霧を止める者の騎士 3
グウィネビア王国の襲撃も、その時の父親、バードとの対決も、暗殺者を飛ばした相手も、全てデルマンと考えれば筋が通る。リオに言い負かされ、プライドを傷付けたか。
キョウはギリッと歯を噛み締めた。
まったく、どいつもこいつも自分の事ばかりで、いい加減腹がたつ。もっと、皆が考えれば、リオがここまで来る必要はないし、命の危険も無かった。
なのに、誰もリオを助けようとはせず、邪魔ばかりする。
「騎士よ、まずは誉めてやろう。我が法国の兵士を止め、暗殺者さえ止めをさすとは、その年で立派だ。………しかし、その悪運もここまで、法国にたてついた事、存分に後悔せよ!」
キョウは大振りの剣を、ガンと床に突き刺し、その上に両手を乗せた。
誰であろうと、この先を行かせるわけにはいかない。
「俺は法国オスティマ本国に、たてついてなどいない!」
デルマンは大袈裟に笑う。
この兵士の数を見て、やっと相手が自分の愚かさを解り、訂正して来たと思ったのだろう。
「今さら後悔しても遅い。我が法国を欺いた罪は、その命を持って償うがいい!」
キョウは焦る。しかし、デルマンはやる気だ、戦闘は避けられない。
デルマンが右手を上げ、「かかれ!」と合図する前に、キョウは右手を差し出し、デルマンに問い掛けた。
「その前に教えてくれ。俺達は何をした? 俺達は霧を止めるためにここにいる。それは、法国の考えに反するのか?」
何とか戦闘は避けたいと願う、キョウの問い掛けに、今まで沈黙を守っていた、周りの兵士からはざわめきが起こる。
キョウに少しだけ希望が湧いてきた。
兵士達は内容を聞かされて居なかったのだ。
兵隊とは本来その様なところだ。情報は上部のみで、与えられた任務をこなすだけ。今回は、敵の人数すら聞いていない。しかし、倒すべき相手が王国ファスマに居ることは不思議に思っていた。
敵は若い騎士、それも単独。
たった一人に対して、最初は五百名もの兵。
内容を知った兵士は、あきれを通り越し、信じられない者を見る目でデルマンを眺めた。
「そうだ! 法国の国益をそぐ愚かものめ、我が法国を相手にして要約気付いたか!」
兵士達はデルマンの言葉に、お互いの顔を見合い、もう一度キョウを見た。
キョウの表情は変わらない。依然として厳しい表情のままだ。
「そうか。………今、俺の姫が霧を止めるために、霧の多い場所で命を掛けて、必死に闘争している。後わずかで霧は止まるだろう」
この台詞に、兵士達には動揺が広がっていく。
キョウは覚悟を決めると、ゆっくりと片刃の大剣を担いでいく。
「国民が命の危険を感じず、暮らせる時代が後をわずかで来る! それでも、霧を止めることを、気に入らない奴が居れば、かかってこい! 全力で相手する!」
いつもの構えを取った、キョウの殺気が一気に上がる。
例え、敵わなくても、キョウは最後まで足掻くつもりだ。それが、リオを守ると言う自分の信念だし、それしかリオが帰る術がない。
傷だらけでもいい、何としてでも生き延び、這ってでも空間輸送システムを開ける。
兵士達は、もう片方の、信じられない者を見るように、キョウを眺めた。
こちらは二百名の兵士だ、彼は数秒と持たないだろう。そんな事は目の前の若い騎士にだって解っているはず。なのに、彼は退かない、逃げ出さない。
敵ながらに、何が彼をそこまでさせているのか理解できないが、デルマンよりは正しく思えた。
キョウとしても、二百名の兵隊を相手すれば、先はないと解っている。だが、ここは譲れない。
キョウの言葉に、兵士達の動揺が広がっていくが、それでも王族には逆らえない者は掛かってくるだろう。そしてそれは、キョウの死を意味して、同時に、リオがこちらの世界に帰れないことを意味するが、この状況で帰ってきて、リオが殺されるぐらいなら、本当はユキナと共に行ったほうが良いかもしれない。
だけど諦めたくない。
リオともう一度会いたい。
「お主は、何をぬかしておる! お主は法国の、全世界の敵なのだぞ。者共、かかれ!」
デルマンの合図に、数人が前に出ようとして、隣の者が動かないのを見て、足を止める。
兵士達も誰もが躊躇していた。
国民が安心して暮らせる時代と、自国の利益のために、霧を止めることを阻止しようとする王族。どちらが全世界の敵なのか、兵士の足並みを見ればわかった。
法国の兵士と言えど、霧を望んでいるわけではない。霧により、大切な者を失った者も多いし、そう言った者を見てきた。
霧を止めるとは、一概には信じられないが、万が一にも成功すれば、あんな思いは今後しなくて済む。それに、それを信じられたのは、目の前の、単独の騎士の覚悟の言葉と、目の前に不思議な穴が在るからだ。
あれを閉じれば霧が現れない。
自然とそう思う。
それを予感させるように、穴のふちに、ユキナの取りこぼした霧がいくつも現れる。
