霧の騎士VSリオの騎士 4
船でグウィネビア王国に着くころ、辺りはもう暗闇に包まれていた。
あれから直ぐに船に乗り込んだのだが、丸一日かかってやっとたどり着いた。
バードは船乗り場で待ち構えていた、ゴードンと名乗る兵隊長から、標的が近づいていることを聞くと、その足で迎え撃つ準備に向かう。ゴードンからは何人か部下を着けると提案されたが断った。
聞けば、相手は金髪の子供と護衛の若い男が一人らしい。それならこちらも、一人で迎えると答えた。
相手が子供と聞き、さらに気が削がれたが、これも国民の為と覚悟を決める。しかし、護衛一人に対してこちらが数人で向かうのは、幾ら汚れ役を請け負っても、そこまで腐りたくは無かった。
バードは兵士に案内され、噴水前の広場に着く。ここまでは、ゴードン達が標的を誘導してくるらしい。
これから、ここを通る未来の在る若者には悪いが、ティーライ王国の未来に比べると、些細過ぎて比べようが無い。
相手は二人。こっちは、十五万人だ。
自分自身にそう言い聞かし、無理矢理に気分をもり上げていく。
いずれ、自分も同じ運命を辿るのだから許してくれと思った時に標的が現れた。
小さな女の子を守るように、若い護衛の男は半歩前に出る。手は剣に掛かっているものの、まだ剣は抜いていない。あの若さからして、まだ状況が解って居ないのだろ。
構わない。これも未来の為と思い、バードの方から足を向かわす。と、そこで若い護衛の顔が見えた。
「キョウ?」
「………オヤジ!?」
驚き、互いに顔を見合わせる。
突然の事でお互いに、全く状況が把握出来ない。
「こんな所で、何をしている?」
「オヤジこそ………」
リオはキョウの言葉を聞いて胸を撫で下ろし、挨拶するため前に出ようとした。
金髪の子供。
咄嗟にキョウは、前に出ようとしたリオを左手で止めた。バードに殺気が戻ったためだ。
バードの目には、リオが標的として映った。
「オヤジ――――あんた何をするつもりだ?」
先程とは変わり、キョウの低くなった声に、バードはただ口を噤む。
キョウはそれが答えと確信した。一体何が有ったか解らないが、バードは本気だ。
隣でリオが心配そうに、何度もキョウとバードを見比べた。
バードは一度だけ苦しそうに目を閉じ、見開くと覚悟を決める。
「ティーライ王国騎士団長、バード・ニグスベール。悪いがその命、貰い受ける!」
バードが名乗りを上げ、キョウは剣を構える。しかし、キョウが名乗りを上げる前に、リオが声を上げた。
「駄目っ!」
「っ!」
「キョウ! 名乗ってはいけません。リオが許しません!」
キョウはグッと息を飲み込む。
何が有ったか解らないが、もうバードは完全に覚悟を決めている。リオの意見は聞きたいが、ここで名乗りを上げても上げ無くても、結果は同じだろう。
しかし、キョウの姫は許してくれなかった。
「戦っては駄目です。親子が戦うのは間違っています! キョウ、私に従いなさい!」
姫からの命令。それは絶対事項だ。
キョウは苦しそうに声を上げた。
「駄目だ、従えない! 今、剣を退けばリオが殺られる。それだけには従えない!」
バードには、キョウが何故こんな子供に従い護衛をしているか解らない。それに、法国ファスマの皇太子に、どんな怨みを買ったのかも解らない。
何もかも解らないが、気を乱しながら狼狽えるキョウに対して、本気だと言うことだけは解った。
従う者の言葉に従えず、狼狽えているのである。
これは何なのだ? 彼女は何者で、何をしたのだ?
