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青の奇跡  作者: 藤崎悠貴
第二話
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第二話 12

  12


 すでにあたりは暗い。

 どことも知れない町の片隅である。

 日本の町には個性がない。

 地方へいっても、規模の大小こそあっても、同じような構造の町が延々と続いている。

 それは人間の、あるいは日本人の特性かもしれず、結局どこを抜き取ってもその国の縮図が現れ、例外らしい例外は見当たらない。

 ――すでにそのような町をいくつ越えたか。


「なんていうか、いろいろ無謀だと思うな、ぼくは」


 福円翼はすこし前方を行く仲間に向かって呟く。

 前を歩く泉雄隆との距離は、ちょうど三歩分である。

 さらに泉とその前を行く国龍千明との距離もちょうど三歩。

 三人はその間隔を決して崩さず、すでに人気がなくなった町を歩く。

「まず、ずばり言わせてもらうけど、だいたいの方角だけを頼りに目的地までたどり着けると考えるのは甘いと思う」

「なんでだよ」


 と泉は振り返らずに言う。


「西にある町に行きたかったら、西に行くしかねえだろ?」

「それが絶対的に甘いんだってば。西っていったって、真西じゃないでしょ。北西かもしれないし、北北西かもしれないし。現在地より地図で言うところの左側にある、って認識だけで目的地までたどり着けたら、それはもう奇跡だと思うよ」

「いいじゃねえか、奇跡。起こしてやろうぜ」

「いやいや、そんなとこで奇跡起こしたらもったいないよ。もっといい奇跡っていっぱいあるよ。ていうか、かれこれ丸一日以上歩き続けてるけど、目的地までそんなに時間がかかるはずないってことはわかってるんだよね?」

「立ち止まったら追っ手がくるだろ。いちいち追い払って進むのもめんどくせえ。そもそもだ。班長がこっちって言ってんだから、部下のおれたちはついていくしかねえんだよ。上官の命令は死んでも遂行する。それがおれたちの第一規則だろうが」

「その規則を破ってここまできてるんだけどね」

「ぐちぐちうるせえ」

「せめてバスとか電車が使えたらなあ。もういまごろ余裕で目的地に着いてるはずなのに」

「公共の交通機関はおそらく見張られている」


 先頭の千明が張りのある声で言った。


「われわれはその裏をかき、歩行で進むのだ」

「な、班長の言うことは絶対だぜ。諦めろって」

「でもさあ。バスや電車が危ないのはわかるよ。タクシーも、会社はもちろん、個人運営だって危険はある。ただそういうリスクを考えても、歩いて行くよりは有効なんじゃないかなあと思うんだよ」

「班長に直接言えよ。おれを通すんじゃねえ」


 泉が歩く速度を落とし、同時に福円が前へ上がる。

 両者の位置が入れ替わって、福円は千明に言った。


「班長、いまからでもタクシーに乗っていくというのはどうでしょう。せめて、ここが何県のなんという町なのか、通行人に聞いてみるとか」

「ならん」


 と千明はにべもない。


「罪のない地元住民といえど、われわれを妨げる可能性はある。駅に近づくのもリスクが高い。隠密でもっとも有効なのは、はじめからだれもいない道を行くことだ」

「だれもいない道を選んで、たどり着ければいいけど」

「福円、地球は丸いのだ。歩いていれば、必ずいつかはたどり着く」

「地球一周するつもりですか、班長。いくつ海を越えなきゃいけないことか……目的地は隣県だっていうのに。まあ、班長の方向音痴はいまにはじまったことじゃないから、もうほとんど諦めてますけど……そもそも、不破学園へ行くのをやめるというのはどうですか。いや、不破学園を襲撃するにしても、ぼくたち三人、たったの一班では無謀すぎます。相手は学生といえど、腐っても精霊使いですから、ただの学校制圧とはわけがちがいますよ。襲撃するならするで、せめて中隊を連れて、しっかり襲撃計画を練ってすべきです」

「襲撃なら、たしかに福円の言うとおりだろう。しかし、われわれは襲撃しにいくのか? いや、われわれは確認に行くだけだ。一班での行動は、わたしが指揮権を持つ最大単位という意味もあるが、それ以上に軍における最小単位という意味が強い。学園側も一班では攻撃もできぬと考えるだろう」

