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青の奇跡  作者: 藤崎悠貴
第二話
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第二話 8

  8


「きみがやったことはわかっているんだぞ。いい加減白状したまえ。カツ丼、食うかね?」

「いまサンドイッチ食ってる」


 昼休みである。

 不破学園には学食と購買部があり、一流レストラン並のメニューが揃う学食で食べるのもよし、手軽だが決して味は劣らない購買部で買って教室で食べるのもよし、そのあたりは生徒の自由に任せられている。

 だいたいいつもは、学食が六割、購買部が四割だった。

 四割の購買部のうちでも、わざわざ教室へ戻ってきて食べるのはさらにその半分程度。

 あとは日当たりのいい広場なりなんなりで食べている。

 しかし今日に至っては、クラスのほぼ全員が教室に残っていた。

 購買部で昼食を買っている生徒すらすくない。

 昼食よりも興味深いものが教室にあるのだ。

 いうまでもなく、それは転校生の布島芽衣子である。

 彼女の席、というのがまたやっかいで、彼女自身の希望により牧村和人のとなりなのだが、そこには何重にもひとの輪ができている。

 あまりに殺到しすぎて、中央にいるはずの芽衣子の姿が、外からは見えないほどだった。

 そんな人間の塊を横目に、和人は自分の席ではない教室の隅でサンドイッチを囓りながら、卓郎の尋問を受けている。


「きみの容疑は全部でふたつだ。まずひとつ、彼女といつどこでどのように知り合ったのか。そしてふたつ、大親友であるところのおれになぜそれを話さなかったのかということだ。弁解はあるかね」

「べ、弁護士を要求する」

「国選弁護士、きたまえ」

「あ、あたし?」

 

ちょいちょいと手招きされ、芽衣子を囲む輪に入るでもなく、卓郎の尋問に同調するでもなく周囲をうろうろしていた八白が近づいてくる。


「さあ、弁護士がきたぞ。事実を話せ」

「だから、何度も言ったろ」


 と和人。


「昨日の夜、ちょこっと会っただけなんだよ。それだけ」

「弁護士、容疑者はこんなことを言っているが」

「そ、そこはもっと詳しく話すべきだと思う」


 と八白。


「弁護士の言うとおりである。さあ、もっと具体的に話すんだ」

「くっ、この弁護士は役に立たねえ……」

「黙秘は犯行を認めたと理解するが」

「そ、そんな横暴な」

「具体的には、どのように会ったのだ。田舎でお袋さんも泣いてるぞ」

「田舎もお袋さんもねえけど、具体的にって言われてもなあ」


 和人は頭を掻く。


「なんつーか、こう、三人組の男がいてな。んでまあ、ごちゃごちゃ言ってたんだけど、まあいいやと思って通りすぎようとしたら、あいつがわざと挑発してちょっと危なかったからさ」

「あー、つまりこういうことかね。町で不良に絡まれていたところを、きみがヒーローのごとく全身タイツを着て颯爽と登場し、彼女を助けたと?」

「後半はほぼ全部間違いだけど、まあだいたいそんな感じだった」

「それで惚れられたと?」

「いや、惚れてはねえだろ」

「ばかかきみは!」


 卓郎は机を叩いて立ち上がる。


「どっからどう見ても惚れてんだろ、あれは。おまえはなんだ、どこの王子さまだ? 愛しの直坂さんとは幼なじみでお美しい青藍さんを侍らせてなおかつ美少女転校生に惚れられているとは!」

