第一話 10
10
曇天のすき間に満月が覗いている。
それを見上げながら物思いにふけっているのは、幼い少女である。
縁側に腰を下ろし、ただ一心に空を見上げている後ろ姿には冒しがたい神聖のものが感じられて、報告の途中にもかかわらず、男は口にすべき言葉を見失った。
「それで」
と少女が促す。
「学園とキーストーンは接触したのだな」
「は、はい。話を盗み聞きしたところでは、あのガキは学園に入るそうです」
「ふむ。では今後キーストーンを狙う際は学園との直接対決になるか。例の部隊もその隙を逃すまい。おそらくは三つどもえになろうが、そのほうが都合もよい」
少女は、かすかに笑う。
まるで狡猾な年寄りのような笑みである。
「われわれ、学園、人間ども……生き残るのはひとつだけだ。まるで淘汰のようだ。この時代と、この時代の思想に適応したもの、そして力があるものだけが生き残る。それはわれわれだ」
「はっ」
「ところで、傷の具合はどうだ」
「問題ありません。まだ痛みますが、致命傷では」
「ふむ。あの石を相手によくやったな」
「いったい、あれはなんなんです。持っているのは、どうしようもないガキだ。戦い方なんてなにも知らない。でも一瞬だけ、死神のような気配に変わった。あのガキが、それほどの力を秘めているんですか」
「特殊なのは持ち主ではない。精霊石のほうだ。もっとも、持ち主も決してありふれたものではないが」
「負けたからというわけじゃないが、あれはとても一対一で戦える相手じゃありません」
「わかっている。今回はただの小手調べだ。傷が治り次第、おまえには別の任務を与える。早い復帰を望んでいる」
「ありがとうございます」
男は少女の背中に頭を下げ、静かに部屋を出ていった。
その表情には、釈然としていないのがそのままに現れている。
廊下を歩くうち、少女の側近ともいえる老人に出くわした。
男は彼に駆け寄り、
「報告をしてきました。叱られはしなかったけど」
「そうか。まあ、あの方が他人を叱ることはほとんどない」
「壱さんはずっとここにいるんでしょう。どうしておれたちの組織のトップがあの子どもなんですか。おれは、壱さんが実質的に組織をやりくりしてるんだと」
「おまえにも、わたしに話せない秘密はあるだろう」
老人は、わが子に向けるような愛情のこもった視線で男を見た。
「あの方にも秘密がある。そういうことだ」
「秘密、ですか」
それでもやはり納得していない表情だったが、無理に問い詰められる相手でもない。
男はひとりで屋敷を出た。
月はもう雲に隠れている。
なにかが動き出すにはふさわしくないような、静かで陰気な夜だった。
第一話、終わり