霧を止める者の騎士 6
キョウとセリオンが戦っている周りでは、霧に乗っ取られた者との戦闘が続いていた。
イップ王女の騎士達は、近付く霧に乗っ取られ者を倒すが、マグナは法国の兵士達に手を貸している。
それは優しさからではない。
法国の兵士は連係が取れず、徐々に混乱が大きくなっている。混乱が大きいと、これだけの人数だ、イップ王女の身の危険に関わる。
その時、再びこの部屋に来訪者が現れた。
ローランド率いる、親衛隊合わせて百八十名の兵士。
ローランドは部屋に入るやいなや大声を上げた。
「法国の兵士達よ何をしておる! 霧に乗っ取られ者ていどの相手に翻弄されるな! 二人ペアで、互いの背中を守りながら、冷静に状況を読み取り、意識を強く持って事に当たれ!」
現れたローランドは、直ぐに現状を読み取り激を飛ばす。下火に成っていた、デルマンの引き連れた兵士達は、それだけで士気を取り戻した。
「我が部隊は、先に怪我人を確保、安全な場所まで連れていけ! 残りの者は討伐を手伝え。ヘラルド、あとの指揮を頼む」
ローランドは、自分の親衛隊の隊長に指揮を任せると、キョウとセリオンの方に目を向け、対決している二人と、後ろに広がる大穴を見て、今霧を止めるために何かが起こっていると理解した。
しかし、ローランドにはレナ姫との約束がある。まずはそれからだ。
「デルマン第三皇太子! 何処におる!」
ローランドが声を上げたその時だった。
キョウとセリオンは剣で押し合い、互いを押し飛ばす形で、一旦距離を置いた。
セリオンは侮っていた。いくら自分の記憶が有っても、少年にここまで追い付かれているとは思いもよらなかった。
キョウの剣は、鎧を脱いだから程度の速さではない。
速いし、重い。
刃筋が通っているからだ。
しかしそれは、剣の腕が天才的に上手いからで無いと、キョウの太刀筋からうかがえる。
キョウは何一つ、天や神からタダで受け取ったものはない。
そして、セリオンから受け取ったものだけでもない。
それは、血の滲む鍛錬の表れだろう。
――――仕留める!
セリオンの殺気が極限まで上がった。
今までの様に、小手先の技は使わない。最大の力をもってキョウを両断する。
セリオンは、大振りのバスターソードを、肩に担ぎ、左手を差し出す、いつもの構えをとった。
キョウにも解っていた。次がセリオンの本気の一撃だと。
キョウもバスターソードに満たない、大振りの大剣を肩に担ぎ、左手を差し出す、いつもの構えをとった。
左右逆だが、互いに鏡に写したように同じ構え。同じ剣の形。
両方とも、相手の呼吸を読んだ。
そして、ついにその時がやって来た。
音もなく、何の前兆もなく、突然に、床にあった大穴が消えた。ユキナの世界が元に戻ったので、こちらも元に戻ったのだ。
それは、十八年間苦しんだ、人々を悲劇の底に追いやった、事の発端が閉じたのだ。
それは、これからは、霧の無い時代が来ることを示していた。
キョウとセリオンの攻防を見ていたイップ王女は、目を見開きその場に座り込む。
彼女の望んでいた事が、リオの手により、今、現実の物となった。
「終わったのか? これで、霧が現れないのか?」
イップ王女は複雑な感情のまま、穴のあった床を見つめ続けた。
望んでいた筈なのに、悔やまれる。せめて、自分の手で決着を着けたかった。
イップ王女が何も出来ないまま、宿敵は消え失せた。
しかし、心のどこかに安堵感が現れた。
イップ王女の言葉に、マグナも、王女の騎士達も、ローランドも足を止め、その現状を見わたした。
そして、ローランドが現れることにより、収束しだした周りの兵士達の剣が、しだいに下がっていく。
この場で、剣を構えているのは二人のみ。
誰もが、その光景を見守った。
セリオンは内心の嬉しさを隠していた。
これで、イップ王女を失うことはない。後は、あれを壊せば完璧となる。
二度と、霧による崩壊はなく、世界の安全は守られる。
「キョウ、お前達は良くやった。しかし、もう諦めろ! ここからは誰も望まん!」
嬉しいのはキョウも同じだ。
無理だと何度言われても、リオはやり切った。
初めて会った時は、子供には無理だと心のどこかに有った。
だが、日を重ねていく度に、リオを知っていく度に、本当に閉まるとキョウは信じた。
そして、現に、リオはその言葉通り、霧を止めた。
キョウが信じた様に、リオもキョウを信じたから、迷いなく空間の穴の中に入っていった。
あとはキョウが約束を守るだけ。
姫の命令を守るだけだ。
「セリオン、俺にはあんたの記憶があるが、あんたとは違う。リオは宣言通り、霧を止めた。次は俺の番だ!――――俺は諦めない! 俺はリオを、我が姫を助ける!」
キョウは目を見開き、セリオンを見る。
お互いに譲れないもの。
息が合った。互いに息を吸い込むと、二人は相手に向いて駆け出した。
