二十九話 〜砂漠の国 オアシス 戦闘〜
29.
暗躍機関『アンブラ』。暗殺。潜入。破壊工作等、裏で世界を操る組織。
中でも『アーテル』と呼ばれる三名は組織内でずば抜けていた。
その一人が勇者として招集されたのはあまり広く知られていない。
「…はぁ…はぁ…。」
背後でロデーの呼吸音が聞こえる。今まで辛そうだった音が今では大分、落ち着きを
取り戻している。恐らくモルガナちゃんの治癒魔法が始まったのだろう。
ザッ。
後ろに意識を向けたいところであるが、今は目前に集中しなければ冗談無しに死ぬ。
「悪いが、一瞬で型つけさせてもらう。」
目前の人物。先程、ヤマカと名乗った勇者は短刀を手に構える。
「あっ。戦う前に一つ訊いてもいいですか?」
「なんや?」
少しの苛立ちが籠った声。だが、彼女は応えてくれた。
「ヤマカさんは暗部か何かですか?」
「…どうしてそう思った?」
ヤマカの眉が一瞬、動いた。どうやら、的中したらしい。
「いえ、ただの勘ですよ。」
と言ったが、勿論。勘ではない。彼女の黒をベースにした服装。身のこなし。
そして声を掛けられるまで気付かなかった。この存在感のコントロール能力。
これ等を総合的に見た上での判断。
「まぁ、今から死ぬ相手に知られたところで何の支障もないか。」
ヤマカはそう呟きを残し、次の瞬間…。
ふっ…。
姿を消した。
空間魔法による空間移動ではない。
単純な身体強化の歩行術。その速度は常人の目では追うことができず、
大抵の相手をこの動きだけで葬ってきた。だからこそ、ヤマカは確信していた。
相手は魔力ゼロの男。肉体も鍛えた素振りはない。当然、この動きを捉えられる
筈もないと。
ザンッ…。
「なッ…!?」
だが、そんなヤマカの思惑とは裏に短刀は空を斬った。
避けられたのだ。
ヤマカの驚きは当然といえた。
「…見えて。…いや、そんな筈はない。」
ヤマカは目の前で起こった事を認めたくなかった。首を横に否定する。
マグレだ。そう思った。
今までにそんな事は一度も無かったが…。
ふっ…。
またも同じ。ヤマカは足にのみ魔力を集中させ、静かにその場で消えた。
この芸当は身が軽い彼女だから出来る。
故に彼女に殺された者は死ぬ瞬間でさえ、誰にやられたかのか?
疑問を遺したままこの世を去る。…のだが
ザンッ。
またも短刀は空を斬る。
「!?」
自らの殺しに誇りを持っていた彼女は二度の失態は赦せなかった。
相手の力量を間違えたのか?そう疑いたくなる気持ちを行動で掻き消す。
ザンッ。ザンッ。ザンッ。ザンッ…。
だが当たらない。彼女の全ての短刀は空を斬るばかり。
すたっ。
短い連撃を終え、ヤマカは男と少し距離を置いた場所で姿を見せた。
「…ッ。あんた。私の動きが見えとるんか?」
ヤマカは奥歯を噛み問いを投げる。その表情は実に悔しそうだった。
「どうでしょうね?」
「ちっ…」
男の返事を聞いたヤマカはやり難い相手だと思った。
今の問いの答えはどっちも捉えられる解答であった。つまり嘘か否かも見抜けない。
ヤマカは相手の表情。口調で言葉の真実を見抜く術を得ていた。
だが、目前の男は表情すら読めない。
余裕の表れか。恐怖を隠す為のモノか。定かではないが笑っているのだ。
ヤマカが見破れない程に完璧な表情コントロールで。
この男、実は強いのか…?
ヤマカは再度、意識を男に集中させる。だが、どんなに神経を研ぎ澄ませ、
男を見ても魔力の流れが感知できない。
勿論、この世界。魔力の多さだけで強さは決まらない。単純なフィジカル。
氣をコントロールしての体術。天から与えられたスキル等。様々な強さはある。
ヤマカは経験上、それ等の力すら把握できる様になっていた。
そして目前の男にはソレ等の力も全く感じない。
ようするに何の力も持たない取るに足らない雑魚だった。
そんな相手に何度も仕掛けた攻撃を避けられた。この屈辱は並々ならぬモノであったのは
言うまでもないだろう。
パンッ!!
!?
大きな音が廊下に響く。その音はヤマカが突然、自らの頬を叩いた音によるものだった。
「…すまんな。驚かせて。ちょっと、思考をクリアにせなあかん思ってな。」
頬には大きな手跡が残っている。相当、強く叩いたのだろう。
「仕切り直しや。アンタを敵と見なす。」
ヤマカの表情と空気が変わる。短刀も一本でなく、二本に増えている。
ココからが本当の正念場。
男は彼女にバレないよう。そっと唾をのみ込んだ。
‟ 早くロデー回復してくれぇぇぇ。 ″
と内心で祈りながら。




