霧の騎士VSリオの騎士 3
王国セロンを立って三日後、キョウとリオは次の国、グウィネビア王国の港町を目指して歩いていた。
この辺りは大きな半島に位置するので、王国セロンからは双ルート有る。
北に行けば陸路で、次の国まで一週間以上掛かるし、合理的ではない。もう一つはグウィネビア王国の港町から、船に乗るルートで、四日程だが一日は船に乗らないといけない。
二人は後者を選んだ。
理由は簡単で、一週間の宿代を考えると、船代の方が安い事と、そして何より早い事だ。早さを求めるなら、本来は王国セロンで降りず、そのまま船で行った方が早いのだが、リオの反対が大きかった。
眠っていると大丈夫だが、起きているとやはり駄目らしい。短い距離なら我慢出来るが、長くなるとそれだけ苦しむ時間も長くなる。
急ぐ旅で無いし、リオの苦しむ姿は見たく無いので、キョウも了承したが、この判断がこの旅に暗い影を落とす事に成るとは、当人逹は気付いていなかった。
「なぁ、リオ。法国オスティマで、リオの言っていたワンピースは見つからなかったんだろ? このまま旅を続けて大丈夫か?」
キョウの台詞にリオは素直に頷いた。
「うん、直接システムに関係した内容じゃ無いから、着いてから考えても問題は無いよ」
リオのあっさりした答えに、キョウは頭を捻る。
だったら法国オスティマに寄った理由は何だったのだろうか?
「なぁ、結局、リオの探していたワンピースって、何だったんだ」
キョウの問い掛けに、リオはうんと頷いた。
「あれはね、痕跡を探していたの」
「痕跡?」
簡単に答えたリオに対して、キョウは復唱する。
「そうよ、痕跡。ここかは私の予想の話をするから、深く追求しないでね」
断りを入れてから、リオはキョウが頷くのを待った。
キョウは直ぐに頷き、リオに話を催促する。
「私の考えが正しければ、あれは少なくとも、二度開いているの」
「二度!?」
驚いたようにキョウはリオを見た。リオは歩いたまま目を閉じ、ユックリと見開いた。
そのブルーの瞳は真剣そのものだ。
「二度って、一度目は閉まったって事か?」
リオが頷くのを見て、キョウは嬉しくなる。一度閉まった事実が有るなら、再び閉める可能性は大きくなるだろう。
「多分よ、一度目はエネルギーが少なくて、長い時間開いて居なかったと思うの」
相変わらず細かい話は省くので、リオの話は解りにくい。
しかし、キョウは口を挟まずに聞いていた。
「そして、その時に王国ファスマの人々は、あの建設方法を聞いたと思うの」
キョウの驚きのあまり、歩みをゆっくりさせ、そして止まった。リオもキョウに合わせて立ち止まる。
リオの話が正しければこうなる。
「一度目は、向こうから開いたと言うことか。と言うことは、あれは霧の技術なのか?」
リオはユックリと首を横に振った。
「霧ではないよ。キョウは聞いているでしょ、イップ王女から」
確かに、セリオンの時に聞いた。
「………技術のもっと進んだ世界か」
「正解。そう考えれば辻褄は合うわ。だから私は、それを探していたの。この世界に在るはずの無い、オーバーテクノロジー。即ち、痕跡よ」
なるほどと、キョウは思うが、なぜ探していたのかが解らない。あれを閉めるのに必要ないと思うのだが。
「それを探してどうする?」
「どうもしないけど、私の理論が正しければ、閉める方法が確実となるだけ。まぁ、八割方は間違いないから、このまま進んでも問題ないってわけ」
話がややこしくて、キョウには理解出来なかったが、何かの為に必要なのだろう。
「オーバーテクノロジーか………」
そう呟くキョウには、それがどんな物かも解らないが、不思議な機械なら思い当たる節がある。
「俺にしたら時計もオーバーテクノロジーなんだけどな」
「時計?」
リオは眉をしかめてキョウを見た。
リオなら時計の構造も理解できているだろうが、キョウに取っては不思議な装置だ。
キョウは歩き出した。
「あぁ、あれって電池で動いているけど、それってさ、凄くないか?」
キョウは同意を求めるが、リオにとっては解りきった内容だ。
歯車でこの星の自転に合わせて、電力を溜めた電池で動かせる。電池にしても、電気を捕らえる炭素分子で出来ていて不思議はない。確かに、王国ファスマが原点だが、今は全世界にあるし、別におかしい点は思い付かない。
「別に不思議は無いよ?」
「でも、良く思い付いたと思わないか? 太陽の登り沈みに合わせて、しかもあんな小さな電池まで考えて」
「………」
