時代の狭間に吹く、新しい風 5
バーカードが去った後に、食事を続けようとするリオをのぞき、他の者は焦っていた。
カインはレナ姫に耳打ちして、レナ姫はそれに対して頷き席を立つと、皇太子の権限を使い、カイン以外の護衛兵は全て帰させた。それと同時に、二人の給仕女だけを残し、全ての者を帰す。そこからキョウとカインは二人で集まり、何か相談をしていた。
リオの隣の席に戻ったレナ姫は、リオを見て呆れた顔をした。
「この様な状況で、良く食事がとれるな」
「だって、せっかくレナ姫がご馳走してくれたのに、食べないと失礼でしょ。それに美味しいし」
リオはせわしく口に料理を運んでいる。レナ姫は少し微笑んだ。
全くおかしな状況だ。あれほど自分の考えを解って欲しいと、レナ姫は皆に霧は止まると訴え続けたのに、リオがその台詞を口にしたとたん、なぜ言ったのかとリオを責めた。本来なら逆だし、喜ばしい結果なはずだが、リオは無防備すぎると思う。
リオは、以前のレナ姫の様に、「正しい事を言って何が悪いよ」と、もっともな意見を言う。それ以上、責められるはずも無かった。
「………リオ姫、すまぬな」
レナ姫の少し湿った声にリオは反応する。
「良いよ。こんな高級料理食べたこと無いし、それに、楽しかったよ」
「じゃが、私が城に連れてこなかったら、こんな煩わしい事にも成っておらなかった。………せっかく友達と楽しい食事がしたかったのに」
レナ姫は何かを我慢するように下を向いた。
「レナ姫は楽しく無かったの?」
リオのあっけらかんとした言葉に、レナ姫は顔を上げてリオを見る。リオは最後に取っておいた、大物の海老の切り身にフォークを突き刺した。
「さっきも言ったけど、私は楽しかったよ。一般人には見れない城の中も見れたし、こんなに美味しいご飯も食べれたし」
リオは海老を口の中にほり込んでから、幸せそうにゆっくりと噛みしめた。
「ただ、一つ誤算なのはあの風船の件ね、いまだ隠し玉だったのに喋っちゃったよ。絶対、大きくなったら実現したかったのに、先に越されると、もう狙い通りに行かないよ」
悔しそうに話すリオに、レナ姫は驚いた顔をした。
「………大きくなったら?」
台詞を繰り返すレナ姫に、リオは慌てて人差し指を口に当てる。それはレナ姫とリオの秘密の内容に関することだ。
リオはキョウの方を見て、二人がまだ話しているのを確認してから小声で話す。
「だから、私にも考えが有るって言ったでしょ」
そうは言うが、リオの考えは解らないし、今はまだ理論が成立していない。しかし、リオの事だ。彼女が大丈夫と言えば、大丈夫なのだろう。
「ごちそうさまでした」
リオは手を合わせてそう述べる。
それを見越したように、キョウがやって来た。
「リオ、話がまとまった。疲れているところ悪いが、やっぱり今日中に法国オスティマを離れよう」
「やっぱりそうよね」
リオは溜め息混じりにうなだれる。
本日は大変で、ゆっくり眠りたかったが、自分が捲いた種だ仕方がない。
レナ姫はリオの姿を寂しそうに見ていたが、あんな事の有った後だ、無理を言って引き留める訳には行かない。
解っていると何度も自分に言い聞かす。
レナ姫は自分の気持ちを誤魔化すために、別の事を考えた。そう言えば、自分は何度もリオに怒ったが、キョウは一度しか怒らないのを、レナ姫は不思議に思った。キョウがリオに注意したのは、霧を止めると言った時だけだ。
「なぁ、キョウ。キョウはリオ姫に、少し甘くないか?」
