所属国の無い騎士 4
リオ達が部屋に入ってから、キョウともう一人の護衛兵は、互いに扉を挟み左右の壁にもたれかけた。
キョウは右に、護衛兵は階段に近い左に。彼はさきほど二階の入り口でも護衛していた、三十代ぐらいのの護衛兵だ。
リオ達がどれほど掛かるか検討も付かないが、時間が掛かるのは確かだ。こんなにも他人の時間で振り回されるのは、セリオンの時以来である。
キョウはセリオンの時のように、ただ警戒を解かず前を向いていると、隣の護衛兵が話し掛けてきた。
「騎士は長いのか?」
キョウは護衛兵を向くと首を振った。
以前は長い間、イップ王女の騎士をしていたが、それを入れる訳にはいかない。キョウ自身はリオの騎士となり、まだ一週間しか経っていない。
「ほぅ」
護衛兵はあきらかに驚きの表情を表せた。
「騎士が短くて、良く護衛が勤まるな」
護衛を知っているものの台詞だ。嫌味で言ったのではない、感心しているのである。
色々な業務の在る中で、護衛ほど大変な業務はない。騎士の中でも護衛は、そこそこの実力を持たないと回って来ない。剣の腕が有るのは勿論だが、常に警戒する強い持続性と、状況に応じて命令無しでも動ける柔軟性が必要とするからだ。キョウの年齢ほどの、若い者が護衛をしているのは余り例がない。
話をしていてボロが出てはいけないので、キョウは頷いただけだった。
護衛兵はさらに話しかけてくる。周りに警戒は緩めていなが、とぼけた様な口調だ。
「周りに警戒を切らさず、何時間も立っているのは、心底疲れる作業だ。なのに、君は力を抜き、壁にもたれかけ、重点な場所だけに目を向けている。騎士に成り立てでは難しい、長年護衛をしていないと身に付かない動作だ」
キョウは驚き、護衛兵を見た。中々やるとは思っていたが、少しの行動でそこまで読まれるとは考えなかった。
護衛兵は口の隅を上げて笑った。
「やっぱり、育った環境か? ニグスベール」
護衛兵の台詞に、咄嗟にキョウは壁から背中を離し、身構える。
「どうした? ただ名前を呼んだだけだぞ」
相手の護衛兵は、未だに力を抜いた自然体。剣にすら手をかけていない。なのに、キョウは対峙しているように、背中に嫌な汗をかいた。
剣を預けるべきでなかった。
「………本物か、または偽物か、もしくは、ただの同じファミリーネームであっただけか。しかし、ファーストネームまで同じなのは、偶然にしては薄いな」
少しだけ、ほんの少しだけ、護衛兵は目を細めた。
「私の知っているニグスベールは、ティーライ王国で騎士団長をしている。確か、次男はキョウと言う名だった。しかし、あそこの王国にリオ姫と言う人物は居ない」
僅かな情報だけでここまで絞れるとは、はっきり言って侮っていた。
レナ姫がいくら王の孫であっても、皇太子番号が付いていようが、子供に付ける護衛なら、王から言われて護衛している、表面的な護衛兵だと油断していた。対するキョウは、旅に必要な単純なナイフも差し出し、完全な丸腰。流石に剣無しで勝てる相手ではない。
警戒しているキョウに、護衛兵は瞳を向けた。
