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青の奇跡  作者: 藤崎悠貴
第三話
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第三話 12

  12


 約一ヶ月ぶりに謹慎が解けたのはよいが、復帰後最初の仕事が初の実戦というのは多少不安に感じないでもない。

 しかしあたりを見回した福円は、ほかのだれもそんな顔をしていないのに気づいて、自分のなかの不安をなかったことにする。

 この一ヶ月もみっちり訓練をしていたほかの班はともかく、ろくに訓練もさせてもらえずに部屋で謹慎していた国龍班に不安があるのは当然だと福円は思うが、同班のほかのふたりがそんな繊細な神経を持っていないこともわかっていることである。


「――にしても、初の実戦が精霊使い相手じゃなくて人間だっていうのがなあ」


 と福円が呟くと、同じ班の泉には軽く無視されたが、ほかの班の隊員が、


「たしかに、市民が相手だと戦いづらいところはあるよな。暴動の鎮圧なんてやったこともねえし、訓練も受けてねえってのに」

「なんでも屋みたいなもんなんだろう、おれたちなんて。精霊使いも取りそろえておりますってところさ」

「そんなに器用じゃないんだけどな」


 福円はため息をつく。

 基地内でのブリーフィングの時点から、福円はそんな調子であった。

 無期限の謹慎が一月余りで済んだことはよろこぶべきことだが、謹慎開けにすべき仕事が、自分たちがすべきことではないと感じるのだ。

 対精霊使いの実戦的武力として構成された彼らだが、いま彼らはその精霊使いを排除しろと主張する人間たちのデモを鎮圧するために出動している。

 習志野駐屯地の特戦としては初の出動である。

 本来精霊使いと対抗するために訓練してきたはずなのに、蓋を開けてみれば市民のデモを鎮圧させられるというのはどういうことだ、と感じている隊員も福円ひとりではない。

 もっとも、任務内容に不満や疑問があっても与えられた任務は完璧に実行するのが彼らである。

 トラックの荷台に乗って運ばれる彼らは、三十分ほどして都内の繁華街で降ろされた。

 そこからは班ごとの行動となり、福円は同じ班の泉、そして班長の国龍千明と合流し、現場へ向かった。

 基地内のブリーフィングでは、反精霊使い団体によるデモは、参加者千人規模のものと説明されていた。

 それならわざわざ自衛隊まで投入することはないと感じていた福円だが、現場に着いた瞬間、あまりに予想と乖離した現実に愕然とした。

 三車線ずつの車道を挟んだ左右の歩道が、びっしりと人間で埋まっている。

 一瞬見ただけでは、なにがどうなっているのかよくわからない。

 近づいてよく見ると、それが足の踏み場もないほど密集した人間たちで、各々にプラカードや主張を書いた紙を持ってなにか叫んでいるとわかる。

 車道を行く車の運転手も何事かと目を瞠り、通りすぎていく。


「これは――千人どころじゃないぞ」


 いったい何千人いるかしれない――ひとりひとりは無力でも、集団になれば恐るべき力を発揮するのが人間という生物である。

 いまや彼らは集団と化し、黒い濁流のごとくかすかに波打ちながら前進を続けている。

 立ちふさがれば、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。

 このデモは、そのようにして肥大化しているのかもしれない。

 立ちふさがるものを飲み込み、自らの糧として巨大化していくのは、もはやひとつの生物と称するほうがふさわしい。


「これを止めろっていうのか? そんなこと、戦車でも持ってこないかぎり不可能だ……」

「呑まれるな、福円」


 呆然とする福円の背中を、班長の国龍千明がぽんと叩く。


「われわれの任務を思い出せ。任務は、この流れを止めることではなく、監視することだろう」

「そ、そうか――」


 福円はブリーフィングを思い出す。

 与えられている任務は、デモにぴたりと密着し、それが平和的デモで終了するのを見届けることである。

 加えて、もし暴力的デモに発展するような気配を見せれば、ただちに鎮圧すべしとも明言されている。