キョウの時計の理解は間違っているが、リオはキョウの言葉に、顎に手を置き考え出す。
そっか、電池か。
良く良く考えればそうだ。小さくエネルギーを溜めるもの。
現在、電池は時計にしか使われていないが、良く考えれば他に幾らでも利用価値はある。しかし、誰もが電池=時計と思い込んでいる。そもそも、電気をエネルギーと利用しているのは、城の灯りなど、重要施設だけで、全て発電機と繋がれ、エネルギーを溜めておく単体は電池以外はない。町の中などはいまだに松明を使っていることが多い。
それは、近すぎて気付かなかったが、正しくオーバーテクノロジーでは無いだろうか。
「そうよね、考えれば確かにおかしいわ。電気が未々普及してないのに、電気を溜める単体が先に出来てる。しかも、時計にしか利用されていないなんて、有り得ないわ」
リオはキョウを見て何度も頷く。
「それよ! やっぱり私の理論は合ってたんだ! キョウ、ありがとう!」
喜びに震えているリオを見ずに、キョウは声を掛けた。
「………リオ」
キョウの声で解ったのか、リオは前を向くと頷いた。
「うん」
二人の前には二匹の馬。
彫刻のように固まり、同じ形のまま動かない。しかし、二人が止まっているにも係わらず、何故か距離が近付く。ただ、ひたすら不気味である。
順調な旅はここまでだった。
キョウは素早く構えてリオを下がらす。しかし、キョウにしても、霧に乗っ取られた大型生物二体は流石にこたえる。
どちらの馬も、固まったまま動きはないのに、攻撃をくりだす。しかし、これは余計に始末が悪かった。
動きが無いので、次の動作が読み取りにくい。
キョウは一体に警戒したまま、一気に剣を振り下ろす。
別の物に警戒しているので、どうしても軽い一撃となり、細かい傷は与えているはずだが、致命傷は与えられない。それに、何度も剣を振って敵を遠ざけねば、近付かれ不利になる。
「マジカルファイヤ!」
後ろから放たれたリオの魔法が、もう一方に当たる。威力は小さくても目眩ましにはなる。
勝機とばかりに、キョウは魔法の当たっていない方に、渾身の一撃をお見舞いしようと、剣を振り下ろす。しかし、炎を引き連れもう一匹がキョウに向かって来た。
「くっ、」
短い言葉を残し、キョウは咄嗟に後ろに跳ね飛び、馬をかわす。
しばらくして炎は消えたが、馬は無傷のままだ。
こいつはと、キョウはもう一歩下がる。
先程からこの連携が厄介だ。
「キョウ、多分あれは………」
「あぁ、命が繋がれているな」
リオの答えをキョウが答える。
馬は連携しているように見えるが違う。一番分かりやすい例えは、実は一体で右手と左手だ。
もちろん霧に乗っ取られる前は、別々の固体だったのだろう。しかし、今はどちらも倒さなければ動きが止まらない。小動物なら、幾ら命が繋がっていようが、真っ二つに切り裂けば、動けなくなり問題は無い。しかし、大型生物ではそう言う訳には行かない。動けなくするには、全ての足を切り落とすしかない。中なはそれでも動く物も居る。
もっとも厄介な霧に乗っ取られた物だ。
ある程度ダメージを与えて逃げたところで、元のスペックは馬なので、簡単に追い付かれるだろう。
リオの考えも、キョウと同じだった。
「キョウ、見た目には見えないけど、ダメージは有るはずだから、焦らないで」
「あぁ、解ってる。それより、魔法で一体を足止め出来るか? もう一方を仕留める」
キョウの台詞にリオは首を横に振った。
いくら凄腕のキョウでも、暴れている馬を相手に、一撃で倒すことは不可能だろう。
「キョウ、それより私が大きな魔法使うよ。イメージが難しいから、時間が掛かるから、キョウの方が足止めしていて。出来る?」
霧に乗っ取られていない大型動物相手でも、難しい注文をリオはする。しかし、魔法が有ると有り難い。
キョウは「解った」と頷き、構えを変えた。
いつもの担ぎ構えでは無く、手を自分の前でクロスに交差させる。何とも妙な型だ。
いつもの担ぎ構えは、セリオンが得意としていて、それをキョウが使っていたのだが、これこそキョウのオリジナルの構え。二刀流の者が、相手を二つの剣で挟み切る構えと似ている。キョウは敵の攻撃をいなす時に良く使う。
馬なので足からの攻撃が厄介だが、それでも、狙うならやはり足か。
キョウはその体制のまま馬が近付くのを待ち、馬が近付き攻撃し出すと、剣を右手左手と、何度も持ち変え攻撃をいなす。
「マジカルアイス!」
リオの魔法で、キョウの周りにも冷気を感じる。
凍らせて足止めする気か?
