霧を止める者の騎士 5
剣の横には、互いに同じアルドネル・エマのブランド名。互いに片刃で、大振りの大剣。
まるで何かに導かれたように同じ形の剣。
ただ、違うのはその剣の大きさのみ。
キョウのロングソードより一回り大きい、ハーフバスターソードに比べて、セリオンのバスターソードは、それよりも二回りも大きい。しかし、それこそが絶望的な問題だった。
セリオンは先ほど兵士を、刃の付いていない峰で飛ばしていたのだ。それが刃の有る方なら、あの大剣だ。鎧を着ていようが、関係なくそれごと切り裂かれる。
しかも、キョウのハーフバスターソードでは、軽い一撃なら、正式な騎士の鎧は切り裂けない。鎧の隙間を狙うか、必殺の一撃を狙うしか傷を与えられない。
そして、一番の問題は剣技。
キョウの剣技はセリオンの型を真似をしている。
本来はバスターソードで行う剣技。キョウのハーフバスターソードでは軽く、本家にどこまで通じるかわからない。
この時点で、どこを取っても、キョウが有利な点が見えてこない。キョウが勝てないと思った点はそこである。
しかし、だからと言って譲れない。この戦いにはリオの生還がかかっている。
だからキョウは、剣を担いだまま、片手で器用に胸当てを取り外した。それから剣を腰につける為の、金具の着いたベルトも外す。
イップ王女は不思議に思い、眉毛を下げていたが、セリオンにはキョウの企みが解った。
鎧を着ていても、セリオンには関係なく斬り裂かれるだろう。それならば、鎧を着ていようが、いまいが関係ない。
だからせめて、身体を軽くして機動力を生かせたのだ。
少しでも勝利に近づくために。
これでキョウがセリオンに勝っているのは、速さがある。
小さいことだが、今は自分の速さを信じるしかない。
全くもって不利な戦い。セリオンの一撃が当たれば、終わりなのは目に見えている。そして、キョウの速さを生かした攻撃も、軽い攻撃なら鎧にはばかれるだろう。
セリオンは片手で、重いバスターソードをキョウに向けた。
肩に剣を担ぐ、いつもの構えではない。
いくら速さを得ても、キョウ相手に本気になれないのだろうか?
「王国ファスマ、イップ・ファディスマ王女の騎士、セリオン・ランディバー!」
記憶の中で、幾度となく自分が語った台詞だ。
相手から聞くとは夢にでも思わなかった。
しかし、今のキョウも誇れる名がある。
リオ、絶対守るからな。
キョウは心の中で呟いた。
キョウは、それほどの敵を前にして、危険なことに一度目を閉じ、そして見開いた。
その瞳には力がある。
「所属国は無い、霧を止めるリオ・ステンバーグ姫の騎士、キョウ・ニグスベール!」
キョウは、セリオンの得意な担ぎ構えのまま駆けだした。
鎧で身を固めた者と、鎧を着けない軽い者。
初速は勝はずだ。
セリオンはその場から動いていない。
キョウは得意にしている、袈裟斬りからの競り上げで、相手の剣を飛ばす方法を思い描いた。
重い剣ではね飛ばせ無くても、相手に隙が出来るはずだ。
キョウは剣に左手も添え、切りかかろうとした。
セリオンは右手の剣を振る。セリオンとキョウの距離は遠い。キョウより大きい剣でも、まだまだ届く範囲ではない。
しかし、急に背筋に寒さを感じ、自分の剣を盾代りにして左側を守る。
それは勘としか言いようが無かった。
突如、横殴りにキョウは叩き付けられる。
キョウは自分の剣で受け止めてから、右に跳びのき衝撃を殺してから、驚きの表情でセリオンを見た。
心臓の鼓動が早い。完全に不意を突かれ、自分でもよく避けたと感心する。
だが、何をされたのか解らない。完全にセリオンの攻撃範囲外のはずだ。
剣がもし届くなら、方法は投げるしかない。しかし投げたなら、横から来るはずもなく、正面から向かって来るはずだ。
それに、投げていないことは、セリオンの手元に有る、大剣が語っていた。
今の感覚からすれば、剣か腕が延びたように感じる。
それは、技と呼べるものでないのは確かだ。しかし、キョウが動きを止めたのは一瞬だった。
セリオンの目線が制御盤を捉えた瞬間、キョウは再び駆けだす。
考えろ、何か理由があるはずだ。
キョウは走りながら自問した。
リオと出会う前のキョウなら、理由が解らないだけのことで、戸惑い、近寄ることさえ出来なかっただろう。
