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適当なことをだらだらと。
まるで友達とするそれのような会話は居心地が良く、油断すると野枝小道の偶に出すシニカルな笑い方に心が奪われそうになる。
まあ、小学生の頃見せた無邪気な笑顔と比べれば邪気溢れてるなぁと思わないこともない、これがギャップだろうか。
僕にとっての初めての読者でファンであるから、かつて大切に思ったのは間違いない。
面白いと言ってくれる子をもっと喜ばせたいと、後戻り出来ないほど小説に傾倒してしまった。
子供心に、それを恋だ愛だと感じてしまったのだろうなと思う。
さして大人になったわけでもないのに、あの頃は子供でーなんていうのも面映いけど。
それはどちらかといえば友情よりの感情で、だから、なんだ? 顔が良いのに惹かれてしまうのはその名残なのだ。多分さ。
こういう感情に名前を付けたら負けなのだ。小説で負けて、関係ないとこで負けるわけにもいかないし。
気付けば駅まで着いていて、ここまでかぁと少しだけ。ほんの少しだけ惜しまれる。
「さよならの前に一つ聞いていい?」
「なんでしょう」
「なんでこんな、一緒に帰るなんてことを?」
僕は自惚れてないので分かるが、別段一緒に帰りたい男子ランキング上位ではないはずだ。
よくて中の下くらいだろう。……いや、自惚れてたわ。女子と二人きりで十分も会話続くと思えない。せめて他に一人いれば微笑みながら心を他方に向けて後ろを歩くぐらい出来る。相槌だって打てる。
「知りたいですか」
「そりゃあ、まあ」
仕方ありませんね、と野枝小道は逡巡する。
そんな言いづらいことなら、別にいいんだけど。とは言い出した手前言いづらいので言葉を待つ。
「よく映画なんかで、知らなくていいことを知ってしまったが故に後戻り出来なくなる……そんなのありますよね」
「あるよね。それ今関係あるやつ?」
「まあそう言うことです」
説明は以上ですとばかりに、野枝小道は言い放ち髪を掻き上げた。
知らなくていいというならそれでいいんだけど、知ったら巻き込まれるのか……やだな。
「でもああいうのって、結果として巻き込まれること多くないか? 事件の渦中、程近くまで知り合いを置いておくのも良くないと思うけど」
「……確かに。自らで解決するのであれば、そうすべきですね。少なくともそのつもりでいるのなら──なんです、私がそんなことに気づかないとでも?」
「なんにも言ってないよ」
負けん気が強過ぎる……。全てに噛み付くのか野枝小道。
「一つの作品に触れるに当たり、あれこれと考えて読み解くのは失礼に当たる場合もあると私は思いますので、ついその姿勢で口にしただけです」
「あー、分かるよ。二時間ドラマ、特にサスペンスで残り時間三十分くらいで犯人と目される奴って犯人じゃないよね的な感じの──」
「──あなた、そんな見方してるんですか……? ちょっと、どうかと思いますよ。作品を作品として楽しむ感覚は創作にあたって大切にしたほうがいいかと」
冷たい視線を向ける野枝小道に、もう変にフォローを入れないぞと決意して別れた。
明日の朝はさっちゃんと帰るから僕はお役御免とのことだ。さっちゃん、もう名前忘れちゃったけど会話することないしまあいいか。
駅を離れて、まっすぐ帰ろうとすると住宅街を歩くことになる。
時間帯もあるが基本的に人通り少ないので二、三人とすれ違うくらいで車も通らなかったりする。
「気になる……」
というのもあって、道が同じ方向だったりすると、しばらく追いかける或いは追いかけられる関係になる時がある。
僕はこれが非常に嫌いだ。
追いかける側としては歩調を緩めて距離を置いて歩くのか、それとも早足で追い抜くのか選択を迫られることになる。これが悪いと、「えっ追いかけてくるこわっ」みたいな反応をされる。さっさと歩け馬鹿と言いたくなる。
一方で僕は一人だと無駄に早歩きなので追い越されることがない。つまりは後ろを歩かれることがほとんどないと言ってしまって問題ないと思う。
それなのに今、後ろから一定の距離感で足音がする。抜くなら抜けばいいのにしゃらくさいぜ。
嫌なものは嫌なので、遠回りしようと曲がれば付いてくる。遅く歩けば相手も遅くなる。
「……まさか、尾けられてるなんてことある?」
男子高校生だぞ。こういうのって大体女子が遭うものだと思ってたんだけど。
思わずブルリとする。
……走っちゃおうかな。
「すまないね。驚かすつもりはなかったんだ」
そう言って目の前に立つのは男だ。三十、四十歳くらいだろうか。中肉中背で、特徴という特徴がない。明日すれ違っても気付かないぐらい記憶残りの悪い顔をしている。
「なんですか」
とはいえ胡散臭いのは変わらない。疑念しかない。
いつだって走れるようにと少し後ずさる。
「さっき、君が一緒にいた、あの女についてだ」
淡々と口にする言葉が不快で顔を顰める。あの女。その言い方は明らかな棘があるものだ。
「彼女、野枝小道という作家なんだけどね。あれは駄目だ。危険だ近寄るべきでは無い。分かるかい。いや分からないだろうね。狡猾な、悪魔のような女なんだ……」
いや、なんだこの人。やたらに目がぎらついて、あいつが野枝小道と知っている? ファン? いや、そんなんじゃないだろ。いやそうなのか? お気に入りの作家に変な虫が付いてる的な。勘弁してくれよ。
どう言い繕うとこいつは不審者だ。うん、落ち着いて喋ってようが流石にこれは不審者と言って相違ないだろう。や、怖いて。
震えそうになるのを堪えて、生唾を邪魔だと飲み込む。
「なあ、分かるかい。近づいたら駄目だ。あの女はね、何もかも分かった上で行動してるんだ。だから、ね。君も、あれなんだろう? 困ってるんじゃないか? それにだ、何か聞いてないかい? いや違う聞いてるのか? 君、もしかして知って──」
ぶつぶつと、何か言ってる男を置いて僕は全力で走る。
あまりに危うげで、滲む恐ろしさに足がガクつきそうなのを堪えて家とは違う方向に走って、振り向いても姿がないのを確認して、ビクビクしながらの帰路はいつもより一時間遅いものとなった。
経験したものはリアリティがーとか言うけど、そんなん消化出来るかよ。
玄関に柚子姉の靴が無いのを見て、出掛けてることにホッとする。
「ぜぇったい、顔青いぞ今。心配させたか無いからなぁ」
結局何だったんだよあれは。
知っていそうな奴は一人だけだ。そう思いながらスマホを握りしめた。