レナ姫の問い掛けに、キョウは苦笑いをする。たしかに周りからはそう見えても仕方がない。
「実は、俺はリオに無理矢理ついてきている。言わばこれはリオの旅なんだ。だから、俺は俺の出来ることで、何者からもリオを守ろうと思う。それは、どんな状況でも変わりはないから」
そう言い切り、笑顔を見せるキョウに対して、リオもレナ姫も真っ赤になった。
「もう、恥ずかしいから、他人の前でまともに答えないで」
焦るリオの横でレナ姫がポツリと呟いた。
「………うらやましい」
「レナ姫?」
リオに顔を覗き込まれ、レナ姫は慌てて頭を振った。
「なっ、何でも無い、それより今後の予定はどうするのじゃ?」
「あぁ、カインが知り合いの給仕女に頼んで、俺達の荷物を取って来てくれるらしい。俺達はそのまま船に乗り、法国の領地から離れ、王国セロンに向かう」
その台詞にリオは、あからさまに顔をしかめた。
「船かーっ」
船にはあまり良い思い出は無いが、王国セロンなら王国ファスマに近付くので不満は無い。
「ねー、キョウ、王国セロンまでどれ位かかるかな?」
うーんとキョウは悩む。行った事がないので解らない。
「王国セロンなら、夜行便で出て朝には着く。結構長いぞ」
カインの言葉にリオは青ざめた。前回は一時間であれだ。一晩など考えられない。
キョウもリオが苦手なのを解っていて、法国オスティマ領を離れた次の港の、王国セロンに決めたのだ。本来ならもう少し船で進んだ方が王国ファスマに早く着く。
「とにかく、荷物が届くまでの間は、ゆっくりしておけ」
カインはキョウにそう言うと、レナ姫を向いた。
「ここにはキョウも居ますので少し離れます。今後はこのような事が起こらぬよう、法王にご相談し、レナ姫の護衛兵を、私の息の掛かった者だけで揃えます」
解ったとレナ姫は頷く。
「キョウ、俺が戻るまでレナ姫をお願いする。早目に戻るから、俺が居ない間に勝手に旅立つなよ」
「あぁ、解ったが良いのか?」
キョウは不安にたずねる。他国の騎士に、法国の姫を守る事を頼むなど、そんな勝手な事をさせて大丈夫だろうか。
「あぁ、今は大丈夫だ。しかし、これからの事を考えると早い方が良いのでな」
カインの考えが今一つ解らないが、キョウは頷く。ただ、何かあったときに、剣を抜いて問題に成らないか心配だ。
キョウやリオは全く気付いていない。この二人が来たことにより、法国がどれほど変わろうとしているのかを。
カインが部屋を後にして、法王の元に行った時、間が悪い事に法王は食事中だった。扉前の護衛兵に、「また来る」と伝え戻ろうとしたが、部屋の中まで声が聞こえたのだろう。給仕女が出てきて、部屋に入るよう伝えられる。カインは素直に従った。
部屋の中には法王の他に、ローランド第一皇太子やバーカードがいたので少しすくみ上がる。法王だけでも緊張するのに、国のトップが三人もいる。
バーカードが言っていた食事の予定とは、これの事かと気付いたがもう遅い。しかし、その場の明るさから、今なら伝えても、意見が通りやすいと判断した。
カインの緊張した言葉に、法王は二つ返事で返す。しかも、カインは護衛兵長に任命され、近々昇級式を行う事と、幾つかの権限を与える事を約束され、部屋を後にした。
喜ばしい思う結果だが、突然すぎて、まるで狐に摘ままれた様にかんじ、何とも素直に喜べない。権限に関しても計画段階で何も言えないが、それでも大臣クラスの権限を約束された。
一体何が始まっている?