そこでやっと、バードはデルマンの言葉を思い出した。
『霧を止めるなどの戯言を言いふらし………』
あり得ないと頭を振る。もっと別の理由が在るはずだ。デルマン皇太子を否定する事を言ったとか。
「バードさん、剣を退いて下さい! 戦っては駄目です! キョウはあなたの家族でしょ。私の首が欲しいなら、霧を止めてから幾らでも上げます。だからお願いです、キョウとは戦わないで! キョウを苦しめないで!!」
「!!」
リオの声にキョウはその目を見開いた。
あの時のセリオンの気持ちが込み上げてくる。それは信じていた物を全て捨てる覚悟。
キョウはバードを見据えて、はっきりと言葉を発していた。
「所属国はない、リオ・ステンバーグ姫の騎士、キョウ・ニグスベール!」
「キョウ駄目っ! 言うことを聞きなさい! 親子で戦っては駄目!」
リオの叫びは虚しく、ついに、キョウが名乗りを上げた。
バードはキョウの言葉を重く受け止めた。「所属国はない………」か。
キョウが国名を捨てるほど、今のティーライ王国には魅力が無いのであろう。しかし、いずれは捨てたことに後悔をするような、そんな国にしてやる。
バードは剣を上段に振り上げる構えをとる。
一度キョウと手合わせして負けているが、あれはあくまでも手合わせの話だ。命の掛け合いなら、場数が違う。伊達に騎士団長を名乗っていない。
バードはキョウの剣を振る姿を幾度となく見てきた。だから解る。キョウの剣技はバスターソードまでいかない物の、大振りの剣が有ある前提の剣技。重さにより振り回す形を取るので、実はあまり力を使っていない。一度振れば、方向さえ与えてやると、剣の重さに吊られ、すんなりと重い一撃を放つ事が出来る。
だからこそ、最初は担ぎ構え。
担ぎ構えから放たれた一撃は、僅かな力により方向性を与えられ、Uの字を書くように変幻自在となる。左からの一撃は、体を軸にして剣を回すやり方だ。しかも、本来ならもっと大きな剣、バスターソードで行う様な剣技な筈だ。だから少し威力が劣る。
ネタが解れば、警戒するのは、最初の切っ掛けの一撃のみ。
意地と意地を掛けて、二人の戦いが始まった。
二人は同時に仕掛ける。
キョウはいつもの担ぎ構えから、バードは上段から、お互いの初撃を受け止める形で、二人の剣が重なり合う。
「キョウ、悪いが国の為だ! 退けっ!」
「国がどうした! リオに剣を向ける奴は、たとえ誰であろう容赦はしない!」
互いに叫び声を上げ、力任せに相手を押す。
お互いを跳ね飛ばす形で、二人は再び間合いを開けた。
再び担ぎ構えから切りかかろうとするキョウに対して、バードは剣を合わせようとする。その動きを見て、キョウは親父のたくらみを理解した。
キョウの剣技が解り、対処法をとられている。
あくまでも初撃潰し。
キョウは構えを変えた。霧に乗っ取られた馬と対峙した時と同じ、両腕をクロスさせる型だ。
ジリッと足を合わせ、バードも上段から正眼に構えなおす。
「キョウ、お願い! やめて、………やめなさい!」
リオの声にキョウは苦しそうに唇をかむ。
解っている。負けても勝っても、俺はここまでだ。だから、せめてリオを守る。
次はバードから仕掛けた。コンパクトで早い連撃。
これは、キョウの大振りの一撃を警戒した攻撃だろう、構えを変えて正解だった。キョウはその全てを受け止めていき、何度も剣が重なり火花が飛ぶ。
しかし、バードの剣は早く上手い。手数が多い中にも要所要所と急所に狙いが入っている。少しでも気を抜けば、それが致命傷になってしまうだろう。
このまま攻められ続ければ不味いと、キョウが内心で焦った時、バードは再び間合いを開け、今度は突きの構えをとった。
キョウに合わせて攻撃態勢を変えていたのだが、それでは攻めきれないと考えたのだろう。今度はバードから攻める一撃必殺。
相手に傷を負わすのではなく、仕留める。
リオは話を聞いてくれないキョウを止めたくて、バードに話しかけた。
「どうして? バードさんは、どうして戦うの?」
