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青の奇跡  作者: 藤崎悠貴
第三話
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第三話 18

  18


「――朱音がなにを考えていたのかは、わしにはわからんよ」


 学園長ははき出すように言った。


「結局、はじめからそのつもりだったのかもしれん。あの研究所には精霊使いが集まっていた――みな、わしの研究の手伝いを申し出てくれた気のいい連中だ。しかし研究所が解体されたあと、彼らのなかには朱音と行動を共にしている者もいる。朱音ははじめからほかの精霊使いとコンタクトを取るためにわしの研究所へきたのかもしれんが、いまとなってはそれも大したことではない」

「それで、おれは……そのあとどうなったんですか」


 呟いたのは、死人のような顔の和人である。

 和人は瓦礫のひとつに腰掛けている。

 その場所で、和人は自分自身にまつわる長い長い話を聞いたのだ。


「きみは、一命を取り留めた。というより、研究所へ運ばれたときには、傷ひとつない状態だった。土砂の下敷きになったのだから怪我もいくつかしていたはずだが、おそらく精霊石によって治癒されたのだろう。ただ、なかなか目を覚まさなくて、所員たちもずいぶん心配していた。きみが目を覚ましたときはちょっとした騒ぎになったほどだ。そして目が覚めたあと、きみはしばらく研究所で生活していたんだ。親代わりの所員はたくさんいたし、なにより牧村くんが残した一人息子だというのだから、みなかわいがっていた。きみのほうでも懐いてはいたんだが、覚えていないだろうね」

「研究所のことはすこしも……いま聞いたことだって、自分のことだとは思えないくらいです」

「それはそうだろう。なにしろあの当時から、きみはそのことを覚えていなかった」

「あの当時から?」

「記憶障害、というやつだ。医者は、脳に傷がついたわけではなく、精神的なものだろうと言っていた。とにかく、きみは朝、目を覚ますたびに昨日のことを忘れてしまっていた。自分のことは覚えているんだ。文字の書き方も、食事の仕方も覚えている。ただ、昨日なにをしていたか、ということだけがすっぽり抜けている。毎日がそういう状況だったんだよ。あのころは、研究よりむしろきみが研究所の中心になっていた。それまで実験器具しかなかった部屋に、子どもが遊ぶおもちゃがたくさん散らばったり――」


 学園長は目を細める。

 孫のことを話すような口調である。


「そしてきみは、昨日のことを忘れながら、すこしずつ成長した。研究所から学校に通わせるという話もあったが、記憶障害のほうが治る気配も見せないし、それは見送られていた。しかし結局、その研究所も取り壊しが決まった。理由はいくつもある。ひとつは単純に資金難であったということ。優秀な研究員だった牧村くん――きみの父親が亡くなったことも影響していた。なんとかして研究所を維持しようと努力したが、無駄だった。研究の存続より、きみのことが気がかりだった。ここにあった研究所は、あのころもはやきみの家だったからね。すべての研究員を家族として、きみの生活は成り立っていた。それが突然、家も家族もなくしてしまうのはあまりにかわいそうだと思った。……結局、研究所を存続させることはできなかったが」

「それで、おれはあの家に――いまの家に移ったんですね」

「そうだ」


 学園長はうなずき、町を見下ろした。


「所員のだれかがきみを引き取るという話もあったが、きみが嫌がった。しかしまだ子どもで、ひとり暮らしなど到底させられない。生活能力もないし、そもそも家族のない生活というものをきみにさせたくはなかった。だからいまのあの家にしたんだ。きみは覚えていないか。あの家に引っ越した当時は、毎日だれかしら所員が泊まり込んでいたんだよ」

「いや――そのころの記憶も、おれにはないんです」

「ふむ、そうか。まあ、半年ほどできみは家事を覚えて、所員も新しい就職先が決まってなかなか泊まり込むこともむずかしくなったから、無理もない。きみの家の真向かいに、直坂という家があるだろう」

