ラズベリーブルーの草原 2
今までの話は、本当は聞く必要は無かった。リオにとっては記憶いじられた事や、それをやった方法など、本当はどうでも良い話だ。
リオは今の状態が満足である。自分のやりたいことも出来たし、キョウにも会えた。それはイップ王女の記憶が有ったから出来たことで、逆に感謝すらしている。
しかし、ここからは別だ。いくらイップ王女と言えど、邪魔する者は許さない。
「本当は何故、私に会いに来たのですか? それを教えてください。謝罪ならもう結構です。おかげでキョウとも会えたし、感謝しています」
「リオ………」
キョウは嬉しそうに口元を緩ませた。
その様子をイップ王女も嬉しそうに見て頬を緩ます。自分のしたことが、悪いことだけで無いと思ったのだろう。しかし、イップ王女の用件も謝るだけでは無かった。
リオと同じ考え。
「妾は、お主達が何故、この様な場所に居るかが知りたいのだ。………ここまで来たという事は、お主達も、あれを閉めるためにきたのか?」
イップ王女は穏和な顔付きから、リオに負けないほど真剣な目付きに変わった。
「えぇ、そうよ」
リオは当たり前のように答える。
イップ王女はリオのその返答を、辛そうに見ていた。
「もう良い。妾が居るから大丈夫だ。お主達に迷惑はかけん。あれは妾が閉める」
「どうやって? 二万七千の言葉は意味ないわよ」
イップ王女は、内心リオがその事を知っている事に驚いたが、明細は口にせずに言葉を続けた。
「セリオンに頼んで、あれを向こう側から壊す。その為に剣もあしらえた。リオ、記憶を全て持っていないお主には無理だ」
イップ王女の言葉を聞き、キョウは又かと言う想いで瞼を閉じた。
――――霧は止まらない。
――――お前には無理だ。
その台詞はもう聞きあきていた。
結局は誰もが解っていないのだ。
リオが反論しようと口を開き掛けたとき、その前にキョウが口を開いた。
「無理と言う言葉は、もう聞きあきた………」
静かに口ずさむ。
その場にいた者、全員がキョウを見つめる。
キョウは数えるように、ゆっくりと言葉を続けていった。
「最初は俺だったんだ。次は法国オスティマの偉いさん、次はユキナ、そしてイップ姫。………誰もがリオに言ったんだ。でも、リオはそんな言葉より、自分を信じてここまで来た。多分、リオにそう言った誰もが全く理解していない」
キョウはゆっくり目を開ける。
リオの様に、自信をもった真っ直ぐな瞳をイップ王女に向けた。
「――――あれを閉めるのは、リオしかいない。………イップ姫、リオはあなたの記憶を持っているから閉めに行くわけではない。リオが出来るから行くんだ。あれを理解していない、あなたの方が無理なんだ」
確信する様にキョウは、イップ王女を見つめたまま、その言葉を放つ。イップ王女は息を飲み込み、真剣にキョウを睨み付けた。
そんなイップ王女を見て、敵対してしまった、記憶の中の引かれていた女性に対して、キョウは悲しくもあり、少しだけ寂しく思った。
イップ王女は国民を想って覚悟を決めたが、結局は開けることもしていないし、閉める事も出来ないだろう。なのに、責任だけが彼女にのし掛かったのだ。それは、イップ王女の力不足ではないし、偶然の産物でしかすぎない。
だと言うのに、いまだにそれは彼女を苦しめている。それはまるで呪いのように。
キョウの思いとは別に、ユキナも食事を取りながら、イップ王女の不運を見つめていた。
リオと会う前に、ユキナがイップ王女と出会っていたところで、ユキナはなにもな話さず、帰ることを諦めていただろう。
エネルギーを止めるならまだしも、操作室を壊せば、最悪閉まることなく、開いたままに成る可能性が大きい。そうなると、今度はエネルギーを止めるしかなくなり、地中に埋まっているケーブルを切ることに成るが、それは霧の多いハイゾーンでは、不可能にあたる。さらに、実は核融合炉は直接キョウ達の世界に来ていない。近くにはあるはずだが探さなくてはいけない。しかし、再びハイゾーンの中を探し、核融合炉を見つけるとなれば事だ。そしてそれは、実際は不可能に近い。
