ユキナの世界 1
七 ユキナの世界
バードは街道脇の草むらに入り、木に凭れかけ、息を整えていた。
勢いと言えど、流石に無茶をしたものだ。まさか、キョウやリオの為に、一個中隊の十八人を配備しているとは考えも付かなかった。自分が生きているのが、信じられないほどだ。
先ほどの戦いは、先陣の特攻隊を五人捌くまでは良かったが、そこで冷静に成った残りを相手するまでには至らなかった。
相手の攻撃をいなしては後退し、人間一人がやっと通れる様な、狭い路地に逃げ込み、さらに三人にとどめを刺してからは、防戦一方だった。相手に軽い傷を与えては逃げるを繰り返し、何とか町を抜け出せた。
最初の五人を殺ったことにより、相手の注意はバードに向き、暴れまわる事により、こちらを先に仕留ようと、中隊ほとんどが集まっていたので、キョウ達を逃がす当初の目的は達成できたはずだ。
しかし、三対一以上に成ると流石に辛い。多くの相手に注意を向けられなく、勘だけで太刀筋を避けるしかない。
他人から見れば、一人で一個中隊を相手して、足止めをしたので、十分に凄く思うのだが、バードしてはまだ納得していなかった。
せめて後三人ぐらいを仕留めなくては、足止めには成らない。それでも、キョウ達が身を隠すには、十分に時間を稼げただろう。
キョウ達のおかげで、法国オスティマとの繋がりは無くなった。
いや、無くなったどころか、下手をすれば法国オスティマのお尋ね者だ。
全く、あの二人にはやられっぱなしだ。
剣で負け、意識で負け、覚悟で負けた。しかし、それでも構わないと言うのがバードの意見だった。
リオが言った言葉でバードは思い出した。
このまま、法国オスティマの後ろ楯をもらっていれば、いずれ、法国オスティマ領、ティーライに成っていたかも知れない。それは、バードの描く未来とは著しく違う。
最初は心の何処かでは、そう成っても仕方が無いと思っていた。
それでも、まずは、王を交代させるのが先決だと言う気持ちの方が強かったのだが、今は違う。
幼い他国の姫になだめられた。『国民が望んでいるなら必ず成功する』と。
バードは、国民の為だと言いながら、何時しか自分の為に成っていたのかも知れない。リオはそこを突いてきた。
だから、一からだとバードは思う。
バードはティーライ王国の二つ隣の国、ライマ共和国に王にするイフレインと二人して、行ってみることにした。そこでライマ共和国をモデルに、新しい国の在り方を学ぶつもりだ。
まったく、馬鹿げた話だ。幼い姫の発言で、バードが一ヶ月以上、頑張った事が全て無駄に成った。
しかし、バードは無駄に成って良かったとも思う。ただ、この計画のために集まった同志は、落胆するだろうが、大変な事だからこそ、自分逹の足で歩かなければ成らない。
他人に、他国に頼るのはもうやめよう。
王を交代させるだけでなく、国民が望む国を作ってやろうではないか。
バードは深くそう思う。
それは、自分たちがやってきた事よりも大変だが、望みが大きいならその大変さも我慢できる。いや、やってみたいと思う。
国民も入れた、新しい国の在り方。
バードは木陰から町を見張る。
今のところ追っ手は居ないが、いつ現れるとは限らない。それも、朝に成るまでの辛抱だ。
朝になればグウィネビア王国の人々も動き出す。そうなれば、幾ら法国オスティマと言えど、他国で兵隊達が暴れまわる事は出来ない。
早く朝になれ。
バードは痛む左肩を押さえながら、祈るように町を見つめていた。
バードとの対戦後、キョウとリオは、一度は港町はから逃げ出し、グウィネビア王国内の別の町で宿を取った。
キョウは以前、法国オスティマの宿で寝る前に、「霧を止めると言えば、邪魔される」と言ったが、まさか暗殺者まで飛ばされるとは、考えもしなかった。
バードとの対決以来、リオは何度もバードの安否をキョウに訪ねた。キョウは、自分達の後を着けてきたので、相手の実力が解るが、あの程度の相手にバードが殺れるとは思わなかった。
本気に成った父親に対して、今更ながらに寒気が走る。改めて騎士団長バードの鋭さが解った。
キョウの剣技を完全に把握していたし、その対処法も完璧だった。やはり、あの手合せは本気では無かったのだ。
あのまま長時間戦えば、キョウは小技ばかりに頼ることになり、バードに押し切られただろう。
決着に急いだ、バードが最後に放った剣にも、リオの存在に対して迷いが生じていて、体重が乗っていなかった。
あれが無ければ、キョウはこの場に居なかっただろう。
「オヤジは大丈夫だ、絶対に生き延びる!」
キョウは自分に対して言っているように、強くそう言う。
希望的な概念が入っているのは否めない。
幾ら強くても、三対一になれば相手に視覚を取られ、負ける事となるだろう。単純に手は二本しか無いからだ。しかし、今の自分が出来ることは、父親を助ける事ではなく、リオを守ることだ。
キョウの言葉と表情にリオは納得する。キョウも耐えているのが解った為だ。
二人は偽名で宿に入ると、ベッドに腰掛け息を殺して辺りを伺うが、今の所は変化はない。
こちらに追っ手かからなかったのは父親のおかげだろう。しかし、安心は出来ない。
キョウはその夜、暗殺者の襲撃に備へ、一睡もすること無く朝を迎えた。