「難しい解答はいらない。君が何者かも興味はない。ただ、レナ姫に良からぬ事を企んでいないか知りたいだけだ」
少しの情報からここまで読んだのだ。下手な芝居はかえって不味い。言えない情報以外は、今は正確に答えた方が良いだろう。
「………レナ姫に何か企んでいる訳では有りません。キョウ・ニグスベールも本名です。それに、あなたの言う通り、父親はティーライ王国騎士団長のバード・ニグスベールです。ただ、リオはどこの国の姫でもございません」
しかし、キョウは次の台詞を真っ直ぐな瞳で放った。そこだけは、どんな状態であれど、嘘は付きたく無かった。
「だけど、彼女が何であれ、俺はリオの騎士です!」
ティーライ王国の騎士見習いで、リオを他国まで送る護衛と言った方が、まだ怪しまれ無いだろう。しかし、リオのお遊びで有ろうと、キョウはリオに騎士の儀式を受けた。
たとえ疑われても、リオの騎士で在りたかった。
真っ直ぐなキョウの意見に、護衛兵は笑った。
「いや、すまんな。名前を聞いたときから解っていたよ。ティーライ王国の騎士団長、ニグスベールの面影もある。それに彼に聞いた通り、真っ直ぐな男だ。剣の腕も確かな物とは聞いてもいたが、ここまでの護衛をこなすとは話以上だ」
護衛兵にそう誉められたが、反論する暇さえなく、完璧にやられた後だ、素直に喜べない。
「何かの意図があって、彼女の騎士をしているのだろう。彼女が、どこかの国の姫で有ろうが、無かろうが私には関係ない」
「いえ、騙すような真似をしてすみません」
キョウが素直に謝ると、護衛兵は「構わない」と軽くあしらった。
キョウがレナ姫に何かしようとして、周りに警戒している訳ではなく、リオを守ろうと警戒していたのは一目瞭然だからだ。
護衛兵は横目で階段の方を覗き、誰も居ないか確認する。
「ただし、」
護衛兵はそこで、ふっと言葉を止めた。
振り向かれた護衛兵の目は、敵を見る目だった。いつの間にか剣にも手が掛かっている。
「ここからは注意して答えろ。彼女はレナ姫に何を聞いている?」
剣を持つ者なら、誰もが咄嗟に身体を引き、間合いを測る状態だ。しかし、剣を持たないキョウは逆に前に出た。それは、護衛兵を倒す為でない。
護衛兵は自分の身を守るため、咄嗟にキョウを斬りつけそうになる衝動を押さえ込んだ。
「悪いが言えない!」
キョウは両手を広げ、護衛兵を睨み付ける。
護衛兵はキョウの行動に、少しだけ負けた気分になった。
彼は自分の身を守るため、斬りつけようとした。しかしキョウは、丸腰なのにも関わらず、剣を持つ敵から自分の守るべき者のため扉を守った。
余程の忠誠が無いと出来ない、命を掛けて盾となる護衛の方法だ。一国の姫でもない、彼女にそこまでの価値があるのか解らなかった。
「レナ姫の講義を聴きたいと言っていたが、化学や物理だけでないだろ。彼女が探して居るのは霧の止めかただ」
キョウは何も言わず、ただただ佇む。
このままではキョウだけでなく、リオにまで危険が及ぶ。キョウは必死に頭を働かさせた。
レナ姫の様子からして、彼女は色々な人に霧は止まると言いふらして居る様だ。ならば、記憶の事を伏せ、話して大丈夫であろうか?