バードはキョウの動きを警戒したまま答えた。
「俺は、ティーライ王国を変えるためにここにいる。王を交代させ、イフレインと共に国を良くすると決めたのだ! それには法国オスティマの後ろ楯がいる。国民の為だ! 悪いが契約の為だ、死んでもらう!」
「それなら………」
口を開くリオの言葉を遮り、キョウはバードを睨み付け、大声を上げた。
「それだけか、それだけの為か! そんな小さな事で動くとは、ティーライ王国の騎士団長も地に落ちたな!」
バードは黙ったまま、キョウを睨む。
小さい事とは聞き逃しならない。バードとイフレインの両者とも、死を覚悟の上で決断した。もちろん、自分だけの死ではない。この罪は家族にまで及ぶだろう。だから、失敗すれば家族も親戚も、バードの死の内に入っている。
それを小さいとは。
睨むバードをしり目に、キョウはまだ話を続ける。
「――――リオは、霧を止める。………俺の姫は、世界のために、皆のために命をかけて危険な旅を続けている! それを、たかだかティーライ王国の為だと? 笑わせるな!!」
バードは驚き目を見開いた。先ほどリオが言っていたセリフと同じセリフ。
デルマンは本当に、そのままを伝えていたのか。しがし、信じられない。霧は止められない。
バードは目を閉じ、再び見開いた。
意識を変え、上段に構える。
今まで、口では覚悟を決めたようなことを言ってはいたが、心のどこかで、キョウに剣を向けるのが躊躇われた。しかし、ここからはただの倒す敵だと認識を改める。
キョウも何時もの担ぎ構えをとった。
言葉を交わさなくても解る。父親はこれで決めるつもりだ。
合図も無しに、二人は同時に跳んだ。
キョウはバードの剣が届く前に、袈裟切りを放とうとする。
バードはキョウの次の斬撃を無視して、首を取りにいった。次にどこを狙われようが、斬り捨ててしまえば同じことだ。
「キョウっ、私はそんな事を望みません!」
キンっと乾いた音をたてて、バードを剣ごとキョウは斬りつけた。いや、そのつもりだった。
左から横這いに来るバードの剣を、タイミングをずらして、直接、袈裟切りで折ったキョウの剣が、バードの鎖骨寸前で止まる。
剣を折るほどに一撃だ。止めるだけでも、かなりの力を使ったのだろう。筋肉の痛みでキョウは顔を歪ませる。
結局、リオの叫びで腕を止めた。
キョウには自分の仕える姫の命令はやぶれなかった。
リオはキョウが剣を止めたのが解り、胸を撫で下ろす。
「何故――――振りぬかん?」
バードの怒りの声に、キョウは目線を外した。
自分の守るべき者を狙われ、ここで情けをかけて敵の首を落とせないようなら、キョウに未来はない。
「騎士団長バード・ニグスベールは俺に負けた、だから俺に従ってもらう。異存は無いな?」
やっとキョウの考えが解ったのか、バードは頷いた。
「好きにしろ、ここで落とした命だ。どんな言う事も聞いてやる」
捕虜にするか、または、残りの法国オスティマの兵士と戦わせるつもりか。
「これからは、俺の代わりにリオを守ってくれ」
キョウはそれだけを言うと、剣を退きバードから離れる。意味の解らない言葉に、バードは目を白黒させて、キョウとリオを見比べた。
キョウはリオの前に行き片膝を着くと、騎士のとる最高礼をとって、自分の剣の握りをリオに差し出した。
「申し訳ございません! 私はリオ姫の命令に背きました。打ち首でも解雇でも、どんな処罰にでも軽んじます」
キョウの姿にバードは目を見開いた。
偽りの姫に対して、子供の姫に対して、騎士ごっこにさえ取れるその姿に、バードはキョウの覚悟を知った。
本当にキョウは命を懸けたのだ。負けたら敵に殺され、勝っても命令違反で打ち首の覚悟。それは騎士にとっては当たり前の覚悟だ。この場で冗談をしているとは思わない。
本当に彼女の騎士をしているのだな。
リオはキョウに抱きつき泣いている。キョウは何度も謝った。
負けるはずだ。
たとえ同じような覚悟でも、全く違う。守ると言ってもこちらは十五万人、片や相手は全世界の三十億人だ。
