第二話 5
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習志野駐屯地から抜け出した特殊作戦部隊第五班がまず最初に向かったのは、駅のトイレだった。
そこで服を訓練用の迷彩ズボンとシャツから人混みに紛れられるような格好に変える。
換えの服は、数少ない休暇に用意しておいたものである。
それから第五班の三人は腹ごしらえのためにファストフード店に向かった。
第五班は全員が二十代前半の若者である。
厳重な警備で守られている基地よりは、むしろ騒がしいファストフードのほうが合っているが、なかにはひとり、いかにも落ち着かない様子で椅子に座ってもきょろきょろとあたりを見回す男がいる。
一見、気弱そうな、眼鏡をかけた男である。
背もさほど高くはなく、身体も決して屈強ではない。
しかし半袖のシャツから覗く腕には無駄なく筋肉がつき、あたりを監視する様子にもまた、隙がない。
「落ち着けよ、福円。ここじゃそうやってるほうが目立つぜ」
と眼鏡の男に言うのは、となりに座ってハンバーガーを囓る優男だった。
こちらは対称的に背がひょろりと高く、この手の場所にも慣れた様子で机に肘をついている。
福円と呼ばれた男はそれでもあたりを気にしながら、
「だけどさ、泉。一応ぼくたち脱走兵なわけだし、こんなところでのんきにしてていいのかな」
「やっちまったもんは、いまさらあがいたってしょうがねえだろ。まずは腹にものを入れねえと動けねえ」
「それは、そうだけど」
「それにこれは脱走じゃない。ねえ、班長」
異様といえば、このふたりの対面に座る女こそ異様である。
こみ入った店内で、背もたれも使わずすっと背筋を伸ばし、両手でハンバーガーを持って厳めしい表情で囓っている様子はただただ目立つ。
それが美しい顔立ちの女であるだけ、余計に人目を惹く。
髪は短い。
切れ長の目がすっと動いて福円と泉を見る。
「泉の言うとおり、これは脱走ではない」
腹の底から発声した、よく通る指揮官向きの声である。
「正義の遂行のために行くのだ」
「班長、口にソースが」
「ん……とにかく、これは脱走ではない。よってわれわれも脱走兵ではない」
「ってわけだ」
と泉。
「諦めろよ、福円」
「でもさあ、もし見つかれば大目玉だよ。も、もしかしたら軍法会議にかけられるかも」
「軍法会議なんかねえよ、いまの時代。謹慎で済むだろ」
「そうかなあ」
福円は不安げに呟く。
実際、許可を取らずの外出は重大な服務規定違反になる。
悪くすれば免職の可能性もあるが、福円もそこまでは心配していない。
なにしろたった五班しかない特戦の一班を、服務規程違反程度で切り捨てられるはずもない。
そう考えれば減給、あるいは数週間の謹慎処分になるだろうが、それにしても過去に前例のない騒ぎを起こしている真っ最中なのだ、なぜ泉や班長の国龍が平然としていられるのか理解できない福円だった。
「さあ、飯も食ったし、行くか」
と泉が立ち上がる。
国龍も手を合わせ、ごちそうさまでした、と呟いてから、すっと立ち上がった。
国龍千明は、一々の動作に無駄がない。
常に凛とし、油断とはほど遠い態度ではあるが、なぜか抜けているところがある。
そこが唯一、国龍千明の人間らしいところだった。
「ぼくはいまのうちに帰ったほうがいいと思うけどなあ。まあ、帰っても隊長が許してくれるとは思えないけど」
福円は納得とはほど遠い表情ながら、ふたりに続いて店を出た。
脱走兵三人衆は、夜の猥雑な喧騒に消えていく。