3.意地っ張り
重い空気が漂った。海斗と魔法使いたちの表情には驚愕と無念が入り混じっていた。特にアリスは涙目だ。
「まあ、そんな悲しい顔をするんじゃない。昔の話だ」
しかし、これで海斗たちには問題が立ちはだかったことになる。
(ということは、魔界に行くこと反対だろうな……)
三人の頭を不安が立ち込めた。
「父さんもいろいろあったんだなぁ……
例えばだけど、もしオレが魔界に行きたいって言ったらどうするんだ?」
海斗が出来るだけ冗談ぶったように見せかけて言った。
「そうだなぁ。父さんがこのありさまだしな。駄目って言うだろうな。」
笑いながら父が答えた。
「ハハハー、そ、そうだよなぁ」
(やっぱりかー!)
海斗が引きつった顔で笑うと、再び沈黙が訪れた。
しかし、母は気付いたようだ。こういう事になると鋭い海斗の母は淋しげな声で言った。
「行くのね。海斗……」
「えっ!?」
「母さん、それはどういう意味だ?」
「海斗は魔界に行きたいのよ。そうでしょ? 」
「そ、そうなのか? 海斗!」
「……ああ、うん。魔界で魔法を習いたいと思ってる。」
「な、なんだって!」
海斗の父は顔をしかめた。
「馬鹿な事を考えるな。お前はこの世界の住人じゃないか。わざわざ危険な世界に入り込む必要はないだろ」
「オレは変わりたいんだ! オレは人を助けたいんだよ!
けれども、今まで本当に人を助けられた事なんてなかった。
なのに助けた奴は負けたオレに感謝するんだ。
これほど恥ずかしい事はない。
こんな自分を苦しめる正義感なんて捨ててやろうかと思っていた。そんな矢先だ。この話が舞い込んできたのは……
オレは…父さんより強くなる! だから行かせてくれ!」
初めてアリスが口を開いた。
「そうですよ! 本人もそう言ってますし、あたし達がサポートしますから!」
父は口を閉じた。皆の目には何かを考えているかの様にも見えた。
「……お前も父さんに似て強情なやつだな。
さあ、もう父さんは仕事の時間だ。お前も学校行くんなら、早く行け」
「父さん! まだ許してくれないのか! オレは意地でも…」
「馬鹿野郎! 魔法学校に行けって言ってるんだ。 まず編入試験で合格すればの話だがな。じゃあな」
「……えっ? 父さん!?」
父は書斎の方へさっさと行ってしまった。
母が薄笑いを浮かべて海斗達に話した。
「海斗に『父さんより強くなる』なんて言われたから、意地張ってるのよ。さあ、気分が変わらない内に早く行きなさい。
試験頑張るのよ」
「う、うん。行ってくる! お前らも支度しろよ」
平治が答えた。
「支度しろって、ホウキしかないよ!」
「あ、そうか……」
四人とも皆、どっと笑いを吹き出した。
支度が終わって三人は玄関の前に立ち、母が送り出そうとしていた。
「じゃ、合格したらもう一度帰って来るよ。
父さんは?」
「まだすねてるわね。
あっそうだ、ちょっと待ってなさい。」
母が庭の物置の方に駆けて行った。すると、ホコリがかかったホウキを持ってきた。
「はい。これ持って行きなさい」
「あぁ、ありがとう。
…って、きたなっ! これ使い物にならないでしよ!」
「何言ってんの! 魔法使いは古い物を大切にするものよ。しかも父さんが使ってたやつなんだからね!」
「ふーん、じゃあ持ってく。それじゃあな」
「気をつけてね」
一行は旅立って行った。
空は雲一つなく、小鳥がさえずっていた。