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13/18

火球が飛んでいく女

早朝。


「今日の面談、同席していい?」


マリアに実務を期待するのは間違いだ。

かつて好奇心で同席した際も、開始15分後には優雅な寝息を立てていた前科がある。


「約束した子が来るのよね。彼女に『適切な』仕事を紹介してあげたいなー、なんて」


「……面談そのものの進行を邪魔しないというのなら、構わないが」


執務室。


手元の分厚いファイルを捲った。


【氏名:赤城 麗香】

【能力:火球ファイアボール


長谷川は深い溜息をついた。

通算、七人目の火球使い。

火球という欠陥資産は、常に私の貸借対照表バランスシートを燃やし尽くしてきた。


ふと視線を上げると、背もたれに深く体を預け、小さくあくびを噛み殺す女――マリアが一瞥を返してきた。

(……おまけに、今回は最悪な『変数』まで付いている)


長谷川はこれまでの「火球」持ちたちを思い返す。

初めて出会ったのは「焚火型」。

呼び出した火球を投擲できず、足元に申し訳なさそうに置くだけの男。


スプリンクラーと警報機が鳴り響く中、私は必死に消火器を探した。

オフィスの管理会社へ初めて始末書を書いた記念すべき案件だ。


最後に出会ったのは「自爆型」。

彼は今も元気にしているだろうか。

ビルの屋上で発動した瞬間、手元ですぐさま炸裂し、そのまま病院へ直行した。


種類の幅でいえば「犬種」のようだ。

チワワからドーベルマンまで、血統は同じでも多種多様。


だが、確固たる共通事項がある。

火球の能力者は必ず、その「精神の構造」が「火球の性質」を決定する。


私は立ち上がり、窓を開けた。冷気が室内の淀んだ空気を押し流す。


「……どうぞ、お入りください」


「失礼します、本日はよろしくお願いします」


入室してきたのは、赤城麗香。

燃えるような赤い髪のショートカットが目を引く、ボーイッシュな少女だ。


彼女は気怠そうな動作で椅子に座ると、品定めするようなこちらの視線などどこ吹く風で、耳元で揺れる銀のチェーンピアスを所在なげに弄り続けている。


「赤城さん。能力については拝見しました……『火球』ですね。火球は大変危険な能力です。

まずは口頭で説明を。……もし、室内でも安全に出せるのであれば、実演していただいても構いません」


「普通の火球だよ。当たれば半径三メートルくらいは焼き払うかな」


(……フン、それなら立派な軍属だ。だが、この女は嘘をついている)


「手のひらから出せるけど……、なんていうか、勝手に飛んで行っちゃうんだよね。

風船みたいに風に乗って、どこかへ……はは。だから、室内でも割れなければ安全」


赤城が左手を広げた瞬間、執務室の酸素が収束して一気に食い潰された。

肌を焼くような乾燥と共に室温が跳ね上がる。

手のひらの上で迸るのは、網膜に焼き付くほど白熱した極小の太陽だ。


だが、その殺傷能力の塊は、自重を忘れたかのようにふわりと浮かび上がった。

暴力的な熱量で周囲の空気を陽炎のように歪ませながらも、それは意思を放棄した風船のように、音もなく天井へと頼りなく漂い出した。


「こんな感じ。……発電所とか、そういう安定した仕事、紹介してくれる?」


「アンタ、その能力で本当はどうしたいの?」


マリアの凛とした声が、赤城の仮面を剥ぎ取りにかかる。


「……それ、もう答えたよ。本当は『正しく』放ちたいから」


「どうして?」


「……子供の頃は、ヒーローになりたかった。

友達に囲まれて、空に向かって放っていた頃は楽しかった。

……でも大きくなるほど、ただの笑われ者になったからだよ」


「誰かに認めて欲しいの?」


「……」


沈黙が流れる。

ふわりと、赤城の放った火球が、開いた窓を越えていった。

冬の風にさらわれ、それはどこまでも高く、自由奔放に、大空へと飛び立った。

――その頼りない『火球』こそ、この女の運命を象徴していた。


「赤城さん。単刀直入に伺います。あなたはその炎が誰かを焼いた時、責任を負えますか」


「……」


「……でしょうね。

貴女の火球が空を漂うのは、貴女が『責任』の重さに耐えられないからです。

貴女の炎は、貴女の逃避そのものだ」


「……あー、はいはい。わかりました。そうね。嫌いなんだ、責任なんて重苦しいもの。

でも、だから飛ぶんだ? へぇ、知らなかった。……まあ、いいや。もういいですよ」


赤城が吐き捨てるように言い、帰宅の準備を始める。


(おっと、それは悪手だぞ、赤城……)