セリオンだった時ですら、暗殺者を飛ばされた事はない。これは初めての経験だ。
王国ファスマまで、残り三国と成って、キョウは改めてこの旅の大変さを思い知った。
次の日は、昼過ぎまで宿から出ず、昼を過ぎてから宿を出る。
リオはパーカーのフードを深く被り、キョウは胸当てを外し、剣に巻く布を頭に巻き、ターバンを作る。変装に意味があるか解らないが、少しでも危険を避けるために、小さな努力も惜しめない。
キョウの手は、常に剣に置かれていた。
グウィネビア王国内で町を変えて、ご飯を食べてから、再び違う町で宿を取り、そこから外に出なかった。金銭的にきついが、今はそんな事を言ってられない。
バードの台詞は法国オスティマの兵士も聞いている。その日の内に出港すれば足が付くだろう。
だから相手を巻くために、陸路も考えたのだが、陸路で敵に出会えばリオを逃がす逃げ場がない。
それに比べて海路なら、次の国ウルファン王国への定期便の本数も多いし、そこ以外にも降りる国も多いので足が付きにくい。
二人が船を降りるのは、グウィネビア王国から一番近い、ウルファン王国の港の予定だが、王国ファスマは二つ向こうの国、フォエベ王国が一番近い。
キョウ達が王国ファスマを目指しているのを知って要るなら、相手はフォエベ王国まで向かったと考えるだろう。それに、本当にいざと成れば、リオを抱きかかえ、海に飛び込む覚悟である。
それで巻ければ儲け物だが、まだまだ注意は必要だ。
あれ以来、二人とも会話が少なかった。
「リオ、疲れてないか?」
キョウは心配そうに、疲れた声でリオに話し掛ける。
昨日は眠ってないので、流石に声にも疲れが出始めている。
「大丈夫だよ」
答えたリオも、言葉に力が無かった。
バードの「暗殺者が飛んでいる」と言う台詞は、二人に回避する機会を与えたと同時に、二人の精神的苦痛も与えた。
特に、護衛をしていりキョウは、気が抜ける時間はなく、精神的に参っていた。
町の中を歩いていれば、誰もが暗殺者に見える。
つねに警戒は切れないし、いつでも剣を振る状態を維持しなければ成らない。しかし、この程度で諦める訳には行かなかった。
出来る事なら、早く暗殺者を倒して、ゆっくり旅がしたい。敵は霧相手だけで十分だ。
しばらくお互いに黙ったまま、身動きも取れなかった。リオはベッドの上で膝を抱かえたまま腰掛け、その膝に顎を乗せていた。
「ねっ、キョウ、楽しい話して」
痺れを切らせたのか、リオはキョウにそう話し掛けてくる。
愛刀を抱え、ベッドに凭れる様に、床に座っていたキョウは、意味が解らずリオを見た。
「楽しい話?」
警戒心から自然とキョウの声が小声に成る。リオはキョウを見ると、優しい笑顔で頷いた。
「そう、楽しい話。もっと、旅を楽しもう」
こんな時に無茶を言うリオは、わざと空元気に話し掛けてくる。その様子からして、リオも精神的に参っているのだろう。
しかし、楽しい話と言われても、急にはキョウも思い付かない。
不謹慎だか、キョウにしてみれば、この旅こそ楽しい出来事だった。
たしかに現在は辛いが、リオと旅をしていて色々な事を知った。
魔法や、科学。国政は、霧は被害をもたらすだけでなく、霧によって利益を産む国があるとは、頭では解っていたが、しこまで詳しくは知らなかった。
色々とリオの我が儘にも振り回されたが、彼女以上に未来を見ている人間が居ないのも解った。
リオはイップ王女と同じく、誰よりも未来を見ている。
あのままティーライ王国で暮らしていれば、キョウは知らない事の方が多かっただろう。しかし、それは恥ずかしくて、とてもでないが口に出来ない。
キョウは散々悩んだ挙げ句に、十四歳の頃に行方不明に成ったことを話し出した。
最後の使用人の考えた、ニグスベールの奇跡と言うタイトルを聞いて、大袈裟だと笑ってくれれば良いと思ってだ。しかし、話し出したのは良いが、なぜかキョウは、その時の記憶があいまいだ。セリオンの記憶の方が確かなぐらいである。それでも薄い記憶を辿り、話を進めていく。
時には飛ばし、時にはしろどもどろ成りながら、キョウは屋敷に戻った所まで話をした。そして、最後の台詞を言おうとしてリオを見ると、リオは膝を抱かえたまま、ベッドに寝転び寝息を立てていた。
ラストを聞いて欲しかったキョウは、つまらなそうに唇を尖らせたが、仕方がないと諦める。
リオが昨日、眠りに付いたのは明け方だった。
無理もない、キョウですら緊張の連続で疲れている。リオはまだ小さい、体の事を考えるとキョウよりも疲れが出たのだろう。それに、命を狙われているのはリオの方だ。
そんなリオに対して、キョウは思った。
命を掛けてリオを護ろう。
リオの前世がイップ王女だからでなく、自分がセリオンだったからでもない。
キョウは、自分が出来るからと言って危険な旅をしている、彼女をただ守りたかった。その気持ちを胸に、キョウもリオの寝息を聞き、寝顔を見つめていたら、いつの間にか眠りに堕ちていく。
戦闘以上に疲れが溜まり、もう限界だった。
リオは眠りに付く前の、微かしか動かない頭を使い、やっと見つけた答えに、納得をしていた。
キョウと出会うのは二度目だったのだ。