつまでいる。ラフィアがいい例だ。しかし彼女らは、世界を作ったわけではない。この世界を作ったのはあくまで宇宙であり、この惑星であり、惑星の中に生きる者たちだ」
それは、この世界、この時代の中でどれだけの人が気付いているかもわからない事実。しかし、確かな真理。
「神っていうのはあくまで監視者。そして人間にとっての制裁者だ。この世を作ったわけでも、統治しているわけでもない。そう、言いたいんだろ。おっさん」
ギーメルが続けると、ラメドは大きく息を吐き出した。
「だが、監視してはいる。その監視が不十分ならば、世界はやがて崩れる。だがいくら神でも手の届かないところはある。それを補うために選ばれるのが――神の子。すなわち、力を宿した人間たちだ。結局、今、この世界を動かしているのは『人間』という知恵ある生き物なのだよ、ギーメル」
また、しばらく返事はなかった。時間にしておよそ十秒が経過したあと、ようやく声が聞こえた。
「迷ってるのか」
ラメドもしばらく答えなかったが、ギーメルが顔をしかめた頃になって、ようやく言った。
「そうかもしれん」
やはり、視線の先にあるのは空。何万年経とうと、何億年経とうと変わらない青空が、そこにある。その空を見上げながら、彼はぽつりと呟いた。
「――『金の選定』の時が、近づいているようだ」