キョウは、自分の姫と共に、本当に霧を止めに行くのだな。
バードは静かにそう思った。
泣いていたリオは、目を擦りキョウを見る。本当に怒っているのだろう、その目は吊り上っている。
「もう、心配かけないで! 罰なんて良いから!」
「リオ、ごめんな」
そんな二人の姿に対して、バードは自分が何に対して覚悟をしていたのか解らなくなる。
国に対してか、国民に対してか、――――それとも自分自身に対してか。
リオは足早にバードの前にやって来た。倒したと言えど敵だった者だ、キョウは慌ててリオを追い二人の間に立ちはだかる。
バードに対しての責めなのだろう。バードはそれを受け入れる為、ただ立ち尽くしていた。
「バードさん、王様を交代させるつもりなら、後ろ楯は駄目ですよ。特に、法国オスティマは大きいし、摂政のバーカードさんは侮れません。良いように使われます」
バードは、リオの的確なアドバイスより、彼女の口からバーカードの名が出たことに対して、驚きを隠せずにいた。
「だから、目標にするなら、ライマ共和国をモデルにした方が、現実的ではないでしょうか? 本当に悪い王なら後ろ楯など必要ないです。そして、国民がそれを望んでいるなら必ず成功します!」
リオの言葉に、バードはポカンと口を開けた。
一体何者なのだ。デルマン第三皇太子に恨みを買い、バーカード摂政を知っていて、キョウを自分の騎士にしている、偽りの姫君。
ティーライ王国の内情も知らず、ここまでのアドバイスをするとは。………王を持たない国、ライマ共和国か。
たしかにリオの話はあっている、一度試すのも悪くない。
バードはそこまで考え、リオに対して頭を下げた。
それは謝罪でもあるし、お礼でもある。
リオの言葉は未だ続いた。
「だから、さっきのキョウの言葉は忘れてください。私の騎士はキョウ以外にはいません。二人で必ず霧を止めます!」
リオは言い切った。
一瞬、嬉しそうな顔をしたキョウに対して、バードは急に親に戻る。
詳細は解らないが、自分の支えた者に、この台詞を吐かすまでの騎士に成るとは、親として鼻が高い。
負けた。完敗だ。
覚悟の重さだけでない。
バードは自分の剣をみる。ちょうど真ん中から、見事に折れていた。先代の王に祝福された、騎士の魂が。
バードはキョウ達を残し、広場の端に行くと大声をあげる。
「ゴードン! 剣が折れた、代わりの剣を貸せ!」
キョウは慌て、リオを自分の後ろにやった。
まだオヤジはやるつもりなのか?
ゴードンと数人の兵隊が現れ、一本のロングソードをバードに手渡す。バードは受け取ったロングソードを、ゴードンの首筋に当てた。
「所属国のないリオ・ステンバーグ姫の騎士! お前の姫は狙われている! 話では、暗殺者まで飛んでいるらしいぞ! 今日はこのまま姿を隠し、明日は別の港から出港しろ!」
バードの叫び声に、その場に居る全て人物が驚く。
バードはさらに続けた。
「この場は、ティーライ王国の騎士団長、バード・ニグスベールが受けまつった。急がれよ!」
バードの叫び声に意味が解った、キョウはリオの手を取り走ろうとする。
リオは足を踏ん張ると叫んだ。
「キョウのお父さん、無理しないで! 法国オスティマでの事なら、レナ第七姫に相談して。リオから聞いたと言えば相談に乗ってくれるはずだから、危なくなったら逃げてね!」
「かしこまりました、他国の姫様! 頑張ってくだされ!」
「リオ、早く行くぞ!」
リオはキョウに抱きかかえられ、二人は町の中に姿を消した。
もう驚かないと思ったが、第七姫まで知っているとは、本当にただ者ではない。リオが何処かの姫だとしても、何の疑いもない。
バードは思った。
霧により栄光を集めた騎士。その息子の騎士が、霧から人々を守りに行く。悪い話では無い。
バードはゴードンの首筋から剣を離して、正眼に構えると再び叫んだ。
「あの二人を狙う者はティーライ王国、騎士団長バード・ニグスベールが相手致す! 今の私は手強いぞ、心して掛かってこい!」
バードの声が町中に響き渡った。