「じゃあ、学園側と接触をもって、正式に視察すればいいでしょう。わざわざ隠密行動をしなくても」

「われわれはそもそも存在しない特戦だ。正式な視察などできようはずもない。それにこれは軍の問題ではなく、わたしの個人的問題だ。諸君らは親切にもそれに付き合っているだけだ」

「そういうのは親切っていうのか?」


 訓練終わりに突然、いまから基地を抜け出すから準備しろ、と命じられた出来事のどこかに自由意思はあっただろうかと福円は考える。

 しかし、仮に自由意思が認められたとしても、この現状にはいささかの変化もなかっただろう。

 福円自身、基地での生活にうんざりしていた。

 来る日も来る日も訓練訓練、果たしてなんのための訓練かといっても、上官は答えてくれない。ただ来るべき戦いと、市民の安全を守るためとしか言わない。

 モチベーションは一方的に下がり、それでも訓練内容が緩和されるはずもなく、闇雲に身体を動かしては泥のように眠る。

 そういう生活は、身体にとってはいいことかもしれないが、意思を持つ人間にとっては決してよい環境ではない。

 考える余裕すら与えられず動き、それが終わるとただ眠るという生活は、人間の心を緩慢に殺していく。

 それが軍側の目的かもしれないと福円は考えた。

 実際は軍ではなく自衛隊だが、存在理由は軍と同じだ。

 厳しい訓練は、言葉を使わず、おまえたちは自衛官ではなく軍人なのだと伝えてくる。

 それを乗り越え、ただの人間は優秀な軍人となり、おそらく考える能力の何割かを失って、軍にとって都合のよい軍人へ変化していくのだ。

 福円はそのことに気づき、自分以外でそれに気づいているのは同じ班の泉だけだと理解した。

 泉は、軍人らしくない男である。

 いつも飄々として、なにを考えているのかわからない。

 それは、表情が読めないのとは、すこしちがう。

 軍人らしい無表情の奥には、実はなにもないことを福円は知っている。

 鉄仮面を被り、その内側を隠しているふりをして、その実空虚なのが軍人という人種だ。

 考えることを放棄し、訓練によってそう仕向けられた特殊な人間たちである。

 泉は、そうではない。

 この男はよく笑う。

 それと同じくらいよく怒る。

 宿舎のふたり部屋には卑猥なポスターが貼ってあり、そのくせ本棚にはまじめな哲学書が並んでいたりする。

 ころころと見える表情が変わり、真意がどこにあるかは読めないが、なにかを秘めているのは間違いない。

 そういう男が同じ班の仲間でよかったと福円は思っている。

 自分が自意識を失い、本当の軍人になってしまいそうなとき、泉を見れば最後の一線を越えずに済むからだ。

 どんな状況でも自らの意思を失わず、それでいて冷静に判断を下せる泉は、変わり者だが、優秀である。

 そして泉も規則と訓練ばかりの基地生活に嫌気が差しているのは明らかだった。

 ともすればふたりで基地を抜け出すということすら考えていた福円だが、まさかそこに班長の国龍千明が混ざるとは、すこしも想像していなかった。

 福円にとって千明は、不思議な上官である。

 そもそも今年で二十八になる福円だが、年下の上官を持つということ自体、はじめてだった。

 福円にしても泉にしても、自衛隊では幹部候補生、いわゆるエリートである。

 ただ、その長い自衛隊生活の序盤で、幹部より軍人に適性あり、と見いだされ、特殊作戦部隊に入れられたから、出世の道はすでにない。

 それでもいままでの上官はいずれも年上、すでに経験の深い文字どおりの幹部級だったが、それが突然自分より年下の、それも女の上官がやってきて、福円は大いに戸惑った。

 国龍千明の人柄も戸惑いの大きな理由である。

 初対面のときは、若いのに、立派な軍人だと感じた。

 つまり意思というものがなく、ただ命令によって動作する機械のようなものだと感じたのだが、しばらく付き合ってみてそうではないとわかった。

 国龍千明には強い意志がある。

 ただその意志というものが、あまりにも純粋すぎる。

 いまどき、正義の味方に憧れる子どもがどれだけいるだろう?

