霧を止める者の騎士 2
円形のドーム状の部屋が、姿を現せた。
中心には七メートルも超える、音叉のような形状の建設物。記憶にはあるが、改めて自分の目で見てみると、その巨大さに圧倒される。
これが、空間輸送システムの本体。
イップ王女の宿敵だ。
周りには白骨した遺体が、幾つも横たわる。その遺体の中には、セリオンの部下のものもあるだろう。そして霧だが、扉の中に霧は、キョウの予想より遥かに少なかった。キョウは先ず、周りの霧を斬り裂いていく。
ここからは、王国ファスマにたどり着くまでに、何度も練り直した作業を進めるだけだ。
キョウとリオは、入り口付近に荷物を放り投げ、中心部に急いだ。ユキナはそのまま帰るので、荷物は持ったまま走る。
「リオ、ここからが本番だ!」
「うん。キョウは準備お願いね。私が帰れるかどうかは、キョウに掛かっているからね」
「解っている!」
「リオ、間違いは起こすなよ。全てはお前に掛かっている!」
「任せて。ユキナも作戦通りにね」
「了解した!」
三人は空間輸送システムの前に遣ってくると、次第にそれが見えてきた。
空間輸送システムの真後ろにある、大穴。
イップ王女が、成功したと解った理由の元がこれだ。
直径二十メートルの穴が、床にポッカリと口を開けていた。
これがすべての元凶だ。
今のところ、穴から霧は出てきていない。霧には周期があるのだろうか。
「キョウ、先にこれを斬って」
作戦通り、空間輸送システムの横に立っている制御版に、リオは近寄った。
キョウも走り寄ると制御版を見る。
見る限りは、二メートルを超える黒曜石の石碑に見えるが、色々な機械の上に鉄を張り、その上に黒曜石を張り合わせているらしい。両角の端を斬り、隙間からテコの原理で広げれば、手前の鉄板は取れるだろう。
「角の、繋ぎ目だな!」
「そう。注意して、中には重要な基盤も有るから傷付けないようにね」
ここに来てもリオは無茶を言う。
黒曜石を合わせて、鉄板の厚さは二センチ足らず。横から二センチだけの、その場所を正確に斬り裂く。
キョウは鉄の棒をユキナに返すと、自分の愛刀を持ち、何時もの左手を前に出す担ぎ構えを取った。
しばらく息を整え、瞳を閉じる。
厚さ二センチの繋ぎ目の、溶接のあとを狙うのだ。少しでも狙いが反れて空振りすれば、間違いなく腕の筋は何本も持っていかれるだろう。かといって、少しでも力を抜けば、溶接あととは言えど、鉄は斬り裂けない。
それに、こんな初っぱなから失敗は許されない。
重要なのは刃筋を通すことだ。
キョウは目を開けると、頭の中でイメージした通りに、剣を真っ直ぐに振り下ろした。
ガンと鋭い音をたて、溶接あとに隙間が出来る。
キョウは心の中で歓喜を上げた。
その隙間に剣を潜り込ませ、テコの原理で隙間を広げていく。もう一方の角を斬り裂き、手前側の鉄板を取りのぞく作業は後回しにする。今はコードを繋ぎ、充電することが先決だ。
「ユキナ、これぐらいでいいか?」
ちょうど手が入るほどの隙間ができ、リオとユキナは隙間を覗いて、自分達の想像が合っていたことを確信する。
「あれが電気プラグだ」
ユキナの言葉に、リオとキョウは頷き形状を覚えた。
「次は繋ぐのね?」
「そうだ。それだけで充電は開始される。せめて十分は時間が欲しい。そうしたら開く時間くらいは持つはずだ。キョウ、まずは電力の確保が第一だ」
「解った。一番先に繋げばいいんだな」
ユキナの答えにキョウは頷く。
ここまで来たらキョウにもわかる。こちらの空間輸送システムに電気を貯めるのだ。
「あとは、キョウが繋ぐのはここと、ここだ」
ユキナの説明に、キョウは穴の中から出すケーブルを差し込む順番と、差し込み方を教わる。穴の中からシステムを打ち変えるので、キョウはケーブルを間違えることなく差し込めば良いのだ。