カインは頭を捻が、その考えは今は保留にする。とにかくキョウ達を逃がすのが先決である。
カインが部屋に戻ると、キョウ達の荷物も届き準備万端だった。
「よし、届いたか。じゃ、今から行くが忘れ物は無いな」
カインの言葉にキョウは頷く。
キョウ達とカインと、見送りをすると断固として聞かないレナ姫は、城の給仕女達が使う出入り口から外に向かう。自分から志願したのに、あれ以来レナ姫は下を向き、唇を噛みしめたまま一言も喋らない。
そして、外に出たキョウ達は振り向き二人を見た。
見送りはここまでだ。
キョウはカインに手を差し出した。
「すまなかった、何から何まで。パスポートの記入や、船の手配までしてくれて感謝している」
「気を使うな、俺達が出来るのはその程度だ」
カインは割りとあっさり別れを伝えて手を握るが、キョウは握手の強さに顔をしかめる。
「頑張ってくれ。法国だけじゃない。全世界が待ち望んだ事だ」
その台詞にカインが思わず力が入ったのだと解り、キョウは力強く頷いた。それから、カインはリオを向くと、膝を付き頭を垂れた。
「リオ姫様、どうかご無事で。必ずやその意志を貫いて下さいませ。そして、必ずや戻るときは、この法国にお寄りください、その時は歓迎致します」
カインはリオが姫で無いことを知っている。しかし、イップ王女の記憶があることを知らない。だからカインは、本当に一般人のリオに対して、最大の礼をしたのである。
慌ててリオは両手を振った。
「止めて下さいカインさん、私はそんなのじゃないから!」
カインはゆっくり首を振った。
姫だろうが一般人だろうが関係無かった。彼等はそれほど凄い事をやりに行く。
カインの行動と言葉を聞き、それまで黙って下を向いていたレナ姫は限界だった。突然スカートを握り締め肩を震わし出した。
「――――嫌じゃ、」
余りにも小さく、震えた声だった。
リオは真剣な顔でレナ姫を見る。
顔を上げたレナ姫は大粒の涙を流していた。
「嫌じゃ! 嫌じゃ! 嫌じゃ! リオ姫行くな、友達じゃろ! 行ったら駄目じゃ!」
レナ姫はリオを行かせない様にと、抱きつき止める。リオは優しく語り掛けた。
「レナ姫、大丈夫だよ」
「嘘じゃ!………そうじゃ! もっと一緒に考えて、理論を的確な物にしてから行けば良いではないか! なっ? なっ? そうせよ。頼む、行かないでくれ!」
レナ姫のこじつけの様な案に、リオはレナ姫の頭を優しく撫でた。
「そうだね。私もそうしたかったよ。………でもね、レナ姫、私は行かなきゃ。それが出来るのは、今は私だけだから」
泣き止まないレナ姫は顔を上げて、すがるようにリオの顔を見る。
「なら、私も行く! 連れて行ってくれ」
リオはゆっくり首を横に振った。
レナ姫は鼻を啜り、再びリオにしがみつく。
「何故じゃ! 足手まといにはならんはず。魔法も使える、私もリオ姫の様に出来るぞ!」
「………だからだよ」
リオは覚悟をレナ姫に語った。
「私が駄目だったら次はお願いね。二万七千の言葉、覚えたでしょ?」
レナ姫は大きく目を見開いた。
リオはカインが席を外している間にレナ姫に、二万七千の言葉を教えていた。キョウも一緒になって覚えようとしたが、二人の頭には着いていけない。発音すら上手く出来なかった。
渋々レナ姫はリオから離れ、必死に涙を止めようと再びスカートを強く握る。あれには、そう言うと意味が含まれているのは、レナ姫も解っていた。
「じゃ、じゃあ約束じゃ! 必ず、………必ず戻ると約束せよ!」
「うん、戻るから。その時は手助けしてね」
意味不明の言葉にキョウは戸惑うが、二人は何か約束したのだろう。
「レナ姫様、リオは必ず俺が守ります。そして、必ず法国オスティマにまた来ます!」
レナ姫はその台詞で、キョウにすがり付く様に頭を下げた。
「お願いじゃ、リオ姫を………私の友達を守ってくれ。頼む、頼むから!」
よく言い争いしていたのに、二人はこれ程までに友達と成っていたのだ。もう自分の意志だけでない。リオを守りたいものが他にも居るのだ。
レナ姫の涙ながらの訴えに、キョウは騎士の敬礼で返した。
