十四話 ~魔獣の森③~
14.
魔王城には幾つもの書物。地図等。様々な文献が遺されていた。
そしてその中には魔獣の森の脱出経路。ソレ等を示した地図も遺っていた。
当然、その地図を持って。道を歩いているが、もう五日と経つが森の出口はまだ見えない。
これが意味する事は一つ。単純にこの森がバカみたいに広いのだ。
「…あと、どのくらいじゃ?」
俺の背中で退屈そうな声が投げ掛けられる。すっかりおんぶの味をしめたモルガナちゃんは
戦闘以外は基本。俺の背中で快適な背中ライフを過ごしている。
少しは懐いてくれたのかな?
「んー、もう少しだと思うんだけど…。どうだろう?」
「さっきもそう言ってたではないか!主は地図もまともに見れんのか!」
ぽかりっ。頭を殴られた。
元気なら自分の足で歩いてくれないかな…。まぁ、俺が乗っていいよ。と
言った手前。そんな格好悪い事は言わないのだが。
しっかし。本当にいつになったら終わるんだ?
この地図は大まかな道筋は描かれているし。行くべき最短のルートも示されて
いるのだが肝心の距離が全く書かれていなかった。
しかも森が故に目印たるものも描かれていない。
つまりこの地図は歩くべきルートだけ書かれているだけで、現在地を把握できる
材料は全くないのだ。
「…下ろせ。魔獣だ。」
モルガナちゃんが真剣な声で俺に指示を仰ぐ。
「何も聞こえなかったけど?」
「魔族は人間より五感が鋭いのじゃ。前方から大きな存在が近付く足音が聞こえる。
撒くには進路を逸れねばならぬ。」
「なるほど…。なら、俺はいつも通り。少し離れた場所で待機してるよ。」
「あぁ。」
先ほどの表情から一変。何とも頼りがいのある表情が目に眩しい。
「毎度、悪いね。」
「何、気にするな。主は主の仕事に専念せい。」
ほんとにこの子は…。
「頼んだ。」
短く、言葉を残し。俺は横の雑草を掻き分けながら、距離を保ち。
木の影に隠れる。
瞬間。大きな音が聞こえた。戦闘が始まったのだ。
これまでの戦闘も基本、大技一撃で倒している。数秒、カウントし。音が無ければ
戦闘終了。そう判断し、モルガナちゃんの元へ向かう。
だが、今回は…。
ドォーンッ!!
二回目の轟音。
先ほどモルガナちゃんは敵の数を複数とは言わなかった。つまり、魔獣は一匹。
一匹に二度目の魔法を放ったのだ。
敵はよっぽどの強敵。それか、何らかのイレギュラーが発生したかのどちらか。
どちらにせよ…。
「モルガナちゃん!」
俺が行っても邪魔になるのは分かっている。だが、こんな所で拳を握りしめてるだけ
なんて俺自身。赦せない。
無造作に茂みを掻き分け、モルガナちゃんのいるべき場所に急いで向かう。
「…は?」
思わず声が出た。その瞬間、ソイツと目が合う。
「ばかっ…。何故、来た?」
険しい、表情をしたモルガナちゃんにも睨まれた。
だが、俺は動けなかった。
蛇に睨まれた蛙はこんな気持ちなのか…?
圧倒的な存在を前にしたら、思考が停止する。その時間は個人差はあれど
時間なんて大した問題ではない。ソイツにしたらその一瞬の時間で俺なんか
簡単に殺せるのだから。
「グルルゥゥ…」
威嚇だ。俺を認識し、殺しにくる。逃げないと。
頭では分かっているが。体が動かない。
ねっとりとした脂汗が頬に流れているのが分かった。
「…其の自然の神よ我に力を授けたまえ。精霊の王よ我に力を貸したまえ…」
モルガナちゃんの詠唱が耳に遠い。近くに見えるのに。恐怖で意識が朦朧としてるのだ。
そりゃ、そうだ。こんな生物と出くわして正気でいろと言う方がどうかしてる。
こんな…
こんな 飛竜 を前にして。
「…ッ」
瞬間。目の前が光る。ドラゴンの口に赤い炎が漏れているのが分かった。
ソレを放たれたら確実に死ぬ。
だが、逃げるにしても範囲が大きすぎる。そもそも体がいう事を聞かない。
モルガナちゃんも急いで詠唱を完成させようとしているが多分、間に合わない。
そんな事だけは冷静でいられた。
人間、死を覚悟した時は冷静に物事を分析できるというアレだろう。
あぁ…。絶対に裏切らないとか言っておきながら。情けない。
ボッ。
目の前に赤い炎が広がる。高温が徐々に迫ってきているのも感じ取れた。
「…鴨田ッ!」
モルガナちゃんの悲痛にも似た叫び声が微かに聞こえた。
ごめん。モルガナちゃん。
死を覚悟し、後悔と贖罪で目を瞑る。
「…水の球」
ドォォンッ!!
パラッ…。シュー。
木々が焼け、地面は焦げ。その威力は一瞬でここら一帯を焼野原にした。
目を見張るようなその威力。ソレは正に俺に目掛けて飛んできた。
だが。
「な…んだこれ?」
俺の体は水の球体に包まれていた。ソレが俺をドラゴンの咆哮から
護ってくれたのは言うまでもないだろう。
モルガナちゃんがやったのか…?
思った矢先。聞き覚えの無い声が耳に届く。
「大丈夫ですかぁ? うっ…げほッ。ごほッ。」
土埃と煙でシルエットしか見えないが。俺を助けてくれたのがその人物だという
事は分かった。
「あー、大きな声出すの久しぶり過ぎてむせちゃったよ。
てか、人と話すのとか何十年振り?」
尖った耳。下がった垂れ目は紅く。長い金髪には白のメッシュがまばらに散らばる。
高身長で細身の女性。
そんな女性が背後。同じく水の球体に包まれた状態で近付いている。
「魔族…?」
「そういう君は人間かな?」
その美女は俺にそう言い、口元を緩めたのだった。