「じゃ、私達は穴に入るから、キョウはケーブル類を繋いだら、鉄板を取り払って準備しておいて!」
「解った。………リオ、」
「うん?」
「絶対に成功させような!」
「もちろんよ。………キョウ、私を必ず戻してね」
本当に空間輸送システムは止まるのか。
霧が止まるのか。
空間輸送システムが作動するのか。
リオの理論に間違いはないのか。
色々な不安があるが、今は成功を信じたい。
「どうかご安心を。キョウ・ニグスベールは、リオ・ステンバーグ姫を、何に置いても守りますから」
キョウの騎士らしい台詞にリオは頬を染める。しかし、嬉しいのか口元が緩んでいた。
「――――私の命、我が騎士に預けます」
それから、二人はお互いの顔を見合い笑った。
もうすでに穴の近くに行っているユキナも、二人の声を聞き笑っている。
どこまでも子供のような奴等だ。観ているこっちが恥ずかしくなる。
「じゃ、行ってくるね」
「あぁ、気を付けろ」
リオはユキナに追い付くと、ユキナと共に穴の中を見た。
高さ二メートル程で、上から覗くとなお高く見える。
キョウも遅れながら二人に追い付き、同じ様に穴の中を見下ろす。
中は広いが物が多いため、狭く感じる。キョウには理解できない、色々な機材がところ狭しと置かれ、五個の固定式のテーブルが扇状に並んでおり、そのテーブルにモニターが埋め込まれ、机の上にはボタンの付いた板が備えついている。
これが、ユキナの世界。
現在、穴の中の霧は少ない。作業するなら今の内だ。
「まずは私が飛び降りる。ある程度の霧を倒したら、キョウはリオの手をもって、降ろしてやってくれ。下で受け止める」
「解った」
キョウが頷くのを見て、ユキナは穴に飛び降りる。
穴の中の壁には梯子が掛かっているが、降りるには難しいし、飛び降りるのは正解だ。
ユキナが先に飛び降り、言った通りに霧を鉄の棒で倒す。穴の中の霧はすぐに居なくなった。
これで、まとまって霧が現れない限り、大丈夫であろう。
ユキナはある一点を目を細めて見ている。そっちがこの部屋の出入り口、即ち空間の境界面に当たるのだろう。ようするにハイゾーンだ。
実はこの穴は空間の境界面ではない。
ユキナの世界が空間に押され、キョウ達の世界に来たときに、地下に突然ユキナの世界が現れたために崩れたのだ。
だから、穴の中には、所々こちらの床の破片が落ちている。
どうやら霧が見当たらないのか、顔を戻すとキョウに頷いた。
「よし良いぞ、リオを降ろしてくれ!」
キョウはリオの手を持つと、ぶら下げるように下に降ろす。ユキナはリオの腰を持ち、無事に降ろせた。
リオは、先ほどユキナが見ていた一点を、目を凝らし見つめる。
ユキナが頷いた。
「あぁ、あそこが伸びた空間だ。――――ようするにハイゾーンだな」
「確かによく見えないわね。目が疲れる」
リオはしばらく見ていたが、顔を戻すと椅子に座る。
その行動に、ユキナも動き出した。
「よし、リオは直ぐに始めてくれ。キョウ、これが電源コードだ。引っ張ってくれ!」
穴の中からは電源コードが投げ出される。
キョウはそれを、さきほど指示のあった場所に差し込んだ。
空間輸送システムの制御盤の隙間から見える、内部の一ヶ所で、赤いランプが点灯した。
「よし、いけたぞ!」
キョウが叫び、さらにユキナが何本かのケーブルを投げ渡している間に、リオは機械の電源を立ち上げ、マウスを動かし、リズム良くキーボードを叩いていく。
ここではパスワードは、まだ要らないようである。パソコンは無事に動いている。ここまでは順調だ。
リオはまず、キョウの側に有る、空間輸送システムのプログラムの改正をはじめた。
