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青の奇跡  作者: 藤崎悠貴
第三話
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第三話 22

  22


「国会議事堂、首相官邸は掌握しました。現在は皇居を目指していますが、自衛隊が邪魔をしています。回り込んで、先に皇居内を占拠しますか」

「いや、その必要はない。どのみち、自衛隊はひとり残らず始末しなければならない。そうでなければ、空の皇居を占拠しても意味がない。まずは自衛隊を突破しろ。敵の戦力を徹底的に叩け」

「はっ」


 報告役はビルを飛び越え、伝令に去っていく。

 朱音は霞ヶ関に立ち並ぶビルの数々を見上げている。

 このあたりでの戦闘はすでに終結している。

 前線は桜田門を越え、外苑から皇居正門あたりへ移動している。

 町は静かだった。

 だれもいないのだから、道理ではある。

 しかし異様な静けさであることもたしかだった。

 町のあちこちに、戦闘の痕跡が見てとれる。

 死体だ。

 血痕だ。

 散乱する実弾入りのライフルだ。

 朱音はそれらを眺めながら、ゆっくりと歩いている。

 付き従っているのはひとりの老人だった。

 年端もいかぬ子どもの姿をした朱音と、背中の曲がった老人のふたり組――これほど、いまのこの場に似つかわしくない組み合わせはない。


「どう思う」


 唐突に朱音が言った。


「そうですな」


 老人はあごを撫でる。


「まあ、悪くはないかと」

「わたしもそう思う」


 朱音は赤い振り袖を着ている。

 足下は下駄だった。

 それが、歩くたびにからんと鳴る。


「なにを考えていらっしゃるのです?」


 老人は着流しで、足下は雪駄だった。

 ともかくその姿は異様である。

 この状況にも、ビルが立ち並ぶこの町にも、ふたりは溶け込んでいない。


「なにも考えていない、といったら?」

「ご冗談を」

「まあ、それは冗談だ。いろいろと考えてはいる」

「険しい表情をなさっておいでです。なにか問題でも」

「そんな顔をしているかな」


 朱音はふと、しかめていた顔を緩めた。


「ことは大詰めだ。十数年かかって支度をしてきたが、それがいま終わろうとしている」

「革命という形で、ですか」

「不満そうだな。これ以上、どう答えろというんだ」

「革命はたしかに成るでしょう。このままの勢いを維持できれば、という条件つきではありますが、精霊使いが人間に負けるはずがない。訓練を積んだ精霊使いであれば、武器を持った人間が千人いたところで負けることはありません。ただ、あなたがそれを望んでおられないのだとしたら、果たしてどうなることか」

「革命派を率いているわたしが、革命を望んでいないと?」

「もし望んでおられるのなら、革命が成ろうとしているまさにいま、顔をしかめる理由はありますまい。この期に及んで別のことを考えていらっしゃるのでは?」


 朱音の足先にライフルがこつんと当たる。

 一メートルほど先には死体がある。

 防弾チョッキを着た実戦的な兵隊である。

 朱音は腰をかがめ、ライフルを拾い上げた。


「壱、もしこのライフルでわたしを撃てといったら、おまえはどうする?」

「ご命令であれば、そう致しますが」

「わたしがその程度では死なんとわかっているからか。もしわたしが普通の精霊使いだとしたら、ためらうだろう。わたしのことを知っている人間は、だれもわたしのことを本気で殺そうとはしない。わたしが死なないからだ。ライフルで頭を撃ち抜かれても、ギロチンで首を切断されても、四肢を解体されても死なないからだ。わたしはこの死なない身体で何百年と世界を見てきた。そのわたしがいま、精霊使いが住みやすい世界を作るために革命を企てると思うか」

「そんな理由ではないとおっしゃるのですか」

「革命は手段のひとつだ。目的ではない」

「では、目的とはどこにあるのです」

「ここだよ」


 朱音は自分の胸に触れる。


「わたしは、大抵のことを知っている。未だにわからずいるのは、自分のこと、精霊石のことだ。革命はそれを知るひとつの手段なのだ。巨大なうねりはどこへ行き着くか? たとえば、ある王国がひとつある。強国だ。そのとなりにちいさな国がある。貧しい国だが、独立心が強い。さて、強国が目障りな小国を消してしまおうともくろみ、戦争を仕掛ける。人間も設備も比べものにならない。常識でいえば、強国が勝つ。小国に勝機はない。しかし世界はそんなふうには動かない。ほとんどは強国が勝つが、ときに小国が勝つこともある。では、小国はなぜ勝ったのか? それは運がよかったとしか言いようがないのだ。では運とはなにか? ただの偶然か、われわれには感知できないなにかの意思か。すくなくとも、その不可解ななにかは歴史に介入している。わたしはそれが見てみたい」

「だから、このような革命を? あなたの標榜する革命を信じて集まった精霊使いたちは、どうするのです」

「壱、わたしはそれほどやさしい人間ではないよ」


 朱音は老人を見上げた。

 ぞっとするほど冷たい瞳だった。

 朱音はライフルを放り出し、踵を返す。

 戦闘が行われている皇居に向かうでもなく、ほかのどこかを目指しているようでもない。

 かれこれ一時間ほど、霞ヶ関の省庁街を行ったりきたりしている。


「なにかを待っておられるのですか」

「待ち合わせをしているんだ」


 はじめて、朱音は外見と一致するような、はにかむような笑みを浮かべた。


「向こうが覚えているかどうかすらわからないが、覚えているわたしがすっぽかすわけにもいかない」

「だれがくるのです?」

「外見は、どこにでもいるような少年だ。今年で十八になる。しかしその人間のなかには、別のものが巣くっている。いってみれば、わたしと同じような存在だよ」

「まさか――不死の精霊使いが、あなた以外におられるのですか」

「不死ではないが、そうだな、ある意味では死という概念の外にいるものだ。首を食いちぎられても生きているわたしが化け物なら、姿さえ定かではないのに世界を牛耳っている連中もやはり化け物だろう」


 からん、からん、と下駄が鳴る。

 朱音はゆっくりとアスファルトを歩く。

 表情はまるで、恋人と待ち合わせている少女のようだった。

 老人はそのあとについていく。

 待ち人は、まだこない。


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