11
カタカタ。と音が響く。ついでに注文や商品のやり取りがあちらこちらで聞こえる。
一昔前は紙に書く形式だった気がする。今じゃスマホとか使って注文しちゃうんだもんな。進歩は早いぜ。
「おい高校生、手が止まってるぞ」
「うるせー金髪頭」
「高校生よう、俺って大学生だぜ。だいがくせー、敬ってけー」
軽口叩きながらキーボードを叩く金髪頭。……随分器用だな。僕にゃ出来んぜ。口にしたこと打っちゃうもん。まさに今なんだけど。
ということで一行戻り。
「なあ、だいがくせー」
「なんだよ、こーこーせー」
「どんなの書いてるの」
音が止まる。軽快なリズムで叩かれていた金髪頭のキーボードがぴたりと止まっている。
「ああ?」
低い声出さないでほしい、ちょっと怖いから。
のそりと立ち上がってノーパソをずりずりこちらに引っ張ってくる。必然、奥へと押し込まれる。
最近、隣に座ってくる人が多い気がする。僕の隣には座り易いオーラでも出てるんだろうか。……嫌だな。空いてるなら一席空けて座ってほしい人間なのだ。
「ほれ見ろ。読め」
へへー、と取り敢えず謙っておく。
身近の人の小説って先輩のしか読んだことないんだよね。
柚子姉のは絵本だからなあ。そういや柚子姉作の小説読んだことないな。何かしら昔は書いてたはずだけど、今はどうなんだろう。今度、聞いてみよっかな。
「これ今書いてたやつ?」
「ああ、差し当たって十万字書いたとこだな。取り敢えず一章分くらい、読んで見てくれよ」
興味本位で手を伸ばそうとして、手を止める。対価として読ませろとこの男言うんじゃなかろうか。
「あー、残念だながら僕のはまだ全然書けてないので」
せめて完成しないと見せたくねー。もう直すところないよなって何度も読み返して確認して、よし! と思えないと人前に出したくない。隙をみせたくないのだ。
もしも、万が一にも微妙な反応をされて気遣われたりしたらとてもじゃないが生きてはいけない。
「んあ、お前あれか? 人様に見せたくないみたいな?」
「そーですけど」
「うける」
「うけませんけど?」
うけませんけど。未完成のものを人前に晒したくないだけですけど。ネットの向こう側の人達はネットの向こう側だから問題ないので、投稿とかしたこともありますけど? なにせ読者の声は届かない。そうネットなら。
「別に読まねえって。俺は書く専だから」
本当かなと思うものの、なんとなく小説まわりで嘘をつくような奴には見えな──いや、読んでたわこいつ。人の小説を勝手に読むような奴だった。
仲良く一緒の空間で執筆してる異様な状況に流されてすっかり忘れてたぞ。
そも、こんな奴は大学生とするべきじゃない。せいぜい『だいがくせー』とでも表記すべきだろう。本来の大学生の本分から逸脱した者に送る言葉とする。
「お前、文芸部とかそーいうのは? もしかして時間の無駄とか思ってる?」
「僕をなんだとお思いで?」
人と交わるのは無駄とでも言うと思ったか。
文法とか、その他気になることがあると気になっていけないから人を頼れるのは有り難いと思ってるぞ。
読ませたことはないけどな!