すなわち、操作室を壊せば、事実上、核融合炉のエネルギーが尽きるまで止めることが出来なくなる。
ユキナは思った。
二つの世界は、時代は、霧を止めて動こうとしている。しかし、それらが選んだのは、イップ王女で無く――――リオなのだ。
「しかし、お主は帰ってこれなくなるぞ、だから妾に任せよ! お主がそこまで背負込む荷物ではない!」
「それなら、イップ王女も一緒よ。あなたには罪はない。だから任せて」
リオとイップ王女は、お互いに自分の意見を貫く。
イップ王女は微かに遠い目をした。
「妾は十八年間、あれに携わってきた。妾が生きてきた半分以上だ。悪いが手出しは無用、あれは妾が止める!」
睨み付けるようにイップ王女はリオを見る。
その想いは記憶を植え付けられた、リオやキョウには良く理解できた。
ずっと相手してきた宿敵だ、リオが完璧なのを知ったところで、簡単には任せられないだろう。
その想いを知ってなお、リオは首を振った。
「イップ王女、あなたは間違っている。あなたのするべき事は霧を止めることじゃない。それに、キョウも言ったけど、イップ王女、システムを理解していないあなたには無理よ。あれを止めれるのは私だけ」
片やリオも一歩も引かない。
イップ王女が壊したところで、万が一に止まってしまえば、リオがやりたいことに支障が出る。
二人には、二人で共に止めると言う考えは無い。有るのは互いに互いの想いを貫くだけだ。
「リオ、お主にはすまぬ事をした、それは謝る。しかし、これだけは別だ。妾の邪魔はしないでくれ。お主達とは対立したくはない」
「こちらも、イップ王女には感謝はするし、気持ちは解るわ。だけど、壊させない! あれは私が止める。イップ王女と言え、邪魔はさせない!」
リオとイップ王女は、互いに口を閉じて睨みあっていたが、イップ王女は深い溜め息を吐いて、寂しそうにキョウを見た。
キョウは何かを考えているのか、目を閉じている。
「キョウ、リオを止めよ。お主の守るべき者を戻れない状況にするな!」
イップ王女の叱咤に、キョウはゆっくり目を開いた。
「俺はセリオンの記憶が有る。――――イップ姫、その台詞をセリオンに対して言えるのか?」
キョウの瞳はどこか、哀れみにも見えた。
セリオンはずっとイップ王女を見ていた。彼の心境は今さっきまでのキョウと同じだろう。せめての救いは、イップ王女と共にユキナの世界に行けることだけで、その事に安堵していることだろう。
ここまで黙り込み、ただ話を聞いていたマグナはやっと口を開いた。
「構いませんイップ王女、邪魔立てするなら対峙するだけの事。小僧、次は躊躇せん、放つぞ!」
マグナのその台詞にキョウは口元を緩めた。
魔法の凄さは、記憶の中のマグナや、リオのを見て解っている。しかし、今のキョウには何故か、暗殺者や魔法、霧に対しても恐怖を感じない。
リオとイップ王女、二人の覚悟に比べると、そんな恐怖は取るに足りない。
「その前に切り捨てる。距離は十分取っていろ」
マグナとキョウは、お互いに目線を交わす。そこでイップ王女は勢い良く立ち上がった。
「マグナ構わぬ放っておけ! ………リオ、重ね重ね言っておく、お主の記憶は植え付けだ、お主が手出しする必要はない!」
イップ王女はそれだけ言い捨てると扉に歩いていき、一度だけ振り返って、キョウに対して何かを言いたそうに口を開いたが、結局は口を閉じてマグナと共に出ていった。
キョウはその姿を寂しそうに見送った。
リオは最後まで、イップ王女に本当の閉め方を教えなかった。それをすると、本気でイップ王女と対立することになるからだ。
