霧の騎士VSリオの騎士 2
デルマンはブツブツと独り言を言いながら、城の広い廊下を歩いていた。
あの二人が来ていらい、何かが変わってしまった。
レナ姫の様子を探るために付けていた護衛兵は突然解雇され、新しく着けようとしたが却下される。他の皇太子にも聞いたが、同じ内容だった。全ては、新しくレナ姫の護衛兵隊長に任命された、カインの意向らしい。
基本的には、隊長にそんな権限はない。他の皇太子や大臣が横から口出しは出来る筈だが、カイン意向が罷り通っている。レナ姫に対しても、今は何をしているのかは詳しくは知らないが、話を聞く限り、カインと共に幾らかの権限と制限を与えられたらしい。
一つは黙秘権。
法王以外の者からの質問に、答えを拒否出来る権限だ。
もう一つは逆の権限で、法国聴者限定権限の解除。
これはレナ姫だけだが、優しく言えば、どんな密会で有ろうと、制限が掛かっていない内容は知る事の出来る、法王に近い権限だ。しかも、人によって違うが、付属の権限により兵をある程度動かせる。現在はローランド皇太子と、バーカードのみが持っている。
そして最後は制限だ。
特別機密に関する制限。
これは先程の、法国聴者限定権限の解除を持っても、言うことを禁ずる制限で、口を割れば重い懲罰が課せられる。
皇太子番号に代わりは無いものの、事実上は自分より重要ポストに置かれたらしい。
全く持って面白くない。
エドワードもあれ以来、常にバーカードと共にいるし、小言ばかりは言われているわりには、目を輝かせながら頻りにメモを取り、業務をこなしている。あれほど良くしてやったデルマンには、全く声を掛けてこない。
そして当のデルマンはと言うと、セントエレフェスに行ったきり、業務が入って来ないので暇を持て余していた。
これが面白い訳がない。
デルマンにとっては、ローランドの次こそ、自分が法王になる予定である。自分の国を好き勝手に、いじられる気持ちになるのは仕方がない。
全てあの二人が来たせいだ。法国の皇太子に背いた罪は重いことを知ればよい。
デルマンは一人「あいつらはもう任務をこなしたか」などブツブツ言いながら、廊下を徘徊する以外にすることが無かった。
デルマンはよく目立つように、法王の部屋の近くの、来賓客が座るソファーに腰かけて、紅茶を飲んでいた。誰かが声を掛けて来るのを待っているのである。
しかし、本日はレナ姫の護衛兵の昇級式で、暇な大臣や、他の皇太子達はそちらに顔を出すよう命じられていて、前の廊下を通る人もまばらだ。もちろん、あんな事のあった後だ。デルマンは行く気がしない。
大体、たかが隊長の昇級式に、皇太子が行くなどありえない。
デルマンは、誰も話しかけて来ないので、痺れを切らせて立ち上がると、部屋に戻ろうと廊下に出た。
「これは、デルマン第三皇太子様では在りませんか」
やっと掛かった声に、デルマンはその人物を見る。
声を掛けてきたのは二人組で、他国の騎士とその隣に一人の男が立っている。騎士は外交で何度か見かけた事が、もう一人の男は見覚えがない。
わざわざ俺が相手にするような人物ではない。
そう思い、デルマンは無視を決め込み背を向けるが、そこで何かを思い立ったのか急に振り向き、ぶっきらぼうな言葉を掛けた。
「どうかしたのか?」
他国の騎士はデルマンに、騎士の敬礼をしてから話し出す。
「実は、法王様か、バーカード殿に会いたくて参りましたが、いずれの二方は忙しくて手が放せないとの事。出来ればご相談出来る機会を作って頂きたく思い、声を掛けた次第であります」
デルマンは面白く無さそうに話を聞いていたが、顎でしゃくる様に先を急がせた。
「どういう内容か申してみよ」
「はっ、しかし………」
他国の騎士は、見覚えはない男と目線で相談する。
「何だ、俺だと言えない話か? ならば取り次ぎなど出来ない相談だ」
デルマンは直ぐ様翻し、他国の騎士を後にする。
騎士は慌てた。
せっかくの法国に会える機会を失う訳には行かない。
「お待ちください! 我々もここには断腸の想いで参りました」
「ならば申してみよ」
デルマンの問いかけに、しばらく騎士は下唇を噛みしめ考えていたが、再び去ろうとするデルマンの姿を見て、慌てて口を開いた。
「どうか、この話はご内密に………」
「あぁ、解ったから早く申せ、俺も暇ではない」
デルマンは、態とふてぶてしい態度を取った。騎士は諦めたのか、もう一人の男に頷くと話を進めた。
「この度、我が王国は、王に変わり新しい体制を整えようとした次第でございます。それに当たって、法国オスティマ本国のお力添えをしていただきたく思い、参った次第です」
これはと、デルマンは思い悩む顔をする。