全くもって遠藤先輩には頭が上がらないぜ。
まあ、中学生の頃は少なからず尖り気味であったから小説以外は瑣末なことと思っていたもんですけどね。
「……人に読ませない奴が文芸部員ってなんかあれだな。変な野郎だ」
「高校生にダル絡みする見知らぬ大学生って変を通り越してやばいと思うけど」
「ちげーねー、つれーわつれーわ」
適当な返事を返す金髪頭をじとりと見てから、寄せられたノーパソに目を向ける。
「はいはい、読ませていただきますんで静かにしててくださいな」
「まあ、さくっと読めよな」
さて、どんな感じなんだろ。どれほどのお手前か見させていただきましょうか。
難破し、絶海の孤島に流れ着いた一人の男の話らしい。文体は見た目と喋りに合わない真面目なものだ。
サバイバル経験のない男が、一人で試行錯誤しながら生きようとする。孤独の中で、ただただ前へと進み続ける。立ち止まったら死ぬとでも言うかのように決してめげない。折れない。諦めることを知らないかのように。
そうやって島を探索し少しずつ生活圏を広げていく中で、他の遭難者の痕跡のようなものを見つけ、初めて男は慟哭する。独りじゃない。そう一瞬でも思えたことが本当に嬉しかったのだ──。
なんだよ。ちょっと面白いじゃん。ああ、いや嘘だよ。面白いじゃん。
堅めの文体で淡々と、男に決して寄り添わないような書き口なのに、この作者は決して見放さない。
別に下に見てたとかじゃなく、そこまで興味無かったと言うべきなんだけど、しっかり面白いものをお出しされると卑屈になるからやめてほしい。
この小説に対して、僕の小説ってどうよ? 面白い? どこかでは勝ててるかもしれないが、大幅に水を空けられてるんじゃない?
ううん、今度から不用意に人の著作読むのやめようかな。僻みそう。まあこいつ大学生ならぬ、だいがくせーだから一日の長があるのは間違いないし。多分、僕の方が強い。もっと良いものを書いてみせる。
「お、読み終わったか? どうだった」
悔しい。なんか面白いって口にするのが悔しいが、認められる男だ。僕は。
「……まあ、うん。良かった、です」
「お前くらい唸らせれねーで審査は突破出来ねえからな。まずまずっぽいな」
僕が読んでる間、金髪頭が弄ってたスマホを見れば何か文字が連なってる。
視線に気付いて、金髪頭は口を開く。
「あー、俺『作家になる』と『書いて読む』に定期的に短編上げてんのよ。週に二本、文字数は適当。指と頭の運動みたいなもん」
「これは、上げないの?」
「別にエタるつもりはねーけど、長編はガツガツ書いて纏めて書き直すから完結したらにしてんだよ」
よいしょ、と金髪頭は元々の席──といっても本来のテーブルではない──僕の対面へと戻る。
「ま、成れると思うぜお前」
「えっ」
成れる。作家か。人に言われるのは初めてで、藪から棒なそれは嬉しいより戸惑いが凄い。
あー、でもこいつ。読んでるからな僕の小説。それなら、少しは期待したっていいのか?
「いや、それが面白いって話じゃなくてだな」
「何が言いたいんでしょーか」
上げて落とすなよ。ゲームじゃないんだ落下ダメはでかいぞ。心は潰れやすく癒えにくいんだぞ。トマトみてーなもんだよ、赤いし。
「俺の読んで、読み終わった後に悔しそうな顔したろ。一番大切だろそれ。俺の方がぜってえに面白え、今は足りないかもしれねえけど必ず俺の作品で黙らせてやる! そう思えるうちは俺達みてえな作家志望はやってけんだよ。発想や語り口を、俺がやりたかったと羨んで、巧みなストーリーラインに嫉妬しねーやつが良いもん書けるかよ」
饒舌に、だけどその言葉は淡々と吐かれた。
僕を勇気づけるような、折れなきゃいつかは成れると言い聞かせてるのは僕ではなく自分自身なんじゃないか?
何度も何度も口にして、その言葉が持っていた熱が、今や失われてしまったような印象を受ける。
こいつ、本気で目指してんだ。作家になることを。何年間も引き摺ってる夢を、野望を諦めずに、いや諦めるなんて考えずに歩いてきたんだろう。
無人島で独り戦い続けているのはこいつ自身なんだろう。
そして僕も、その無人島で独り戦わなければいけない。成りたいと、成るんだと思った時点でもう独り、その島に居るんだ。
そんな島に独り、取り残されて誰の目にも留まらないなんて到底許せない。僕の小説は面白い。飛行機も豪華客船も、僕の小説に気付くはずだ。いや気付かせる。
「まあ、あれだ。ずっと書けよ。書かなきゃーなれねえからな。書くのを少しでも止めたら終わりだぜ。ずっと延々と書き続けてりゃどっかで成れるさ」
何かあってもめげねー、しょげねー、かえりみねーってな。と金髪頭を揺らしながら軽薄そうに笑った。