「青藍を侍らせるってなんだ。むしろ世話してんのはおれだと思う」

「青藍さんならおれだって世話してえよ。世の中は不公平だ。神はいないんだ」


 世の中は不公平かもしれないが、運命は公平だろうと和人は思う。

 もしいまが他人から見て幸福だったとしても、そのためにつらい目には遭っている。

 だれだって、幸せばかりがやってくるわけではない。

 幸せがあれば必ず不幸もある。

 それはおそらく、卓郎にしてもそうなのだ。

 ここの生徒たちは、あまり自分の過去を話したがらない。

 何事もなくここまでやってきた者などいないと、だれもが理解しているせいだ。

 過去には抱えきれないほどつらいことがあって、それでもこうして笑っていられる場所があるのは、たしかに幸せなことだろう。


「しっかし、こいつはほんとよく寝るな」


 和人は椅子にもたれかかり、口を開けて寝ている青藍を見る。


「これで夜行性っていうならわかるけど、夜も夜で寝てるしな」

「寝顔もかわいいからいいじゃねえか。ああ、ほんとに天使のような寝顔だなあ」

「彼女が本当に精霊石なのだとしたら、眠ることで力を温存しているのかもしれませんわ」


 頭上から声が振ってきた。

 どうやって人垣を抜けたのか、布島芽衣子が立っている。

 なんとなく意味ありげな笑顔である。


「こ、これは布島さんっ」


 と卓郎は弾かれたように立ち上がった。


「ど、どうぞここに座ってください! それかおれが椅子になりますからその上に――」

「まあ、ありがとうございます。でもそれだとあなたが座る椅子がなくなってしまいますわ」

「おれはいいんですっ。足腰には自信がありますから!」

「うふふ、そうですか? でも、わたしはここにします」


 芽衣子は座る和人のそばに立ち、じっと見下ろした。


「椅子、半分分けてくださいます?」


 笑顔ではある。

 しかしなにか裏のありそうな笑顔だった。

 この女は怪しい。

 それが和人の直感である。

 しかしクラスメイトになった以上、無下にするわけにもいかない。


「ほらよ」


 渋々、和人は椅子を半分だけ空けた。

 もともと、ひとりしか座れないちいさな椅子である。

 和人も尻が半分浮いた状態で座っている。

 そこに、芽衣子がちょこんと座った。

 距離云々どころではない――なにもしなくても肩やら背中やらが触れ合う。


「お、おまえ、なんてうらやましい……」


 机を挟んだ向かいの卓郎が低くうめく。

 その奥ではほかの男子生徒も行き場のない嫉妬を高ぶらせている。


「あん、やっぱり狭いですわ」

「じゃあここ座れよ」


 と和人。


「おれ、自分の席戻るからさ」

「そんなに警戒しなくてもいいじゃありませんか。わたし、そんなに怖い顔をしています?」


 芽衣子はにこりと笑ってみせる。

 やはり怪しい笑顔である。

 しかし至近距離での計算され尽くした笑顔に、さすがに和人も、


「うっ……」


 とうめいて目を背けた。

 頬がほんのりと赤い。

 和人もお年頃にはちがいなかった。

 だが目を背けた先にむっとした顔の八白がいて、慌てて取り繕う。


「そ、その、力を温存するってどういうことなんだよ」

「精霊石は活性化すると力を発揮します。普通、石の状態では肌身離さず所持していても常に活性化しているわけではありませんわ。所有者が望んだときだけ活性化し、所有者に力を与えるのです。そうでなければ精霊使いは触れるものをすべて壊してしまいますもの。彼女にとって、目覚めているときが活性化されているとき、眠っているときが非活性状態になっているのではないでしょうか。もっとも、本当に彼女が精霊石なのだとしたら、ですけれど」

「なるほど」


 と卓郎がしかつめらしくうなずく。


「たしかにそうなのかもな。普通の精霊石も、永遠に活性化させていられるわけじゃねえし。おれなら二十分くらいが限界だ」

「でも不思議ですわ」


 と芽衣子は青藍に目をやる。


「精霊石が人間の姿をとっているなんて、聞いたことがありません。こうして見ても人間としか思えませんもの」

「……詳しいんだな、布島」


 と和人。


「あら、芽衣子って呼んでください」

「め、め……布島でいいだろっ」

「まあ。照れている顔もかわいらしい」

「そ、そんなことはどうでもいいんだよ。なんでそんなに精霊石に詳しいんだ」

「いままでそういう世界で生きてきたんですもの、詳しくて当然です」

「そういう世界――?」


 そのとき、昼休みの終わりを報せるチャイムが鳴った。

 生徒たちがぞろぞろと立ち上がり、しかし自分の席には戻らない。

 女子生徒は荷物を持ち、教室を出ていく。


「そういえば、次の授業は体育だっけ」


 女子は水泳、男子はサッカーになっている。

 こういう暑い日はプールのほうがいいな、と思いつつ、和人は自分の席に戻って体操着を取り出した。

 そこでふと後ろを振り返る。

 寝ぼけ眼で、青藍も自分の席に戻っている。

 ここではひとりの生徒として扱われているが、青藍は精霊石であり、和人から離れたところでは存在できない。

 男女で別れる授業はこれがはじめてだが、どうするんだろう、と思っているうち、数人の女子が教室に戻ってきた。


「やっぱりここにいた! 青藍さん、次プールだよ」

「早く行かないと着替える時間なくなっちゃう」

「む……プール?」


 青藍はやっと目が覚めたように和人を見る。

 和人が行かないかぎり、青藍もプールには行けない。


「でも、おれはサッカーだしな」


 と和人。


「サッカーは見学するから、いっしょに見てるか」

「えー、そんなの青藍さんがかわいそうでしょ」


 と女子生徒。


「どうせサッカー見学するなら、牧村くんがこっちにくればいいじゃん」

「は……?」

「そうそう。牧村くんがいれば青藍さんもプールに入れるんだし。先生にはあたしたちから言っとくから」

「い、いや、でも」

「プール……」


 青藍は普段の尊大な態度をどこへやったのか、和人の服の裾をくんと引っ張る。


「今日は暑いから、入りたい」

「だ、だから、女子だけだろ、水泳の授業は。おれはサッカーなんだって」

「入りたい……」

「う……」

「プール……」


 女子数名が、和人を見ている。

 これを断ってサッカーを選ぶつもりなのか、という目つきである。

 それでも男、いや、人間か、とでも言いたげな視線に、和人は耐えきれなかった。


「わ、わかった! わかったからそんな目で見るのはやめろっ」

「やったあ! よかったね、青藍さん。じゃ、あたしたち先に行ってるからね」


 そうして女子数名は去り、残った和人はとぼとぼとプールに向かった。

 後ろから続く青藍が珍しくうれしげだったのは言うまでもない。


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