「キョウ、準備出来た。馬の間に雷の魔法を出すから一旦下がって!」
リオの声に反応して、キョウは剣を両手に持つと、足払いのように、下段で大きく横に振り抜く。
両方の馬に手応えは有った。足を切り取りは出来なかったが、馬は一瞬足を止めたと思われる。
キョウは大きくツーステップで、リオの後ろに滑り込む。滑り込んだ勢いで、砂煙が起こり、それと同時にリオの声が響く。
「マジカルサンダー!」
リオの声に反応して、突如、馬二体の間に雷を放つ球体が現れ、一つ激しい音を立てた。
その音に反応してリオは顔をしかめる。
「あっ、ちょっと距離が近いかも」
リオの不審な一言に、思わずキョウはリオを抱え急いで馬から離れる。
「えっ? ちょっと、キョウ待って! 今離れたら魔法が制御出来ないの。このままだと、魔法が暴走する!」
リオの抗議の声を無視して走る。そこからはまるで雷撃の雨だ。
何度も馬に雷が走り、周りの木々にまで雷が走る。肉体の中を雷が通るので、馬はもう生きてはいないだろう。
キョウはかなりの距離を開けてから、やっとリオを下ろした。目を細めて、やっと見える雷も収まったようだ。
キョウは肩で息をしながら、急いでリオを見た。
「危ないだろ! あんな近くで雷を出したら!」
キョウの抗議の声に、リオは眉間に皺を寄せ、腰に手を当てて反撃した。
「キョウ、魔法の基本は教えたよね?」
「うっ、」とキョウは怯む。
「あっ、あぁ」
頷くキョウに対して、リオはさらに迫る。
「じゃ、力ある言葉はどう言う意味だった?」
リオは目を細め完全に怒っている。キョウは狼狽えながら答えた。
「魔法の名前を唱えれば、意思通りに動かせれる」
「よろしい! 解っているじゃない」
リオの言いたい事は解る。しかし、あんな、不審な呟きを聞けば、誰だって逃げ出すだろう。
「リオ、だったら何ぜあの時、近いと言ったんだ?」
キョウの問い掛けに、今度はリオが「うっ、」と詰まった。
「あれは、ほら、雷の魔法は初めて使ったから、心配で………」
聞きたく無かった、そんな怖い情報。
「雷の魔法は、本当に危ない時しか使用禁止だ!」
キョウの言葉にブーたれていたリオも、再び二人して歩きだした。先ほどの馬を越えないと、先には進めない。キョウは雷の魔法を使った現場を見て、息を飲み込んだ。
周りは広く焼け焦げていて、地面にも何ヵ所も穴が開いている。木々は小規模ながらも、いまだに燃えていて、馬は相変わらず彫刻のように固まったままで無傷だが、横たわっていた。元々動かないので、倒したかどうか解らないので、大きく迂回して通り抜ける。
しかし、リオの弱い魔法でもこの威力だ。
これは魔法を使える者と対峙しても、最早、個人で相手が出来るレベルを超えている。
「魔法とは、凄まじいな」
キョウは歩きながら、率直な意見を述べた。
「でしょ? それに、基本魔法より威力が上がるでしょ。私はこっち方が、最強魔法と思うわけ」
リオは得意気に話してくるが、確かにあの現場を見れば納得する。
「でも、リオは雷の前に、氷の魔法を唱えなかったか? あれは、失敗したのか?」
キョウの発言に、リオは久々に得意気に、右手の人差し指をピンと立てて「おっほん」と咳払いをした。
「よろしい! では久々に講義してやろう。あれは、私のオリジナル魔法である」