先に剣を放ったのはキョウだ。
まだセリオンの間合いですら無いのに、袈裟斬りに振り下ろす。
セリオンは自分の間合いに来てから、袈裟斬りにキョウを狙った。
キョウが選んだのは、速さではなかった。一番不利な、力で相手をねじ伏せる方法だ。
キョウは剣を下から競り上げる。
キョウとセリオンの剣が重なった。
互いに力任せに、互いに相手の剣を弾こうとする。互いに、刃筋は通っていた。
ここから起こったことは、流石はアルドネル・エマ、流石はセリオンとしか言えない。
ガキンと鈍い音がなり、キョウの剣先が、真ん中辺りから宙に浮く。
信じられないことに、セリオンはキョウのハーフバスターソードを斬ったのである。
回転しながら飛んでいる、キョウの愛刀の刃先。
終わったと、観ていた誰もが思った。
しかし、セリオン相手に、若い騎士は良くやったと、誰もがキョウの功績を讃えた。
勝った。
セリオンはそこで、初めて気を抜いた。
キョウの瞳には、剣を折られてなお、諦めの光は宿らない。
まだ力がある。
これで、また少し軽くなった。
キョウの次の行動は、さらに速かった。
キョウは折れた剣をそのままセリオンの首筋に当て、目で追っていた愛刀の剣先を取るために、セリオンに抱き着いた。
とっさにセリオンは慌てるが、もう遅かった
回転しながら宙を舞う、自分の愛刀の剣先を左手で受け取ると、そのままセリオンの背中にある、鎧の隙間めがけて突き刺す。
セリオンは思わぬ反撃に、背中を反らせ、キョウに抱き着かれたまま、膝を折った。
「グッ!」
「終りだ、セリオン!!!」
キョウはセリオンの首の血管を狙い、折れた剣を振り抜こうとする。
「待て! 待ってくれキョウ!!」
その声に、キョウは思わず手を止めた。
イップ王女は、屈んだ姿勢のまま、キョウを見つめている。
「頼む! 都合が良いのは解るが、これ以上、これ以上は妾から誰も奪わないでくれ!」
涙ながらに訴える、イップ王女に対して、キョウは剣を振り抜けなかった。
甘いとは解っている。父親にも指摘された所だ。
だが、それでもキョウにはそれ以上、剣を振ることは出来なかった。
それほどイップ王女は多くを失いすぎていた。これ以上は、記憶があるキョウに、奪うことは出来なかった。
「お主が妾に聞いた台詞。その答えは解っておる! ………空間を閉まった時、妾は悔しいことに喜んだ! 解っておるのだ。それは皆のためではない………セリオンが行かなくて、無事で良かったと安心したのだ! 皆のため、国民のためとは口で言いながら、妾はこの地で、セリオンと共に生きられる未来に、安心したのだ! キョウ、頼む! 跳ねるなら妾の首にしてくれ!」
涙を流しながら、イップ王女は床に伏せる。
誰も、何も言えなかった。
キョウはセリオンから離れて、上から見下ろした。
セリオンからは、今までの闘志は消え、床を見下ろしたままだった。
自分の仕えている、イップ王女からの言葉だ。認めないわけにはいかない。
「――――キョウ、俺の負けだ、好きにしろ」
キョウは何も答えなかった。
剣技ならセリオンは勝っていた。キョウが幾ら速さを得ようとも、敗ける戦いではなかった。
勝てなかったのは意識の違い。
セリオンは空間を閉めたことで、キョウやリオに感謝の気持ちが出来てしまった。そして、心のどこかでは、閉めることの出来る、彼等なら開けても大丈夫だという、考えが生じた。
それに対して、キョウは一つも後がない。自分の守るべき者を守る方法は、勝つしか無かった。
現在、空間輸送システムの開け方を知っているのは、キョウのみだ。
だから、勝利を掴み生き残るしか、リオを帰すことは出来ない。
この勝利は当然な結果なのだ。
キョウは自分の愛刀を見る。
制御盤を開けるための、リオに祝福を受けた、キョウの絆が折れてしまった。
でも、まだ終わりじゃない!
辺りには剣を携わった者が多くいる。しかし、鉄を斬り裂くほどの大振りなものは一つしかない。さすがにそれを振り抜けるか解らなかったが、選択肢もなかった。
「――――貸してくれ」
キョウはセリオンに手を差し出す。
剣を貸せば、キョウが何をするのか解っていたが、セリオンは握りをキョウに差し出した。
キョウはセリオンの、バスターソードよりも大きな大剣を携え、制御盤に向かう。
そして、いつもの構えを取るために、剣を担いだ。
ズシッと、いつものでない重みが肩にのしかかる。
初めて使う大きさや、長さで、感覚は掴めない。しかし、試し振りも出来なかった。
セリオンとの戦闘で、身体の至る場所が痛み、愛刀を折られた最後の一撃で、腕の筋肉が悲鳴を上げ、元々の愛刀を振るのですら厳しい状態だ。
「イップ王女、セリオン。頼む、リオを信じてくれ。――――霧は現れない! 必ず成功する!」
キョウは一度だけ目を閉じると、覚悟を決め、左手を剣に添え、真っ直ぐに振り下ろした。