「答えろ。レナ姫に何をさせる気だ? いずれの皇太子に頼まれた?」
「何もさせ………、皇太子?」
思っていたセリフと違い、キョウは慌てる。
「待ってくれ、俺達は皇太子様とは関係無い。レナ姫に探し物を手伝ってもらっているだけだ」
「皇太子と関係無い? 騎士団長の息子だろ、本当に関係ないのか?」
護衛兵はさらに詰め寄る。キョウは両手を差し出し止めた。
「あぁ、俺はティーライ王国ではまだ騎士見習いだった。いくら、親が騎士団長であろうと、王族と知り合う機会はない」
キョウのもっともな意見に、護衛兵は気を抜いた顔になると、やっと剣から手を放し、今までと同じ体勢をとった。「ふぅ」とキョウは息を吐く。生きた心地がしなかった。
そこで階段を上がってくる、別の護衛兵が姿を表せる。
「カイン、こっち交代で休憩する。階段下は一人でも十分だ。お前はどうする?」
「後で良い」
カインと言われた隣の護衛兵は、仏頂面のまま答えた。
どうやら、他の護衛兵が来たから自然体に戻ったらしい。他の護衛には聞かれたくない内容だったかったのだろうか。
階段を上ってきた護衛兵は、カインの答えを端から解っていたのだろう。適当に返答すると階段を降りていく。その姿を見送ってから、口だけでカインはあやまった。
「すまなかった。早とちりか」
「いや、俺も色々偽っていたからな、疑われても仕方ない。しかし、なぜだ? レナ姫も皇太子だろ。しかも第七なら、そこまで他の皇太子が目を光らせる存在では無いだろう?」
「あぁ、確かにな。だが皇太子だからと言って狙われるとは限らん」
「………なるほどな」
言葉を濁すカインを見て、キョウは理由を理解した。
霧を止める事がである。
レナ姫がまだ子供で有ろうが、皇太子番号が付いているほどの王族で有る。霧を止める、止められないは別にして、いざ本気になれば、王の権限で兵士達を動かせる。
それに、他の皇太子も馬鹿ではないらしい。レナ姫の言葉を子供の戯言とは思わず、霧を止める可能性の有る言葉として理解している。しかし、そうで有ったとしても、霧を望んでいる王族からは、子供の妄想だと無視されるだろう。
それは、どれほど孤独な戦いか解らない。
彼女が霧を止める話しによって、キョウは喜んだ。それは彼女にとって、初めてに近い経験かもしれない。
「下の奴等はな、レナ姫を警戒した、第二だか第三だかの皇太子に無理矢理押し付けられた護衛兵だ。だが、俺は違う。王から直接命令を受け、昔からレナ姫を見てきている」
そんなカインにとっては、複雑な思いだろう。
自分の遣える者の意見を通してあげたいが、真実で在れば在るほど、霧を望んでいる王族の目を気にして、自分以外の護衛さえ疑わないといけない。
「国の事情だ。俺が言ったところで変わりは無いが、霧を止めようとしているレナ姫はあっている。しかし、霧によって国が豊かに成ったのもまた事実だ」
カインの悔しそうな台詞が、キョウにも悔しかった。
国政がうまく行っているにも関わらず、ここでも辛い思いをしている者がいる。
他の皇太子だけが悪いわけでない。自国の利益に走るのは仕方がない。
悪いのは、真に非難されなくていけないのは、あれを止めれなっかった自分だ。
「レナ姫は知っているのか?」
他の護衛兵が、他の皇太子の息が掛かっている事をである。
カインは頷いた。
「はっきりとは言わないが、多分気づいている。それは、いくら王族でも辛いと思うぞ。身内から監視をつけられているからな。………それも、自分が正しいなら尚更だ」
キョウはやるせないように唇を噛んだ。
「その事だが、お前達も、霧を止める方法を探しているのか?」
「あぁ、誰だって霧を止められるなら、止めたいだろう。レナ姫もそうだが、リオも頭が良い。少しの情報で霧の正体まで突き止めている。二人の考えが有れば止められるかも知れないな。まぁ、この国でレナ姫の考えが通じればの話だが。だから黙っていて欲しい」
カインは素直に頷いた。
皇太子と繋がっていないなら、キョウ達を疑う必要は今の所はない。リオの身分を偽ったり、レナ姫に手伝って貰ったりと、十分に怪しいのだが。
それに、キョウの話を所々あわせると、彼等は本気で霧を止めに行くのかも知れない。
カインは少しだけ頭をかいた。
こんな有り得ない言葉を口にするのは、どうかしている。
「なぁ、お前ら本当に………」
バーン!
「うぉ!」
突如、勢いよく開いた扉に、扉の前で話していたキョウは跳ね飛ばされる。中から出てきたのはレナ姫だ。
「リオ、待っておれよ。それなら一階に有ったはずじゃ」
そう早口で言ってから前を見る。どうやらリオと話ながら扉を開けたので、扉の前のキョウの存在に気付かずいたらしい。
キョウは素早く屈み込み、頭を撫でる。
「何をしておる?」
「いっ、いえ」
ひきつりながら曖昧に答えるキョウを見て、カインは笑いをこらえていた。