「え……」


 和人は顔を上げる。

 思わぬ名前が出てきた、と驚いた表情である。


「直坂くんは、もともとここで働いていた研究者だ。いまは、民間の製薬関係の会社に勤めているがね」

「あ――だからおれは、直坂の家によく行ってたんだ」

「そういうことになる。実質的にきみの親代わりをやってくれたのは直坂くんだった。ちょうどきみと同い年の娘がいて、お互い遊び相手にはちょうどよかったようだ。もっとも、その娘が精霊使いになるとは彼もわしも思ってもみなかったがね」


 八白は、どうやらなにも知らないらしい。

 和人はその事実にほっと息をつく。

 もしあのころの八白が同情で和人といっしょにいたのだとしたら、と考えると、和人は背筋がぞっとする。

 そんなことになったら、ひとりだけなにも知らない自分はあまりに愚かだ。

 あまりに間抜けだ。

 しかしそうではなかった。

 八白は自分の思うまま、ひとりの友だちとして接してくれていた。

 それがやけにうれしい。。


「そのあとは、きみも覚えているだろう」


 学園長は言った。


「きみは学校に通いはじめ、友だちもできた。そのころから記憶障害は治っていったようだ。もともと記憶障害の原因になった事故のことも忘れ、きみは牧村和人として生きた。わしはそれを見ていたよ。きみがだれかに助けを求めたら、いつでも手を差し伸べてやるつもりだった。結局、きみはだれの手も借りず、ひとりで強く生きていたが」

「いや――覚えてはなかったけど、おれが生きてこられたのは、おれのために行動してくれたひとたちのおかげだと思います。直坂の親父さんも、なにも知らなかったけど、やさしくしてくれたし……そういうのがなかったら、とっくにだめになってた」

「わしは、きみはそのまま生きていくのだと思っていた。すべてを忘れ、まったく新しい人生を歩むのだと。それは、決して悪くはないと思った。つらいことは、忘れてしまったほうがいい。精霊石など気にもせず、ただきみの思うようにまっすぐ生きればいいと思っていたが――きみはこの場所で、再び精霊石と出会ってしまった」


 その結果が、この瓦礫だ。

 和人は、ぼんやりとしかあのときのことを覚えていない。

 とくに自分が見て聞いたことしかわからない。

 突然の爆発、近くに転がっていた精霊石、その後の戦い――それが和人にとってここで起こった出来事のすべてだった。

 だから、


「発端は、やはり朱音にある」


 と学園長が言ったとき、驚いて目を見開いた。


「ど、どうしてここでの出来事があの子どもに関係してるんですか」

「この博物館を襲撃せよと命じたのは、朱音だ」

「まさか……」

「ここだけではない。ほかの、全国の博物館や資料館を襲わせている。目的は、そこに展示してある精霊石を奪うことだ。そのひとつとしてこの博物館も狙われた。ただ、それはこちらもわかっていた。いずれ、この博物館にある精霊石が狙われるだろうと」

「どうして、そんなことがわかるんです」

「ここにある精霊石が特別だったからだ。もともと、研究所の跡地に博物館を建てるとなったときに、研究所にあった精霊石を寄贈したのだ。不破研究所は精霊石の研究所で、全国から精霊石を預かっては研究し、持ち主に返していた。しかし牧村くんが個人的なつながりで預かっていた精霊石の持ち主が、どうしてもわからなかった。向こうから取りにくるのを待つしかなく、その精霊石は研究所が潰れるまで保管してあったが、潰れた際に持ち主がわかるようにと博物館に展示してもらうことになったんだ。それが、いまきみの持っている精霊石だ」


 和人は思わずポケットから精霊石を取り出した。

 その来歴を知って、いまさらながら奇妙な縁でいま手元にあるのだと実感する。


「でも、精霊石って無数にあるものでしょう。どうしてこの精霊石が狙われるとわかったんですか」

「きみも知ってのとおり、その精霊石はほかの精霊石と明らかにちがう性質を持っている。その研究をしていたのが、きみの父親、牧村友和だ。死の直前、きみの両親はその精霊石を調べていた。結果、それがほかと異質な精霊石であることを確認したが、それ以上はわからなかった」