騎士は、自国の内紛の後ろ盾をしてほしいと言っているらしいが、そんな事はどうでも良い。
こいつは使える。
デルマンは心の中で笑った。
「そうか、それは大変だな。是非とも俺から法王に接見を申し立てしてみよう」
「本当ですか! 有り難き幸せ!」
騎士は目を見開き、デルマンに頭を下げるが、デルマンは態とらしく困った顔をする。
「しかしだ、こちらも少し困った事に成っておってな………」
「どうかなさいましたか?」
やっとの思いで手に入りそうな、法王との接見を目の前にして、騎士は真剣に耳を傾ける。
「困った輩が、霧を止めるなどの戯言を言いふらし、善良な国民をたぶらかせていてな、法国はその為に今忙しく、俺はその対応に追われておる。どうだろ、俺の代わりにその者を処理してくれれば、法王との接見も早く現実の物となるが」
「………処理ですか?」
デルマンのその案に、流石の騎士も渋る顔を覗かせる。
処理とは則ち、殺害。
いくら自国の為でも、他国の暗殺には手は出せない。しかし、騎士が後には退けないのも確かに有る。
あと一歩かとデルマンは笑った。
「お主の噂は聞いておる。お主になら何故か解るだろう、霧により我が法国は栄えた。それは、お主も同じはずだな。………もし、お主が俺の肩代わりしてくれるなら、お主の言う後ろ楯の案に、俺も一筆添えよう」
騎士は唇を噛みしめたまま、言葉を止めた。
隣の男は騎士の耳元で、止めるよう説得しているようだが、騎士は首を振りデルマンを見据えた。
「………解りました。その条件を呑みましょう。しかし、私どもにも失敗する恐れがあります。その時はどうか………」
「解っておる、内密にするのであろう。では、詳しい者を案内させるから、少しここで待て」
それだけを述べると、デルマンは翻し今度こそその場を後にした。
「おい! 本当に良いのか?」
騎士と共に居た男は、デルマンが去っていった後、直ぐに騎士に問いただした。
「あぁ、いまは何を置いても国民を守る。イフレイン、とにかくお前は一度戻れ、手を汚すのは俺一人で十分だ」
騎士は、このイフレインと組むと決めた時、汚れ役を全て引き受け、イフレインは綺麗なまま王道を歩かせると考えた。そうしないと国民の支持は得られないだろう。
イフレインは心配そうに見ていたが、頷くとこの場を離れる。イフレインにも解っていた。今から二人が始めることは、綺麗事だけでは進めない。だから、今は騎士に任せ、後々の汚れ役は自分となる。
お互いの覚悟は誰にも負けない。これから国を支え、牛耳って行くには並大抵の覚悟では務まらない。
全ては国民のため。
今は何を置いても国民を守りたい。それが意志であり 義務だと思う。
本来なら昇級式は、その所属の隊長が行う。隊長クラスなら兵隊を仕切る、総司令が行う。そして、総司令は法王や皇太子が行う。
だから、これは例外中の例外だ。
カインは久し振りにドレスに着飾り、緊張しているレナ姫の前で膝まついている。緊張しているのはカインも一緒だ。
この場には法王は居ないし、ローランド皇太子もバーカードも居ない。しかし、他の皇太子や大臣が多くいる。それに総司令もいるが、昇級式を仕切っているのは総司令ではない。
レナ・オティアニア第七姫が行っていた。
レナ姫はこんなに大きな式典を仕切るのは、もちろん初めてだろう。何度も練習したのだが、地に足が付いていない様だ。
「で、では、カイン・スティーティスは…を、我が隊長、ごほん、護衛兵の隊長に任命ずる」
レナ姫は賞状を読みながらなのに、何度も噛み、しかも言い間違いをしながらその場を締めた。
カインは焦りながら立ち上がりレナ姫に近付く。レナ姫はカチコチに成りながら、カインに賞状を手渡した。
両方とも、皇太子や大臣の集まる所に馴れていないので当たり前だ。
周りからはまばらな拍手が起こる。
元々デルマンと同じ考えが多い者達が集まっている。本当は歓迎されていないのは重々承知だ。
レナ姫が最後に礼を述べて、式典は終わる。
早々と人々が帰って行き、部屋にはレナ姫とカインと、レナ姫の守役の女性の三人となり、いきなり寂しくなった。しかし、皆して安堵の溜め息を吐く。
「やっと終わったか」
レナ姫は式典用の部屋の、少し高い段にある、豪華な椅子に腰を下ろした。
「全く、レナ姫様はよく噛まれますし、読み間違えもします。見ているこっちがヒヤヒヤしましたよ。これからは言葉使いも、もっと厳しく行きます!」
二十代の守役の女性はそう呟く。
守役の女性エルザは、レナ姫の教育や世話をする付き人だ。レナ姫が外をうろついている時は、部屋の掃除などこなしている。
