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遠藤先輩はどさりと席に座る。
なんで隣に座ったんだこの人。あなた所有のノートパソコンは僕の向かいにありますけど。
四人掛けの机において、隣に座るのは金貸しかヤクザと相場が決まっているのだけど。
「なんつーか、文芸部無くなったらごめんて感じなわけよ。お前にも先輩方にもなー」
どうしたんだこの人。
毎週出会い頭に、短編書いた! 取り敢えず十万字書いてきた! みたいな報告を欠かさずしてくる先輩もそういった悩みを持つんだなと思えば一肌脱いでもいいかなと思えてくる。
別段、文芸部に愛着はないが手助けしてやろうと思えるのが僕なのだ。
それにまあ、恥も外聞もなく考えるなら手っ取り早い方法が一個あるわけで。先程別れた作家先生の顔を思い浮かべる。
作家の所属する文芸部。なんか立派そうじゃないか? 卵が先か鶏が先かは置いといて。
「遠藤先輩、手がないでもないです」
「なんだー? 持たせた言い方するじゃん」
「実はこの学校に、なんなら同級生に作家が居ます」
バンッと机を叩いて遠藤先輩は立ち上がる。やたらに目がキラキラしている。
「マジで! 凄いじゃん! へー、うちの学校にねえ! 栗本と同級生かぁ……ってことは一年? なに、訳あり入学? 家の事情とかで一年二年遅れの入学ってやつ? まさかなぁ、年下の作家なわけもなし……」
煌めいていた瞳がどんどんと澱んでいく。怖い。側から見た僕もこう見えているのだろうか? 先輩は黙って大人しくしていれば可愛らしいが僕では誰も得をしないだろうから気をつけないと。
「僕と同い年なんで、十五とか十六じゃないですか」
「ぐぬぬぬ」
先輩は頭を抱えしばらく唸ると両手で頬をぺしんと叩いた。僕の。
「痛いんですけど」
「危うく暗黒面に落ちるとこだったから罰だ。お前、今さっきの言葉にはそーいう力があるから軽々しく言うなよ。世の作家志望は近ければ近いほど作家を妬む性質を持つんだ。或いは、まあこの程度超えてやりますよ。俺だったらこう書く! こいつ書き方をわかっていないんだ、と図々しい自信を持つ……この二つしかないんだよ」
儚気な顔して何言ってんだこの人。
まあ? 野枝小道の本は面白いが僕の本が出版された際の売り上げ冊数で捲れば勝ちなのは確かだ。先に作家になったからって偉いわけじゃない。ちょっと羨ましいだけだ。羨ましいと思っていることがもう弱い気もする。
先輩のように来年か再来年には、もしかしたら今年とかにはなっているのだぐらい堂々としている方が精神衛生的に良い気がする。呻いていたけど。
「その何某いう作家を部員にすることで体面を保とうってわけだな? 現役作家が居るってのは確かに良さそうだけどさ、栗本よー。お前そいつに部活に入ってなんて言える仲なのか?」
「いや、ちょっと僕はしたくないですけど……部長の仕事では」
「お前なー、私みたいな美少女が急に押しかけてみろ。きょーしゅくしちゃうだろ?」
「いや、あいつは女子──」
「女子ぃ? お前、教室に友達も居ないのに唾つけてんのか。良くないぞ! そういうのは!」
刺すな。言葉の刃は存外痛いんだぞ。それに友達くらい居る。挨拶とかしたし。
「なに言ってるのか分からないですけど、昨日のサイン会に居たのがそいつなんです」
「あー、なんか貰いに行くとかなんとか……えっ野枝小道ってこと?」
「ええ、そうですけど」
あれ? そういや、言っていいのかなこれ。誰も知らないっぽいんだよなあいつが野枝小道だって。もしかして隠してたりするのかな……。まあ、ここだけの話ってことで許してほしい。
「栗本」
急に真面目な雰囲気を出す遠藤先輩に思わず息を呑む。
真剣な眼差しは僕を捉え、何かを逡巡する。時計の針の音が妙に大きく聞こえて、思わず喉を鳴らした。
「ファンなんだ」
「へ、僕の?」
ガッと肩を掴むと遠藤先輩はぐわんぐわんと僕を揺らしだした。
「んなわけあるか! お前、小説読ませてくれねーだろーが! まだ、書き終わってないのでってよー! の! え! だ! 野枝小道! 好きなんだよ! サイン羨ましいなー! とか思ってたよ!」
視界が上下に激しく揺れる。その都度先輩が一瞬近くなって心臓に悪い。小顔だなーとか、思うほど余裕はないから正直もうちょっと穏やかに揺らしてほしい。
満足したのか揺らすのを止めると先輩は立ち上がり、僕に指を突きつける。
「いいか、必ずここに連れて来い! 絶対だぞ! 部員になってもらうっきゃない!」
「ただいまー」
三和土で靴を脱ぎながら口にする。誰も居ないのを理解して口にしたのだから習慣とは怖いものだ。
やー、困った。宿題にしては難しい。僕には荷が勝ち過ぎている。話しかけるのも大変なのに、隣のクラスときたもんだ。金曜までになしをつけろよ! とか言われてもなあ。
カバンを2階の自室に放り込むとスウェットに着替える。僕の部屋着にして作業着である。小説を書く時はラフな服装の方が筆が乗りやすい気がするのだ。
取り敢えず、何か食べないとなあと独り言ちしたところで、一階から物音がした。
今日は両親は、というか一週間結婚記念で旅行で家を空けていて誰もいないはず。
家の鍵はかかってたし、洗濯物やったとき窓に鍵はかけたっけ……?
恐る恐る階段を降り、廊下を見れば居間のドアが半開きになっている。
摺り足で近寄って覗き見る。ごくりと唾を呑む音さえ響くような気がして心臓が高鳴る。
ぬるりと。背後から腕が伸びて肩に回る。
「おっつかれー!」
「ギャっ」
つっめた! 肩に乗っかった腕を思わず払いのけて居間に転がり込む。
「あー、ごめん。驚かしちゃった?」
「ゆっ柚子ねえ? なんで」
金髪に染めた実の姉を見るのは去年通う大学の近くに引っ越して以来で、少し懐かしさを覚えるもので。
「聞いてない? 高校生一人じゃ不安だからあたしに暫く面倒見ろってさ」
シャワーでも浴びていたのかうっすら髪が湿っていて、大きめのTシャツからは肩がのぞいている。やたら丈の短いショートパンツから伸びる足はしなやかで健康的にうっすら焼けいてる。
……実の姉とはいえもうちょい着てほしい。目のやり場に微妙に困るから。
「ほれほれ、立ちなって。ご飯作っておいたんだよね。あっためりゃ終わりだからちょいと待ってなー」
そう言って台所に向かう姉を見ながら胸を撫で下ろす。何もなくてよかったよ本当。
「柚子ねえ、おかえり」
驚いたように振り向くと、姉はにひひと笑って言った。
「ん、ただいま。あとおかえり」