「おれの父さんと母さんが、この石を……」

「そしてその精霊石に関する研究結果は、朱音も知っている。貪欲に精霊石を求めるなら、ほかとは異質なこの石も必ず狙うはずだ。そう思って博物館に精霊使いの警備を入れておいたが……結果はきみも知ってのとおりだ。狙われることがわかっていながら、それを守りきれなかった。そしてきみはいくつかの悲劇を経験し、いまここに辿り着いた――いまきみがいる場所は、わしと朱音が作ったようなものだ。それを運命という言葉で責任逃れするつもりはない。朱音は、すべて運命、宿命だというだろうが」

「どうしておれがこうしていることが運命なんですか」

「昔からきみを見てきたわれわれには、そう思えてしまうのだよ」


 昼まで晴れ渡っていた空に、どんよりと雲が張り出してきている。

 あたりは薄い暗がりで、見下ろす町には日陰のなかに点々と光が差している。


「たとえば、きみの精霊石についてだ」


 学園長はすこし間を置いた。


「きみの持っているその石、青藍ときみが名づけたその石は、死の直前にきみの両親が調べていたものだ。記録によると、実際に調べたのはきみの母親ということになっている。きみの母親は研究所の職員ではなかったが、特殊な体質だったため、われわれに協力してくれていた」

「特殊な体質?」

「通常、精霊石というのはひとりにひとつずつだろう。ひとりの精霊使いにつき、ひとつの精霊石だ。わしも精霊使いだが、たとえばわしがきみの精霊石を持っていたとしても、共鳴以上の反応を示すことはない。わしにはきみの精霊石から力をもらうことも、精霊石を変質させることもできない。それが通常の精霊石と精霊使いの関係だが、きみの母親は、いくつもの精霊石を自分の糧にできた。自分の精霊石、というものを持ってはいたが、それとは別に、他人の精霊石を変質させたり、そこから力をもらったりということができる特殊な体質だったのだ。それは精霊石の研究において大きな力となる。そうでなくても牧村くん――きみの父親の牧村友和は精霊使いではなかったから、妻の玲子くんに精霊石を活性化してもらい、その反応を研究していた」

「他人の精霊石を活性化できるなんて……そんなことがあり得るんですか」

「実際にきみの母親はそうだった。理屈は、まだわからん。そういう体質、というしかない状況だ。そしてきみの母親はその体質を生かし、いまきみが持っている精霊石も活性化させた。それで一見ほかと変わりない精霊石が、実は異質なものであることがわかったのだ」

「じゃあ、青藍は母さんと会ってるってことですか」

「会っている、と言えるかどうか。牧村くんによる報告書では、コンタクトは取れても、活性化させたり変質させたりというところまでは不可能だったとある。それが人間の形をとれるということは、きみが使ってはじめてわかったことだ。いってみれば、きみは両親のやり残した研究を、我知らず受け継いでいたのだよ」


 和人はうつむいた。

 それ以外に術を知らなかった。


「あの日、この場所にきみがいたと最初に聞いたときは驚いたよ。きみがその精霊石を自分のものにした、と聞いたときは余計にだ。なにかしら、運命と呼びたくなるようなものが糸を引いているとしか思えなかった。それに、まだ奇跡のような偶然はある。それはきみの体質に関してだ」

「おれの体質?」

「さっき、きみの母親は特殊な体質だったと言っただろう。それと同じか、あるいはすこしちがうのかもしれないが、似たような体質をきみも持っている。それが遺伝によるものか、単なる偶然かはわからんが」

