序:『復活ですが。』
魔王と、勇者の物語。そんな何処にでも存在する英雄譚は、細かい違いはあるものの一つの前提に基づいて作られている。
即ち勇者、人間側が“善”であって、魔物側が絶対的な“悪”として描かれていること。それは物語が話として成り立つ根幹であり、魔物側が善として描かれることがあればそれは、魔物の誰かが書いたに違いない。
でも、それが「おかしい」と言える程度には、私は大人だった。
「まおーさんは、なんで、わるものなんですか?」
小さい頃頭に浮かんだ、ふとした疑問。ある意味子供特有とも言える、何ら差別のない純真な価値観は、魔物が絶対悪だと決めつける前提を不思議がった。
魔王が魔王たる所以も、魔物が人と敵対する理由も、ちゃんとあるはず。だから決めつけるのはおかしい。
そんな考えを持っていたとしても、子供の頃ならば若気の至りで済むのだろう。大人になるにつれて社会の決まりを学び、適応するために考えを変えるのが普通だ。
だが、それを曲げられなかった程度には、私は子供だったのだ。
「……魔王様」
何百万という人が足を踏み入れたであろう、とある古代遺跡の、中心部。
そこに鎮座された一つの男性像の前で、私は膝をついた。
「魔王様」
背負った鞄から様々な道具を取り出し、それらを像の周りに並べて置いていく。傍から見れば、まるで何かの儀式のような――いや、事実、これは儀式だった。
偶然見つけた古文書にあった、私の願いを叶える唯一の方法。魔王という存在を理解するための、禁じられた儀式。
『おい、侵入者は何処行った!』
『こっちじゃない、あっちを探せ!』
遠くから聞こえてくる数人の男の声は、ここの警備の人達だろうか。居場所は未だにバレていないようだけれど、足音は確実にこちらへ近づいている。
――時間がない。
急いで件の古文書を開き、そこに書かれた呪文の詠唱を始めた。
(魔王、様)
呪文によって段々と、魔力が先程の道具を介して像へと集まってゆく。魔力を得た像は鈍い光を放ち、時折ピキッ、と表面に亀裂が走っているのが分かる。
壊れている……と言うよりは、卵が孵化する時の様に似ていた。事実、亀裂が増えるたび像は少し震え、その輝きも強さを増している。
雛と呼ぶには少々禍々しいそれは、着実に目覚めつつあった。
『お、おい、この光……』
『まさか……』
『くそっ、お前は応援を呼んでこい!俺は止めに行く!』
もう随分と近づいた足音の主も、ようやく私の居場所と目的に気付いたのだろう、一目散にこちらへ向かってきた。
だが、
『がっ!?』
“いきなり吹いた突風”が、男を勢いよく壁に打ち付け、彼の意識を奪った。
自然現象ではありえないその事象を見て、男達の一人が叫ぶように声を上げる。
『気を付けろ、魔法だ!相手は魔法使いだ!』
魔法使い。その単語を聞いた途端、いくつか舌打ちする音が聞こえた。
この世界では特別な意味を持つ言葉であるだけに、それ自体が与える影響も大きく、男達の纏う雰囲気がみるみる張り詰めていく。
先程までとは打って変わって静かに、慎重に、行動を開始した。
(魔王様……)
像の輝きは、さらに増している。動きも段々激しいものになり、今では指先が僅かに動き出していた。
それだけではない、像から溢れ出した禍々しい気が周囲に充満し、私達の姿を覆い隠してしまっている。
終わりに近づきつつある儀式は、佳境を迎えていた。
「全員対魔法ショック防御!突撃ッ!!」
警備の男達が、雪崩れ込むようにしてこの部屋に押し入る。
私はゆっくりと、彼らに振り返り、
「……残念」
儀式が終わった事を伝えた。
スピードは遅いです。煎餅でも食べながら気楽にお待ちください。