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第3話 深淵を覗いているとき、深淵もまたとかなんとか


「魔導書づくりになにを期待したのか知らないけど……こんなもんだよ?」


「そうなんですか……やっぱり、才能とかなんでしょうか」


落ち着いた少華はどうやら俺が魔導書を作れることを羨ましがっているようだ。


「才能もあるけど、たぶん俺自身も気づかないうちに魔術の核心に触れたんだろうな、たぶん」


「たぶんって、そんな適当な感じでできるようになるなんて──」


適当っていうか、本当に気づいたらできるようになっていたんだもんな。自分の書く文字に力が宿っていることに気付いたのは中学二年頃。最初はこれが何のための力なのかわからず、思うままに小説を書いていた。しかし、この力が宿ったときから俺の書く小説の評価が少し上がったのは事実。俺は大はしゃぎしてなにも考えていないところを、魔術協会の人に見つかったのだ。


「魔術に深淵なんてものがあると思う?」


「それは、魔術だからあるんじゃないんですか。そもそもわたしたち魔術師はその深淵にたどり着いて第一級の魔術師になることが目標なんですから」


「深淵ねえ──ちなみに少華の深淵に対する解釈ってなに?」


「それは、魔術の最終奥義である固有魔術に辿り着くことじゃないんですか」


「まあそれもあるんだけどさ、俺は単に深淵っていうのは目に見えないものだから深淵ってカッコつけて言ってるだけだと思うよ。なにせ魔術魔法は目に見えないんだから」


「そんなバカな話あります?」


「さあ、俺にも正解はわからないからな」


少華は第一級レベルの魔術師になることが目標で、固有魔術に目覚めたいみたいだな。魔術を極めて世の中お金が稼げるわけでもないのによくそこまでするもんだと思う。魔術は学問と争いのもとで発展してきたものだ。しかし、何世紀から前から、魔術の真理、技術は秘匿され停滞している。人類がまだ進化に追いついていないのだろう。魔術は人間の身体につきものだと俺は思っているから。


「あの、今まで気になっていたんですけど、その刀はなんですか」


驚いた、俺の愛刀、黒白丸が他人に姿を見せようとするなんてな。俺は左腕に宿っている黒白丸を顕現させた。柄と鞘は黒と白の二色で彩られている。


「少華って今どれぐらいの魔術師なの?」


「一応第一級の魔術師ですけど」


「そっか、少華に可能性を感じたのかもなコイツ」


「コイツ? まるで刀に意思があるみたいに」


「うん、あるよ」


「そ、そうなんですか」


「うん、俺の愛剣の黒白丸って言うんだけど、少華に魔術の可能性を感じたのかもな」


「その刀がですか」


「持ってみる?」


「じゃあ、一度だけ」


俺は黒白丸を少華の膝の上に転移させた。一瞬転移に驚いたのか少華の肩が跳ねるがすぐに落ち着きを取り戻す。さてさて、少華は黒白丸のお目がんに適うのだろうか。



刀を手に取り少し抜いて見せる少華。


「綺麗な刀ですね」


「ありがとう、黒白丸も喜んでるよ」


実際、黒白丸は褒められて喜んでいた。俺は黒白丸を返してもらい、左手にしまった。黒白丸の感想を聞いたら『筋は悪くない』だそうだ。少華はこの年で第一級レベルの魔術師に大成してるんだしすごいことなんだろう。


「この刀のこと、忘れずに記憶しておいて欲しいな」


「忘れませんけど、どうしてですか」


「この刀、固有魔法の領域を超越した、いわば魔法を超えた最強の剣なんだよ」


「そうなんですか?」


「ああ、少華は黒白丸を手に取ってなにか感じなかったか」


「特には、その、綺麗だけど地味な剣だなと」


まあ、そうだよな。黒白丸は一見地味な刀だ。それはこの刀を鍛え上げた俺自身が地味だからだろう。しかし、魔術師として最高位の地位が欲しいのであれば、この刀の価値を測れるようにならなければならない。


「連さんがそんなにすごい魔術師ならもっと有名になってもおかしくないと思うんですけど……わたし、今日までまったくあなたのこと知りませんでした」


「まあそれはね、うん、俺って魔術が使えるだけで魔術師じゃないからね。魔術協会の人たちには俺のことをぺらぺら話さないように言ってあるし」


「そうですか……」


さて、話もそろそろ終わったことだし。お金を置いて帰ってもらうとしよう。俺はまだ小説を書いている途中なのだ。


「じゃあそう言うわけで、魔導書の件は引き受けたよ、じゃあね」


「?──帰りませんけど?」


「なんで?」


「聡司令からメール届いていませんか?」


俺はスマホを調べると確かに聡さんからメールが来ていた。内容は魔導書の作成中、少華が俺の面倒を見ると。生活係としてこき使っていいと書いてあった。その代わり魔導書の作成は真面目に取り組み、少華の成長を手伝ってほしいとのこと。なんか、急に頼まれることが増えたし、生活係ってことは俺の家に泊まるってことだろうか?俺は確かに一人暮らしで家事が得意ってわけじゃないけど、そこまで心配することじゃないんだけどな。


「少華は俺の面倒を見ることに対して、納得してんの?」


「正直、めんどくさいとさっきまでは思ってました」


「だよね」


「さっきまではです」


少華は話を続ける前にコーヒーを一口飲んだ。


「あなたが優れた人間であることは理解しましたし、魔導書の件もあります。それに親元離れて一人暮らしをしていると聞きましたし。親御さんの為にもわたしがしっかり支えます」


「マジですかい……」


ビックリした。普段から地味地味言われてる俺をここまで評価してくれる人間はあまり多くない。少しだけ嬉しかった気持ちを受け入れ、俺は少華の善意を受け取ることにした。

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