「似たような体質って、なんですか。おれはそんなにいろんな精霊石を活性化したりはできません」

「しかし、ふたつの精霊石を同時に活性化させることはできている」

「そんなこと、やったことありませんよ」

「きみが知らないだけだ。たとえば、いま精霊石を剣に変えることはできるね?」

「それは、まあ……」

「やってみたまえ」


 半信半疑、和人はやってみせる。

 もとはくすんだ青色の精霊石である。

 それが、一瞬のうちに姿を変える。

 長い刀身の、恐ろしく美しい剣だ。。

 刃は鋭く、サビも痛みもなくぎらぎらと輝く。

 柄はぴたりと手に馴染む。

 装飾はないが、美そのものを具現化したような一振りだった。


「でも、これは精霊使いならだれだってできるでしょう」

「そうだ。しかし、きみと同じ状況なら、それができるのはきみと、きみの母親くらいだよ」

「どうして……」

「きみはその青い精霊石のほか、もうひとつ、精霊石を持っているのだ」

「え――」

「その体内に、精霊石を取り込んでいるんだよ。といわれても、わからんだろうが――」

「身体のなかに精霊石を取り込んでる?」

「はじめから話す必要があるだろうな。きみが、両親の車に乗って例の事故に遭ったときのことだ。きみは後部座席に乗せられていた。そこへ土砂崩れがあって、車は巻き込まれ、谷底へ落ちた。両親が乗っていた車の前方は土砂崩れで流れてきた巨岩が押し潰し、きみが乗っていた後部は土砂で埋まってしまったのだ。結局、きみの両親は助からなかった。そのなかでなんとかきみだけは助けようと、何人かの精霊使いが土砂をかき分けてきみを探した。そのなかには朱音もいたそうだ。きみはすぐに見つかったが、その時点できみは脈もなく、心臓も動いていなかった――つまり、死んでいたといえるわけだ」

「でも――」

「そう、きみは生きている。死んでいたと思われたが、土砂から助け出されたあと、再び息を吹き返したのだ。これは、医学的に見てもあり得ないことではない。ただわれわれは疑問に感じて、きみの身体を調べた。きみには申し訳ないと思っていたが、きみの健康のためでもあった。それでわかったことは、どうやらきみは体内に精霊石を取り込み、その並外れた治癒力で助かったらしい、ということだ」

「死んでいたのが、精霊石を取り込んで生き返った――そんなこと、あるんですか」

「ある。珍し事例だが、ほかにないわけではない。ただ、その精霊石というのがすこし問題だった。話は前後するが、きみが助け出されると同時に、きみの両親も車から引き上げられた。ここからはつらい話になるが――」


 和人はうなずいた。

 ここまできて、聞かずにおけるものではない。

 学園長もこくりとうなずく。


「きみの父親、牧村和人は、巨岩に押し潰されてほとんど即死だった。ただきみの母親、玲子くんは、下半身を岩にやられていたが、助け出されたときは生きていた――それに彼女は精霊使いだ。精霊石の治癒力をもってすれば、五体満足はむずかしいかもしれないが、命だけは繋げるはずだ。その場にいた精霊使いたちも一度は安堵したが、しかしすぐ、顔色を変えた。玲子くんは、なぜか精霊石を持っていなかったのだ。それで治癒力は人間と同等になり、結局、玲子くんは助からなかった。われわれはそのあと、事故現場で彼女の精霊石を探したよ。なんといっても彼女が長年いっしょに過ごした精霊石だから、せめて墓に入れてやりたいと思ったんだ。しかし、精霊石は見つからなかった。ちいさなものだから、見つからんとしてもおかしくはないが、その後きみの健康を調査する過程で、精霊石は思わぬところから発見された。――きみの体内だ、和人くん」


 一瞬、和人は言葉に詰まった。

 その吐き気がなにに由来するのかもわからず、ただ、身体の奥からせり上がってきたのだ。


「われわれは、こう推測した」


 学園長は、わざと淡々と続ける。


「玲子くんは息子を助けるために、自分の精霊石を与えたのだろうと。しかし幼いきみは、精霊使いではないはずだった。精霊石を普通に渡してもそれを活かせない。だから玲子くんは、きみにそれを呑ませた。そして体内で、きみの身体に溶け込むように、精霊石を変質させたのだ。そうして精霊石はきみの身体に馴染み、きみは驚異的な治癒力を発揮して、助かった。――こんな話をきみにするのは、間違っているのかもしれないな。しかしきみの生を責めるものはだれもいない。きみは、玲子くんが自分の命と引き替えにでも生きていてほしいと願った子どもだ。存分に生きることが玲子くんへの恩返しではないかと、年寄りのわしは思うが……きみは、そう簡単には割り切れんだろうな」

