第三話 AIか、運命か
# 配信探偵 第三話 AIか、運命か
## 一
「婚約者を、取り戻したいんです」
女性——松田遥、三十二歳——は、震える声でそう言った。目の下のクマが痛々しい。
「占い師にハマってしまって……もう半年になります。最初は近所の占い館に行っただけだったんです。でも気づいたら毎週通うようになって、先月は仏壇を買わされて」
「いくらですか」桐島が聞いた。
「三百万円です」
葵は思わず声を上げそうになった。
「その占い師の名前は」
「六星桂子、と名乗っています。テレビにも出たことがあるらしくて、婚約者はすっかり信じ込んでしまって……」
桐島はマチャピーの画面を開きながら、ぼそりと呟いた。
「……面白い」
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## 二
六星桂子の占い館は、都内の高級住宅街の一角にあった。黒塗りの看板に金文字。入り口には大きな観葉植物。いかにも「格式のある」雰囲気を演出している。
桐島はイヤホンを葵の耳に差し込んだ。
「俺の指示通りに動け」
「わかってますよ」葵は鏡で自分の顔を確認した。「でも、なんで私が潜入するんですか」
「俺が行っても仕方ない。ターゲットは女性客が多い」
「……それだけですか」
「それだけだ」
葵はため息をついて、占い館のドアを押した。
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## 三
六星桂子は、想像以上だった。
年齢は六十代くらい。黒いロングドレス。金色のアクセサリーをじゃらじゃらと身につけ、髪は高く盛り上げている。目力が異常に強い。
「いらっしゃい」
低く、よく通る声だった。
葵は笑顔を作りながら向かいの椅子に座った。
「あなた……」六星桂子はじっと葵を見つめた。「強い運を持っている。ただし、その運はまだ眠っている」
「そう、なんですか」
「ええ。あなたには特別な使命がある。その使命を果たすためには、まず運命の扉を開かなければならない」
イヤホンから桐島の声が聞こえた。「話を合わせろ。もっと食いつけ」
葵は心の中で「わかってます」と思いながら、前のめりになった。
「その……扉を開くには、どうすればいいんでしょうか」
六星桂子は静かに微笑んだ。
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## 四
三十分後、葵は占い館を出た。手には競馬の馬券が握られていた。
「桐島さん……菊花賞の馬券、買わされました」
「いくら」
「三万円です。『あなたの運命の数字は三』と言われて、三番の馬に三万円」
イヤホンの向こうで、桐島は少し間を置いた。
「レースはいつだ」
「来週の日曜です」
「……持っておけ」
「え、捨てていいですよね?」
「持っておけ」
葵は馬券を財布に押し込みながら、ため息をついた。その時、桐島の声のトーンが変わった。
「それより、収穫があった」
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## 五
事務所に戻ると、桐島はすでにマチャピーを全開で動かしていた。
「六星桂子の的中率を調べた。過去五年間で、主要な予言の的中率が八十三パーセントだ」
「それって……すごくないですか?本物ってことじゃ」
「ありえない数字だ」桐島は断言した。「人間の直感や経験則では、せいぜい六十パーセントが限界だ。マチャピー、解析結果を出せ」
画面にデータが流れ始めた。
「六星桂子の占い館、SNS上の信者たちのコメント、購買履歴、相談内容——全部パターンが一致している。これは人間の分析じゃない」
「AIを使ってるってことですか」
「それも、かなり高精度のやつだ」
桐島の表情が引き締まった。
「……まさか、兄弟……か」
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## 六
翌日、桐島は六星桂子のシステムに侵入した。マチャピーが静かに、しかし確実に相手のAIの構造を解析していく。
「やはりそうだ」桐島は呟いた。「占い特化型のAIだ。信者のSNS、購買データ、家族構成、健康状態——あらゆる個人情報を学習して、的中率を高めている」
「それって……占いじゃなくて、ただのデータ分析じゃないですか」葵は呆れた顔をした。
「そういうことだ。そしてこのAIのアーキテクチャ——」桐島は画面を指さした。「マチャピーと同じものだ」
葵は首を傾げた。
「でもマチャピーには占い機能なんて無いでしょ?」
「できないことは無いが、精度は劣るだろう」
「全く同じアプリから産まれたのに性能が違うの?」
「SEED値と言ってランダムに割り振られる。人間の性格とか微妙な個体差があるんだ」
葵は息を呑んだ。
「じゃあ六星桂子のAIは、マチャピーの……兄弟ってことですか」
「そういうことだ。そしてこのAIを誰かが彼女に提供したのは間違いない」
桐島はキーボードに手を置いた。
「マチャピー、SEED値を特定しろ」
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## 七
マチャピーvs占い特化型AI——静かな、しかし熾烈な戦いだった。
画面上でデータが飛び交い、桐島は無言でキーボードを叩き続けた。葵は横でただ見守ることしかできなかった。
十分後。
「終わった」
桐島は椅子にもたれた。
「SEED値を変えておいた。全く性格の異なるAIでこれから占わないといけなくなるってことさ」
桐島は珍しく、ニヤっと笑った。
葵はモニターを覗き込んだ。画面には「SEED VALUE EXTRACTED」という文字が表示されていた。
「……六星桂子はどうなるんですか」
「明日から、ただの勘で占う占い師になる」桐島はコーヒーを一口飲んだ。「的中率は激減するだろう」
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## 八
翌週、六星桂子の占い館には「当面休業」の張り紙が貼られた。
松田遥の婚約者は、ある日突然「なんであんなものを信じていたんだろう」と首を傾げ、正気に戻った。仏壇は返品できなかったが、それ以上の被害は出なかった。
松田遥は事務所に礼を言いにきた。泣いていた。
「ありがとうございます。本当に……ありがとうございます」
葵はもらい泣きしそうになりながら、笑顔で答えた。
「よかったです。本当に」
桐島はその横で、黙ってパソコンに向かっていた。
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## 九
日曜日。葵は半ば忘れかけていた馬券を財布から取り出した。
「桐島さん、菊花賞って今日ですよね」
「ああ」
葵はスマートフォンでレース結果を検索した。
そして固まった。
「……三番、来てます」
「知ってる」
「え?」葵は桐島を見た。「知ってたんですか?」
「マチャピーで分析した。三番の馬の過去のレース、体調データ、騎手の相性——確率は低くないと出ていた」
「じゃあ最初から当たるってわかってたんですか!」
「わかっていたわけじゃない。可能性があると思っただけだ」
葵は三万円の馬券を握りしめた。払い戻し金額を計算すると、目が丸くなった。
「……これ、配信しましょう」
「もう撮ってる」
桐島はすでにカメラを回していた。
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## 十
その夜の配信は、過去最高の同時視聴者数を記録した。
コメント欄は「嘘やろ」「ビギナーズラック最強」「葵ちゃん天才」で埋め尽くされた。チャンネル登録者数がみるみる増えていく。
「銀の盾、近づいた」桐島はぼそりと呟いた。
葵は笑いながら配信を続けた。
その時、コメント欄の片隅に一つのコメントが流れた。
アカウント名「sunny_days_2014」——「おめでとう、葵ちゃん。でも、そのAI……本当に信頼できるの?」
誰も気づかなかった。桐島以外は。
**第四話へ続く**
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