 その憧れを抱いたまま成長し、あまつさえ自衛隊に志願するような人間は百万人にひとりもいないにちがいない。

 国龍千明はまさにそのような人間である。

 正義、というその一言だけが千明の行動理念になっている。

 だから、訓練は絶対に手を抜かない。

 むしろ与えられた日程では生温いと、勝手に付け加えたりする。

 とばっちりを食らうのは当然部下の福円と泉である。

 ただまじめなだけかと思いきや、平気で軍規を破って行動するあたり、自衛隊そのものにはなんの感情も抱いていないのがわかる。

 彼女にとって自衛隊、軍というものは、正義を遂行するためにもっとも便利な道具でしかない。

 千明を突き動かすものは常に心中の正義であり、それ以外には一切干渉を受けない。

 福円は、そういう人間を見るのは、はじめてだった。

 まあなんとも奇妙な上官がきたものだ、と他人事ではいられないのがつらいところである。

 いまもこうして軍規を完全に無視し、時代が時代なら銃殺刑もあり得る重大な違反を犯しながら、ただただ歩いている。

 どうやら今夜もこのまま歩き続け、朝を迎えそうな気配だった。

 日ごろの訓練で鍛えられているとはいえ、できれば朝日はベッドのなかで迎えたいというのが福円の素直に気持ちである。

 福円の後ろでは、泉が大きくあくびをしている。

 すでに丸一日以上歩き続け、それでも疲れの色ひとつ見せないのはさすがというほかない。


「そもそも、なんでこの時期に不破学園へ行くんですか」


 福円は別の角度から責めてみようと、話題を変える。


「班長も、いまが微妙な時期だということはわかってるんでしょう。二ヶ月前の博物館襲撃事件から、日本中、いや、世界中で精霊使いの動きが活発化してます。まだ訓練中のぼくたちはともかく、実戦配備された連中は大忙しでしょう。こっちは訓練中、向こうはただの学生といっても、近い将来仇になる相手との接触はよくないのでは?」

「不破学園は敵だと思うか、福円。精霊使いはすべて敵だと思うか」


 千明の声には常に張りと威厳がある。

 部下に指示を出す軍人向きの声である。


「個人的にはすべて敵とは思いませんが、上層部はそう認識しているでしょうね」

「そう、その個人というのが大切だ。われわれは人間なのだ。戦うのは頭ではなく、手足である。手足が独自の意思を持ち、戦うことのなにが悪い?」

「あー……つまり班長、不破学園が本当に敵なのかどうか見極めにいく、というわけですか」

「そのとおり」

「で、もし不破学園の精霊使いが敵ならいいですが、そうじゃないと判断すれば、どうします? ぼくたちはもう完全に脱走兵なわけだから、いまさら基地にも戻れないし、かといってほかに働き口があるわけでもないし」


 そもそも、家がない。

 いままでは基地内の宿舎に暮らしていたが、何食わぬ顔でそこに帰るには、時間と距離が遠すぎる。

 福円は野良猫のような生活をする自分を想像し、思わず首を振った。


「野宿はいやですよ、ぼく」

「軍人がなに言ってんだ」


 と後ろから泉。


「野宿は基本中の基本だろ。なんのためにサバイバル研修を受けた?」

「すくなくともこの日本で野生になるためじゃない。そもそも日本の山に、食料になるウサギやらなんやらはいるのか? プラスチック製のゴミが散らかってたりするだけじゃないのか」