「二度目――だったんだ」

「二度目?」

「あれは、二度目だったんだ」


 和人は脂汗を流している。

 目は、涙も浮かんでいないのに充血し、いつの間にか握っていた剣もちいさな石ころに戻っていた。


「おれはここでも一回死んでるんです、先生。この博物館が崩れたときにも一回死んで――青藍の力を借りて生き返ったと思ったけど、あれは、母さんの精霊石のせいだったのか」

「おそらくだが……きみは、身体能力を高めるときは体内の精霊石を使い、もうひとつの精霊石は変質だけに使っているのではないか。ここできみが精霊石を拾うまで体内の精霊石さえ活性化できなかったのは、その存在を知らなかったせいだろう。きみは青藍という精霊石を得て、それを使う、という感覚を知った。それで体内の精霊石を活性化できるようになったにちがいない」

「……結局おれは、なにも知らなかったんだ。自分のことだって、なにもわかってないんだ」

「人間というのは、みなそういうものだ。きみが知っているきみは、間違いなくきみの一部だ。しかしきみの知らない、他人だけが知っているきみも存在する。だから人間は他人を必要とする。そこに映る自分の姿を理解し、はじめて自分というひとりの人間を理解することができる」

「でも、おれが忘れてたことは、本当は忘れちゃいけないことだったんでしょう。父さんと母さんのことも、おれ自身のことも」

「きみが忘れているあいだは、きみ以外のだれかが――たとえばわしが覚えている。きみが心配することではない」


 和人はなにも言わず立ち上がった。

 その場がやけに忌まわしいものに思えて、がまんができなかったのだ。

 うつむいたまま和人は歩き出す。

 一望できる町には目もくれず、足下だけを見る。

 綱渡りでもしているような、危なっかしい足取りであった。


「――まだ、話すには早かったか」


 学園長はぽつりと呟く。

 しかし、いまを除いてその機はない。

 遅れれば、和人はなにも知らぬまま破滅を見ることになる。

 その後になにを知ったところで無意味だろう。

 いまなら、知ったことを糧にできる。

 そこにしっかり立脚してあたりを見回すことができる。

 あとは和人の心の問題である。

 忘れていたものを思い出し、それを受け入れられるだけの心を持っているか。

 機を見ることはできても、他人の心の大きさまではわからない。

 和人なら大丈夫だろう、と思う一方で、並ではその重圧に押し潰されるだろうとも思う。

 要は、不安なのだ。

 心配なのだ。

 ほんのちいさなころから知っている、孫のような存在である。

 年老いた祖父は、がんばれ、としか言えない。

 戦うのはいつも若者で、傷つくのもやはり若者である。

 和人はすでに傷ついている。

 それでも戦う力があるかどうか。

 ずしんとのし掛かってくる自らの過去や未来と真っ向勝負する度胸があるか、どうか。

 ここから先は和人ひとりの問題であり、戦いである。

 学園長は瓦礫に腰を降ろしたまま、吹く風の先に目をやった。

 生温い風は、南から北へ吹いている。

 南はいまにも雨が降り出しそうなどんよりした雲が立ちこめている。

 ぱっとまばゆい光が差し込んでいるのは、北側の町である。


「ふむ……悪くはない」


 あらゆるものが関連を持っているなら、北の空が晴れていることも無関係ではないだろう。

 それは神なるものが作ってみせた比喩かもしれない。

 そう思うことにする。

 学園長は腰を上げ、ゆっくりした足取りで自分の家へ――不破学園へ戻ることにした。


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