二人は港に向かい歩き出し、見えなくなるまで佇むレナ姫に、何度もふり返り手を振った。
法国オスティマでは色々あったが、立ち寄って良かったと思う。イップ王女とセリオンの時も、ここまで頑張ってくれと言われれば、状況も違った形で幕を下ろしていただろう。
キョウは隣を歩くリオをチラッと見た。
黙ったまま歩いているので、寂しがっているかと思ったが、どうやら違うらしい。リオは眉間にシワを寄せて、小さく呟いた。
「………あぁ、船かーっ」
キョウが笑うとリオは怒ったように振り向いた。それから恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「悪い?」
キョウは首を横に振る。
「いや、寂しがっているかと思ってな」
「レナ姫には、また会えるから良いの。それより問題は船よ」
「眠ってたら気にならないだろ」
「キョウは、どれ位しんどいか解らないから簡単に言えるの!」
リオはさらに頬を膨らませた。彼女にしては死活問題らしい。
二人はカインに教わった通りに、来た時とは別の港に三十分掛けてやって来た。こちらの港は水深が深く、大型船が多く停泊しているので、来た港より大きい。物資を運搬する船も多く、倉庫が港の周りを囲っている。
キョウ達の向かう先には、一隻の大型船が停まっており、船員か大声で出航時間を叫んでいた。どうやらそれが目的の船だろう。
リオは大きい船を見て、深く溜め息を吐いた。そんなに嫌なのだろうか。
周りにはキョウ達と同じく、どこかの国に向かう人達が集まり、我先にと船に乗り込んでいる。
キョウ達も船乗り場に着くと、チケットを取り出し船員に渡した。チケットを回収する船員は、チケットをみてあきらかに驚いた顔で、キョウとリオを見比べ、もう一度チケットを見る。
二人は解らず、不思議に思い首を傾けた。
チケットを回収する船員は別の船員を呼び、その船員がキョウ達の前にやって来ると頭を下げた。
「では、こちらの来てください」
船員の案内に従いキョウ達は着いていく。船員はどんどん他の乗客の方から離れ、キョウは不安にかられた。
何か問題があったのか? チケットはカインから貰ったから、又もやカインの引っ掛けか?
キョウは腰の剣を確かめる。船員に連れられてやって来たのは、船の上の方にある、個室の客室だった。船に慣れていないキョウ達だって、これが船において上室だと解る。
その部屋に誰がいるのか。
船員は頭を下げて戻っていった。キョウはリオを後ろに下げ、剣に手を掛けたままノックをしてから、恐々と扉を開け部屋を覗き込む。
部屋は高級な作りで、小さなテーブルに、大きくゆったりとしたソファーが二つ、細工の細かく良く磨かれた化粧台に、二つの大きなベットが備わり、そして、誰もが居なかった。
慌ててキョウは船員を呼び止める。
「あの、誰もが居ないのですが、間違っていませんか?」
船員は頭を傾げた。
「そりゃ、誰も居ませんよ。あなた様方のお部屋ですから」
船員はもう一度頭を下げると戻っていく。キョウは驚き、もう一度部屋を覗き込んだ。その横をリオがすり抜けていく。
「すごーい! キョウ見て見て、化粧台まであるよ」
先程まで船を嫌がっていたのに、部屋の豪華さにリオはハシャイでいる。現金なものだ。
カインかレナ姫の考慮なのだろう。ただの一般人に対してその恩恵は有り難すぎる。しかし、それこそが、これからの旅の困難さを物語っているような気がした。
絶対リオを守り、辿り着いてやる。
キョウは再び、この旅の誓いを噛み締めた。
リオは早くもベットに寝っ転がる。
「キョウ、サラサラのフカフカだよ。気持ち良い」
「あぁ、それより、歯磨きして身体を拭いてから眠れよ」
「うん、解ってる………」
キョウの台詞にリオはゆっくりと答えるが、しばらくすると、そのまま寝息が聞え出した。
今日はそれほど疲れたのだろう。
キョウは溜め息を吐き、リオの体にシーツを被せてあげた。
「お疲れ様、リオ姫。よく頑張ったな、偉かったぞ」
眠っていて聞こえない筈の、キョウの労いの台詞に、リオはまんべんな笑顔で答えた。