キョウは横目でそれを見ながら、城壁を越えるように、三次元では解らない飛びかたをしたのだと理解した。
ハンモックなど安全ではなかった、霧には高さなど関係なかったのだ。しかし、今さら霧になど恐怖を感じない。意識をしっかり持とうとしなくても、十分にしっかりしている。
ただ、目の前の兵士達はどうだか解らない。
初めてかもしれない。助けられた気がする。
今まで、憎み苦しんだ霧にたいして、キョウは感謝した。
これで時間が稼げる。
霧は一つ、また一つと現れ、キョウの横をすり抜けていく。
それだけのことで、デルマンは後退りして兵士の中に逃げ込み、数人の兵士が乱れた。
一つの霧が気まぐれを起こしたのか、キョウに近付いてくるが、キョウは瞳だけを向け、一睨みすると霧は止まり方向を変えた。
「ここでは意識をしっかり持てよ」
キョウは敵に対してアドバイスを送る。
「か、かまわん! 霧など捨てておいて、早くあやつの首を………」
デルマンが騒ぎ立てるにも関わらず、キョウは大声を上げた。
「聞け! 今、俺の姫が、本当にこの霧を止めるために、あの穴を閉めようとしている! 見ろ!」
キョウは近場の霧に斬りかかる。当たり前だが、剣は霧をすり抜け、霧は何事も無かったかのように、兵士達に向かっていく。
誰もが知っていることを目の前でして、兵士達はキョウが何をしたいのか解らない。
「霧を倒すのは、対策が必要なのは誰もが知っているだろ! しかし、王国ファスマの周りには、もう、生物は少なく、霧が漂っていた!」
兵士達もここに来るまで見てきて、知っているのだろう。やっとキョウの言いたいことが解った。
「世界はいずれ、そうなるかも知れないぞ! それでも、俺達を止めるのか? 本当に安全な未来はいらないのか?」
キョウの問い掛けに、誰もが目線を外した。
兵士達の耳にはデリマンの言葉より、単独で大軍を相手する、キョウの言葉の方が理解できた。
どちらに命を預けるのか?
数人は剣を下した。
それでもやはり、キョウの思った通り、法国に命を預けているものもが中にはいた。
その者達は、陣営の後ろの方にいた。
キョウは何かに気付いた様に、突如口を閉じ、目を見開いた。
来た!
心の中で一言だけ呟く。
この者達に構っている時間は無かったのだ。そこまでやって来ていた、早く準備を整えなくてはならない。
陣営の後ろでは、弓で狙いを定め、魔法を使うために集中する。
五人の暗殺者達だ。部隊の名をサツと言う。
デルマンの話は、あまりにも馬鹿げた内容なので、部隊の二人に任務を任せた。
たかだか子供二人に対して、暗殺部隊全員が動く訳がない。しかし、彼等は帰ってこなかった。
子供二人に、高い成功率を誇る、法国きっての暗殺部隊が失敗したのだ。
それは有ってはならないこと。
サツ達は、王族に絶対の信頼を得ている。
帰ってこなかった二人も、けして能力が劣っていたものではない。即ち、目の前の騎士が、いかに凄いかが解った。
セリオンにより、暗殺者の二名が倒された事を知らないサツ達は、自分達の間違いを素直に認め、全力でキョウを殺害するために、この部隊に参加したのだ。
今までの信頼を無くすわけにはいかない。こんな状況で悪いが、それでも目の前の若い騎士を殺さなくては、自分達に未来はない。
息を整え、標的に狙いを定める。
その時だった。横殴りの斬激が彼等を襲った。
若い騎士にばかり集中していたので、全く対処できなかった。
目に写るのは流れる風景で、自分が飛んでいると解るのにしばらくかかった。
キョウはその光景を、じっと見ていた。
キョウが感じ取ったのは、暗殺者達ではない。それ以上に厄介な存在だ。
記憶でもその凄さを知っていたが、その者は、それ以上の存在と化していた。
二百名の兵隊の後ろでは、突然の竜巻が起こったように、人が宙を舞っていく。
右へ、左へ。
キョウは、目の前の光景が信じられなかった。
どこまで腕を上げれば、そこまでの者になれるのか検討も付かない。
完全武装の、鎧をきた人間が撥ね飛ばされているのだ。
それも、一度に五人単位で。
魔法と言った方が、まだ理解できるだろう。しかし、それは魔法によって行われているのでない。
一本の剣により行われている。
大振りのバスターソードで。
あまりの出来事に、兵隊達は慌てふためき、左右に別れ道ができていく。デルマンは慌て、さらに兵隊達の奥に身を隠した。
兵隊達は、もうキョウを見ていなかった。
後ろを向き、その男を見ている。しかし、現状が解っていても、誰一人として挑もうとしなかった。
その者は、数人の騎士を引き連れて、その中をゆっくり歩いてくる。
正式な騎士の鎧に、大振りのバスターソードを右手に掲げ。
アイストラ王国で出会った男。
出会ってはいけない男。
その者がキョウの前に、再び姿を現せたのだ。
キョウは一言だけ呟いた。
「――――セリオン!」