しかし、キョウはリオに出会って、難しく理解できない話を何度も聞かされて、成長したのだ。
――――物事には必ず、理由がある。
それは、リオの科学的な考えだ。
しかし、考えも、距離も残したまま、セリオンの次の攻撃が始まった。
セリオンは右手を振り、直ぐに大振りの剣がキョウに襲い掛かる。
キョウはそこで見た。
セリオンは剣を握っていなかったのだ。
セリオンのバスターソードは、紐に繋がれたように、離れたキョウを襲って来たのだ。
ワイヤーか、紐か。
理由が解れば簡単だ。
キョウは足を止め、自分の剣でバスターソードを弾く。
しかし、紐で振り回しているだけなら、簡単に弾ける剣が、ズシッと重い。
キョウは渾身の力で跳ね返した。
セリオンの剣は、緩やかな弧を描きながらセリオンの手元に戻る。
ワイヤーや紐ではない。それも、ただの技術ではない。
魔法か、もしくはユキナの世界の技術か。
「止めておけ。いくら身体を軽くしたところで、俺に近付けなくては無意味だ。――――キョウ、お前では勝てない!」
「セリオン、あんたに俺の何が解る? 俺の記憶でも持っているのか?」
キョウは皮肉に返す。
セリオンはキョウの台詞には反応せず、制御盤に向かって歩き出す。
キョウはそれを阻止するために、イップ王女の首を取ると言った。だが、今の技術があれば、離れた場所からでもキョウを狙えるだろう。
考えろ、この状況を見て、リオならどう答える?
キョウは急いで、セリオンと制御盤の対角線上に戻り、頭を働かせた。
少し警戒したために、さきほどより距離が開いている。
セリオンは再び右手を振る。
キョウは両手を、クロスさせた構えをとり、セリオンの剣をいなす。
その時、あることと、ほんのわずかな違和感に気付いた。
微かにだが、セリオンの剣が軽かったのだ。
そして、右手。
攻撃の時には、必ず右手は振っている。
キョウは少しだけ笑った。
キョウに科学を理解する頭はない。だが、離れて力が弱くなるなら、何らかの力がセリオンから出ているはず。
だから、その力が重力で有ろうが、電磁力で有ろうかは解らなくてもいい。
要はセリオンの持っている、何かを壊せば良い話だ。
右手を振るなら、右手近くに有るはず。多分、手首に。
キョウは大きく息を吸い込んだ。
セリオンが攻撃を仕掛けようが、剣が離れているなら、キョウでも弾けるのは解った。
キョウは速さを生かし、一気に懐まで潜る為に走った。
セリオンの剣がキョウを阻むが、一度は身体を反らし、一度は剣の握りの下で斜めに叩き、軌道をずらした。
止めることが出来ず、目の前にやって来るキョウに対して、セリオンは初めて自分の大きなバスターソードを握り、構えた。
セリオンにはキョウの思惑が解った。
この技の正体がバレたのだ。キョウはセリオンの手首の制御装置を狙ってくるだろう。しかし、それだけの事。使い勝手が良いから今まで役に立っていたが、本来はこんな物を必要としない。
セリオンは両手で、正眼に構えた。
剣を構えたセリオンに対し、キョウは、とにかくこちらの剣の届く範囲に入らないと話にならない。攻撃範囲は向こうの方が大きい。
駆けて来るキョウに対し、セリオンはバスターソードを振り下ろす。
その一撃は速い。
しかし、キョウは剣を担いだまま、低い姿勢でセリオンの懐まで潜り込んだ。
キョウの肩に担いだ剣が、セリオンの一撃を受け流す。
キョウは受け流した後、両手で握りしめ、右側から薙いだが、セリオンは後ろに跳び、キョウの一撃をかわした。
キョウはさらに追撃する。
コンパクトで早い連撃。
以前、バードに遣られた戦略を、キョウが使っているのだ。
あれにはキョウも手を焼いた。
セリオンも負けじと応戦するが、手数ではキョウが勝り、セリオンの剣はギリギリでかわされ、何度も空を斬る。
キョウの読み通り、速さなら勝っていたのだ。
しかし、このままでは致命傷は与えられない。
さらに、空を斬るセリオンの剣は速く、ギリギリでしか避けられず、何度も身体をかすり、キョウの身体を傷つける。気を抜けばその場で終りだ。
キョウに不利なのは変わりなかった。
しかし、キョウは攻撃の手を緩めない。
セリオンの本気の一刀は、キョウにはいなせない。だから、大振りの一撃を出させない攻撃だ。
二人の攻防は、どちらも退かぬまま、激しく続いた。