自分が開けた訳ではないと、解っていても、彼女はあんな過去を経験したのだ。それが正しいく、助かるためだとしても、二度と開ける事はしないし、開けると解れば抵抗してくるだろう。
あの惨劇は、そんな簡単な言葉では覆らない。
リオには後ろを振り向き、そんな寂しそうなキョウの顔を見て、拗ねたように唇を尖らせる。
自分を信じてくれる事は嬉しいが、よくよく考えれば、キョウにはセリオンの記憶があり、イップ王女と言えば一番守りたい人物ではなかろうか。
「………キョウ、解ってる? キョウは私の、リオの騎士だからね」
そんなことを念押しされ、キョウは戸惑ったように何度も頷いた。
リオが拗ねた理由が解らない。
「解っている。それより良いのか? こんな事になったが、マグナは凄い魔法使いだぞ。邪魔されれば不味いし、今からでもイップ姫に話して、閉めるのを助けてもらった方が良くないか?」
リオの判断を解っていても、ついつい口にしてしまう。そんなキョウの台詞に、リオは今度は頬を膨らませむくれた。
「ほら、それよそれ! キョウは私の騎士とは言いながら、イップ王女と一緒に行きたかったんだ! そうなんだ!」
リオはプィッと顔を背けると、ユキナの席に戻り、不機嫌なまま食事をとりだした。
なぜリオが膨れているのかキョウには解らず、それでも、とりあえず弁論する。
「ちっ、違うだろ。別にイップ姫と共に行きたいとは言ってない。邪魔されるぐらいなら、共に行動した方が理にかなっていると言いたいだけで、それに………」
焦り、変な汗をかきながら言う台詞は、正しいことを言っているはずだが、自分でも解るほど、何だか言い訳じみていた。
ユキナは苦笑いのまま、二人を見ている。
二人とも若いな。
「リオ、やきもちは置いといてだ」
「やきもちじゃない!」
リオはユキナの台詞に直ぐに噛みつく。
ユキナは溜め息混じりに解ったと頷いた。
「それより、これからどうする? 向こうも止める気なら鉢合わせする。邪魔されては困るぞ」
ユキナの台詞にキョウは頷いた。
「それだが、俺はアイストラ王国でセリオンらしき人物と会っている。もしイップ王女が故ストラでセリオンを待っているなら、そろそろセリオンと合流して、王国ファスマに向かうと思うぞ」
一週間かかる道のりを、キョウ達は五日で着いたのだ。それから二日経っている。
たしかに、あれがセリオンと言う保証はないし、セリオンで有っても、向こうは男の一人歩きだ。こちらより格段にスピードは早いはず。本当はもう合流していてもおかしくない。
リオはキョウの言いたいことが解ったのか、ご飯を食べながら行儀悪く話し出した。
「そうね、ご飯を食べたら直ぐに出発した方が良さそうね。キョウも急いで注文して」
キョウは頷くと、離れた場所にある厨房の中の食堂のおじさんに大声で注文する。
「おじさん、何でも良いから直ぐに出来るやつ、一人前お願いだ!」
席に戻ると、リオはキョウに対して真っ直ぐに見つめていた。
言いたい事は解る。リオもセリオンの強さは解っている。
キョウは頷き、安心させるために言葉に出した。
「大丈夫だ、もし出合ってもセリオンだろうが、マグナだろうが、暗殺者だろうが俺が何とかする。邪魔する奴は全て俺が斬り倒す。リオとユキナは霧を止める事だけに集中してくれ。心配ない、必ず成功する!」
リオとユキナは共に頷いた。
「私達の方の準備も整ったわ。食べ終わったら向かうわよ。私達の目的の地、王国ファスマへ」
キョウはそう言ったが、相手がセリオンなら不安が残る。
どこまでキョウの剣が通じるか解らない。最悪は、命を掛けて楯になり、それにより時間を稼ぐしかやり方が無いかもしれない。
しかし、今は不安を語りたくは無い。
キョウはそんな心を隠し、二人に笑って見せた。
そして、ついに、キョウとリオは王国ファスマに足を入れることとなる。