「ウサギくらいはいるだろう。猪も食える。まあ、その気になりゃ野生でも生きていけるさ」

「ぼくはベッドで寝たいよ。枕が変わると眠れないんだ」

「だから愛用の枕を持ってこいって言ったんだ」

「せいぜい一泊くらいだと思ったんだよ。こんな放浪をするはめになるとは」

「もし不破学園の精霊使いが敵ではないと判断できれば」


 と千明は話を戻す。


「そのときは堂々と、上へ報告すればいい。責められることはあるまい」

「いや、甘いですって、班長」

「上層部も正義で動いているのだから、われわれと利害が一致しないはずはない」

「諦めろって、福円。班長はこういうひとだ。わかってるだろ」

「そりゃ、わかってるけどさ。希望的観測ってやつをしてもいいだろ。――それで、班長。もし不破学園を敵と見なした場合は、どうしますか」

「可能であれば、われわれで殲滅する」


 はっきりと千明は言う。

 一度口にしたことをためらう彼女ではない。


「兵力が足りない場合は、基地に連絡をとって援軍を送ってもらう」

「命令違反を理由に無視されると思いますけど」

「心配するな。どんな状況であっても、部下は生かして帰す」

「はあ……まあ、期待してます」


 結局、千明が基地を抜け出した目的はそこに尽きるのだと和人は思う。

 不破学園、ひいては精霊使いが本当に敵がどうか見極める、というより、それを殲滅するか、あるいは理解するか、早く決めてしまいたいのだ。

 現段階で、精霊使いは敵性と考えられる。

 しかし即攻撃可能な、敵、ではない。

 敵性でありながら敵ではない、ということが、千明には耐えられない。

 そうした矛盾を許さないのが千明の純粋さであり、正義の観念である。

 敵であるなら、殲滅すべきだ。

 敵でないなら、敵性とは考えない。

 果たして不破学園は、精霊使いは全人類にとって敵か否か?

 現時点ではどちらでもある、という矛盾を許さない千明の性格を、福円は気に入っている。

 そういう人間はなかなかいない。

 ただ、自分の決定が、つまり正義が全世界において通用する、と考えているところは、改めるべきだと思っている。

 千明は敵性でありながら敵でない、という曖昧さと同じように、自分にとっては正義だが他人にとってはそうではない、という現実を許さない。

 正義とは唯一無二のものであり、それは立場によって変化するものでは決してない、というのが千明の考えである。

 もっとも、福円自ら、それを確認したわけではない。

 千明の行動を見ていて、そう思うのだ。

 子どものころ、道徳の授業か、それ以前の情操教育で理解したものか、漠然と信じていた大文字の正義というものを、千明はまだ心から信じきっている。

 人間が行うかぎりでもっとも正しい行為、それを正義と呼び、正しい行為というのはだれにとってもそうであるはずだから、正義も対象を問わず存在する――そういう考えを、大抵は大人になる過程のどこかで失ってしまうものだが、千明は偶然にも失わずにここまできたらしい。