エルザはカインよりレナ姫とは長く、レナ姫を通じてカインと知り合った、現在はカインの妻だ。
因みに、今まで育ててきたという思いがあるのだろう。レナ姫には容赦ないし、レナ姫もエルザに対して少し怯えている。
「しっ、仕方がないのじゃ。私も祭典は初めてだし、それに、皇太子達が一杯おったのじゃぞ!」
言い訳するレナ姫に、エルザは静かに返した。
「レナ姫様も皇太子です!」
「うっ、」
レナ姫は冷や汗を流しながら言葉に詰まった。
「しかし、レナ姫様の功績は素晴らしく思います。頑張りましたねレナ姫様」
エルザは優しくレナ姫に笑いかける。いつもは小言ばかりの、エルザが誉めてくれるのは珍しい。レナ姫は嬉しそうに目を細めた。
「しかし、何と言いますか、リオ姫様達が来てから、我々も随分変わりましたな」
カインは純粋な感想を述べた。
あの二人のお陰でこう成ったとは思わない。
レナ姫は元々頑張っていたし、カインにしても、そこまでの護衛をこなしていたはずだ。たしかに切っ掛けは有ると思うが。
「そうじゃな。もう、あれから二日か。リオ姫は順調かの」
レナ姫は独り言のように呟き、カインを眺める。
皇太子や大臣が帰っても寂しくはないが、リオ達が居なくて寂しく思う。わずか一日しか居なかったのに。
そこでレナ姫は何かを思いついたのか、カインに尋ねた。
「カイン、私の護衛兵はどれくらいになる?」
「はっ、特別な任務に成りますので、十五人から十八人は可能で有ると聞いております」
レナ姫は椅子の肘掛けに肘をついたまま、あごの下に手を当て「うーん」と悩み、カインに話してみた。却下されるのは解っていたが、どうしても言っておきたい。
「私の護衛は三人で回らんか?」
直ぐにカインにはレナ姫の言いたい事が解った。自分の事より初めての友達を大切したいのだろう。
しかし、解りながらも意地悪くカインは聞いた。
「それは、どう言う事で有りましょうか?」
「リオ姫が何処で何を仕手いるか、情報が欲しい。十八人の内十五人を、その情報集めに利用できるか知りたくてな」
やはりかとカインは笑う。いかにもレナ姫の考えそうな事だ。
エルザもカインに詳細は聞いているのだろう。口を挟まなかった。
「残念ながら。私たち護衛兵は、レナ姫の兵隊ではございません。あくまで法王所属の兵隊と成ります。よって、レナ姫の意見を守れない時があります」
例えば、レナ姫と別の者の二人が危ない時、レナ姫が別の者を守れと言おうが、カインは聞く必要なくレナ姫だけを守れる。
完全にレナ姫を守るだけの部隊だ。
「………そうか」
レナ姫も解りながら聞いた事だ。しかし、残念そうに下を向いた。
カインは苦笑いする。頭が良いのだ、もっと悪知恵を思い付いても良いだろうに。
「しかし、法国聴者限定権限の解除の権限を使えば、レナ姫の知りたい内容として、我々は動かなくては成りませんが」
カインの言葉にレナ姫はまんべんな笑顔を見せる。
「本当か!」
「レナ姫様、そこは『誠か』でございます」
エルザは的確に訂正させる。
「………誠か」
レナ姫は渋々従った。
「はい。しかし、他国となるとそれを見越した、人選や計画を変えなくては成りません。明日、私が任命する護衛兵も、大規模な変更が必要で、中には折角の昇級を不意にする者も出てきます。どうなさいますか?」
カインは意地悪く伝えた。
明日は、カインが想定する、レナ姫の護衛兵達の任命式である。もちろんカインが信頼する者ばかりで、本人達には前以て報せておいてあるし、変えるつもりも無い。しかし、レナ姫には知って欲しかった。
上の者の我が儘で、泣く者が居ることを。
彼女はいずれ、きっと良い指導者に成る、だからこそだ。
「そっ、そうか。そうじゃな、それはすまぬな」
「違います、レナ姫様」
再びエルザの訂正が飛ぶ。
レナ姫は肩を小さくしてエルザをみる。どこが間違えていた台詞か解らない。
エルザはレナ姫に成ったつもりなのか、「こうするのです!」と胸を張り、冷たい目でカインを見つめ、人差し指をビシッとカインに突き刺して言った。
胸を張る事により、見事な胸が揺れる。
「構わぬ! レナ・オティアニア第七姫の命令じゃ、直ちに人選をやり直せ! と」
エルザはスカートの端を摘み上げると、優雅に頭を下げた。
レナ姫は感動のあまり、エルザを見たまま何度も頷く。
カインにしては、レナ姫に悪い事を教えて欲しくなかったが、レナ姫のその言葉を待った。
カインにしても知りたくは有る。
「あぁ、そうじゃ! リオ姫は私の大切な友達じゃ。カイン、構わぬ! レナ・オティアニア第七姫の命令じゃ、直ちに人選をやり直せ!」
「はっ、かしこまりました!」
レナ姫の台詞にエルザは満足げに頷いた。