第一話 0
青の奇跡
第一話
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牧村和人は目を覚まし、鋭い痛みに顔をしかめた。
――なにが起こったんだ?
あたりは薄暗い。
上下左右を瓦礫に囲まれている。
瓦礫の山だ。
その山に埋まっているのだ。
大小様々なコンクリートの欠片――そこから鉄筋が突き出し、埃が匂う。
「爆発……地震か?」
なにか大きな衝撃があったことだけは記憶していた。
地面が揺れて、壁や天井が一斉に吹き飛ぶのを、意識を失う寸前に和人は見ていた。
ここは不破市歴史博物館だった場所。
和人は未だにあたりを舞っている埃を吸い込み、大きくむせた。
咳をすると胸が苦しく、口を塞いだ手が、泥のような赤茶に染まる。
怪我をした記憶はなかったが、意識がはっきりとすれば、身体中の至るところが痛んだ。
右手は無事だが、左手は瓦礫の下に潰れている。
左足の感覚がなかった。
そのくせ、ときおりむせぶような激痛が身体を波打たせる。
――とにかく、抜け出せないか、確認しなきゃ。
「――え?」
和人は身体を起こしたが、身体がぐんと後ろに引っ張られるような、突っ張る感覚がある。
見下ろせば――ちょうど胸の真ん中から、太い鉄筋が一本、崩れた天井に向かって生えている。
血に濡れた鉄筋の先端はさほど尖ってはいなかった。
ただ、錆か血か、茶褐色が染みている。
あたりは肌寒かったが、和人はそれを認めようとはしなかった。
血がとくとくと流れ出し、体温が下がっているせいで手足がふるえ出しても、死を認めようとはしなかった。
「いやだ――死にたくない」
痛みや苦しみをいますぐに解き放つなら、死を認めるしかない。
それでも這い寄る恐怖だけにはどうしようもなかった。
――かたかた、と小人の跫音めいた音がささやく。
寒さと恐怖に打ち鳴らされた歯のあいだから、咳き込むと同時に血が洩れた。
凍えているのに汗をかき、恐ろしいのに腹筋がひくひくと動いて笑いがこみ上げてくる。
「こんな死に方かよ――いままでひとりで生きてきたから、死ぬときもひとりか?」
青白く汗ばんだ頬肉が引きつった。
「死にたくない――」
「――それなら手を伸ばせ」
からん、と鐘が鳴ったような声だった。
「死にたくないなら手を伸ばせ。我が救ってやる」
和人はうすく瞼を開いた。
薄闇のたゆたうなかに、月光のような青い光がちらついている。
瓦礫の下――かろうじて手首が入るかというすき間から、光が清流のごとく流れていた。
和人は胡乱な意識のまま手を伸ばし、ふるえる指先で青い光を絡めとり――その奥に隠れたちいさな貴石を握りしめた。