キョウは首を傾げた。
王国ファスマでも、雷の魔法を使う者は少なかったが、数人はいた。それではオリジナルとは呼べない。
そこまで考えて、やっと気付いた。
「あれ? 確か雷の魔法は、雷撃一本が敵に向かって進むだけだな。あんなに何度も起こらなかった」
そんなキョウを見て、リオは何度も頷く。
「その通りよ。私がしたのは、先に雲の中を作ったわけ。まずは氷の分子を一杯作って振動させておいた。すると、摩擦で電気が溜まりやすくなり、そこに、雷の魔法を唱えると、自然界の物質が多くあるので、結合が一杯出来る。これは正しく、魔法科学よ!」
それは、今までの魔法を覆す、新しい魔法の理論の誕生かも知れないが、生憎とキョウはあまり魔法に詳しくない。だから「そっか、凄いな」程度で終わった。
もっと誉めて欲しいとリオは目で合図するが、キョウはまるで気付いていない。
「それより先を急ごう。このままでは、グウィネビア王国に着くまでに夜に成ってしまう」
キョウの台詞に、リオは頬を膨らませ顔を背ける。キョウは何故リオが怒っているのか解らなかった。
結局、あれからも何度かの霧に乗っ取られた物との戦闘をこなし、グウィネビア王国の港町に着いた頃には、とうに日は暮れていた。
キョウとリオは慌てて、船の時間を確認するが、やはり本日は終了していたので、二人はしかた無く宿を探す。
港町はティーライ王国の領地並みの大きさで、一般的な町の規模だ。もちろん人の流れもまばらで、法国ファスマを体験した二人にとっては、少し寂しく感じる。
そして町の中を歩くキョウは、人の動きに何かを感じとる。
すれ違う人が徐々に少なくなり、後ろを歩く人は離れない。
キョウはリオの右に身体を置き、剣に手を掛けたまま、後ろの人に抜かれるため、ゆっくりと歩いていく。しかし、後ろの人も歩調を遅くして、キョウ達を抜く事はしなかった。
後ろをつけられていると確信して、後ろの気配を探る。
人数は二人。こちらから仕掛ければ、まだ何とかなる人数である。そう考え、タイミングを計っていると、噴水のある広場に出たので、さらに周りにも気を配る。
囲まれては不味い。
そう気持ちが焦り、速足でその広場を抜けようとした時、前から一人の男が現れた。
正規の騎士の鎧。ロングソードを抜き身で右手にぶら下げ、こちらを向いている。暗くて顔が見えないが、後ろを着けていた者より、格段に出来だろう。今まで対峙してきた中でもトップクラスに思える程の殺気。
咄嗟に足を止め、左手でリオを斜め後ろにおき小声で話した。
「リオ、不味い。相手はかなりやる、俺がもし危なく成ったら、魔法を使って逃げて、何処でも良いから、とにかく身を隠せ」
キョウの台詞にリオは青ざめたが、何度も首を横に振り、従えないことを伝える。
キョウが負ければ、リオ一人ではこれ以上進めない。この旅はそこで終りにすると、リオはそう思った。
リオは自分の騎士に対しての言葉を発した。
「キョウ、私は負けることを許しません。最後まで私を守りなさい!」
出来れば言うことを聞いて逃げて欲しいが、知らない町の中なら捕まる可能性も高い。キョウはリオの台詞に頷き、覚悟を決めた。
そこで、近づいて来る騎士の殺気が、突如消えた。
「キョウ?」
その声と顔に驚き、キョウも声を上げた。
「………オヤジ!?」