三十一話 〜 砂漠の国 オアシス 勇者 〜
30.
勇者。その者等は自分でそう名乗った訳では勿論、ない。
魔王討伐に志願した者。中でも前線で活躍した者等を総じてそう呼んだ。
「あらら。まだ終わってなかったかー。」
ジャラジャラ。派手なアクセサリーに身を着飾る彼女は明らかに集団の中では
浮いていた。ただの雑兵でない事くらい誰でも分かるだろう。
「…すまんな。今、終わらすから待っとき。」
ヤマカは下ろした短刀を再度、構え直す。
その表情は元に戻っており、意思は固そうだ。
仲間が見ている手前。目的を遂行する事に頭を支配されている。
「…はぁ…はぁ。モルガナ…様…。もう大丈夫。ありがとぉ。」
後ろでロデーの声が聞こえる。声を聞いただけでも分かる。
まだ完治はしていない。
状況を理解した上での瘦せ我慢だろう。
「…貴女も勇者ですか?」
少しでも時間が欲しい。ヤマカと名乗った勇者も会話している相手にいきなり
斬りかかったりはしないだろう。
「そうだよ!てか、貴方は…魔族じゃないよね?」
見た目通りのきゃぴきゃぴした声。身なりは白銀の鎧。下にスカート。
正に女騎士といったスタイルだ。これが彼女の戦闘スタイルなのだろう。
現実世界では絶対、ギャルしてそうだが…。
「はい。人間です。」
「やっぱ、そっかぁ! …ん?じゃぁ何で魔族側にいんの?」
彼女はむむむっ。と小首を傾げる。
彼女の関心は完全に俺に向いている。なら、好都合。
「それは話せば長くなるのですが。数ヵ月前…」
「あー。長くなるならいいや。」
彼女は悪びれることなく。俺の言葉を遮った。
せっかく、モルガナちゃんとの出会いから今に至るまでのエピソードを
語ろうと思ってたのに。
とはいえ、コレはいよいよマズイか…
ギッ。
短刀を握る音が聞こえた気がした。
アクセサリー勇者は腰の剣を抜刀していない。
戦闘に加わる気はないのだろう。
後ろの兵も同様。動く気配はない。
という事はヤマカが俺等を処理した上での片付け。もしくはヤマカがやられた時の
保険。第二の矢として送られてきた戦力。そう見て大丈夫だろう。
なら、一先ず。今は目前の彼女。全身を黒で統一する女。ヤマカに集中すればいい。
要領は先刻通り。視線の先に集中…
…
「…ッ」
読みは完璧。だが、短刀の切っ先が腹部を横一文字に斬り痕を残す。
「…コレも避けるか。」
そう言うヤマカは冷静だった。俺の言葉で動揺はもう無理か…。
というか斬られた部位が熱い。コレは…
「だが、残念やったな。この短刀にも毒が塗られておる。直に全身を巡り。呼吸困難。
アンタは死ぬ。」
やはりそうか…。
毒の種類はロデーを苦しめた即効性の毒で間違いないだろう。
ッ!?
「…はぁ…はぁ。」
視界がボヤつく。頭痛は酷いし。喉はカラカラ。
少し斬られただけでこの有様。なんて毒だ…。
「まぁ、安心せい。直ぐに楽にしてあげるさかい。その辛さは今だけや。」
再度、短刀を構えるヤマカ。この眼では彼女の顔すら見えない。
今、攻撃を仕掛けられたら詰み。 絶対不可避。である。
とはいえ、毒のせいか。呂律が回らない。得意の会話すら封じられた。
打つ手なしとは言ったもんだ。
「あー、その前にさっきの質問、答えたるわ。」
微かに聞こえるヤマカの声。
さっきの質問…?
「…殺したいわけないやろ。」
そう聞こえたかと思うと、俺の視界は急に暗くなった。
いや、コレは首が飛んだとか。瞼を閉じたとかでなく。
字のまんま。目の前が闇に覆われたのだ。
「闇の壁」
そういえばヤマカの声と同時にそんな言葉が後ろで聞こえた気がした。
「…鴨田!」
瞬間。聞き馴染んだ声が大きく耳に響く。
「…やっぱ、モルガナちゃんだったか…。ありがと…。助かったよ…。」
「無茶し過ぎじゃ!しかも毒など喰らいおって…。主は馬鹿じゃ。…大馬鹿じゃ。」
見えなくても分かる。モルガナちゃんが今、どんな表情をしているのか。
その想いも。
「…ごめん。心配掛けて。でも、コレが最善だった。」
反省はあるが後悔はない。誰かがヤマカを足止めしなければ全滅だってあり得たのだ。
「…ロデーは?」
息が苦しくなってきた。限界が近い。
「お疲れ様ぁ。」
緊張感を裂くおっとりとした口調。今はその声に安心する。
「もう大丈夫…なのか?」
「うん。お陰様でね。」
辛うじて見える眼でロデーの腹部を見る。
刺された場所はまだ血が流れていた。
毒の処理だけは何とか済んだのだろう。
俺がヤバくなったのを見て、駆け寄った。
そんなところか。
「…悪い。俺に力があれば、二人をもっと…」
「馬鹿!」
「阿呆ぅ。」
言葉の途中。二人に小突かれた。弱ってる人間に対して酷くない?
「主はよくやった。勇者相手にココまで耐えたのじゃ!もっと誇れ!」
「君のお陰で今、私達は生きてるんだよぉ。」
思わず涙が出そうになる。そしてやはり、俺の行動は正しかったのだと自覚する。
と、同時。意識が遠のく。
二人の言葉を聞いて安心したのだ。
「…モルガナ様ぁ。後は任せたよぉ。」
ロデーはそう言い、二人の前に立つ。
「あぁ…。ロデー。主も無茶はするなよ。」
ロデーの強さは知っていたモルガナだが、勇者が二人。更にその後ろには兵が数十。
分が悪過ぎる。
「へへぇ。モルガナ様に心配されるのは気分良いねぇ。」
「馬鹿!もっと真剣に…」
言った途中、モルガナは言葉を止めた。それはロデーの表情が横から見えたからだ。
「ごめん、モルガナ様。あの二人、殺しちゃうかも。」
ロデーの表情は変わらない。だが、その言葉からも伝わるよう。
彼女は怒っていた。
「……あぁ。主が死ぬよりはよっぽどいい。」
モルガナは少し考えた後、小さく言葉を返す。
そして、再び。治癒の詠唱魔法を口にした。