こちら側のケーブルは繋ぎ終ったユキナは、突入隊が持ち込んだノートパソコンを繋げ、立ち上げると、隣の席に座りキーボードを叩き出す。
「リオ、間違えるな。プランクの長さだぞ!」
「解ってる。十のマイナス三十三乗、空間の維持できる最小の値ね!」
「そうだ。それ以上でもそれ以下でも駄目だ。正確に合わせろ」
「解ったわ」
作業は順調に進み、誰もが成功を確信したが、しかし、現実は甘くはない。
まず起こったのはユキナ側からだった。
突如、ハイゾーンから現れる霧の群れ。それも十や二十じゃきかない、塊で数が読めない。
ユキナは作業を中断すると、再び鉄の棒を片手にもち、霧に叩きつけた。
「くそっ! ここに来てこれか。リオ、落ち着いて意識をしっかりな、脅えたらダメだぞ」
普通なら、この状況で、脅えるなと言う方が無理な話なのだが、リオはあっさり答えた。
「大丈夫よ」
ユキナは感心してリオをみる。
端から、霧など相手にして無いのか、モニターから目をそらさずキーボードの指は止まることがない。しかも正確で早い。
これは負けていられないと、ユキナの霧を切る手にも力が籠る。
キョウはケーブルを全て繋ぎ終え、穴の中に向かって大声を上げた。
「よし、こっちは全て繋いだ!」
「解った。こっちも順調よ! キョウ準備しておいて!」
リオは手を止めず、モニターを見たまま叫んだ。
その声で、キョウはもう片方を斬り裂き、制御盤の鉄板をとり払うために構える。
開けるために必要な操作は、制御盤の中心近くにあるボタンを使うためだ。ユキナ側とは違い、こちらに難しい操作道具はついていない。
キョウは集中するために目を閉じた。
先ほどと同じように刃筋を通せばいい。イメージは出来ている。しかし、そこで不審な足音を耳にする。建物内なので足音は響きすぐに解かった。
正確な人数までは解らないが、十人や二十人の足音ではない。とにかくキョウ達の望んでいない誰かが来たのだ。
キョウは構えた姿のまま躊躇した。
このまま振り抜いた所で、どうしてもそちらに意識が行き、集中出来ないので、失敗する可能性が大きい。
キョウには、機械のどこが重要な場所か検討がつかない。万が一狙いがずれ、重要な場所を壊せば、取り返しがつかない事になってしまう。
結局キョウは構えを解いた。
「くそっ!」
苛立ちを露にしたとき、兵士が部屋になだれ込んでくる。キョウは空間輸送システムの前に走り、立ちはだかった。
兵士は次から次へと、止まることなく部屋に現れる。
キョウは絶望を感じた様に、眉毛をしかめ片目を閉じた。
足音から感じたが、予想をはるかに超える二百もの兵隊。
ここに来るまでに、霧により大半を失ったのだろう、それでもその数の兵隊だ。キョウ一人ではどうすることも出来ない。
兵士は全て重装備に、ロングソードや槍で武装している。
一体何が起こっているのか、キョウには検討がつかない。
現れるなら、イップ王女達か暗殺者だと思ったが、ここまでの兵士が来るとは、頭の片隅にもなかった。
キョウはいつもの構えは取らず、その光景をただただ眺めていた。
兵士達は、半円を描くようにキョウを囲う。その様子からして、味方と言うことは無いだろう。しかし、絶対に一人ではかなわない敵の数を見ても、恐怖はない。
心に有るのはリオとの約束が守れないという焦り。
この数の兵士を相手するなら、キョウが出来ることは、少しでも時間を稼ぐことだけになる。何としてでもリオが帰ってくる方法を考えないといけない。
兵士達は部屋に入りきると、半円の真ん中が割れていき、その間を通りデルマンが前にやって来た。
護衛兵を盾がわりに自分の前に二名置き、キョウを見るや否や、大袈裟に驚いた顔を作った。
「これはこれは、いつぞやの騎士ではないか」
キョウは芝居がかったデルマンの台詞に、嫌けがさした。