 自分の正義はすべての人間に理解されると千明が信じているかぎり、周囲との亀裂は絶えないだろう。

 しかしそれはただ甘いだけではないと、福円も知っている。

 子どものような心を持ち続けている千明も、実際は子どもではない。

 二十数年生き、いろいろなものを見、聞き、感じてきたはずなのだ。

 そのどこかで、必ず、自分と世界がイコールにならない瞬間があっただろう。

 自分は正しいことをしたのに、だれにも理解されない経験もあったはずだ。

 それはだれにも経験することで、一時は動揺して自分でも正しいとは思わない行動で理解を求めることもあるが、結局は自分の価値観を、つまり自分の正義を信じるしかない。

 考えに考え抜き、これ以上ないほど熟考して出した答えなら、だれかに否定されたとしても、覆しようがない。

 できることといえば、なんとか理解してほしいと、懇願するくらいだ。

 口には出さないが、千明もそんな心情なのかもしれないと福円は推測する。

 千明の正義は、もうだれも崩すことができない砦だ。

 あるいは千明を導く強い光だ。

 福円と泉も、いまはその光に導かれている。

 となれば、福円にできることは、その光が指し示す先を信じるだけである。

 不破学園は敵か否か。

 こちらが敵と断じようが、そうではないと寛大に判断しようが、それで相手の姿が変わるわけではない。

 しかし千明は、敵と断じた瞬間から恐ろしく強い意志をもって食らいついていくだろうし、そうではないと判断するなら心から笑いかけるだろう。

 そこに矛盾はない。

 善悪の判断とはそういうものなのだ。


「……ただ、問題はそれ以前に、不破学園に無事たどり着けるかだけど」


 福円はあたりを見回した。

 先刻まで住宅街だったのが、いまはそこを突っ切って、よくわからない暗い道になっている。

 街灯の間隔は、まるで幻か、鬼火が浮遊しているようにしか見えないほど遠く、その上所々消えているところがある。

 中途半端に町から近く、その明かりが空に反射しているせいで、ろくに月も星も見えない。

 ただの夜より深い暗闇である。

 そのなかでもためらいなくまっすぐ進めるのは、先頭の千明が正しい道を選んでいるおかげだった。

 福円や泉も、たとえばこのような暗闇でも行軍、あるいはなにかの理由で視力を失った場合の作戦行動というものを訓練で身につけているが、千明ほど正確な状況把握はできない。

 日常生活では抜けているところのほうが目立つが、作戦行動中では千明以上に頼りになる人間を福円は知らない。

 その感覚を遺憾なく発揮し、不破学園の位置も探り当ててほしいものだと思うが、世の中そううまくはいかない。

 暗闇での道はわかるくせに、千明は極度の方向音痴である。

 基地から、路地をひとつ回り込むだけのコンビニに行くのでも迷う。

 そこを右に曲がるのだ、と説明されても、なぜか左へ曲がってしまう。

 では逆に左へ曲がるのだと教えたら、素直に左に曲がる。

 結局目的地には辿り着かない。

 ふざけているのか、と思うが、恐ろしいことに正真正銘の本気なのだ。

 そのくせ、ブリーフィングで説明されただけの状況や地形は完全に把握しているのだから、千明の脳がどういう構造になっているのか、科学的好奇心は尽きない。


「今回も事前にブリーフィングしてれば完璧だったんだろうなあ」

「過ぎたことを言うなって」


 と泉。


「それに、ちゃんと西には向かってる」

「この暗闇で方角がわかるのか?」

「ああ、実は昔、ジャングルに住んでたことがあってな」

「じゃ、ジャングル?」

「親父がチンパンジーだったんだ。それでまあ、動物といっしょに育って、目印のないジャングルをうろうろしてたから方向感覚だけは完璧なんだよ」

「お、親父がチンパンジーで動物といっしょに……って、どっからうそなんだ」

「ジャングル育ちってとこからだ。方向が合ってるのは間違いない。月の位置でわかる」

「きみは真顔で冗談を言うから、本気かどうかわからないんだよ。もしかしたらジャングルで育ったのかと思っただろ。そういう過去があったんなら、あんまり触れないほうがいいなとか、配慮までしちゃったよ」


 それはともかく、と福円は咳払いをする。

 三人で不破学園に乗り込むとして、仮に不破学園を敵と認識しても、一班の戦力で敵う相手ではない。

 生徒数は多くないと聞いているが、それでも百人は越える。

 教師の数だけでもこちらより多く、劣勢は明らかだが、それでも援軍は見込めまい。

 もしここで基地が援軍を出せば、不破学園と自衛隊の正面衝突になる。

 上層部は、その展開を時期尚早を見るだろう。

 望まぬ展開に持ち込まれるよりは、最下層を切り捨てるほうを選ぶにちがいない。

 要は、なにがあってもこの三人で切り抜けなければならない、ということだ。

 たった三人という兵力で、どうすれば不破学園を殲滅できるか。

 あるいは生還できるか。

 不可能とも思える問題だが、それも決して経験がないことではない。

 訓練では絶対に不可能なことをやり遂げろと命じられることがよくある。

 わざとそのような指示を出し、どのように対応するか反応を見るのだ。

 それに比べれば、この問題はたやすい。

 この問題には、絶対に不可能、というお墨付きがない。

 不可能に思われる、という程度である以上、どこかにすべての式を解く鍵が存在している可能性もある。

 それを探るのが福円の仕事である。

 班は、人数はすくないが、実際の軍と同じ動きができるように作られている。

 つまり、ひとりが作戦を立て、ひとりが扇動し、ひとりが頭を叩く――それが可能な最小単位が一班なのだ。

 福円の役割は、戦うことではなく考えることにある。

 だから福円は黙々と歩きながら、ひたすら考えた。

 この三人が生きて帰れる、ただひとつの方法を。


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