長谷川がマリアを一瞥する。


「なにしてるの?」


マリアの声に、赤城が苛立ちを隠さず振り返る。


「いや、もうだるいんだけど。

会った時からずっと、上から目線でイラつくんだよね、アンタ。

楽でいい仕事が欲しかったから来たけど、もういいかな?」


赤城が椅子から立ち上がろうとする。だが、体が動かない。


「……は? なにこれ、立てないんだけど!?」


「アンタさ、ここに来ようと思った『意思』はあったのよね?」


マリアが冷酷な表情を浮かべる。


「だるい、楽をしたい。……いいわよ。

だったら、一生かかっても返しきれない『だるい現実』を、特等席で見せてあげる」


【改竄:赤城の火球が、防衛上の特異点と接触する】


相談室に備え付けられたテレビが、前触れもなくザラついた速報画面に切り替わる。


『緊急速報です。本日午後、航空自衛隊所属の最新鋭ステルス戦闘機F-35Aが、高度1万メートル付近で未認可の熱源と接触。墜落しました』


『パイロットは脱出装置により射出され、先ほど無事救助されましたが、機体は完全に損壊。

付近に「浮遊する火球」の目撃情報が相次いでいます。

防衛省はこれを「重大な領空侵犯およびテロ行為」と断定し――』


テレビには、火を吹いて海へと落ちていく数億ドルの「翼」と、その横を無邪気に漂う「あの」火球が映し出されていた。


「……は? こ、これなに……? ……嘘でしょ」


「さっきのアンタの『火球』でしょ。安全だって言い張ってたわよね?」


赤城の思考が白く塗り潰される。


「い、いや! 貴方達が見せろって言ったから! 私は悪くない、貴方達のせいだ!」


「それを決めるのは警察、あるいは軍の法務官だ」


長谷川が冷酷に告げるのと同時に、画面の下を不気味なテロップが流れる。


『【速報】現場の残骸より容疑者を特定。

住所不定、職業不詳、赤城 麗香(17)。防衛省は専門チームを投入し――』


赤城は、己の名が「国家の敵」として刻まれた衝撃に、ガクガクと膝をついた。


「え? ……待って、どうして……」


マリアが楽しげに指を鳴らす。

虚空から、赤城に見せ付けるように、熱を持った「請求書」が吐き出された。


---


■事案

無認可熱源資産(火球)の放流、および管制空域侵入による最新鋭ステルス戦闘機(F-35A)の撃墜。


■直接損害(経済的損失)

機体損害(F-35A 1機) : 116億円

特別装備・ミサイル等積載物 : 12億円

パイロット脱出・救助・医療費: 2,200万円


■間接損害(社会的・安保的損失)

軍事機密漏洩対策費用: 240億円

国交上の不利益 : 150億円

※メーカーへの違約金を含む


■論理的欠落(ロジカル・デフィシット / 物語への賦課金)

事後承諾型債務履行遅延: 240万円

相談室の利用料金 : 0円


■必要経費

戦闘機に火球が激突する確率操作: 0円

航空路に火球を配置する確率操作: 0円


■合計

未払い債務 51,824,400,000円(約500億円)


---


「……なに、これ……意味わかんない、よ……」


赤城は涙で顔をぐちゃぐちゃにし、ボロ雑巾のように床を這った。

17年の短い人生で積み上げてきた「日常」が、たった一行の数字に押し潰されていく。


「……ほう。懐かしいな。徴収官時代の『帳簿』と同じ出力形式か」


「ウフフ……ええ、この子は少しやりすぎたけれど。だからこそ『価値』があるのよ」


マリアは崩れ落ちた赤城の鼻先に、冷酷なほど漆黒な契約書と万年筆を落とした。


「時間がないからよく聞いて。あと数分で特設部隊がここに来るわ。

彼らはテロリストに手錠なんてかけない。その場で『処理』して、君という存在をこの世から削除して終わりよ」


「ぁ……あ、……ぁぁ……っ……」


マリアが口角を上げ、瞳を支配の色――黄金色に輝かせる。


「……いいわよ? 私がその500億、全部肩代わりしてあげても」


「え……? ほんと……?」


赤城が縋るような目を向ける。

それが、底なし沼への一歩だとも知らずに。


「ただし。貴方の『存在権』は私の管理下に入るの。

名前も、経歴も、自由も、全て私が買い取るわ。

貴方はそうね……一生かけて私に尽くす『猟犬』として働いてもらおうかしら?」


赤城は嗚咽を漏らしながら、震える手で自分の名前を――「赤城麗香」としての最後の文字を、書類に叩きつけた。


「ウフフ、イイ子ね。おめでとう『債務奴隷』。……名前はそうね。今日から『ポチ』かな?」


長谷川は冷めたコーヒーを一口啜り、画面の中で炎上する戦闘機の残骸を見つめた。

(……悪趣味だな。だが、これこそが私の求めた『自律的な秩序』の雛形か)


残業開始。


長谷川にとって、月末は最悪の季節だった。

デスクに積み上がった、マリアが適当に放り出した請求書と領収書の山。


彼女が世界に撒き散らした「非論理的な残骸」を整理し、整合性を保つための尻拭いをするのは、いつも彼の役目だ。


「ポチ? 温めていないカップに紅茶を注いじゃダメよ。香りが死んでしまうことくらい、レディの嗜みとして常識でしょう?」


マリアは、借りてきた猫のように震える「債務奴隷」を冷たく見下ろした。


「最後の一滴まで、丁寧に絞り出しなさいな。……ふふ、この一杯、貴女の日給より高いのよ? ほら、飲んでみたいでしょう?」


「……っ、はい」


哀れな債務奴隷は、屈辱に肩を震わせながら肯定する。

経費精算の期限すら守れない「管理能力欠如の上司」は、その様子を眺めて上機嫌だった。


マリアはその後も延々と、教育という名の執拗な「人格の摩耗」を続けた。

長谷川は書類の山を裁き続ける。


「……ところで、そろそろ赤城を帰宅させたらどうだ?」


「ちょっと、その名前はもう終わり。……この子は『ポチ』なの。飼い犬には躾が必要なの」


彼女は恍惚とした表情で、優雅にカップを傾けた。

(……懐かしいな。私もかつてはそう思って――飼い犬に手を噛まれるどころか、今やこうして丸呑みにされているわけだが)



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