 すでにデモの先頭や中段は警察の誘導を受けている。

 どうやらこのまままっすぐ進んで、国会議事堂前を目指しているらしい。

 しかしこれだけのデモをまとめるには圧倒的に人数が足りず、習志野から呼び出された自衛隊を足しても、まだ翻弄されるほどだった。

 福円たちもデモの中段あたりに寄り添い、車道に飛び出す市民がいないか、どこかで諍いが起きていないか注意しながらデモとともに行進した。


「精霊使いをこの国から追い出せ!」

「テロリストを許すな、この国を守れ!」


 デモに参加する人間たちは、口々に叫ぶ。

 そのスローガンは必ずしも一致していないようだが、反精霊使いという点では一致している。

 高く足を踏みならし、歩道いっぱいに広がって行進をする彼らは、一種独特の熱気を放っていた。

 福円はむしろ、その熱気に反感めいたものを持つ。

 精霊使いとテロリストは必ずしも同じではないし、それは愛国でもなんでもなく単なる差別である。

 しかしその主張を飲み込むほどのうねりが、大人数のデモなのだ。

 なかには、反精霊使い的な思想ではあるが、それほど熱烈なわけではない人間も含まれているのだろう。

 集団を注意深く見れば、いつの間にか取り囲まれてしまったことに戸惑っているような表情の人間もいる。

 その一方で、鬼気迫った視線で前方をにらみつけ、声が嗄れるまでスローガンを叫ぶ人間もいる。

 一見参加者に温度差があるようだが、それでいて全体としては熱気に満ち、過激な匂いさえ感じられた。

 参加者の種類さえ、よく見てみれば様々である。

 底なしの情熱を持っている青年がいれば、気弱そうなほとんど少年といってもいいような男もいて、きれいな格好をした若い女がいれば、動きやすい格好でプラカードを持っている中年の女もいる。

 彼らはすべて反精霊使いであるという一点で繋がりを持ち、いまはその繋がりこそがすべてを支配していた。

 まるで集団催眠のようだと福円は不気味に思う。

 福円でさえ、その流れに取り込まれたら反論することもできず踏みつぶされないように並んで歩くしかなくなるだろう。

 これはそういうものなのだと福円は理解する。

 個人の意思より、集団の流れを重視すべきなのだ。

 福円は注意深く集団を窺いながら、車道を並行して歩く。

 と、前方のほうで、小柄な人影が車道に飛び出した。

 集団のなかで押し出されたような格好らしい。

 それを福円の前を歩いていた千明が受け止め、集団のなかに戻してやる。

 福円の位置からはそれだけしか見えなかったが、千明が集団に近づいたとき、なにかあったらしい。

 不意に千明が車道に突き飛ばされ、あやうく車と接触しかけたところをかろうじて回避する。

 車がけたたましくクラクションを鳴らし、大きく迂回しながら走っていった。

 千明もすぐに起き上がったが、集団のなかからさらに何人かの男たちが飛び出してきて、千明を取り囲む。


「……どうもまずいな」


 福円は呟き、後方を歩いていた泉を振り返る。

 泉も前方の状況には気づいていて、ふたりは顔を見合わせて持ち場を離れた。

 近づくと、シュプレヒコールに混じって怒号が聞こえてくる。


「自衛隊がなんでこんなところにいるんだよ。おれらの監視をするひまがあったら精霊使いを捜してなんとかしろよ!」

「そもそも自衛隊がしっかりしないからテロリストがわが物顔で存在してるんだ」

「ああいう連中から国民を守るのがあんたらの仕事だろう!」


 何人かいる男のうちのひとりが千明の胸ぐらを掴む。

 まずいな、と福円は慌てた。

 心配するのは千明の安全より、手を出した男の安全である。

 ただでさえ不本意な任務に加え、こんな騒動になったら千明のがまんも限界ではないかと思ったのだ。

 もし千明が暴れ出したら、泉とふたり掛かりでも止められるかどうか。


「ちょっと、あなたたち、暴力はよくないでしょう」


 と福円が割って入る。


「なんだよ、おまえも自衛隊か」

「あのテロリストをなんとかしろよ。今度狙われるのは日本だぞ!」

「方針は下っ端じゃなくて防衛省に言ってください。ぼくたちはただ命令を受けるだけですから。それがわかっているから、あなたたちだって国会に向かってデモをやってるんでしょう」

