EP 1
『分子編集』はゴミスキル?
「おい、ゴミ。さっさと消えろ。お前の席はもうねえんだよ」
ルナミス帝国の魔導技術局。
かつて俺の上司だった男が、俺の顔に『追放勧告書』を叩きつけた。
俺の名前は宮河金吾。25歳。
化学メーカーの営業職から、この「アナスタシア」という世界に転生して5年。
3歳と5歳の検査で授かった俺のスキルは、この国では『歴史上最も無能なハズレ』と定義された。
ユニークスキル【分子構造編集(ポリマー限定)】。
「分子? 構造? 何だそれは。魔法式も書けねえ、闘気の伝導率も上げられねえ。ただのネバネバした糸をこねるだけの無能が、帝国の予算を食いつぶすんじゃねえよ」
魔法が物理法則を支配し、闘気が最強のエネルギーであるこの世界において。
目に見えない「分子」をいじる力なんて、誰にも理解されなかった。
俺は黙って荷物をまとめ、帝国の辺境――三カ国の緩衝地帯にある『ポポロ村』へと追放された。
◆
「はぁ……。あついな……」
追放から一ヶ月。
俺はポポロ村の畑で、巨大な牛型魔獣『ロックバイソン』が引く鍬の横を歩いていた。
帝国の高層ビルや24時間営業の『タローソン』が恋しい。
だが、この村の村長――月兎族のキャルルさんは優しかった。
「金吾くん! あんまり無理しちゃダメだよ? はい、飴玉!」
「……あ、ありがとうございます、村長」
耳をピコピコさせながら、人参柄のハンカチで汗を拭う彼女は、この村の女神だ。
だが、そんな平和な時間は唐突に終わりを告げた。
ドォォォォォォォォォォォォォォォン!!
地響き。
地震か? いや、違う。
ロックバイソンが怯え、暴れだす。
「な、何!? 何が起きたの!?」
キャルルが叫ぶ。
俺たちの目の前で、地面が大きく割れた。
そこから、不気味な『黒い泥』が、噴水のように天高く噴き上がったんだ。
「ひっ……! こ、これって伝説の……『大地の呪い』!? これに触れた土地は枯れて、二度と作物が育たなくなるっていう……!」
村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
噴き出した黒い泥は、太陽芋の畑を容赦なく黒く染めていく。
キャルルは絶望に顔を歪め、膝をついた。
「そんな……。これから収穫だったのに……。ポポロ村が、終わっちゃう……」
周囲を包む、鼻を突くような独特の臭気。
逃げ出す村人たちの中で、俺だけがその場に立ち尽くしていた。
「この匂い……。まさか……」
俺は足元に流れてきた『呪いの泥』に、指を浸した。
指先に伝わる、重厚で、ヌルリとした粘り気。
俺はスキル【分子構造編集】を発動させた。
脳内に、その物質の構造図が青白く浮かび上がる。
炭素原子と水素原子が、複雑に、だが美しく鎖のように連なっている。
多種多様な炭化水素の混合物。
「……ハハッ」
笑いが漏れた。
ハズレ? 無能? 笑わせるな。
帝国が「ゴミ」だと切り捨てた俺のスキルは、この瞬間に『神の御業』へと進化した。
「金吾くん!? 危ないよ、早く離れて!」
キャルルが叫ぶ。
だが、俺は黒く汚れた指を舐めんばかりに顔を近づけ、高らかに宣言した。
「村長、泣くのはまだ早い。……これ、呪いなんかじゃありませんよ」
「え……?」
「これの名前は『石油』。……世界を、俺たちの色に塗り替える『黒い黄金』です」
俺はスキルの出力を最大にする。
指先にある黒い泥から、軽質な成分だけを抽出し、分子を再構成する。
一瞬で、ドロドロの泥が『透明な液体』へと変貌した。
俺は懐から、帝国を出る時に持ち出した古い魔導ライターを取り出す。
魔力が切れて火がつかない、ただの鉄屑だ。
その燃料タンクに、精製したばかりの液体――『高オクタン価ガソリン』を流し込んだ。
カチッ。
小さな火花が散る。
次の瞬間。
ゴォォォォォォッ!!
魔法使いが放つ『ファイアボール』よりも鮮烈な、青白い焔が立ち上がった。
「石油王に、俺はなる」
この日。
ポポロ村は、世界の中心になった。