「それは、そうだけど――」


 なんとなく気を殺がれたような顔で、男たちは舌打ちをしながら集団に戻っていく。

 福円はほっと息をつき、千明を振り返った。


「大丈夫ですか、班長。よくがまんしましたね」

「がまんもなにも、彼らの言っていることは正論だ」


 と千明はとくに気にした様子もなく、乱れた襟を正す。


「彼らがこの国に暮らしていて安全を感じられないとすれば、その非はわれわれにある」

「まあ、そりゃそうかもしれませんけど」

「大丈夫だよ、福円。わたしは迷っていない。さあ、まだ任務は終わっていないぞ」


 千明は前を向き、再び集団に沿って歩き出した。

 福円も泉とともに持ち場へ戻る。


「班長は意外と大丈夫そうだ。例の学園で、精霊使い側に傾いたかと思ったけど」

「それほど簡単なことじゃないから問題なんだろう」


 と泉はどことなく気だるそうに言った。


「人間にもいろいろいる。悪いやつもいれば、いいやつもいる。精霊使いにしても同じだ。テロリストがいれば、虫も殺せないようなやつもいる」

「そうだな――ただ人種を分けて、どちらの味方をするってわけにもいかないのが本心だよな」


 テロリストにはそれ相応の対応をすべきだとは福円も思っている。

 しかし精霊使いすべてにそうする必要があるかというと、それはちがうのだ。

 精霊使いとテロリストを分離させることができればよいが、現状ではそれもむずかしい。

 世間のほとんどは、それを同じものだと見なしている。

 福円はもちろん人間であり、精霊使いが問題を起こしたときに対抗する手段として訓練を受けているが、精霊使い自体には反感を持っていない。

 すべての精霊使いが犯罪者ではないとわかっている分、こうした問題が起こったとき、どのように対応すべきかわからない。

 身勝手な人間の味方をするわけにもいかず、かといって精霊使いの側に立って人間に抗議することもできない。

 千明は、そのように悩んだりはせず、おそらく心のなかで結論を出しているのだろう。

 福円はふと、自分はそれをサポートすべきなのだと考える。

 自分の意思より、班の意思を重視すべきなのだ。

 そして班の意思というのは班長の意思、国龍千明の意思なのだから、福円がすべきことは、千明が決定した意思とその行動を全力で支えることである。

 福円は千明を全面的に信頼していた。

 千明の出した結論は自分が出す結論と同じだと信じられるから、自分のすべてを預けられる。

 泉はおそらく福円よりもずっと早くその境地に達していたのだろう。

 いまでも泉は不安も感じていないようだし、それほど気負っているようでもない。


「まあ、なるようになるってことだ」


 泉は福円を励ますように言って、自分の持ち場に戻っていった。


「なるようになる、ねえ……」


 この黒々とした濁流はどこへ行き着くのだろうと福円はデモの行列を見る。

 空にはいくつかヘリが飛んでいた。

 自衛隊ではなく、テレビ局のヘリである。

 都心を埋めつくすデモ行進の映像は、視聴者にどう映るだろう。

 それはおそらく、ホワイトハウスからなされたあの血なまぐさい中継と大差ない印象を与えるにちがいない。

 しかし今度は人間たちに嫌悪感を持たせるのではなく、精霊使いにそうさせるのだ。

 まずは人間たちが精霊使いを嫌った。

 その反動として、当然今度は精霊使いが人間たちに反感を持つ。

 問答無用のデモは精霊使いにとっては不愉快と恐怖以外のなにものでもないだろう。

 精霊使いたちは人間たちからの弾圧に備えて、おそらく集団になる。

 やがて集団同士の衝突が起こり、戦闘になる。

 いまならまだその結末を避けられるはずだと福円は思うが、同時にそれをやるには障害が多すぎることも理解していた。

 まず、このデモの様子を報道させないように圧力をかければ、多少は最終的な衝突を先延ばしにできる。

 しかしいまはインターネットも普及し、もともと政府による報道制限ができる状況ではない。

 ヘリからの映像は生中継されているのだろうし、仮にこのデモが放送されなくとも、世界中で似たようなことが起こり、この先は日本でも頻発するだろう。

 それに対する精霊使いたちの反動も目に見えている。

 そしてこの世界のどこかに、人間と精霊使いの双方をあおり立てる人物が存在しているのだ。

 ホワイトハウスを占拠したテロリストたちは、たった数人で文字どおり世界を変えてみせた。

 それに手を貸したのは世界中のメディアであり、人間たちであり、精霊使いである。

 問題は、だれもそれを理解できないことだ。

 人間たちは、精霊使いのせいだと非難する。

 精霊使いたちは人間のせいだと反論する。

 だれも彼も、責任というものが特定の場所にあるのだと信じ込んでいるのである。

 実際は、責任はどこかに鎮座するようなものではない。

 その場、あるいは人物すべてが共有する仮想的な繋がりなのだ。

 このような争いは、規模がちいさければ、だれかひとりが武器を捨てることで消滅する。

 しかし巨大化すればもはやだれにも止められない。

 ゆっくりと世論で好戦ムードが高まり、緩やかに戦争へ突入していくのと同じ理屈で、途中でだれかがまずいと気づいても、大きな流れに逆らって別の流れに飛び移ることはできない。

 一度流れはじめた川は海まで流れ着くしかないし、転がりだした石は坂の下まで止まることはない。

 そして福円自身も傍観者ではなく、流れに飲み込まれた者のひとりである。

 外から眺めるどころか、いざ最終的な戦いとなったとき、最前線に立つのは福円や千明といった特殊な訓練を積んだ隊員なのだ。

 この日のデモ行進は、福円にさほど遠くない未来の崩壊を予感させた。

 それを防ぐ手立てはどこにもない。


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